サーカスナイト
「ぷろじぇくとまっぴん?」
「プロジェクションマッピングっすなー。建物に映像が映ってわーってなるみたいな」
「むむむ……まったくわからん」
人と人とでごった返すパークの大きな広場の前で、俺と亜弥さんは広場の端の方にあるレンガの階段の段差に腰掛けて、目の前にある大きな洋風の建物を眺めております。
亜弥さんは長めの横文字に弱いのか、腕を組みながら首をかしげている所です。
今からここで件のプロジェクションなんとかを利用したショーが開催されるとのことです。すごく評判が良くて、それを裏付けるかのように辺りにはたくさんの人がいて、見辛そうなサイドの位置まで人がびっしりと立っています。これは楽しみです。楽しみ……はぁ……。
「まぁあれですよ。見たらきっと感動しますって!」
と横を向いて亜弥さんに笑いかけてみたんですが、しかしうわー……もう全然話変わりますけど腕を組んだことによりまして亜弥さんのナイスな胸が強調されておる……。
ほえー……ほう。なるほどね。
大丈夫、大丈夫!! 祐亜くんは俗物ではぁ、ございまぁーせん!!(利きくらべ並みの感想)
そんなジロジロ見るような真似……!
でもあれだよね、あれ。
興味がないって言ったらウソになりますよね。なります、なります。
あぁ、見てはいけない見てはいけない見てはいけない見てはいけない見てはいけない見てはいけないちょっとだけ見たあとはもう見てはいけない。
男の視線は分かりやすいってお姉ちゃん言ってたもん!
けどなんかこうあれだよね、ただ胸部が膨れているだけっていう状態なのにそれに魅力を感じるってなんなんでしょうね? 生まれた時点でそういう風になっているというかDNAレベルで刷り込まれてるんでしょうか、不思議だよね、おっぱいって。もうなんつうかそもそもの言葉自体の響きがエロいですよね。
『ぱ』かな? 『ぱ』なんすかね? 『ぱ』の部分だよね? 『ぱ』だよね? もうなんかもし仮におっ『ぱ』いがおっ『は』いだったら全然セクシュアリティな感じが足りませんもの。
もうなんかぱ行全体の猥褻な響き、猥褻なニュアンス? ありますよね。言葉って不思議だなーって思いますよね。特に日本語って一文字変えたり、言葉のアクセントを置く場所によってニュアンスが大分変ってくるっていうか。
「祐亜? なんだかせわしないな」
「うん?は!? なんすか? 全然ぜんぜぜん見てないですけど!?」
そう、俺はテンパっていたのです。
誰がどこからどう見たってテンパっておるのです。正直亜弥さんのおっぱいが大きいなんてちょっとしか関係ないのです。
それはCCBがマジのトーンで止めることを懇願するぐらいのロマンティックすぎるこのパークの雰囲気ですとか。
普段凛とした佇まいの亜弥さんの、さらに大人びた雰囲気と言いますか。
……こんなこと自分で言うのもなんですが、そのなんですか……この亜弥さんの全身から発せられている恋する乙女感ですか。
言ってしまえばいつかの夏の日の来夢と同じような空気感を纏っている亜弥さんに、俺はただひたすら戸惑っていたのでした。
そこからショーが始まるまで俺たちは無言でした。
いろいろ言葉や話題を探してみたんですがどれも上手くはまる気がしなくて、俺は地上の眩しすぎる明かりのせいで何も見えない真っ暗な夜空をただただ眺めていました。
肩が触れるぐらいの亜弥さんとの本当の距離が全然分からなくて……いや、怖いんです。
もし自惚れでも思い込みでもなくて亜弥さんが俺のことを……。
そうなったら俺は。
「む、はじまるみたいだな」
亜弥さんが呟いた言葉にはっとなって視線を目の前の建物に戻すと、目の前には色鮮やかで綺麗な映像が映し出され、そこに音楽が流れて天使の恰好したりサンタの恰好したキャストの人たちがそれに合わせて優雅に踊っていく。
俺はそれを見て、あぁそういえば来月はクリスマスだなーなんて思ったり。
近くで見ている人たちの息が漏れるのが聞こえてきます。
時期外れなのが気にならないくらい幻想的で、足元がふわふわするような感じです。
「夢みたいだな」
「そうっすね」
隣の亜弥さんの顔をなんとなしに見てみると、なんだか何かを懐かしんでいるような遠い目をしていました。
その横顔は微かに笑っているのにどことなく寂しそうな、泣きそうな、いろんな含みを持っているようなそんな表情で。何かを伝えたそうな。
あぁ、できるなら俺は……ごめんなさい。
俺本当は何も聞きたくないんです。
ただふざけて笑っていられたら、それで。
情けない、俺は本当に。
「中学生のころ、結衣たちと遊園地に行って……その時もこんな暗い時間にパレードを見たことがある。私はそういうのを見るのが初めてで、すごく楽しくて、ついついはしゃいでしまって。そしたら結衣がそんな私を見て笑って『亜弥、可愛い』って言ってくれて。私はそれがたまらなく嬉しかったのを覚えてる」
「二人は昔から仲良いんですね」
季節外れのクリスマスのメロディが聞こえてきて、目の前の建物にはまるで煌びやかな雪の夜空を飛んでいると錯覚するような映像が映し出されていて、辺りからは歓声や子供たちの喜ぶ声が聞こえてきます。
亜弥さんは俺の言葉を聞いて、物憂げな表情をして少し唇を噛みしめて、それから押し黙ってしまいました。
「結衣は私が持っていないものをいっぱい持っていた」
亜弥さんがそんなことをぼそっと言ったのは、もうショーも佳境を迎えるかという所のことでした。
口にすることを後悔しているようなそんな声色で発せられた言葉が、こんなにたくさんの人がいる空間で俺の耳にだけはっきりと届いていて。
「綺麗で可愛いくて、女の子らしくて、結衣をいじめていた連中だって本当の結衣のことを知れば多分愛さずにはいられない。そうだな、本当にお姫様みたいなやつだよ、私がずっと昔から憧れていた、そんなお姫様。私にはなれない……」
「がさつで乱暴で女らしくない私には結衣が憧れで、それから友達であることが誇らしくて、頼られることが嬉しくて、それから……少しだけ」
「悔しかった」
イルミネーションを映している亜弥さんの大きな瞳から、ゆっくりと涙が一筋零れ落ちていきました。
もう俺はただ何も言えなくて、亜弥さんの横顔を見ているだけしかできなくて。
言えないんじゃなくて、言いたくなかった。
「結衣は可愛くて、綺麗で、けどそれを驕ることこともなくて。優しくて、友達思いで、それでいて嫌味なくはっきりしていて、完璧で眩しくて、私みたいな弱くて卑屈な人間からすると、そばにいることが辛くなる時が……あった」
こんな亜弥さんを見るのは初めてです。
いつも凛としていて、時々少し抜けてる所があって。
けど強くて、堂々としていてかっこいい、そんな亜弥さんが。
「何度思っただろう。結衣になりたい。結衣みたいになりたい。髪を変えても、スカートを少し短くしてみたって私は可愛くなれない。結衣だったら、思わずにはいられない。もし私が結衣だったら……」
「私が結衣だったら。祐亜のこと。誰にも渡さないのに……」
そんな亜弥さんが泣いていました。
ショーはフィナーレの色鮮やかな花火が打ちあがっていて、音楽もますますボリュームが上がっていて。きっとこれのせいにして聞こえない振りをしたら、もしかしたら俺は明日もきっと今みたいに変わらずにみんなとつかず離れずな関係のままでいられたのかも知れないのに。
けどこんな必死で悲痛な、自分自身が一番苦しんでいるような声、聞こえない訳がない。聞こえない振りなんてできない。
「こんなの初めてなんだ。誰かのことを想って眠れなくなったり、苦しくなったり、一人で泣いたりするなんて」
「お前と会った時から変なんだ。楽しいことも悲しいことも、全部その中にお前がいる。なんで……なんで祐亜のことを……分かってるのに。こんな……どうにもならないって分かってるのに。入る余地なんてないのに。私は最低だ」
「友達の好きな人を好きになるなんて」
いつの間にかショーは終わっていました。
さっきまでたくさんいた人たちはみんな消えていて、夢みたいなあの光景の欠片はもうどこにも残っていなくて。
なんだか、すごく真っ暗だ。
「夢みたいだった、今日のこと。今までの事」
亜弥さんはすっと立ち上がって腰のあたりを軽くはたきながら、俺に背を向けています。俺もそれに続くように黙って立ち上がりました。
集合時間までもう少ししかありません。この夢の場所の時間もあと少し。
「一つだけお前に聞いておきたかったことがあるんだ」
亜弥さんはこちらに背をむけたまま、次の言葉を紡ぎました。
「もし結衣より先に私に会っていたら、祐亜は私のこと……好きになってくれていたか?」
足元がぐらついていく。ここから逃げ出せたらどんなに楽なんでしょうか。
俺は一体なんて言えば……。
亜弥さん、違うんだ。本当に最低なのは、絶対……。
「亜弥さん……俺、俺は!」
俯いて拳を強く握りしめて、やっと前を向いて口を開いたら、すぐ目の前に亜弥さんの顔がありました。
俺は急な事態に何の反応もできず、亜弥さんにシャツの襟首を掴まれてて、そのまま亜弥さんの方に引き寄せられて。
すぐ隣でしていた甘い匂いが強くなって、唇に柔らかな何かがあたった後、俺の脳は何も考えられず完全にショートしました。
へ?
「こんなキス一つで今までのこと、色んなこと変わるわけない……けど」
「こんなこと、お前に嫌われる……結衣に嫌われる……けど」
「どうしたいいんだ? 無理だって分かってるのに……お前のことが好きで仕方がない。お前のこと諦められない……」
俺のことを見上げた亜弥さんは見たこともないぐらい弱々しい表情で、俺に何かを求めているようなそんな表情で。
俺はそんな亜弥さんに何も言えなくて。固まってしまって。
亜弥さんはそんな俺を見てはっとした表情をして、視線が横に何度も動いて明らかに動揺していて顔を手で押さえて後ずさりして。
「亜弥さん、あの……えっと! 待って、待ってください」
「ごめ、私、こんなことする……つもりじゃ……ごめん、ごめんなさい!」
亜弥さんはポロポロ涙を零しながら、俺を置いて走って行ってしまいました。
俺はその背を追うことも、そこに何か言葉をかけることもできず、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。
なんだかしょっぱい味がします。
ふと見上げた夜空は相変わらず星の一つも見えなくて。
そんな吸い込まれて消えてしまいそうな夜空を眺めながら俺は。
あぁ、もうきっと今までみたいにはいられないんだろうなって。
今日で決定的に何かが変わってしまったんだって。
それがきっと悲しくて辛いことなんだって、そう思わずにはいられませんでした。




