ムーンライト・ラブ・パラノイア 下
「はぁう……」
あはは……ふへへ。うーん……いや、うふふ。
「あの………梨乃さんやい?」
けどね……うふふ。うーん!
「えへへへ……」
「もしもし梨乃さん!! ご飯粒零しまくってますけど!」
耳元で大きな声を出しているあきちゃんの声ではっとして、私は意識が覚醒しました。完全に私ってばトリップしておりました!
「は!? ここはどこですか!?」
「京都よ、大丈夫梨乃?」
は、そうです! 今私は修学旅行に来ていたのでした! そして今は大きな御座敷の広間でお食事中でした! うっ……ご飯粒がぼろぼろ零れてる。はしたねぇです。
「いやまぁ……浮かれる気持ちはわからんでもないんだけど、はた目から見たらかなり危ない人みたいだよ?」
「あはは……ごめんごめん」
近くに会ったお手拭きで汚した所をささっと拭きながら、私はあきちゃんに苦笑いを向けました。
今日の私ってば浮かれまくってしまっています。原因はもう言わずもがな祐亜くんです。もう旅館についてからも、みんなと大きなお風呂に入っていても頭がぼぉーっとしていまして。
なんだか全身の細胞が、必死で今日くっついていた祐亜くんの匂いを思い出すことに一生懸命になろうとしてうわひゃーぁああああ/////////
「いやまぁ無理もないか……しかし、見たまえ梨乃くんこの写真を。よく撮れてると思わないかい?」
もうこの数時間で何回繰り返したかわからない思い出し赤面をして真っ赤になった顔を両手で覆っていますと、隣のあきちゃんなんだか仰々しい言い回しで私にそっとあきちゃんのスマホを差し出してきました。
なんだろうと覆っていた両手の指の隙間を少し広げて画面を見てみると……。
「な、ななななんですかこれは!!??」
「いやーベストタイミングかなーと思って撮ったんだけど。いらない?」
あきちゃんのスマホの画面には祐亜くんの肩に頭を寄りかからせて眠っている私と、さらにその私に寄りかかって綺麗な顔して眠っている祐亜くんの姿が克明に映し出されていました!! なんですかこれは!! どこからどうみてもカップルじゃないですか!! 完全にたまげました!!
「~~~~~~~っっっっ!!!!!!///////////」
声にならない声を出して驚いている私を見てニヤニヤしているあきちゃんは、手にしたスマホをゆらゆらさせながら非常に意地悪な表情を浮かべています。
「いやーいらないなら消すけど? 消しとく?」
私はあきちゃんの両肩をがっしりと掴み、自分でも驚く様な低い声が喉から飛び出していきました。
「……欲しいです!!!!!!!」
「あはははは!!!! 必死すぎ! もう梨乃のLEINに送っといたからロック画面にしとけば?」
そのあきちゃんの言葉に反応して急いでスマホを確認しますとあきちゃんから件の画像が!!!!
あぁ……なんと。
なんでこの時私に意識がなかったのでしょうか、非常に悔やまれます。
いや、もし仮に私に意識があったとしたらこんなハッピーすぎる状況に私のやわな心臓や血管が耐えきれるはずもなく、否応なく木っ端微塵に破裂し私の体は雲散霧消、楽しかったはずの修学旅行のバスは血に塗れた惨劇の記憶の墓標になっていたに違いありません。
いやだがしかしですね……うん、祐亜くん。
寝顔もかっこいいですね、そしてちょっと可愛い、えへへ。
これは卑怯というか、なんというかですね……。
「おーい、ほっぺが地面に落ちそうですよー?」
そんなあきちゃんの声をどこか遠くに聞いていますと、なんだか強烈な視線を感じました。
びくっとなって勢いよく振り返りますとそこには興味津津に私のスマホを盗み見ている隣のクラスの女子が。
同じ浴衣を着ているはずなのにちんちくりんの私と違ってとても色っぽくって、長い髪を後ろに束ねて見える首元もなんだかエッチな雰囲気が漂っていまして。
えっと、名前は知らないけど、確か美人の転校生ってすごい話題になった……。
その美人の転校生さんは振り返った私の顔を見ると、少しきょとんとした表情を浮かべた後にっこりととても綺麗な笑みを浮かべました。私が男の子だったら一撃ノックダウンされていたに違いありません、それぐらいとにかく綺麗な人で。
「あなたも祐亜のことが好きなんですか?」
全身の毛が一斉に逆立って、今にもそこから飛び跳ねそうになってしまいました。この人は初対面の人になんばいっちょっとですか!!??
「いやーちょっと離れてる間にいろんな女の子の心をゲットしていて驚いていると言いますか、まぁ流石私が惚れた祐亜だけあるって言いますか。あ、私隣のクラスンの柊葵と申します。以後お見知りおきを!」
「はぁ……南梨乃です」
矢継ぎ早に話すその姿を見て、私は雷に打たれたような衝撃に身を包まれました。
思い出しました! この人、みんなの前で……祐亜くんにその……ごにょごにょ……チューしてた人やないですか! 怨敵です……。
「さしあたってはその写真を是非私にも送って欲しいなと……いや勿論ただとは言いません! こちらも私の祐亜盗撮……じゃなくて秘蔵フォルダから何枚か提供させて頂く所存です!」
目をキラキラさせながら脇に置いてあったスマートフォンを取り出している柊さんを見て思ったことは一つだけです、なんて残念な美人さんなんでしょうか……。
「それではじゃじゃーん!! 葵ちゃんが選ぶ祐亜くんのかっこいいフォトランキングベスト3の発表! それじゃ3位からカウントォーダウン! いえーいー☆」
「なんだろう、この人怖いです」
「梨乃、心の声ダダ漏れだけど……」
後ろからあきちゃんの呆れたような声が聞こえてきました。結構失礼な事を言ってしまったのですが、柊さんは全くお構いなしって感じです。いや、聞こえていないのでしょうか。
けどまぁ……写真の方に興味があるかないかって言われたたそれはまぁ……無きにしもあらずと言いますか。まぁ、ありますよね。当然ですね。
「早くしろ」
「はよう」
「あぅ! お手並み拝見ですぅ!」
ほんとまるで最初からそこにいたみたいな涼しい顔をして私の横に全然違うクラスの女の子が三人程、柊さんを囲むように正座していました。
沢木さんと、姫神さんと……その真ん中に座っている眠たそうな表情をしているのは確か上杉さんだったでしょうか?
200人ぐらいの高校生たちが意気揚々としながらお食事をしていますので、それはそれは飲めや(お茶)歌えやの大騒ぎな感じなのですがなんだか私の周りだけ少し異質な感じがビシビシしています。
負のオーラと言いますとなんだか少し語弊がある感じがしますけど、遊園地の真ん中にあるバミューダトライアングルといいますかそんな感じです。よくわからないですね。
そんな異空間の中心に君臨している柊さんは自慢げな顔をして、スマホの画面を印籠よろしく突きだしてきました。
「第3位は夜ご飯を作りながら笑顔でフライ返しをしている祐亜くん! あぁ~いいですね! エプロン+長袖シャツまくりがとてもポイントが高いです!」
……なるほど! なるほどそう来ましたか!!
画面に表示されていたのは自宅のキッチンと思わしき場所で多分鼻歌でも歌っているのでしょうか、とてもご機嫌な様子で左手におたま、右手で中華鍋をふるっています。
まくった袖から覗く腕に見えるうっすらと浮かんだ筋肉の筋と血管がとてもセクシー! そしてそこはかとないエロスを感じずにはいられません!
「これは……!」
「……なんと」
「いきなりぶっこんできやがりますねぇ……!!」
他の御三方の様子を見るにだいたいみんな似たような感想を持ったことに違いないと思います。なんでこんな写真を撮ることができたのかという疑問に関しては胸にそっとしまっておきましょう。
「あの……あなた達大丈夫ですか? 頭とか、心とか」
あきちゃんの声は、誰の耳にも心にも届いていないと思います。
柊さんはとても自慢げな表情を浮かべて、スマホをいったん自分の方に戻して綺麗で細い指で画面をスワイプしました。
そして再び水戸黄門スタイルです。
「じゃじゃーん! 第二位!! お風呂上りに上裸で頭を拭いてる祐亜くんです! 」
「ちょっと待て!」
「……!!」
「待ちやがれです!!」
「なんですかこれは!!」
4人が4人、その場で立ち上がっていました。いやこれはもう胸にしまっておくのとかそういうレベルではありません! なんでこんなちょっとした男性アイドルの写真集に含まれてそうなショットを柊さんが持っているのですか!!話次第ではこれは誰かが血を見ずにはいられな……。
「まぁまぁみなさん落ち着いて下さい! この画像みんなにあげるからとりあえず座って下さい! 杏華にばれたらやばいですから」
「むむ……それなら仕方ない」
「……ほしい」
「あぅ……そういうあれならですねぇ」
「……なるほどです」
4人が4人、さっきの勢いが嘘みたいに大人しくまた正座の態勢に戻りました。
「いやぁーしかし、祐亜くんは運動部に入っている訳でもないのに引き締まったいい体をしてますよね。目の保養になります、心が洗われていくようです。あー全く壊れるくらい強く抱きしめて欲しいですね!!」
「ふん! 私が鍛えてやったのだ!」
「祐亜だったらなんでもいい」
「範馬ん家のお父さんばりに強く抱きしめられてバッキバキにされやがれです」
片目を瞑ってバスタオルで頭を吹いている祐亜くんのそのせくすぃな姿は見てると思わず頭がクラクラしそうで、けど何時間でも画面を見ていられると断言できるほどの魔力を秘めていました。危険ですこれは。
筋肉ばきばきって感じではないんですが、細くしまっていてなんていい体!!
鎖骨フェチな私にはあぁもう……!!/////
でもなんでこんな写真撮れたんだろう……。
「じゃあいっちゃいますか……1位。これはもうすごい苦労して撮った一枚でして、私自身幼馴染という特権をフルに使って撮れた奇跡の一枚なんです。決して大きな声を上げないで下さいね?」
柊さんがなんだか遠い目をして一人でうんうん言いながら、私たちの目の前に差し出してきた画像は
「堂々の第1位の発表です、タイトル『愛の流刑地~祐亜、葵許されざる関係~』」
祐亜くんの寝ているベッドの横に、肩口を露わにしている柊さんがとても艶っぽい表情をして祐亜くんの腕枕に収まっているという写真です。
「……」
「……」
「……」
「……」
え? 何これ?
全員が画面を見つめたまま絶句していると、柊さんの後ろに……。
「あおいちゃん、こんにちわー? 私ってば生徒会長兼風紀委員長兼そいつの保護者なんだけどもぉ、ちょっーとお話いいかなぁー?」
「げえっ! 杏華!!」
まるで関羽に追い詰められた曹操みたいな台詞を吐いた柊さんの後ろには、まさに鬼神のごとき黒い瘴気を纏った祐亜くんのお姉さんがいとおそろしゅうていたりです。
この溢れ出るオーラ、関羽、呂布いやもう項羽と言っても差し支えないでしょうね、祐亜くんがお姉ちゃん怖いって言ってたけど……これは確かに怖いですね、とても怖い。
「この週刊文スプリングみたいな写真はどうやって撮ったんですかぁー? うーん?」
「これは……あはは……あの祐亜が寝ている隙にこっそりとベッドに忍び込みましてぇですね。なるべくこう、事後感がでるようにあのぉー創意工夫を凝らしまして」
「ほう?」
「あはは……あ! あれですよ!? やましいことは本当これっぽちもですよ!? むしろ私はいつでもウェルカムなんですけどね! 寝ぼけた祐亜が無意識に私に色々えっちなことをしてくれる的なのを期待してたんですけどいやー世の中って中々そんなダークネスには……」
「出入り禁止にすんぞ!! この万年発情色ボケ猫ッッッッ!!!!」
「いたたたたっ!!!! 痛いですぅ!! 頭割れるっっっ!! きゃーーーー!!!」
まさか二十一世紀のこの時代に、最早過去の遺産と化したげんこつぐりぐりをこの目で見ることになるとは思いませんでした。しかもとても痛そうで、一切容赦していません。まるで万力で頭を挟まれているかのような柊さんが今にも息絶えてしまいそうな表情をしています。
そんな苦しそうな表情をしている柊さんには申し訳ないんですけど、私は正直ほっとしていました。
だって今の話を聞かなかったら、あの写真はその完全にあのぉ……一線を越えちゃってる感じだったので……いや、私には関係ないと思うんですけど……その良かったなって。違って。
「お前今度祐亜にそんな風なちょっかいかけたら、うちの敷居一切またがせねぇからな? あん?」
「いたた……その細い腕のどこからこんな馬鹿力が……」
「返事は!!??」
「イエスユアハイネス!!」
なんとなく祐亜くんと立場が逆なような感じがするなぁーってやけくそ気味に返事をさせられている柊さんの頭に手を乗せている祐亜くんのお姉ちゃんを見て、そんなことを思わずにはいられませんでした。
祐亜くんのお姉ちゃんは少し乱れた浴衣の首元を直して、一つ大きな溜息をこぼしました。
「お前らも食事中なんだからあんま自分の席から離れるな。行儀が悪いぞってあれ?」
いつの間にか隣の三人は雲霞みの如く姿を消していました。
「ったく……おい、葵。間違ってもに祐亜のいる男子の部屋へ遊びに行こうとするんじゃねぇぞ? ここは一般のお客さんも利用している旅館であって、ラブホテルじゃねぇんだからな?」
「あはは……肝に銘じておきます」
とてもドスの利いた、極道の女関係の方だと言われたらあぁ、なるほどねって答えてしまいそうなそんな鬼気迫る声と目線に睨まれた柊さんはまさに蛇に睨まれた蛙。もしくはまな板の上の鯉って感じでした。
生徒会長さんはいつも凛としていて、クールに仕事しているイメージだったのでなんとなくこんなバイオレンスな感じってのはびっくりとしてしまいました。それはあきちゃんも一緒みたいで、なんか目が点になってますね、あきちゃん。
うーん、これは……過保護って捉えてもいいですよね? もしかして生徒会長さん、ブラコンだったりするんですしょうか? いや、まさかそんな禁断な愛がまさか、あはは!
去っていく生徒会長さんの背中にあっかんべーしている柊さんはどう見ても祐亜くんの部屋遊びに行く気満々と言った感じです。目ならぬ表情は口ほどに物を言うって感じですね。
正直羨ましく思うのです。私も柊さんぐらい可愛かったらもっと大胆に行動できたのになって。
あれぐらい可愛かったらどんどんアタックしてもきっと迷惑に思われないんだろうなーなんて。あたしが男の子だったら絶対悪い気はしないですもの。
それにしても祐亜くんはいろんな人から好意を寄せられているんだなーと思って、それもみんな目を見張るような美人さんぞろいで。
けど誰とも付き合ったりしてないということは、祐亜くんには好きな人とかいるんでしょうか?
なんとなくそんなことに思いを馳せてみて、勝手に心をずきんとした痛みにさらしている、そんな修学旅行1日目の夜のことでした。




