天下取る宣言 さだまさし
メリー&正は観客の盛大な拍手と歓声と共に幕下に下がって行きました。
いやぁ……なんという二人の個性の強さでしょうか。俺としてはなんか無理やり笑わされた感があります。というかこれ漫才なんですかね? 突っ込みとボケの境界曖昧すぎやしませんか?
疑問を持ちながら隣に視線をやると、神村結衣と高宮さんはまだ腹を抱えて笑っていました。神村結衣なんて涙目になってますわ。
「ねっ、祐亜面白かったでしょ!? やっぱりメリーちゃん可愛くて面白く
て最高! 有希もそう思うでしょ?ね?」
俺の二個左側、つまり神村結衣の隣に座っている高宮さんはまるで小学生のように体をジタバタさせながら笑ってます。
彼女がジタバタと身をよじらせるたびになんいいますかお胸の……いやはやこれはこれはなんと……素晴ら、いや何でもないです。
「はい、最高でした結衣様!! 普通にテレビに出てる芸人さんより面白かったですぅ!!」
確かにどっかの海パン芸人やエクササイズおばさんなんかよりは面白かったと俺も思いました。神村結衣はなんか知らないけど不敵に笑ってます。
「フフフ……祐亜。私が本当に見せたかったものはこれからなの!」
笑顔をかたどった口から少し見せる八重歯がなんともいい味を出してます。そして彼女が見据える舞台端から二人の若い男のコンビが手を叩きながら出てきました。
この人たちがそんなに面白いんですかな? 俺は横に向けていた体を前に戻し、漫才鑑賞に戻ることにしました。
一時間後経ち、お笑いライブが終わりました。メリー&正の後、計4組が漫才やらコントをしました。
感想ですか?
一言で言いますと、見るに耐えない。
テンション高くて騒いで馬鹿な真似したらウケるって勘違いしてる痛いコンビが多かったですね。まぁ、2、3クスリとくるネタもありましたが、最初のコンビ程じゃなかったですね。会場の盛り上がり方も右肩下がりって感じでした。
「最初のコンビをトリに持ってきた方が良かったと思いませんでした?」
今俺達3人は駅前を近くの喫茶店に向かっています。なんでも付き合ってくれたお礼ってことで俺と高宮さんに奢ってくれるそうです。わーい。
「あたしもそう思いました! 後の人達あんま面白くなかったです」
俺の問いかけに対して、高宮さんは素早く手振り身振りを混ぜて答えてくれました。神村結衣は、さも当然であったかのような顔をしながら俺の質問には答えませんでした。
2分ぐらい歩きましたかね。俺達3人はいい感じの雰囲気の喫茶店に入りました。こんなべっぴん二人を連れて入店する俺は鼻高々な訳です。
フハハハハハハ!! 平伏せ!! 愚民どもぉッッ!! 貴様らにこんなリア充なことができるかッッ!?
的なことを思いながら、喫茶店にいる俺に嫉妬と殺意と羨望の眼差しを送ってくる男共をこんな風に思いながら席に座りました。向かいに神村結衣と高宮さんが座る格好で。なんて素晴らしい眺め……。
神村結衣はウェイターがもってきた冷たい水を少し口に含んだ後、おもむろに話しはじめた。
「祐亜はなんで、明智光秀が三日天下で終わっちゃったと思う?」
「明智光秀って言ったら本能寺の変の?」
「そう。ねぇ、なんでだと思う?」
なんだこいつ急に……。
神村結衣は目を爛々とさせながら俺を見つめています。なんでって言われてもねぇ……。
「あれですかね。時期的な問題だったんじゃないですか? その年は大殺界だった的な」
「違いますよっ!? 秀吉が天王山を抑えたからですよね、結衣様?」
神村結衣は俺と高宮さんを同じくらいの時間眺めた後、注文していたアイスコーヒを口にしてから自信ありげに話しはじめました。
「有希の言うことは一員であると思うの。でも私は明智光秀の人心掌握力の無さが、三日天下になった原因だと思うの」
「じんしんしょーあくりょく……? なんすかそれ?」
俺がオレンジジュースを飲みながら聞き返すと、神村結衣は笑顔で続けました。
「人の心を惹きつける力みたいな物のこと。明智光秀は家臣の主君への謀反、さらに自分一人での独断専行が他の武将の反感をかって運命共同体を約した武将からも見放される結果になった。でも豊臣秀吉は人を引き込むのが上手く、自分の私財を投げ売って武将や兵達を自分に引き入れた。この2人の人心掌握力の差が戦力の違いとなり、結果山崎の戦いで明智光秀は敗れたと私は思うの。私の言いたいことわかるでしょ?」
「謀反は計画的にね! ってことですか?」
「違う!!」
神村結衣は机を両手でダンと叩きつけ、そのままの勢いで急に上がりました。
俺と高宮さんは呆気にとられ、他の客も何事かとこちらを見ています。
恥ずかしいから勘弁して下さいよ……とか思うのですが当の彼女はそんなことは全く気にしない様子で俺の目の前の美少女は拳を自分の前で力強く握っています。
こ
「いい!? 戦のようにね、お笑いってのもまた、お客さんの心を掴めた奴が生き残れるの!! 痛いネタ、自己満足のネタ、そこそこのネタなんてねすぐ淘汰されていくのよ!!」
立ったままいきり立って一気に吐き出すように言った神村結衣は一呼吸置いて、アイスコーヒを勢いよく飲み干した後また続けました。
「かといってギャグなんかで心を掴んでもテレビ局に利用されるだけ利用されて、売れそうにもないCD出さされて、汚れの仕事させられてポイよ! 思い出してみなさい! あれほど世間を騒がせたララライとかハードゲイとかどこ行っちゃったの? 海パンの人もエクササイズおばさんもナベの人もすぐに同じ運命を辿るに違いないわ!(注釈※2008年時点での予想です) いい? 3の倍数でアホになっても天下はとれないのよ? 一回ギャグが大ヒットしてしまったら、次なんて絶対うけないに決まってるの!! 私の言いたいことわかる祐亜!?」
「いっ、一の倍数でアホになれってことですか?」
「違う……違う違う違う!! 違うのよ祐亜!!」
神村結衣は机の両端を掴んでガシガシした後に、自分の顔の前で拳を作りました。怖い怖い怖い怖い!!
というかクローズでこの光景と似たようなシーン見たことあるかも。確かキングジョーが「あの時、織田信長が動かなかったら天下は取れなかったのじゃぁッ!!」的なことを言ってるシーン。
「業界に長く生き残っていくためには漫才の腕をひたすらに磨くしかないの。今テレビで冠番組を持ってる大物芸人達を思い出してみて。どんな大物達も一発ギャグに頼らずに純粋に漫才、それかコントの……本当の意味でのお笑いの実力があったからこそお客さんの心を掴んでこれた!!」
「私たちはね、祐亜!!」
そう言って神村結衣は、またしても机をダンと大きく叩きました。しかし渡鬼ばりの長台詞ですね。いいから座ってくださいよ……。
「漫才の腕だけで天下を取るのよ……人の心を掴む漫才で!! 私達で新しい時代を作るの!!」
周りのお客様からは何でかわかりませんが拍手が起きました。
やばいです……神村結衣の瞳に一切の冗談の要素が混じっていません。
彼女、大いにガチです。
思えばこの辺で手を引いとけば良かったかな? この先俺は一万回ぐらいこんなこと思っちゃう訳です。業界とか言い始めちゃってますからね……。
神村結衣の長い長ーい口上が終わった後、俺たちは解散することになりました。
行きと同じように高宮さんのリムジンでリッチな帰宅です。すごい広々……下手した数名で生活ができるレベルの広さですよ。
神村結衣の家の方が近かったのでリムジンは神村結衣邸で止まったのですが……。
やばいです。どう見ても庭で貴族が蹴鞠して遊んでる家です。本当にありがとうございました。
それぐらい凄かったです。多分10円玉の裏側に掘られてても違和感ないです。
リムジンの窓からただ呆然と眺めている俺に気付いたのか、神村結衣はうんざりしたような口調でこう言いました。
「この日本家屋はオヤジの趣味なの。うんざりするわ、私は普通の一戸建てがよかった」
謝れ、築30年の中古物件を必死こいてローン組んで購入した俺のパパ様に謝れ。
「今日は付き合わせちゃってごめんね。有希、祐亜バイバイ。新川さんもありがとうございました」
そう言ってリムジンの外から深々とお辞儀をした神村結衣は、なんちゃって平等院鳳凰堂の中に消えて行きました。
「結衣様さようならっ! また明日学校で!」
高宮さんは窓から身を乗り出して元気よく手を振っています。無邪気ですね、なんか小動物みたいです。
「よいしょっと!」
手をふりおえた高宮さんは車内に体を戻し、俺と向き合いました。なんつうか、高宮さんがすごいキラキラした目で俺を見てきます。
「あっ、俺ん家歩いてわりとすぐだからここでいいです。ありがとでした」
途端に気まずくなった俺はリムジンから降りようとしました。すると高宮さんが俺の腕をそっと掴みました。
はうっ!?
俺がびっくりしたような顔で高宮さんの顔を見ると彼女はニコニコしていました。
「あたしもちょっと一緒に行っていいですかっ? 少しお話したいことがあるから。あっ、新川先に帰ってて?」
俺の意見が尊重されないのはこの人も一緒ですか。まぁ、しかしわざわざ美人の申し出を断る程俺も無粋ではありません。
リムジンから降りて俺と高宮さんは並んで帰路に着きました。
夕焼けこやけないつもの帰り道を歩いています。
しかし、今日は一味違っています。
なぜなら今俺の横には超絶グラマラス美少女がニコニコしながら歩いているのです。
もうそれはそれは……。
俺がいつ狼になってもおかしくない、ホロになってもおかしくない。そんなシチュエーションな訳です。いや、それは違うな。
しかし彼女に手を出してしまったら、俺は骨の欠片も残らなくなる。ええ、彼女は恐らく素手で戦艦を沈めることができるジャパニーズ・スティーブン・セガール・ガールズの一人なのですから。
「結衣様はね、男の子が大嫌いだったの」
横を歩く高宮さんが唐突に話しはじめました。
「結衣様に言い寄ってくる男なんてもうすごくすごく多くて! 正直うんざりしてたんだって! いつも言ってたもの、食えないソーセージぶら下げてる奴らなんて死んじゃえばいいのに! って」
何それ……もっと上手い例えがあるかと……。
「それで時には強引に結衣様を手込めにしようとする人もいたの」
お代官様ですかね?
「そんな人達を中学校の頃から蹴散らしてきたのがあたし達なんだ。最初はあーやだけだったけど、あたしとレンレンが加わり、柳たんが加わりって感じで」
なんかいまいちしっくり来ないあだ名ですな。呼びづらくないですか?
「高校に入学してからも、結衣様の人気は全く衰えずむしろウナギ登りな感じな訳。それはユウっちもしってるでしょ?」
僕は黙って頷きましたが、つい最近知ったとはなんか言えませんでした。
「結衣様はますます男嫌いになっていった。結衣様は男の子がいる空間では決して笑わなくなったの。笑顔になるのはあたし達といる時か、お笑いを見ている時だけ。そんな中だった……ユウっちが結衣様の前に現れたのは」
えっ?
「結衣様に告白した時のこと覚えてる?」
「えっーと、つい先日のことですからね」
告白……何もかもが懐かしい。確かいきなり神村結衣の教室に押しかけて、5秒で告って5秒で振られたあの頃のことですね。
「あの時あたし達4人がいたこと覚えてる?」
「えっ!?……あっ、まぁ……」
あえて言おう! アウトオブ眼中であったと!
「まぁ、無理もないかな? 必死だったもんね。でもあたし達はユウッちのこと覚えてるよ」
そう言って高宮さんはどこか遠い目をして回想を始めた。いまの内におっぱ……いや、止めておきましょう。
「いきなり教室に入ってきて結衣様を呼び出すかと思ったら、その場で、しかも結衣様がユウッちに近づく前に告白! そんで振られたら高速バックステップで退散! 最初は呆気に取られてたけど、みんなあなたがいなくなった後すぐにお腹を抱えて笑いはじめたんだよ?」
客観的な視点で改めて聞かされると中々死にたくなりますね。ただの頭のおかしい人じゃないですか……今にも『そ、空が落ちてくる!』とか言い出しそうじゃないですか。バックステップなんてしてたかな……。
「その時結衣様は確信したのかも。あなたとならやっていけるって! 男子全員集めてお笑いコンテストしたじゃない? あれただの出来レースだから」
フォ……!?
「漫才のネタなんて誰のも読んでないよ。全部あたしたちが処分したから。ただ結衣様があなたを誘いだすためにやったイベント。だから結衣様はあなたに相当な期待をしている」
「何その回りくどいやり方!!」
すると、高宮さんは急に俺の周りに回りこんで立ち止まりました。夕日に照らされた高宮さんの顔はそれはそれはとても綺麗で……。
「ちょー!不器用なの結衣様は! 自分の本当の気持ちも分からないぐらいに。結衣様が男子に心開いたことなんて初めてなの……だからこれから辛いこともたくさんあると思うけど、結衣様をよろしくお願いします」
そう言って高宮さんは深々と頭を下げました。
あはははは! あの美女と一緒ならどんな辛いことだって平気ですわ!
そう思っていた時期が、確かに私にもありました。




