ムーンライト・ラブ・パラノイア 中
「おぉーこれが奈良の大仏ですか!! すごいですな、なんていうの! 徳
!? オーラがね? 別もんですよね、写真とかとはもう!」
飛行機から降りて、私たちはバスに乗って修学旅行の定番である東大寺の奈良の大仏様を拝みにやってまいりました。
木造建築の大きな御堂の中に、慈しみ深いを表情した大仏様が堂々と鎮座していて、なんだか圧倒されてしまいました。
「うわー! すごいっすね! 頭からミサイルとか飛び出しそう!」
あはは……横できゃっきゃしてる祐亜くんはなんだかとても罰あたりな感じです。
「しかし当時の人たちは何を思ってこんなでかい大仏さん作ったんですかね? さぞ大変だったことでしょう……」
祐亜くんは腕を組んで、顎に手をあててなんだか難しそうな表情をしています。歴史雑学大好きな私はちょっとうずうずして「実はですね」って前置きして話しはじめました。
「当時の聖武天皇は即位した時からもう呪われてるんでじゃないかっていうぐらい色々な災難があった天皇様で、地震、火事、飢饉、火山の噴火に、天然痘の大流行、部下の謀反。災厄のオンパレードだったみたいなんです。もう世は乱れて世紀末って感じです」
「それはそれはまた……」
「当時世の乱れは天皇のせい、天皇に徳がないからだと言われていまして。天皇自身もなんとかしないといけないと思っていたらしくてその苦肉の策が……」
「なるほど、この大仏さまだと」
「そうですね。でも作成中も水銀中毒とかでたくさんの人が犠牲になってしまったようです」
「へぇー。昔の人も大変だったんですね。しかもなんとかウォッチよろしく天変地異を自分のせいにされた天皇様もたまったもんじゃないですね」
「偉い人は偉い人たらしめてるのは立場と責任ですからね。科学の発展してなかった昔ならなお責任の所在が一点に集中してしまうのは仕方無かったのかもしれません」
「……今の台詞、現在のお偉いさんたちに聞かせてやりたいですね」
…………。
はう!? 祐亜くんと普通にお話できてしまってます!? それからも祐亜くんと(あとあきちゃんと同じクラスの田中くん)と、なんだか本当普通にお友達のように東大寺を回ってしまっています! す、、、、、すごい!! これが修学旅行マジックなんですね!!
それからもきさくに話しかけてくれる祐亜くんの後ろをぽぉーっとした頭で後ろから犬みたいについていく私ですが、
ゾクっと!!
全身が総毛立ってしまいました。今感じたのは間違いなくさ……殺気でした。
立ち止り辺りをキョロキョロしてみますが、周りにいるのはいつもと違う環境を楽しんでる他のクラスのグループの人たちばかりでとても殺意を振り撒いている人は見当たりませんでした。
「どうしました、梨乃ちゃん? あ、亜弥さんだ。おーい!」
ふわっ!?
心臓がバクンっと跳ねました。
今、さも当然のようにさりげなく祐亜くんがあたしの名前を……名前をば呼んでくれったとですか!? ああああああああああああああああ!!!!!! 修学旅行マジック!! あぁ、もはやブラック修学旅行マジシャンオブカオス!!!!
「祐亜、なんだか今日のお前はとても浮足立ってるな。だらしないぞ?」
他の生徒の群れをかき分けながらやってきたのは、隣のクラスの超絶クールビューティー沢木さん。
キリっとした表情にスラっとした手足、凛としているなんて表現がこんなに似合う女の子なんか同年代にいないんじゃないかなと。
艶やかでとても細い黒い髪が風に揺れる、それだけでとても絵になる人で。
どちらかというと同姓からの人気が高いんじゃないかなーって思います。
あんなに美人から見える周りの風景ってどんなものなんだろーって昔の私は沢木さんを見て漠然と思ってたりしてたんですけど。
「修学旅行ですよ! そりゃテンションぶっちぎりビクトリーマグナムでしょう!! あ!? 亜弥さんあれでしょう? みんなワクテカしてる中、一人冷静な私かっこいい!ってタイプの人ですか? いやですわー亜弥さん。そういうのが許されるのは中学生までですよー」
「ふん! 私はいつだって冷静だ! お前と違ってな」
日の光なんて知らないんじゃないかってぐらい白い肌、祐亜くんを見つめている時にそこにほんのりと朱がさして。
目をまっすぐ見つめられないのか視線は少し左右に泳いで、けど祐亜くんのことをしっかりと捉えていて。
案外沢木さんみたいな美人さんも私とそう変わらない風景を見ているのかも知れないと、そんなことを思ってしまいました。
しかし冬の陣の大阪城程の難攻不落ぶりと噂された沢木さんともなんだかいい雰囲気の祐亜くんはやはりただものではありませんね……。どうやって外堀を埋めたのでしょうか……気になります、私。
「……とにかくお前の周りはよく面倒事が起きるんだから気を引き締めろよ!」
「お母さまですか、あなたは……」
「むむむ! あのな、私はお前のことを思って……」
「あ、亜弥さんの班の人達すたこらさっさと言ってしまわれましたが大丈夫ですか?」
「な!? 薄情者どもめ!」
祐亜くんになんだかつっかかった態度を見せた沢木さんは踵を返して自分の班の方へと戻って行ってしまいました。
「気難しそうな表情して、結構面白い人なんですよねーあの人。かなり無茶苦茶な所ありますけど」
ニヤニヤして沢木さんの背を見つめている祐亜くんにはきっと、去り際の沢木さんんが顔のにやけを必死に押さえて、耳まで真っ赤にしているのは見えなかったんでしょう。
こちらがドキっとするような反則級の可愛いさでありました。
絶対敵わないだろうなー、そんな感じでなんだか胸が痛むような感じもしました、いや……敵うとか敵わないとかそういうステージまで私が上がる気がないというか、上がる勇気がないというかそんな感じなのですが。
「何してんすか梨乃ちゃん? はぐれますよー」
そう私の名前を呼んでくれる祐亜くんの顔を見て、さっきの沢木さんみたいに顔のにやけを必死で抑えて。
なんだかとても悪い子みたいですが、無条件に、それもみんなが大好きな祐亜くんと一緒に修学旅行を過ごせるなんてやっぱりちょっとだけ、いやとんでもなく自慢したいな、と思ったりもするのです。
『僕のやっている商売は、今の日本で一番金にならない商売です。そのうえ僕自身も碌に金はありません。
ですから生活の程度から言えば何時までたっても知れたものです。
それから僕は、体も頭もあまり上等に出来あがっていません。うちには父、母、叔母と年よりが三人います。
それでよければ来て下さい、僕は文ちゃん自身の口からかざり気のない返事を聞きたいと思っています。
繰り返して書きますが理由は一つしかありません、
僕は文ちゃんが好きです。それで良ければ来て下さい』
あぁ、昔の夢を見ています。
これはきっと私がまだ高校に入る前。
どこか遠くで鈴虫が鳴いていて、夏の渇いた風に風鈴が凛と揺れて、青紫色に染まってだんだんと夜に紛れていってしまう空を一筋の飛行機雲が走っているのをぼんやりとお父さんと見上げていました。
『なんかの小説か?』
『ううん、すごーく有名な作家さんのラブレターの一節』
『へぇー梨乃は物知りだな』
『ふふーん♪ でも不思議だよねーあんなに言葉や表現を巧みに使いまわして、それこそくどいっていうぐらい物事の全てを言葉で描写する作家さんでも、こんなに必死で一途でまっすぐなラブレターを書くんだもん』
『大切な女を口説くなんてそれこそ人生の一大事だからな。飾る余裕なんてどんな人間にもないんじゃないんかな? 今も昔も』
『お父さんはなんて言ってお母さんを口説いたの?』
『ふふふ……内緒だ。思い出しただけで顔から火が出そうだ……うっかりあのバカに聞かれておちょくられまくったあの日のことを思い出して』
『そういえばダシおじさん元気かなー?』
『あぁ、元気だろうよ。元気のないあいつを想像できん』
『ところでーお母さんへの口説き文句なんだけどー』
『……好き以外は、意外と出てこないもんだ。愛してるじゃ、なんだか仰々しくて嘘っぽくて。その有名な作家さんもそんな感じだったんじゃねぇの?』
『ふーん、そうなのかな』
『梨乃は好きな男子とかいたりしないのか、いたらショックだが』
『うーん、お父さんよりかっこいい人が中々いなくて!』
『ふ、……ふふ。なるほど……ふ、ごほっ! ふん……ふふふ、なるほど』
『お父さんニヤニヤして気持ち悪い……』
『ごほんごほんっ! まぁ、でも梨乃もいつか見つかるんじゃないかな。その有名な作家さんみたいにまっすぐに気持ちをぶつけたくなるような、飾った言葉も気の利いた事も思いつかなくなるような、そんな必死になれる相手が』
『うーむ……もし見つからなかったら?』
『その時は俺がずっと側にいてやるよ』
『へへー。ねぇ、お父さんは、お母さんと私どっちが好き?』
『うん? あー、難しいなそれは。大事なものに順番つけるなんてできない』
『そこはノータイムで『桜を世界で一番愛してる』でしょうが! このこの!』
『っっっいった!! 痛い痛い! 耳取れる耳取れる! 愛してる愛してる!! 母さんを世界で一番愛してるから!!』
『私の名前は母さんじゃありませんっ!!!!!』
昔の私はそんな幸せそうな家族の風景でお腹を抱えて笑っていて、何回でも思い出したくなるような何気なくて大切な思い出です。
多分、好きや愛してるを別の言葉で表現するなら私はきっと『お父さんとお母さん』って答えるって思います。
すっかり夕闇を通り過ぎて、空には気が遠くなるくらい昔の星の光が微かに瞬いていて、そんなドラマチックな風景とは打って変わって私の鼻をくすぐっていたのは蚊取り線香の癖のある匂いと、どこかのお家がお風呂を沸かしているガスの匂いと、お母さんが作ってくれた料理の匂いと。そんな暖かな世界に包まれて……
「おはよーございまーす。もう旅館につくそうっすよー」
胸の奥になんだかじんわりと暖かな気持ちが広がって、幸せな気持ちにまどろんでいたらとても優しい声が私を現実に呼びもどしてくれました。
とても落ち着く優しい匂いが私の鼻をくすぐっていまして。それからとても暖かい温度を感じます。
目の前が霞んでいたので眼鏡を外して一回目を擦って状況を認識してみます。
ぼっ!!!!!!!!
顔が真っ赤になるのを通り越して、天賦の才を持つ物が全てを犠牲にして力を手に入れたみたいな効果音を出して私の顔は爆発したのかと思う程急激に熱を持ったのです。
「すげぇーいい寝顔してましたけど、どんな夢見てたんですか?」
「は、はわ……はははわわ……こ、これは……このこのこれは……」
一瞬にして飛んでいった眠気、瞬時に霧が晴れたかのようにクリアになった視界はすぐさま今の現状を認識させてくれました。
まさか祐亜くんの横で無防備にも寝顔をさらしただけでなく、あまつさえ!!
その!! 祐亜くんの!! 肩を!! ショルダーをば!!!!!! 枕代わりにっっっっっっ!!!!!!!! どうりで良い匂いがしてあんな幸せな夢を見る訳ですね!!!!!! ナルホドザワールドエンドダンスフロア!!!!! いやあああああああああああああ!!!!!
「ああああああああああああ!!!!!! なんということをば!!!!! 切腹!! 切腹します!!!! あきちゃん介錯!! 介錯をお願い!!」
祐亜くんから光の速さで離れて、辺りをキョロキョロして狼狽している私に祐亜くんもなんだか焦った様子で話しかけてきます。
「寝ぼけてます!? 全然気にしなくていいっていうか!? 寧ろ俺の方こそキモがられないかと内心ドキドキだったんですが……」
「な……なんてことを……いや、そんな滅相もございませんでございます!!」
「じゃあお互いなんも問題なしってことで! それに俺からしたら可愛い女の子が寄りかかってきてくれるなんてナイスハプニングとしか良いようがないっすからね!」
いやいや……私からしたら自分の生が終わった時に地獄に堕ちて責め苦を受ける代わりに祐亜くんに寄りかかって寝ることができたんじゃないかと、そう思ってるぐらいです。
バクバクとまるで荒々しいドラムの演奏のように打ちつける心臓の鼓動と反比例するように、バスはゆっくりと止まってみんなが席から立ち上がり始めました。
「それじゃあ、また明日かな? いや、旅館の中でまた会うかもだから、一応また明日?」
祐亜くんは席から立ち上がるとさっさとバスから降りていってしまいました。
かたや私はまだ立ち上がることができなくて、祐亜くんの肩に触れていた部分の頭を恐る恐るさすってみたりしてしまいまして。
無理だってわかるのに……。どうしようもないって分かってるのに。
なんでしょうか、体をずしりと重くさせる、胸の下の方でぐるぐる回ってるこの気持ち。
これはもう……。
明日も……修学旅行マジック、期待してしまうかもです。




