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キスが嫌いになったわけ  作者: 山口 にま
第一章
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物分かりが良すぎる妹

祖母が死んで、私の母が海辺の別荘に君臨することとなった。あの男が別荘に出入りするようになるのに時間はかからなかった。


 母も、姉たちの艶子と琴音も家族の仲良しごっこが大好きだ。そんな仲良しごっこに付き合わされる私は退屈で仕方がない。私にとってこの家族はそんなに仲が良いように思えないのだ。艶子の男、聖一も私と同じように仲良しごっこに付き合わされて、週末のバーベキューのために別荘に呼ばれることが度々だ。

 酒を飲めば退屈じゃなくなる、そう気が付いたのは十五歳の時。それ以来私の飲酒は日常になった。別荘の庭でのバーベキューでも私はがぶがぶ酒を飲む。何とか自分を奮い立たせて楽しい気分にさせるのだ。ビールに焼酎を混ぜて飲むのが私のお気に入り。ビールの苦みがなくなり、口当たりがよくなる。そしてビールで腹が膨れる前に深く酔えるのが良い。


 父親は私の深酒に呆れて別荘に入って寝てしまう。母親たちは買い出しに出かける。車を出すのは飲酒をしていない琴音の役目だ。私と聖一は初冬の寒い庭でなんとはなしに火の番をすることになる。私はテーブルに置かれた男の煙草を手に取った。

「一本頂いていいですか?」

男が頷くと、私は早速煙草を咥えて、火の消えかけた薪を火ばさみでつかみ、煙草に火をつける。男は自分のライターで火を付けた。

「唯恵ちゃんはお酒が強いんだね」

男は言う。

「酒もたばこもやりますよ」

私は煙を吐き出して言った。

「煙草は親に内緒なんですけれど」

「もう大学生でしょ?煙草ぐらいいいんじゃない?」

そういえば、高校生の時、艶子が私の喫煙を母親に言いつけたなと思い出す。

「ご家族でバーベキューして、本当に仲が良いんだね」

聖一は言った。

「母親と艶子と琴音は仲が良いですよ。艶子と琴音は双子だけど、母を含めて三つ子みたいです」

私の返答に聖一は困ったような顔をした。

「艶子と結婚するんですか?」

私が聞くと、男は、まだ分らないとだけ答えた。タイヤが砂利をはねる音が聞こえる。艶子たちが帰って来た。私は煙草を火の中に投げ捨てた。蓮っ葉な女の役柄はこれでお終いだ。さて、次はどんな役をやってやろうか。私は聖一の顔を覗き込み、

「私、女兄弟の中で育って来たし、中学から女の子だけの学校に通っていたから、男の人ってすごく憧れるの」

男は瞬きをしない目で私を見返した。この人も退屈しきっている。そして退屈しのぎを探している。

「良いサザエが手に入ったわよ」

私の背後から艶子が自分の男に声を掛ける。私は艶子たちに気づかれないように聖一にそっと笑いかけた。聖一は軽く狼狽する。隠し事ごっこだ。何だか楽しい。艶子の理想通りの家族なんかになってなるものか。


 正月は寒すぎるとの理由で私たち一家は別荘には行かなかった。艶子と聖一はデートがてら初詣に出掛け、二人は夕方からの我が家での集まりに合流した。

私は一泊用の荷物を持って、

「行ってくるね」

と家族に告げる。

「これから?」

正月早々の夕刻である。聖一は驚いた顔をする。

「部活の用事で日光に行くのですよ」

「僕でよければ駅まで送っていこうか?」

と聖一が申し出る。とんでもないと私は固辞したが、

「送って行ってあげて」

と艶子。私って家族想いでしょと言わんばかりだ。

「済みません」

と私は小さな体を益々小さくして助手席に乗り込んだ。

「日光に行くんだよね。急行の停まる駅まで行くよ」

「でも・・・」

「日光にはスキーかな?」

「水垢離です」

「水垢離?!」

聖一は大きな声を上げた。

「大学で柔術サークルに入っていて、鍛錬の一環で日の出とともに川の中に入るんです」

「正月のニュースで良くやっているね。唯恵ちゃんは大丈夫なの?」

「大丈夫なんですかね。非常に不安ですよ」

「まあ無理しないように。日光は氷点下だろうし」

「先輩の手前、無理しなきゃいけないんだろうなぁ」

聖一の車はターミナル駅に着いた。

「大丈夫?」

聖一はまた聞いた。

「ここまで来たら仕方ありません。死んだ気で頑張りますよ」

「死んだ気・・・・」

聖一は苦笑する。

「聖一さんが励ましてくれたら、頑張れるんですけれど」

私は上目遣いに聖一の顔を覗き込む。聖一はしばらくためらっていたが、私に顔を近づけて、

「こういうこと?」

と頬に唇をつけて来た。

 やーい、引っかかった。

 私は首をすくめて笑顔になり、

「ありがとうございます。頑張りますね」

私はシートベルトを外して立ち上がった。一度ドアを閉めかけたが、再度開けて、

「今のこと、これですよ」

と言って唇に一本指を立てるしぐさをした。聖一は今更後悔しているのか固い表情で頷く。

 そして私はドアを閉める。私は物分かりが良すぎる妹なのだ。



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