表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/88

人を狂わせるのもまた人なのであると、そういうことなんですな

「お、お帰りなさいませ、お……嬢様」




「はぁー!? なんですかそれ!? もっとカッコつけて気取ってよ!!」




「はぁ……お家帰りたいよぉ……」




執事服をお披露目したら帰れるだろうと甘く見積もっておりましたら、クラスの女子たち監修のもと執事接客講座が始まってしまいました。

ただでさえ小さな体を申し訳なさそうにさらに小さく縮こまらせている梨乃ちゃん相手に接客して、ある程度のものを女子たちに提示できたら帰れるそうです。

馬鹿なのかな?




梨乃ちゃんが教室の外から入ってきて、それを俺が出迎えて席まで誘導して紅茶を出す所までがワンセットだそうです。ご丁寧にパッと見高そうなティーポットまでご用意されてまして。

……中身は市販のアイスティーですけど。




「今さら照れても仕方ないでしょ! とにかく活力を見せて! 祐亜くんの背景にロンドン橋が見えるような……そんな感じで!!」




さっきからフルスロットルの野尻さんが身振り手振りで俺に酷く抽象的なことを必死に伝えてきますがなんのことやらです。

なんやねん、ロンドン橋って。そんなもん落としてしまえ、歌のように。




「あっ……えっと、その……祐亜くんがんばろ?」




息荒くまくし立てる女子たちの中にあって梨乃ちゃんだけは薄幸の笑みという言葉が似あう切なげな笑みを俺に向けてくれます。

きっと彼女もこの集団に心底迷惑していて早く帰りたいに違いない……しかし女子特有の同調圧力でそれが許されないに違いありません。




仕方ない、ちょっとひと昔前ファミレスでバイトしてた時の愛想笑いの鬼と言われた俺の接客テクを魅せるか。

俺と梨乃ちゃんの帰路のために。




「そこまで言うなら次は本気でやらさせてもらいますわ! じゃあ梨乃ちゃん、もう一回入ってくるところからお願いします」




「う、うん」




そう言って梨乃ちゃんは一旦廊下に出て、二拍ぐらい間を空けてから教室の扉を丁寧に開きました。そこに俺はぺこりと軽く頭を下げてから、今世紀最大の営業スマイルを向けます。そして大きな声でこんにちわ!!




「いらっしゃいませ! ようこそ執事喫茶ワグナリアへ! お客様は一名様でしょうか? お煙草はお吸いになられますかぁー?」




「「「「「「「違うだろぉおおおおーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」




瞬間、女子たちの異口同音の特大の罵声。

野尻さんが俺の元へと飛んできました。

目が座っています、俺より頭一個分小さいはずなのに彼女の放つ闘氣に成せる技でしょうか、男塾に出てきそうなサイズ感に感じてしまいます。




「何を照れてんの? 今更その格好して何を恥ずかしがってんの? 」




「え……あの……場を……和ませようと思って……はい、すいません。お嬢様とか言うの恥ずかしいです……はい。それで茶化してしまいました……」




普通にガチ説教の雰囲気と、遠巻きから眺めてくる女子たちの絶対零度の冷たい視線に俺は身動きが取れなくなってしまいます。

ふと、教室の前方に掛けられている時計に視線をやります。針はとうの昔に17時を過ぎております。

こんな時間まで何してんの俺たち。馬鹿じゃん!!




野尻さんは特に俺を責めるような言葉を紡ぐでもなくただじっと俺の目を覗き込んできます。そのあまりの威圧感に俺は身動きが取れなくなってしまいます。




でもでもだってだって恥ずかしいじゃないですかー!! お帰りなさいませお嬢様なんて!! 恥ずかしいものは恥ずかしいんです!! だって全部嘘じゃないですか!! ここは彼女の家でもなければそもそも彼女はお嬢様じゃないんですよ!! 全部まるっと嘘じゃないですか!!

嫌だ嫌だ嫌だ!!あなたたちだって彼氏からエッチな女優さんみたいな台詞をそういう時に無理やり言えって言われたら嫌でしょう!? そういうことなんだよなぁ……。




伝えたいことは山ほどあるけど中々言葉になってくれません。というか火に石油王を注ぐ結果になりそうなんで黙っておきます。あえてね。

野尻さんはそんな俺の心の機微を悟ったのかどうか知りませんが、しばらく視線を落としてからまた顔をあげてこんな事を言い始めました。彼女の目はまるでラムネの中のビー玉のように綺麗に輝いています。




「あらかじめ言っておかなければならないことがあったわ。祐亜くんは……かっこいい」





は? 

急に真顔で何を言いだすんだこの人は……。

呆気にとられる俺を意に介さず野尻さんの言葉にどんどん熱がこもり、盛り上がっていきます。




「この4組には学年屈指のイケメンたちが揃っている。その中でも祐亜くんは一番かっこいい!! 嘘じゃないよ!! 飛びぬけてかっこいいよ! みんなそう思うよね!?」




「そうだそうだ! カッコイイ!!」


「かっこいいよ! トップクラスだよ!!」


「芸能人になれるよ!!」



彼女らはほんの僅かなアイコンタクトを交わした後、野尻さんに続き急激に俺のことをよいしょし始めました。さながらその異様な雰囲気は新興宗教のそれ。




これはまさに太陽と北風戦法!! もっと言えばバカもおだてりゃ木に登る作戦か! ふん、笑止千万!! 数々の修羅場を越えてきたこの俺がそんな子供だましにかかるはずもない!! 




「祐亜くんまつ毛長い!」


「祐亜くん目鼻立ちくっきり!」


「シャツを腕まくりした時がすごいセクシー!」


「いい匂いする!」


「シャツがいつもピシッとしてて清潔感がある!」




なんだ、なんだこの感情は……。

波のように押し寄せる有象無象の女子たちの褒め褒め言葉の弾丸が確実に俺の体を貫いていきます。なんだこれ、……。何故こんなにも心がかき乱される!? 何故こんなにも……悪くないの?


ち……ちなみにま、まだあるの?




「祐亜くん料理上手!」


「祐亜くんちょろい!」


「祐亜くん優しい!」


「祐亜くんモテる!」


「祐亜くん簡単!」


「祐亜くん字がキレイ!」





完全に気持ちよくなってきた……。

いかん調子に乗ってまう。調子に乗ってまう!! こんなんは調子に乗ってまうんよ!!




「そう私たちクラスの女子みんな、神村さんたちよりずっと前から祐亜くんのポテンシャルの高さを知ってたの!! だから私たちに力を貸して!! 祐亜くん!!」



「「「「「「「祐亜くんお願い!!」」」」」」




かつてこれほどの羨望やら期待やらが入り混じった熱視線を貰ったことが自分の人生であったか、俺はなんだか感慨深い気持ちでいます。



ホーネストリーに申し上げますと俺は結衣一筋です。

ここ最近魅力的な女の子から好意を向けられることが何回かありましたが、わたくしの根幹には結衣への愛でいっぱいなんです。好き好き大好き超愛しているのです。




だかしかしバット!!




他の女の子からの好意が嬉しくないわけない!! 

言ってしまえばチヤホヤされたらそれはそれで気が狂うほど気持ちがいいんですわ!! だって男の子だもん!!

チヤホヤされて楽しくないやつが大多数ならキャバクラなんて数光年前に廃れてしまっているんですよ!!


そして得てして過剰な一筋系ラブコメ主人公は嫌われるものなんですわ!! 

女の子からの期待やらフラグやらを片っ端から回収してこそのラブアンドコメディ!! その結果それがコメディではすまなくなったとしても俺はもうなんだその!? 何!? 何の後悔もありませんってこった!! 喜んで刺されましょうや!!

だってチヤホヤされるの楽しいんだもん!!!!!!! あはははははは!!!!!!!!




「みなさん、やってしまいましたね……」




俺は最近少し伸びてきた髪をゆっくりとかき上げながら辺りをぐるりと見まわします。つい数刻前の俺との雰囲気の違いに困惑されているのか固唾を飲んでクラス中の女子たちが俺の次の言葉を待っています。




カチリと、自分の中で今まで押されることがなかった謎のスイッチが強く押し込まれたのを感じます。




「俺の中の執事スイッチ、押しちゃいましたね」




『今から梨乃ちゃん……いや、梨乃お嬢様に全力で傅かさせて頂きます。よろしくお願いいたします』




俺がそう述べて恭しく頭を下げると途端にあがる校舎中の空間を引き裂くような黄色い歓声。

その中にあって俺は一切表情を崩さず柔和な笑みを浮かべて梨乃ちゃんの目を真っ直ぐに見つめます。

さっきまでひたすら困惑していた梨乃ちゃんの表情は途端に林檎のように真っ赤になって視線を俺に合わせないよう必死に床を見下ろしたり天井を見上げたりと大忙しです。




「あ、えっと……ごめんなさい! 私ちょっと用事を思い出してもう帰らなきゃ!! ご、ごめん!」




少し上ずった声で明らかに恥ずかしがってる様子を120%全身の身振り手振りで伝えてくる梨乃ちゃん、いや梨乃お嬢様。

ふふふ、お可愛いこと。




慌てて踵を返した梨乃お嬢様は扉と教室のわずかな段差に躓かれて態勢を崩されてしまいます。

そしてそれを黙って見ているようでは我々コンバトラーは失格なのでございますよ。(※祐亜くんはちやほやされたせいで少し頭がおかしくなっています)




『お嬢様、慌ててはいけません。怪我をされてしまいます」




「は、はひぃ!!?? //////」




前のめりに倒れそうになっていたお嬢様の体を後ろからすくい上げるように抱き寄せて、耳元でウィスパーボイスを優しく出すとお嬢様はとても初心な反応を見せてくれました。お可愛いらしいこと(※祐亜くんは脳が半分ほど溶けかかっています)




『お嬢様、オペラのご歓談に行かれる前にご紅茶を是非飲まれてからご出立されて下さい。今日は午前の紅茶ストレートティー2017年物をご用意させていただいております』(※祐亜くんは数時間後生まれてきたことを後悔することになります)




「お、……おぺ? ふぇ?」




「「「「「きゃーーー!!!! 祐亜くん!!!!」」」」」
















時に信仰は人の心理や精神を汚染し、不相応の役割を与え、まるで自分が違う誰かであると錯覚させて狂わせます。

教祖は一人では生まれない、担ぎあげたものがいればこその教祖。

ずぶずぶと底なしの沼に担ぎ上げられた教祖と担いだ信者たちも身動きが取れずに沈んでいくのです。


つまり何が言いたいかというと、俺はあの後以降の記憶が酷く曖昧で何も思い出すことができないのです。






確か俺はあの夕方の教室でクラスの女子たちの追い求める幻影シャドウフットマン祐亜という謎の人格に肉体も精神も乗っ取られてしまいました。そしてさらには廊下に見学しに大勢集まった他クラスの女子たちの前でも存分にその奇天烈なコンバトラーぶりを発揮する大規模な二次災害も発生。




服を脱ぎ、正気に戻ってから帰宅してお風呂場で髪を洗いながらしんしんと泣き、俺は明日学校を休むことを決めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ