かませ犬ってそもそもなんなんでしょうかね
「えー、今日はよろしくお願いします。簡単な本日の流れを説明させていただきます」
ステージの上で、集まった40組、ないし80人が誰もいないアリーナの観客席に座り、ステージの上にいる小太りのスタッフの話を真剣に聞いています。ピリピリとした、息をするのもしんどいうような独特な緊張感が辺りを支配しています。横に座っている結衣も、人でも殺しそうな目をしてスタッフさんの話を聞いています。
いよいよという感じがしてきました。もう少ししたらあの場所に立って、たくさんの人の前で漫才をするのかと思うと、やっぱり体が震えてきます。
「あのクソ男……絶対負かす……」
横から地獄から響いてくるような結衣の声が聞こえてきましたが、俺はあえて聞こえないふりをしていた。こいつは相当プッチンきていますなぁ……。
これから数時間後に大会が始まり、プロのお笑い芸人や作家さんたちの審査員票が50パーセント、会場のお客さんの票が50パーセント。それの得票数の上位8組がクリスマスイブにある決勝戦に進めるという算段でございます。
ぱっと周りを見渡してみると、どいつもこいつも血走った目をしていてやばい。そうですね、これに人生かけてる訳ですよ皆さん。
決勝に行けば、賞金は100万。大手のネット配信もあって、さらにテレビで活躍している芸人さんもたくさん参加されるらしいですし、大手の芸能事務所からのスカウトなんかも当然ある訳でしょう。文字通り人生が変わるわけです。今日は何の配信も入っていないので、ここで終わったら何の印象も残らず終了。今までの努力も水の泡という訳です。
正直芸人になりたいかと言われたら、いやそれはちょっと……って感じの自分からすると、周りとの温度さはえげつないものがあります。
俺は結衣の側にいたいという一心でここまで決まってしまった訳ですからね。勿論、負ける気も手を抜く気もありませんが。少なくともさっきの結衣に喧嘩売ってきた阿呆共に一泡吹かせてやりたいのは同じ気持ちですね。
スタッフの注意事項と説明が終わってから、一斉にぞろぞろと立ち上がり、みなさん急いでどこかに消えていきます。まぁ十中八九ネタ合わせでしょう。勿論……。
「祐亜、ネタ合わせするよ……」
完全にバーサーカーの目をした結衣が、そう言ってきました。完全にスイッチ入っちゃってます。
「潰す……」
ヒュー……(コブラのモブ並感)
なるべく人気のない場所を探して、二人で移動していきます。とてもじゃないですが話しかけられません。すごい空気だ……。えげつない闘気です、至高の領域にかなり近い……。∔
「祐亜」
ざわめきから少し遠ざかって薄暗い廊下を進んでいると、結衣が背を向けたまま俺の名前を呼びました。
「どうしました?」
「いよいよここまで来たね」
その声はわくわくと、それからかなりの不安もあるように、感じられました。
「祐亜は……どう思っている?」
お。もしかして結衣なりにこんな所まで強引に連れ回して申し訳ない的な良心の呵責が発生している……!? 俺から言わせたらかなり今更なことなんですが、怒ったり、急にしおらしい態度みせてきたり、初めて会った時は絶対見せてくれなかったであろう一面を見せてくれるようになったことがたまらなく嬉しくて、それだけでここまで頑張ってきたかいがあるってものです。
そして結衣がこういう時、なんて言って欲しいのか、それも分かってきたつもりです。
「正直、お笑いの事とか、情熱があるかって聞かれたら、自信を持って答えることはできないんですけど。少なくともさっき絡んできた奴らには絶対負けたくはないですね!」
俺がそう言うと結衣は立ち止まり、こちらを振り向いて、実に素敵で、悪そうな笑みを浮かべました。
「やっぱ祐亜は分かってるなぁー!」
その笑顔がとても素敵で、思わず一晩で法隆寺を建ててしまいそうになります。ぁあああああああああああああああ!!!!!!! ものすっごい可愛いんじゃぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! 早く付き合って公序良俗に反する不健全な行為に勤しみたいんじゃぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
それから開園するまで、もう何百回やったか分からないネタを数回通して、細かくチェックして、お互いの気持ちを高めたり、ラジバンダリ。
この場にいる人間で自分が一番気負ってないし、緊張もしていない自負があるんですが、今まで見たことないぐらい強張った顔をしている結衣を見ると、流石に背筋が伸びますね。
開場して、控室で待機します。我々の出番は20番目。ちょうど真ん中ですね、結構いい番号だと思います。他のコンビのレベルとかも知れますし、ある程度場もあったまってるかも知れませんし。
出番の何個か前までは大きな控室で待機、中央に大きなモニターがあって、そこで舞台の様子が映し出され、他のコンビのネタを確認することができます。
半分ぐらいのコンビはそのモニターを見て、もう半分は構わずにネタ合わせって感じですかね。
見ているみんな、鬼気迫る表情でモニターを見つめていて、地元の繁華街にボートレースのチケット売り場があるんですが、あそこにいるくしゃくしゃにチケットを握りつぶしながらモニターを睨む、歯の溶けたおっさんたちみたいな顔を全員がしています。
後ろからボソっと誰かの、
「……滑れ」
という呟く声が聞こえてきて、思わず鳥肌が立ってしまいます。ここにいたら頭がおかしくなりそうだ。帰って教育テレビとか、早く何か優しいものが見たいです。
開始、2、3組のトップバッターの方々は正直緊張が隠せておらず、笑いもまばらで、見てるこっちがしんどいくらいだったのですが、そこからは段々あがり調子で笑いを取るコンビが増え、見ていた俺も普通に笑ってしまいました。しかしながら笑っているのは自分だけで、他の人たちはモニターから会場がウケる様子が映し出されると、露骨に舌打ちをしたり、貧乏ゆすりをする人がいて、すごく怖かったです。面白いのなら笑えばいいのになと僕は思いました。(小学生並みの感想)
そうこうしていると、今朝結衣にちょっかいをかけてきたヤンキー崩れと気の弱そうな大学生のコンビがモニターに映し出されました。何気なく横にいる結衣の顔を覗いてみると、まるで汚物でも見るような表情を浮かべて居ます。
『どうもー!! 風神雷神です!!』
なんて強そうなコンビ名なんだ……。性格の悪さが顔にへばついていたヤンキー崩れの兄ちゃんも、まるで別人のようにニコニコ愛想を振りまいていてなんだか笑ってしまいます。さーて、お手並み拝見と行きます!!
『いやーそう言えば僕この間ね……』
(なんて斬新な設定なんだ……!)※決して思い浮かばなかった訳ではありません
『いや、お前ポールギルバートみたいになってるやん!!』
(ここにあてはまるツッコミはそのワードしかない!!)※思いつかなかった訳じゃありません。
「それで僕言ってやったんですよ、お前その話君の名はとダイハード足して2で割ったみたいやなって」
(こんなに華麗な伏線回収を見たことがない……こんなに斬新なお笑いのネタ見たことないです……)※そんなネタが思いついたら、今私はなろうに小説を投稿していません。
風神雷神の二人が頭を下げると、場内は割れんばかりの大拍手。笑いの量をこれ以上ないってぐらいで、まるで本物のプロみたいでした。あの噛ませみたいな見た目と言動から、この漫才のクオリティ……いやはや、感服仕る!!!!
素直に二人の漫才に感動してしまい、気になって結衣の顔を見ると、腕を組んだまま悔しそうに歯ぎしりをしていました。なんてラブリー……!! けれどこれじゃ俺たちの方がかませになってしまう!! バカ野郎お前!! 俺はおまえたちのかませ犬じゃねぇぞ!! (革命戦士並感)




