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結局プロレスが一番アート的側面を持った格闘技ってことなんですよね。

「嫌! やめて!! 両想いの私たちの二人の仲を引き裂くだなんて!? あなたたちに心はないの!?」




「はぁー!? 葵ちゃんが仕切って言いだしたことでしょ!? 本当は今日私と一日ごにょごにょ……あーもう!」




結局時間いっぱい俺の膝枕でごろごろした葵は時間になってもその体勢を崩そうとしなかったので、探しにきた結衣たちに無事連行されていきました。

俺はと言うと、周囲の奇異と侮蔑の視線に晒されもうライフはゼロに近いです。

助けてぇ……助けてディアンケトおばさん。

俺は普通にこの空間を人並みに楽しみたいだけなんですのに……。





「次は私」




ベンチに座って軽くうなだれていると、目の前にはいつもと変わらずポーカフェイスな柳さん。

首にくるくる巻いた黒のマフラーをいわゆる萌え袖の手で抑えている柳の姿は少しグッとくるものがあったりしますね。

柳はいつもの何考えてるか分からないつぶらな瞳で俺のことをじっと見つめています。

これは俺にリードしろって目ですね、付き合いもそろそろ長くなってきたのでなんとなく察してこちらから喋りかけます。



「あぁー……。何かリクエストはあります? 乗っておきたいアトラクション的なものとか」





「お腹減った」




柳、ぶれませんね。結局それかい。

ブレザーのポケットからスマホを取り出して時間を確認してみると時刻はお昼にはちょっと早いぐらいでした。でもあんまりジャストのタイミングで行くと混みあってしまいますからまぁ悪くない時間ですね。

ベンチからゆっくりと立ち上がると、少し足がピリっとしました。膝枕なんて滅多にしないからぁ……。ふわぁ…!!




「んっ」




立ち上がってしばらく痺れと戦っていた俺に対して柳は口を結んだまま何か言葉を発して、右手を俺の前にすっと差し出してきました。

え、何? ジルベルトスタイルによる殴り合いの所望ですか?

俺がその謎の所作に困惑していると、柳は眉一つ変えずに俺の顔をまたじっと見つめてきます。




「手をつなごう、迷子になるから」




一瞬俺の時間が止まって柳の顔をまじまじと見つめてしまったのですが、柳はとたんに恥ずかしくなってきたのか視線を斜め下に落として、ほっぺが一気に赤く染まってしまいました。

差し出していた手もゆっくり引っ込めようとしていたので、俺は慌ててその手を掴みました。




「ま、迷子になったら大変ですものね、こんな広いところで! 生きて帰れはしれない!」




「ん……ありがと」




ワンダリングワンダーワールドかよとツッコミを入れたくなるような俺の言葉に対しても小さく頷くだけで、そのまま俺は柳の小さな歩幅に合わせてパーク内を歩き始めました。相変わらず流されて変わってしまいそうなぐらいの人混みです。

葵みたいにベタベタされるのも恥ずかしいけど、こんな初々しい感じを出されるのもこれはこれで恥ずかしい……。

でも男女のカップルなんて俺たち以外にも山ほどいますし、これは俺の自意識過剰ですかね。周りは周りですごく楽しそうで他の人たちの事なんてこれっぽちも気にかけていない感じですし。



繋いだ柳の手は冷たくて、それからとても小さくて。けれど離れないようにしっかりと力を込めて俺の手を握り返してきます。

普段も口数が多い方ではないけど、今日の柳はなんかいつにもまして少ないような。

そんなことを思って隣を歩く柳に視線を向けると、柳もこちらを見ていたのか目と目が千早ちゃんよろしく合ってしまいました。

柳は顔に少しだけびっくりの表情を浮かべて、慌てて視線を前に戻しました。




「? 今日はなんからしくないっすね?」




「ん……考え事してた」





へー、飯食う以外のことにも思考裂けるんだーっと少し驚きました。

それからまた沈黙。まぁ葵がマシンガントークだからバランスが取れてていいです。柳との沈黙のこの感じに気まずさはあまり感じないようになりましたし。




それからしばらく、あたりのアトラクションとか人の行列とか見て、あー後であそこ行きたいなーなんて思いながら歩いていますと柳が急に立ち止まり、不意にこんな事を言いました。





「今日は……ごめんなさい」




ごめんなさい……

ごめんなさい!?




強さとは我儘を押し通す力のことだを自で通す柳から謝罪の言葉!? しかも急に?

バント失敗した後にまさかのヒットを叩き出した小林をベンチから身を乗り出して驚き見守る侍ジャパンのような目で柳を見つめていると、さらに思いもよらぬことを彼女は口にしました。




「結衣と……いたかったでしょ?」





フィッ!?

はぁ~!? あぁーえー……まあーあのぉーそうですね、そりゃまぁー。ねぇ?





「前までは……結衣は祐亜のこと全然好きじゃなかったから邪魔してもいいかなーって思ってたけど」




ダメだろう……。




「最近の結衣は、ちょっと違う気がする。なんとなく」




柳が喋るたびに白い息が浮かびあがってすぐ消えて、繋いだ手から柳が震えているのが伝わってきてしまいました。

なんだか様子がいつもと全然違って俺はおろおろしてしまい、何も言葉を捻り出せませんでした。

そんな俺を彼女はまっすぐに見つめてきます。




「もう言わなくても知ってると思うけど……」




「私は祐亜が好き、とっても」




それはすごく唐突で、それから人混みと周りの喧騒にかき消えてしまいそうな小さな告白で。

それでも俺の心臓を締め付けるには十分すぎるほどでした。

いや……正直そんな鈍感ではないので、なんとなく分かってはいました。けれど改めてはっきりと口に出されるとかなりガツンとくるものがあります。




周囲が何事かとこちらをチラチラと気にし始めました。ヒソヒソと何か俺たちを見ながら足を止めている人たちもいます。

気にしないで! 帰って!! 良かったら退園して!!




「……っ!? は……えっと? え……あの……!? 柳さん!?」




「優しい祐亜が好き、それから料理が好きな祐亜が好き、何言ってるか分からない祐亜が好き。あったかくて、くっついてるとすごく好き。大切に思う」




困惑して上手く言葉が出ない俺を待たずに、柳は俺を見上げながら当たり前みたいに言葉を紡いでいきます。繋いだままの手に痛いぐらい力が込められているのをどこか他人事のように感じている俺です。

柳さんに何が起きたんですの!?




「けど、」




柳らしいマイペースな口調でそれだけ言い切ると、柳は大きく深呼吸をしました。

それから繋いでいた柳の手から力が抜けて、俺の手から彼女の手がゆっくりと零れるように離れて。





「けど……それと同じくらいに結衣のことも大切に思ってる。私にとって結衣は、大切な、大切な友だち」




俺と向き合った柳の顔には今まで見たことのないような優しい笑顔が浮かんでいて、俺はなんでか初めて柳に会った日のことを思い出していまして。

あの時の柳は今よりも髪が短くて、俺に対する態度みたいに髪もジャキジャキで。おっかなくて。

それがいつの間にかこんな表情を……。

けどそんな笑顔とはちぐはぐに、袖から少しだけ覗かせている柳の指はかたかたと震えていました。




「初めての友達と……初めての好きな人。どうしたらいいのか今まで分からなかった。私、頭わるいから。けどやっとわかった」




「二人を、応援することにする」




柳のまるでりんごみたいに赤いほっぺたの上を小さな涙が、まるで星みたいに伝って落ちていきました。この胸の締め付けには覚えがあります。

夏の日、花火が照らすあの夜に来夢の告白を聞いた日と全く同じです。

周りの楽しそうな声や音と風景からすっぽりと切り離されてしまったみたいに。

俺は一瞬足元がなくなるような感覚がして気を失いそうになって、それから周囲の絶対零度の視線によって我に帰りました。




ちょっと待てちょっと待て待て待て!! どうした急に!? 何の心の準備もできてないんですけどいきなりすぎるんですけど周りの人たち不思議な目してこっち見てきてるんですけど!?




「ごめんなさい……私といても祐亜はきっと楽しくなかったのに」




「ちょ……ちょっと待って!」




遂に柳は下を向いて、その小さな体をぷるぷると静かに震わせて言葉を詰まらせてしまいました。彼女のローファーの爪先に涙がぽたぽたと零れて俺の罪悪感ゲージは振り切れてしまいました。

何がどうした!? なぜ!? なに!? 誰か知ってる!? 夜空はなんでも知ってるって誰か言ってたけどわかるかな!? 

行きかう人々はさながらロスインゴベルナブレスデハポン発足前、全うにベビーフェイスをやっていた内藤にブーイングを浴びせまくった大阪の会場の客のような視線を俺に送ってきます。ふざけやがって! 彼だって結果が出せないことにもがき苦しんていたというのに!




「結衣、呼んでくる……ごめんなさい」




余った袖で目元を何回か擦って、柳は俺に視線を合わせずくるりと後ろを向いてしまいました。

周囲からはあーあーと言うような俺を責め立てるような声も聞こえてきます。




その去っていく柳の手を掴んで、自分の方へと引き寄せてしまった俺を一体誰が責められるでしょうか。勢い余って完全に自分の胸の中に背中向きの柳を抱き寄せる形になりまして。

我ながら好きな女の子がいるのにこんな事しちゃいけないとは思うのですが、周りの視線がきついってのもありました。

だけれどもそれ以上にあのまま行かせたら柳との関係を、今までの楽しかった思い出とかまで無くなってしまいそうな感じがして。




「ふぅ……とりあえず落ち着いてくれません?」




「……っ!!/////////」コクコクコクコク!




俺の腕の中で、柳は一回ぴくっと跳ねた後壊れた鹿おどしのように首を縦に振っています。

それから急にしおらしくなってしまいました。




「兄ちゃんいいぞー!!」




「死ねー!!!!」




「きゃー!!!!」




「くたばれー!!!!!」



「気を付けろ、そいつ絶対他にも女いるぞー!!!」




「イヤォウ!!!!!!」




柳は落ち着いてくれたのですが、何事かと見ていたギャラリーからは歓声と罵声があがって、ちょっとしたフラッシュモブ的なものが始まったのかとさらに人が集まってきました。




流石にいたたまれなくなって俺は柳の手を掴んでひたすら人気の無い方へと走っていきました。なんで……なんでこんなことになってしまったの……?
















「ちっとは落ち着きました?」




パークの少し外れた所にあるベンチにちょこんと座っている柳に買ってきたホットの缶コーヒーを渡すと、柳は虚ろな表情でほっぺたにそれをあてて小さく頷きました。

目も真っ赤で鼻の頭が真っ赤。本当に林檎みたいだなっておかしくなってちょっと吹き出して、それから俺は隣に腰掛けました。




「それで……今日は急にどうしたんですか?」




俺が努めて優しくそう聞くと、すんっと鼻をすする音が一回して、まるで何でもないみたいに柳は言いました。




「昨日みんなが言っていた、押してダメなら引いてみろ。ギャップが結構くるはずって」




俺はそのままずり落ちそうになり、このままベンチが割れて上からタライが降ってくるんじゃないかと思った次第です。




「あの、脈絡って言葉知ってます?」




「最初は冗談っぽく言うつもりだったけど……」




柳はひとつ間を置いて、それからベンチの上で体操座りをして自分の膝をきつく抱きしめ始めました。おーい見えるぞー! それは見えるやつだぞー!




「祐亜と話してるうちにどんどん悲しくなってきて……祐亜と喋っちゃいけないとか、会っちゃいけないとか色々考えたら涙が止まらなくなった。泣く気はなかった、これはほんと。結衣が大切なともだちなのもほんと。応援するのは……ちょっとだけ嘘」




自爆型情緒不安定狼少年ですか……。たださえ女の子の涙に弱い男の子に大衆の面前であんなことするなんて普通にテロ行為でしょうよ。




と言っても俺は何と言葉を返していいのか正直わかりません。

結衣も好きだけど柳も好きだぜ! なんてこの場限りの軽薄な事が言えたらそれが場しのぎ的には最高なんでしょうが待つのはバッドエンドしかありません。

しかしここで誠実さ見せた所で、柳のせっかくの修学旅行の思い出を俺のせいで台無しにしてしまいますし。

それに来夢の時と違ってガチ告白という感じでもないですし……。





隣で柳が少しだけ泣きそうな表情を浮かべて、こちらを覗き込んでいます。この無自覚で発せられる小動物オーラを俺みたいなぺーぺーがかいくぐれるはずもなし。

捨てられ雨にうち濡れた子猫に唾を吐きかけられる人間がいるでしょうか、いやいない!





「迷惑……?」




その聞き方、本当卑怯だな……。





例えば本命の女の子以外全員に対して冷たくすればいいのかも知れない。それがある意味で本当の優しさなのかも知れないです。

好きな女の子以外に全く興味を示さなければいいのかも知れない。少女漫画の主人公みたいに。

1mmも結衣以外の事を考えなければいいのかも知れないです。




けど泣きそうな女の子に俺は……。




俺は息を大きく吐いてから、ベンチから勢いよく立ち上がりました。





「あぁー……。とりあえずご飯食べませんか?」




そもそも流されて流されてやってきたこの俺が、今更と言いますか……。

俺はきっと痛い目みるんだろうなーって、漠然と思ってます。




「柳の食いっぷりは好きですし、一緒にいて楽しいっすよ」




女の子は泣かせるなって言われてきたし、俺の言葉で泣き止んでくれるならそうしたい。

いや、違うな……。

ただ俺は。




腰に心地のよい感触がありました。

柳が俺の背中に抱き着いてきて何も言わずに、頭を俺の背中に愛おしそうに何回も擦りつけてきています。




「結衣に振られたら私の所にくるといい。私にはただちに祐亜を愛する用意がある!」




「ははは……応援してくれるんじゃないんすか?」





嫌われたくない。

少し関係を戻せたかも知れないけど、やっぱりあの日の来夢の泣き声が頭から消えないんです。

嫌われるよりは好きでいて欲しい……。嫌わないで欲しい、それなら俺のこと好きでいて欲しい。




結局その場限りの軽薄な言葉を吐く俺は最悪のクソ野郎です。

きっと恋の神様はこんな優柔不断な男は嫌いでしょう。

けどだったらどうすればいいのか? 

優しい悪意と冷たい思いやりだったらどっちがいいのでしょうか?




一度離れた柳がするりとぐるぐると感情をこじらせる俺の左腕に自分の腕を絡めて、顔を子犬が飼い主にするそれのように摺り寄せてきました。

ほっぺが寒さか照れかで赤くなったその顔はとても幸せそうで。

それを見てほっとして、それからちょっと死にたくなりました。




きっといつか酷い罰が……。



















「うわ……見てください、梨乃。さっきとは違う女とよろしくしてやがりますです。ひくわ。きも」




「下半身、太宰治……でしょうか」





あ   た   り   ま   し   た




目の前には頭にパークのメインキャラの被り物をしてチェロスを持ってうっきうきスタイルな来夢と梨乃ちゃんがいました。本日二度目ですね、なぜこんな人気の無いパークの端にいるのか。

彼女たちはそんなファンキーな出で立ちとは裏腹に汚物を見るような視線をくれた後、俺が言葉を発するよりも早くその場を去っていきました。

聞いてくれ言い訳を!! ちなみにさっきの葵の分までの言い訳も聞いてくれ!!




結局この後、柳と時間いっぱいまで滅茶苦茶食事しました。全部安倍政権が間違っているんだ。

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