わたしはライムライトに照らされて
小さな女の子が誰もいない夕暮れの静かな公園でうずくまって泣いている。
あぁ、これは夢なんだってすぐに分かる。きっと泣いているのはあの頃の私で、あの子を迎えに来てくれるパパもママもいないのだろう。
ゆっくりと黄昏から夜に変わる公園であの子を迎えに来てくれる人はいなくて。
けど、『あの子』だけはひとりぼっちの私の前に現れてくれた。
私の目の前に立つその子は女の子かと勘違いするぐらい華奢な体と、綺麗な顔をしていて。そう、確かこう言って話しかけてくれる。
『どうして泣いているの?』
そこでいつも目が覚める。
この夢を見るのも何回目だろうか、最近見る頻度があがってきたがするような気がしないでもないような……。
少し寒いぐらいにクーラで冷えた室内、横では私の横で杏華がタオルケットにくるまって小さくなっている。
そういえば今、私は最近できた友達というか恋敵とでもいうのか……ゴニョゴニョ……とにかくひょんなことからそんな人たちと一緒に少し田舎の方にある別荘に来ている。昨日は祐亜と結衣のコンビがなにかコンテストで優勝したから盛大にお祝いしたんだった。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けるとそこから痛いくらいに眩しい太陽の光が差し込んでくる。
「ぅぅん……ゆうぁ……まぶひぃよお……」
普段生徒会では絶対に見れない寝ぼけた杏華を見て思わず笑いが出て、それから窓を半分だけ開けた。すると胸が苦しくなるぐらい爽やかな夏の風が私をすり抜けて行く。
私は夏が好き。だって大切な思い出が始まった季節だから。
うんうん言ってコロコロ寝返りをしてる杏華を置いて部屋の外に出ると、まだみんな起きてないのか別荘はしずまりかえっていた。まぁ、結構遅くまではしゃいでたしね。
遠くから穏やかな波の音が聞こえてくる廊下をパジャマ姿で歩いていると、そのつきあたりに見慣れた男の子の後ろ姿を見つけた。
その姿を見て少し胸がざわついて嬉しくなるような苦しくなるような不思議な感覚を覚える。
何回訪れても慣れないこの感覚、初めて彼を見つけた時からずっと続いてる。
多分これからも。でも悟られたくないから、私はいつものように明るく振舞う。
「トランザムゥウウですぅぅぅ!!!!」
「ぶべらっ!?」
少し助走をつけて彼の背中に飛びかかる。どこか間の抜けた声をあげるけど、彼をしっかり受け止めてくれておんぶしてもらう格好になる。
「おうふ……朝からご機嫌ですなぁ、来夢」
「あうあう、こんな朝っぱから黄昏てるのがいけないんですよぉだ!」
祐亜は首を少しこちらに向けて、いつものように優しい声色で私に話しかけてくれる。
その声を聞くだけで頭がクラクラして蕩けてしまいそうになるけど気付かれないように首を強く振る。
細身に見えて結構しっかりしていて、しかもすごく落ちつくいい匂いがする。洗剤の匂い、それとも祐亜自身の匂い? とにかく香水じゃ絶対に出せない落ちつく香りがする。
「俺も感傷に浸りたい時があるって訳ですよ……てか、そろそろおりなさいや」
「却下ですぅ!!」
この胸の心臓が高鳴りがばれてしまうのは嫌だけど、それ以上に祐亜のそばに誰よりも近くにいたいから。
それにこのところ祐亜の倍率が高すぎるし。少々強引にアプローチしていかないとその、……振り向いてもらえないというかなんというか。
「やれやれ」
呆れたように、しかし少し優しい調子でそうやって呟いて祐亜は私の足の、ふともも辺りを両手でしっかりと支えてくれた。
「……っぁ!」
恥ずかしくて声が出そうになるけどそれを必死で堪える。顔が真っ赤になってるけど、この態勢だから多分ばれてない。良かった。
「あ、あぅ! と、ところで祐亜は何を感傷にひたっていたんですか? らしくもないですぅ」
動揺が伝わらないように祐亜の背中の上で手をばたばたさせながら話しをふる。
祐亜はため息をついた後、窓の外に広がる青空を見上げながら話し始めた。
「何気にひどいな、お前。……いや、あれだよね。ここ最近色々あったなって。いろんな人と知りあって、昨日はいろんな人に褒められまくってさ。最初はあんま……あれだったけど、なんだろう、楽しいというかなんというか、悪くないなぁー!ってな。ほら、来夢とだってつい最近知りあったばっかりだしな? 確か行き倒れてたよなお前、このご時世に女子高生が行き倒れてるって」
胸にチクリとさすような痛みが走る。
「……そうですねぇ」
「なんだ? そんな言い方じゃタモさんにぶん殴られますよ?」
祐亜はこちらに首を少し向けて不思議そうな表情を浮かべている。
祐亜がそう思うなら、そうなんだろう。祐亜の中ではな……なんちゃって。
うん、言ってしまえば簡単だけどなんとなく言いだせない。
いつも思う。確かにすごい昔のことだけど、どうして私しか覚えてないんだろう。私にとっては人生が変わるぐらい大切なことだったんだけど、祐亜にはどうでもいいことだったのかな。
そう思うとさっきまでの幸せな気持ちが嘘みたいに悲しくなって、目の奥がツンとなる。
「うん? 来夢?」
「……あうあう!! なんでもないです!!」
あわててかぶりを振ってごまかす。
私はそうやってまた、私の本当の気持ちを胸の奥へ奥へと無理やり押しこめる。
だって怖いから、本当のことを知るのは。答えを、結末を聞かされるのは。
だってきっと祐亜は……。
それから着替えて、普段よりはるかに豪華な朝食をみんなで食べて、今は祐亜の部屋に集まってみんな好き勝手に遊んでいる。
恋さんとその彼氏のなんとかくんは二人でどこかに行ったみたい。いつの間にか姿が見えなくなってる。
「ぎゃぁあああああ!!!! こっち来たぁぁぁ!!!! 粉塵!! 姉貴、粉塵!!」
「甘えるな、愚弟。勝手に死ね。そしてその間に倒して剥ぎ取りさせないでおしまいだ」
「あぅあぅ!! まだ尻尾落としてません!!」
「ふふふ、お姉さんの華麗な太刀の斬撃を魅せる時がきたようね」
私と祐亜と杏華と雪那先輩はモンスターハムスターで協力プレイ中です。
私と雪那先輩はベットに寝っ転がって、祐亜と杏華が地べたにあぐらをかいて。
そして祐亜と杏華の間に亜弥さんが座って、なんだか興味しんしんの様子で二人の画面を交互に覗いて、結衣さんは……祐亜のその隣に寄り添うように座っている。あの怖い柳ちゃんは、結衣さんにひざまくらしてもらって寝ている。この短時間で二度寝って……。
……それにしても、結衣さんの距離が近くなった気がする。いや、絶対になった。
なんというか、今まではそんなにでもなかったのに。
確実に縮まってる……。今だって画面をみながら、ちょこちょこ祐亜の横顔を盗み見てる。当の祐亜は必至でそんなこと気付いてないけど。
昨日のライブでフラグが……。
まずいことになっちゃった。
今まで結衣さんは祐亜のことなんてどうも思ってなかったはずだったのに。
あの人が本気になったら私なんて勝ち目がない。顔もスタイルも全部負けてる……。
どうしよう、私が絶対一番昔から祐亜のこと……。
「尻尾ビッタン!! 尻尾ビッタンやで!! よけるんやで、来夢!?」
「ふぇ?」
祐亜のエセ関西弁が聞こえてきた時、画面の向こうの私の分身は敵のナンカクルナの尻尾に踏みつぶされて地面に倒れこんで一気に画面がブラックアウトした。
あぅ……なんか、全然ダメだなぁ。
「だぁぁあああああああ!!!! この無能どもめ!! 3オチしてんじゃねえよ、カス共!!」
タンクトップにハーフパンツ姿の夏らしい姿をした杏華がゲーム機片手に、自分の髪をわしゃわしゃ掻きむしって私と祐亜に叱責を飛ばしてくる。
「あうあう……申し訳ないです」
「次から本気出しますよ、ええ」
ちなみに私より先に祐亜が二回倒されている。
ちなみに祐亜は自分で気づいていないのかも知れないけどあんまりゲームが上手じゃない。
私と祐亜をジト目で見つめた後、杏華は深く息をはいてゲーム機に視線を戻した。
「ったく……次行くぞ、次!!」
「あう……杏華、来夢はパスでお願いしときます……」
「あん? どうした?」
少し驚いたような表情を浮かべた杏華がCV:諏訪部さんみたいな言い方で訪ねてきます。
「いやぁー!! ちょっと冷房の中に居すぎて気分悪いというかなんというかええっと……と、とにかくちょっとお散歩したくなったので!! アディオです!!」
私は身振り手振りを加えて早口でまくしたてると急いで部屋を後にする。
ただ居たくないだけだ……祐亜と他の女の子が仲良くしてるのを見るとなんだか胸が痛くなる。
最近その痛みが自分でどうしようもないぐらい我慢できなくなってきている。
なんてダメダメなんだろ、私は。また逃げだした……また。
部屋を出て速足で別荘を飛び出すと、私の気持ちと反比例するように空は泣きそうなくらいに澄み切っていて。
私は自分がなおさらみじめになって……母なる海に慰めてもらおおうかと砂浜に向かい歩けば水着姿でいちゃつくカップルたちの姿が遠目に見える。踏んだり蹴ったり蜂に刺されたり……もう嫌だ。
あぁー!! 羨ましい!!
どうやったら恋人になれるんだろうか?
こんなに遠くからでも伝わってくるぐらい幸せオーラを振り撒くカップルたちを見つめながら私は砂浜に座りこんだ。
海風が私の頬をなでて、髪を微かに揺らして通り過ぎて行く。
そんなの簡単だ、どっちかが願ったからに決まっている。
今とは違う関係を、今までとは違う一歩踏み出した関係を望んで勇気を出したから。
リア充、爆発しろ!!……なんて言うのは簡単だけど、あの人たちはとてもすごいって私は思う。
だって今までと違う関係を望むってことはもう戻れないってことだから。もしダメだったら、今までみたいに笑ったり、ふざけあったり、今までの楽しいこと全部失くしてしまうってことだから。
私は臆病でうじうじしている卑怯者だ。
その先を望む癖に、もし拒絶されたらって思うと怖くて。
ずっと持ち続けてた、たった一つのこの大切な気持ちが拒絶されてしまったら私はきっと立ってられない。怖い、怖くて……私はきっと踏み出せない。
「来夢ちゃん……?」
後ろから聞きなれた声がして、振り返るとそこには真っ白な日傘を差した雪那先輩が立っていた。少し胸元が開いた青色のワンピースが悔しいぐらいに似合っている。
「な、何しにきやがったですか!?」
少し涙目になっていた目を急いで擦ってそっぽを向いた。できれば誰にも会いたくなかったのに……。
「なんだか辛そうな顔してたからね……、優しい先輩が恋する乙女の相談に乗ってしんぜましょう?」
そういって雪那先輩は私の横にそっと腰を下ろした。
「あう!! 先輩に相談することなんてありません!!」
「あーら、強がらなくてもいいのに。迷える子羊ちゃん?」
「誰が迷える子羊ですか!? 誰が!?」
「? あなたよ?」
「なるほど来夢ですか……ってこらぁ!!」
「意外に元気は有り余ってるみたいね。それでさっきの憂鬱顔の理由を教えてくれるかしら?」
この先輩は昔から苦手だ。
生徒会時代からいつも飄々として自由で、そのくせやる時はバシっと決めて周りを巻き込んで納得させて。
なんでもそつなくこなしてしまう超絶器用な先輩。しかも可愛くておっぱいも大きい。なんですかそれ……嘘だと言ってよ、バーニー。
「全然憂鬱じゃありません!! それに先輩には関係ないです!!」
雪那先輩はぷんすか喋る私を見て嘆息した後、まるで本当の妹を見つめるような優しい瞳で私を見つめてきました。
「やれやれ本当昔から全然懐いてくれないわよねぇ……私はこんなに気にかけてるのに」
「あうあう!! 大体昔から完璧超人な先輩に来夢の気持ちなんて分かる訳ないですぅ!!」
「わかるわよ」
一瞬だけ、なんでか先輩の声色がとても寂しいものに聞こえた。
「だってあなたと私はとても似ているもの……色々ね」
まっすぐに前を見つめるその瞳はなんでかどこにも向いていないようで酷く冷たく感じた。
「色々……ですか?」
私がそう聞き返すと、雪那先輩はさっきの優しい視線を私に向けた。
「そうね……私と同じで不器用な所とか」
「馬鹿にしやっがってるですか、この優等生」
私はジト目を向けずには居られなかった。
生徒会時代バリバリの副会長として業務をこなしていた先輩の姿を知っている身としては喧嘩を売られているようにしか思えない。けど先輩は小さくいつもの小悪魔な笑みじゃなくてなんだか物悲しい笑みを浮かべた。
「私はあなたと違って、取り繕うのが上手いのよ。うーんと、演技力って言えば分かりやすいかしら」
「そういうのを世の中では器用な人間って言うんですよ……」
「馬鹿ね……本当の自分を知られたくなくて怯えてる人間の何が器用なのよ……」
「え?」
小さく呟いたその言葉は私が雪那先輩とはとても思えないぐらい弱々しくて、そしてどこか機械的的というか無機質なものを感じてしまった。
「なんでもないわ。まぁ、とにかく先輩はかよわーい後輩の悩みにのってあげられるってことよ。ほら、内容は何? どうせ祐亜くんと結衣ちゃんが最近近くってどうしようってとこでしょう?」
「ふぁっ!?」
一瞬で顔が熱くなって、頭が沸騰しそうになるほど恥ずかしくなって私は急いで視線を逸らして口笛を吹いた。
「ふ、ふぃー♪ ふぅー♪ な、なんのことだか来夢さっぱりわ、わかんねぇでーす!!」
「口笛鳴ってないですよ……来夢さんや」
雪那先輩は続けてこんな質問を続けた。
「ねぇ、来夢ちゃんはどうして彼のことが好きなのかしら?」
「……っっぇ!!?? え!! な、なんだってぇー!!??」
私は難聴のふりをしながらその場を去ろうと、素早く立ち上がった。
が、しかし雪那先輩にガッシリと両肩をホールドされてしまっている。
「まぁまぁ、積もる話をもあるでしょうし♪」
さっきまでの弱々しい姿はどこに行ったのか……。
「あう……、来夢は別にゆ、祐亜のことなんて……」
「あ、そ。じゃあ、私が祐亜くんのこと貰っちゃっても別に問題ない訳ね?」
「あうあー!!!! 祐亜は先輩にはやらんですぅ!!」
私が思わず立ち上がって先輩に怒鳴りつけると、雪那先輩は本当に憎たらしいいじわるな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「まるで祐亜くんのお父さんみたいな口振りね?」
「あ、あうぅ……先輩のいぢわるぅ……」
ダメだ、一枚も二枚も上手の先輩に隠し事なんてできっこなかった。
私は自分の膝を抱えるようにまたその場にしゃがみこんでしまった。きっと漫画だったら私の顔からは湯気が出ているエフェクトが付けられていたに違いない。
それからしばらく沈黙が続いた。
先輩も無理やり聞き出そうという訳ではないみたいで、私が喋るのを待っているみたいだ。うるさいぐらいの蝉の鳴き声と、心底楽しそうにはしゃぐ男女の声だけがただ聞こえている。
「……初恋なんです、祐亜が。十年前からずっと片思い……」
「ありゃ? 来夢ちゃんと祐亜くんは幼馴染なの?」
「あう……幼馴染という程ではないです。祐亜と一緒に居られた時間は一週間ぐらいでしたから。それから……まぁ、色々あって私は高校生になるまで違う所にいたので」
「そうなんだ、それで高校で運命的な再会と。なんだかドラマチックね」
それがそれが……。
「あうあう……祐亜は私のこと全然覚えてなかったんです。私は一目で祐亜って分かったのに祐亜の方は全然気づいてくれなくて」
思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
ドラマチックな再会だったらどれだけ良かったんだろ……。祐亜がもし私のこと覚えててくれたら何か変わったのだろうか。
「それから色々頑張ったんです。生徒会に入ったのだって祐亜に気付いてもらいたくて。学校で目立てば祐亜が来夢のこと見つけて思い出してくれるかと思ったからで」
「あら、結構不純な理由だったのね?」
「あ、あうぅ……け、けど祐亜は全然来夢に気付いてくれなくて……それでやっと気付いたんです。いや、ずっと分かってたんですけど来夢のこと、祐亜は全然覚えてくれてないって」
声をかければ変わったのかも知れない。ただ一言、『ねぇ、私のこと覚えてる?』そう言えたら、何か変わったのかも知れない。そうしたら祐亜も思い出してくれて、今の関係より良くなって私はこうやってうじうじしていなかったかも。
けど、聞きたくなかった。
『だれ?』
そんな言葉が返ってくるかも知れない。
そう想像しただけで、泣きそうな、胸が引き裂かれそうになって。私の今までの人生の心の支えになってきた大切な思い出を、そんな短い言葉で全部、祐亜自身に否定されてしまうなんて。だから私は……。
「全然知らない人の体で祐亜に接触を試みたんです。街中で偶然祐亜を見つけたから、待ち伏せして。また新しく始めることにしたんです。祐亜との関係を。祐亜は馬鹿で優しいからすぐ仲良くなって、また好きだって気持ちも強くなって……けど」
……けど。
「仲良くなれば仲良くなるほど辛くなってくるんです」
声が震えて、目の奥がツンとなる。
「どうして来夢だけが覚えてるんだろって……いっそ来夢も忘れてくれてればもっと簡単に祐亜と接するのに……けど来夢にとっては十年前のことでも、たった一週間のことでも本当に大切なことだったから。なかったことにしたくないから……けど祐亜は……グスッ……ぜ……ぜったい来夢が一番好きなんですぅ……ほんとですぅ……エグッけど、けど祐亜の周りは可愛い子ばっかりで来夢なんかじゃ……けど祐亜がだれかのものになっちゃうなんて……私……もう訳わかんなくて……」
溢れてくる涙を両手で必死に拭うけど、全然止まってくれなくて。
涙を堪えようとすればするほど声が出てしまうほどに、堰を切ったかのように自分の見られたくない思いが溢れてくる。
「……なるほど。怖いのね、新しく踏み出すことが……」
雪那先輩は泣きじゃくる私の肩にそっと手を置いて、ポツリと呟いた。
「ねぇ、いじわるでもなんでもない。はっきり言わせてもらうわ」
そう言って、雪那先輩ははっきりと強い口調で私にこう言い放った。
「祐亜くんは、きっと来夢を選ばない」
まるで頭をガツンって殴られたような、そんな感じがした。
「別にあなたが他の子より可愛くないだとかそうじゃなくて……ただ、ただ単純に祐亜くんはどうしようもなく結衣ちゃんに心惹かれてる。それこそ私たちがいくらちょっかいかけようが入り込む隙間もないぐらいに。あと結衣ちゃんも祐亜くんに惹かれはじめてる」
「……や、やめ……」
「あなたが今更告白したところできっと物語の結末は変わらない。女の子は誰でもシンデレラなんて言うけど、王子様にとってのシンデレラはたったの一人しかいないから」
「き、きき……たくない……」
「あなたが告白したら今までみたいな関係には戻れないかもしれない。これから祐亜くんとも上手く話せなくてずっとギクシャクした関係になって高校を卒業して、あなたの初恋はどうしようもない結末を迎えるかもしれない」
「わかってます!!!!! そんなこと!!!!!」
「っっ……!?」
自分でも驚くほどの大きな、ほとんど絶叫に近い声が出た。
淡々と語っていた雪那先輩が思わず驚いて体を軽く仰け反らせるぐらい。
「そんなの……誰よりも……来夢が一番……わかってますよぉ……ぅぅえっ……」
悔しくて悲しくて涙がポロポロと零れてくる。そんな私に雪那先輩は悲しそうな声色でこう言った。
「けど今勇気を出さなかったら、来夢ちゃん。あなたまたずっと後悔したままよ?あの時、ああしとけば、こうしとけば、本当はああなってたんだってずっと自分に言い聞かせて、いつまでも前に進めないつまらない人間になるわよ? そんな来夢ちゃん、先輩見たくないな……」
「ぁぅ……」
雪那先輩の日傘がポトリと、白くて熱い砂浜の上に落ちる。
気付いたら私は雪那先輩に抱きしめられていた。大人っぽいいい香りがする。けどどことなく優しくて、そして雪那先輩はとても暖かかった。
「ほら、あれよ……骨は拾ってあげるわ」
「……最低ですぅ」
「先輩はリアリストだからねぇ。それに可能性はゼロじゃないわ、もし行くとしたら今のタイミングしかないと思うけど」
「あうあう。先輩はどれくらいの確立で告白が成功すると思いますか?」
「ええっと……某ゲジマユ天気予報士が一カ月連続で予報を的中させるぐらいかなぁ……」
「あうあう!!」
「あはは……でもいつか笑い話にできるように今頑張りなさい。やらなかった後悔なんて……本当残酷なくらいいつまでも残り続けるから」
この先輩は飄々としていていつも自由奔放で……けど私と杏華だけが知っている。時々、今みたいな何かに責められているかのような悲しい顔をする。
その理由は聞けない。多分これからも。誰だって知られたくない辛いことがあるから。雪那先輩にも、そして勿論私にも。
それじゃ、私は先に。雪那先輩はそういってその彼女の肌のように真っ白な日傘を手に取り私に背を向けた。
最後に今度は私が質問をしてみた。
先輩は、祐亜のこと好きじゃないんですか?
すると、雪那先輩は一瞬驚いたような表情を浮かべた後下を向いてすぐにいつもの小悪魔のような笑みを浮かべた。けどどこか困ったような表情で。
「私は……ごめんね……これはニセモノだから」
そう言って去っていた先輩の後ろ姿からはもう何も読みとれなかった。
私の胸には悲壮な、それでいて勇敢な思いが確かに芽生えた。
初恋の、たった一人だけで書き綴られてきた恋物語を終わらせよう。
それはきっと幸せな結末にはならないだろう。涙で締めくくられた悲恋の物語になるかも知れない。
けど、私は今、進みたいと思った。
怖いけど、とても怖いけど……いつまでも優しい思い出に縋っているだけの情けない私は嫌いだったから。




