いよいよクライマックスに近づいてきましたね……今度こそね、今度こそ
「結衣さんあの……」
「ぶつぶつ……」
いよいよ自分たちの出番直前という事で、舞台袖で待機しております。
チラッと見える舞台では、他のコンビたちがしっかりと笑いを取っているようで耳が痛くなるぐらいの歓声がこちらにまで届いております。
そんな状況下で当然こちらにはプレッシャーやらなんやらかかってくる訳ですが、結衣さんにかかるそれは俺の比ではないようです。
完全に闇落ち寸前といった様子で、一人で壁を向いて何か呪詛のような言葉を呟いています。チラッと横顔を覗いてみますと、今にも豚は死ね!と言いそうな邪悪な表情を浮かべており、とてもこれから笑いを取りにいこうと言う人間のそれではありません。手もブラブラ、足を何度も落ち着きなくばたつかせいて、見るからに冷静さを欠いている感じ。
これはまずい……。試しに小声で話しかけてみることに。
「結衣さんやーい……」
「勝つ……絶対に勝って……」
やばめの自己啓発にはまっている人のようだ……。
「結衣!!」
後ろから肩を少し強めに叩いて大きな声で呼びかけると、結衣はまるでおどかされた猫みたいに体を大きくはねさせました。やっと俺の顔を見てくれました……。
「酷い顔でしたよ、結衣」
「えっ……あ、ごめん」
結衣は片手で自分の頭を押さえて、心ここにあらずって感じの顔をしています。俺に言われるまで自分の酷さに気づいていないようでした。
「これから人を笑かそうってのに、そんな酷い顔じゃウケるものもウケませんよ」
「分かってるけど、本当にこのままで大丈夫なのかとか、このネタであのネタに勝てるか……」
それを今、本番前に言ってどうなるものなのでしょうかね……完全に場の空気に飲まれてやがります。やれやれです。なんか自然と来夢みたいな口調になってしまいました。さて、どう声をかけたら正解なのでしょうか。
「結衣はあいつらに、誰かに勝ちたくて漫才始めたんですか?」
俺がそう言うと、結衣ははっとした表情を浮かべました。そんな結衣の手を自然と握って、その海とか宇宙とかを閉じ込めたみたいな大きな瞳を見つめます。
「俺は結衣と一緒に考えたこのネタをたくさんの人に見てもらいたいです」
スタッフさんが俺たちのコンビ名を呼んでいます、もうすぐ出番です。それなのに俺たちは向かい合っていて、互いの手を握っています。
「俺は結衣のことを信じてます。なので」
出囃子がけたたましく鳴りはじめました。いよいよ俺たちの出番です。俺は結衣の手を離して、ステージへと向かいます。
「結衣も俺のことを信じてください」
眩いばかりのスポットに照らされたステージに飛び出すと、地が割れんばかりの拍手とたくさんの人が眼下に広がっています。それでもどこか頭がクリアなのは、キスティス先生も失神してしまうような臭い台詞を吐いたからなのでしょうか。
センターマイクの前に立って、一度結衣の顔を見ます。
なんだかすっきりしたような、とても凛々しくて綺麗な、俺の好きな結衣の表情がそこにありました。
「どうも、U2です!」
二人でもう何千回言ったから分からない台詞を口にします。さっきまでの緊張が嘘みたいに、結衣はネタに合わせたクールな表情を作っています。そのちょっとスンとした表情に少し笑いそうになってしまいます。
「いやぁ……モテますね、死ぬほど」
「どうしたんですか、結衣さん。怖いんですけど」
「告白すごいされるの……毎回断るのが大変で。ちょっと祐亜くん、私に告白してきてよ。振る練習したいから」
「倫理という言葉はご存じ?」
体に染みついたネタをほとんど反射で繰り広げる中、俺は何故か考えていました。
どうして結衣のことが好きなのか、そのことを考えていました。
初めて見た、結衣のあの横顔を思い出していました。




