1,宮下優成の場合
これは高校一年生、宮下優成がオーストラリアで過ごしたクリスマスの記録だ。
◇◇◇
俺たちは学校の希望者をのみが参加する研修旅行でオーストラリアへ発つことになった。
オーストラリアの十二月は夏。俺たちはホームステイ形式で真夏のクリスマスを体感する。
ホームステイは二人一組で、俺は同じクラスの三条太郎と共に生活することになった。かつては女子と組んでも良かったらしいが、いつからか、何やら事情があって、いや、情事があってダメになったらしい。
今日はクリスマス。オーストラリア北部の赤道付近に位置するケアンズ市内の店は殆どが休業。
俺たちはホストマザーと一緒にクリスマスパーティーの会場に来ていた。
そこには市民がに集結してオーストラリア国内の歌手によるクリスマスソングのコンサートを聞いたり、みんなで食事や乾杯をしたりして聖なる夜を盛大に祝うのだ。
「宮下ぁ、こんなの日本じゃ有り得ねぇよなぁ」
「あぁ、こんな普通の町でこんなに人が集まって、みんなでクリスマスを祝う……」
俺と太郎は、この土地を訪れてから、カルチャーショックの連続だ。
会場には人がいっぱい集まっていて、好きな料理をバイキング形式でいただきながらコンサートや各々のトークを楽しむ。
ギュッ!
!?
「おっす宮下ぁ!」
「うわ……」
「何その反応!? こんな異国の地で運命の再会じゃん!!」
「急に背後から抱き着くな」
コイツは中学の時に同じクラスで、同じ高校に進学した仙石原未砂記だ。俺は無駄に騒がしいコイツが苦手だが、しかし友達だ。悪い奴ではない。
「周りをよく見なよ! こっちでは知ってる人と会ったとき、抱き着くのは普通だよ?」
「あぁ、まぁな。それと運命の再会って、学校出発する時から一緒だろが」
確かに、周りのオーストラリアの人たちは会うとすぐに抱き合う。
再会を喜んだり、素直に感情を表現出来たり、そんな事が普通に出来る国の人々、自然環境だって素晴らしい。こんなの日本じゃほぼ有り得ない。というより、日本はその面に於いては悪い意味で特異な国だろう。
「おぉ、オタちゃん!」
「あぁ、三条君」
また新たにメンバーが会場にやってきた。オタちゃんは中学の時から友達で、鉄道ファン。三条とは鉄道研究部の仲間だ。俺の周りには何故か電車が好きな人が多い。
「Ladys and gentleman!!………… Merry Christmas!!」
「Merry Christmas!!」
司会者の掛け声と共にパーティーが始まった。
「よし!! 歌うぞオタちゃん!」
「うん! せ~のっ!」
「クッハモハモハサッロ♪♪ サッロサハサハモッハ♪♪ モッハクハクハモッハ♪♪ モッハサハクッハ♪♪」
オタちゃんと三条が肩を組み何やら歌い出した。
「ここならバレないよなぁオタちゃん!!」
「うん!! 言いたい放題だね!!」
なんなんだ? 何が言いたい放題なんだ? っていうかなんの歌!? まぁいっか、今日はクリスマス! 細かい事は気にしない!
「なぁ仙石原ぁ、周りのオーストラリア人はよくこんなに英語ベラベラ喋れるなぁ」
「宮下もそう思った!? そうだよね、凄いよね! カッコイイねぇ!!」
英語ペラペラで当たり前な事くらい分かっている。でもなんだか凄かった。
コンサートを聞いてると気分がボ~ッとしてきて、幻想的な世界に連れて来られた気分になった。
「ねぇ、せっかくだから食べまくろうよ!!」
「あぁ、そうだな」
ホストマザーは仲間と英語で会話。三条とオタちゃんは電車の話。
周囲の人たちの会話についていけなくなった俺は、仙石原と食事をすることに。
「そういえば仙石原は誰と組んでるん?」
「ヒタッチだよ。でもヒタッチ英語ペラペラでホストマザーの仲間と喋ってて、最初は私も混じろうとしたんだけど居づらくなっちゃって」
「あぁ、正に今の俺の状況と同じだ」
俺がそう言うと彼女は共感を覚えたのか微笑した。こうして見ると結構可愛い。
「そっか! じゃあ残りもの同士盛り上がろっ!」
「あぁ、せっかくの真夏のクリスマスだ。今日くらいはお前に付き合うよ」
「じゃあ乾杯っ!!」
「乾杯っ!」
「ねぇ、宮下ってどんな女の子が好きなの?」
またその話か。中学の時からずっと同じ質問してくるんだよなぁ。
「あ~ぁ、う~ん、一緒に居たいと思った人」
ベタな言い訳で逃げた。
「そうだよね! 私もそう思う!」
あら、共感された。
「ねぇ宮下ぁ、この国の人たちって、羨ましいと思わない?」
「あぁ、俺もそう思う」
会場には笑い声と歌声が響き、歓喜に溢れた空気に包まれている。みんな何を気遣う訳でもなく、心の底からこの聖なる夜の夢のような時間を楽しんでいる。これこそパーティーと呼ぶに相応しい。
クリスマスって、こんなに楽しいのか……。
いまこの場が楽しいのは雰囲気のせいだけじゃない。むしろ俺にとってこの雰囲気は苦手な筈だ。それはみんなが盛り上がっている中、口数少ない俺は独り取り残されるような気分になるからだ。今日この場だってホストマザーや三条とオタちゃんの話についていけなくなって孤独感がある。
では、なぜ楽しい?
「むやすたぁ、せっかくだからむぉっと食べよぉ~」
「口に物含みながら喋るな」
下品な女だ。
「Sugunari,Taro? Go back home! (優成、太郎、帰るわよ)」
「オーケー。じゃあ俺、帰るわ」
「うん。今日はありがとね! 宮下のおかげで一人にならなくて済んだよ!」
そっか、そういう事か。
ようやく気付いた。今日楽しかったのは苦手な筈のコイツが居たからだ。付き合ってやっていたつもりが、逆に自分が付き合ってもらっていたのか?
「いや、俺の方こそ。今日は仙石原が居て良かった」
「へへへぇ~、照れるなぁ~。じゃあまたクリスマス一緒にやろうね!」
「あぁ、そうだな」
アド交換をしたが、時間が経てば学校でクラスが離れている彼女は、きっとまた俺にとって苦手な存在になってしまう。彼女は特別進学科の3組、俺は機械科の20組。離れ過ぎだ。まぁ四月になれば他の科へ移動出来る制度はあるのだが。
本当はそれよりも、今のままの仲が続けば本望だ。カノジョ持ちの身で、異性に対して仲良くしようなど言えない。いや、カノジョが居る事を言い訳にしている。
でもきっと、コイツとならまたいつか親しくなれる時が来る。そんな気がする。
「宮下ぁ」
「ん?」
彼女は俺に微笑みながら言った。
「メリークリスマス」
俺は一瞬フリーズした。
「メリー、クリスマス」
※「いちにちひとつぶ」第一話に続く。