星が綺麗ですね
「すぅ……すぅ」
さっきまでの殺気はどこへやら、柳は俺の膝の上で安らかな寝息をたてながらあっという間に深い睡眠の世界へ旅立たれてしまわれました。
体はいつのまにか俺の方を向いており、その両手は微かな力で俺のTシャツを握っております。
「これは俺は……どうすれば」
下手に身動きもとることができず、軽く狼狽しながら辺りを見まわしてみても周りの女の子たちは一様に俺に冷たい視線を投げかけてくるだけです。
「ロリコン! この変態ロリコン!!さっさと規制されて去勢されちまえですぅ!!」
「ロリじゃない!! 俺の憧れの女性はハマーン・カーンだ!!」
柳から強制的に迫害された来夢が涙目でこちらに、根も葉もない言葉を投げかけてきやがります。この俗物が!
「うーん、とりあえず部屋に連れて行ってあげてベットに寝かせてあげないとだね……。私と同じ部屋だから祐亜そこまで運んであげて。それにしてもなんて可愛い寝顔……」
俺が来夢と言い争いをしていると、いつのまにか結衣がやってきて俺の背中越しに柳の寝顔を覗きこんでいました。
「うにゃぅ……ゆう、あ……」
柳が口をむにゃむにゃさせながらなにか寝言を言っています。あれ、このパターン知ってるぞ。体感的に二年前ぐらいにこんなことがあったような……。確かその時は……。
「ゆうあ、す……」
「スキャットマァァァァアアアアアアアアアアアアンンン!!!! ピーパラッポ!! パッパパラッポ!!」
気づけばなにか柳が言おうとする前に俺は全力でその言葉を上書きしておりました。
いやわからない、わからないですよ。もしかしたら「祐亜、ストックホルムシンドローム」て言おうとしてたのか知れません。しかし、万が一あの時と同じ言葉を言おうものならこの場の雰囲気がえらいことに……。
「ゆうあ、だいす……」
「はあああああああああああああるばるぅぅぅぅぅうううううううううきたぜ!!!!はこだてぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!!」
「うっさいわボケ!!!!!」
姉貴に綺麗な延髄蹴りをいただきました。
なんて綺麗な蹴りを実の弟にいれやがるんですか……あのバイオレンス姉ちゃんは。
デンジャラスじいさんの派生かよ……とかいうくだらないことを考え首を少し斜めにしながら柳を背中に背負って別荘の廊下歩いています。
横には浴衣姿の結衣が柳と同じ部屋という理由でついてきてくれました。ほんのり湿った艶やかな髪に、彼女から香り立ついつもよりシャンプーやらリンスやらの甘くてそれでいて刺激的な香りが俺を刺激しまくっており、平静を装っているのが大変でございます。
「本当に人気者だね、祐亜」
俺のすぐ横を歩く結衣を俺の顔を覗きこんでなんだか少し寂し気なトーンでそんなことを言いました。
別荘の廊下の窓からは普段見ることのできないような綺麗な星空と、月に照らされた青白い海が波一つ立てずに静かに広がっています。なんだか神秘的ですねー。
「いやいや、あなたがそれを言っちゃいますかね」
「言っちゃいますよー? だってあんなにまっすぐで純粋な思い、私は貰ったことないから」
あれ? これ俺ダメージ負ってませんか? 俺の思いまっすぐじゃなかったのかなぁーって。まぁ確かにあの時はまっすぐじゃなかったかもですけどね。
「この女たらしめ!」
そう言って結衣は俺の頬をいたずらっぽく小突いてきました。
結衣がこんな感じでスキンシップをとってきてくれるなんて……感動です。しかし、少し複雑。
「はーい、到着。ここ私と柳の部屋ね」
俺と結衣と意識不明の柳との散歩はものの2、3分で終わってしまいました。なんだか少し惜しいような、残念なような。
俺は結衣に扉を開けてもらうと部屋に入りベットに柳をゆっくり下ろして、小さなその体にそばにあったタオルケットをかけておきました。
「ふぅ……おにぃ……ちゃん……」
寝言で柳が何かを言っていましたが、俺にはよく聞き取れませんでした。
その時、ふと肩を後ろかた掴まれました。勿論結衣なんですが、結衣は俺の耳元で俺にしか聞こえないように小さく囁きました。
「祐亜くん、星でも見に行きませんか?」
「はい……?」
一瞬何を言われたのか分からなかった俺は、暗い部屋の中で振り返って結衣の顔をまじまじを見つめてしまいました。
暗がりに見えた結衣の表情はちょっぴり恥ずかしそうで、口を一文字に結んでムズムズさせています。
そして変に明るく話し始めました。
「いやぁー、こんな綺麗な星空なかなか都会で見れないし、まだなんか眠くないし、それに」
「それに?」
俺がそう聞くと、結衣はくるっとこちらに背を向けました。一瞬だけ見えた結衣の頬が少し紅く見えたのはやっぱり気のせいではないと思います。
「祐亜と……少しお喋りしたいなぁーと思いまして」
柳の安らかな寝息だけが室内に静かに響いています。
REPLAY……。
『祐亜と……少しお喋りしたいなぁーと思いまして』
お分かり頂けただろうか? まるでメインヒロインのようなこの発言……。
かつてこの作品で空気ヒロインと呼ばれていた少女の怨霊の仕業だとでも言うのだろうか……。
「勿論あなたの行くところなら、どこへだってお供いたします」
「うむ、大義である。では我の手をとれ」
結衣はそう言ってこちらに背を向けたまま左手をぶっきら棒に差し出してきたのです。
我が世の春が来た(確信)
手…手!! お手とお手で幸せスタイルでございますか!!
「む……これくらいいいでしょ? 今ぐらい祐亜一人占めしてもさー」
少し頬を膨らませてわざと怒ったような声色を出した結衣は子供のような可愛さを含んでおり、この表情で是非SRカードとして出してほしいです。
廃人になります!! 怪しいドリンクもチケットもいっぱい買うから!!
「それじゃあ、失礼して」
結衣の手から微かに伝わってくる温度と小さな震えは俺を激しく動揺させるのに十分でした。
しんのすけ先輩……ドキがムネムネしてます。
「……いよいよ明日だね」
え……あぁ、そういえば明日はライブでございましたね。
なんだか遠い昔のことのようです。……となればこの震えは明日への緊張での震えか、俺のそれとはまた別ですね。ふむ……。
「私がなんでお笑い好きだか聞かせたことなかったよね?」
「そういえばそうですね」
ひっそりと静まり返った別荘を外に向かって歩きながら、結衣が少し恥ずかしそうにしながら俺に話しかけてきます。
「昔ね……、亜弥とか柳とか、私を守ってくれる人たちに出会う前の話。いじめられっ子だったんだよね、私。中学のはじめぐらいまでかなぁ、なんかすごい嫌われててね、あはは。特に何もした記憶ないんだけど……。いつも家で泣いてたっけ」
多分、同姓からの嫉妬でしょうね。
こんだけ可愛かったら妬まれても不思議じゃないですね。けど、毎日泣いてたなんて今のどこか飄々とした結衣の姿からは想像できないですが。
「そんな私の唯一の楽しみがね、お笑いだったんだ。漫才、コント、テレビで芸人さんが面白可笑しくやっててテレビから笑い声が聞こえてきて、それでいつも私ね、何が悲しかったのか忘れちゃうぐらい笑って、横でお兄ちゃんもつられて笑って」
「ねぇ、祐亜。人を笑わせることってすごいことだと思わない? 人を悲しませたり怒らせたりすることなんて簡単だけど、悲しんでる人達を笑わせるなんて普通できないよ。私、お笑いがなかったらみんなに会うまで頑張れなかった、絶対に」
「だから、私もなりたいって思ったんだ。そんな人たちみたいに。昔の私が助けられたみたいに誰かを笑わせてあげたい。」
外に出て、二人で見上げたその日の夜空を俺は決して忘れることはできないと思います。
「私ね、全然強くない。全然完璧じゃない。周りからなんか色々思われてるけど、大したことないんだ。みんながいなきゃ一人でも立ってられないただの弱虫……」
「ねぇ、祐亜?」
「なんでしょうか?」
「祐亜となら絶対できると思うんだ……だから、私のこと支えていて?」
繋いだ手を微かに震わせながら、夜の小さな波のさざめきにさえかき消されてしまいそうなほどの声で彼女はそう言いました。
なにか気のきいたことを、明日自分の夢に向けてほんの小さな一歩を踏み出そうとしている彼女に向けて、その小さな一歩に押しつぶされそうな不安を抱いてる彼女に俺はなにか気のきいたことを言おうと、数秒の間に考えまくりましたが……
「はい……あ、が、頑張ります」
だぁあああああああああああああああああああ!!!! 俺のゴミ!! あんぽんたん!!あんぽんたん、新しい顔よ!! もうちょっとどこぞの不幸体質の高校生みたいなことさらっといえないのかい!!
なんで彼女がこんなに魅力的なのか、今日初めて分かったような気がします。
彼女の夢が、目標が確かに本物だったからです。
正直なめてました。高校生のこんな可愛い女の子がお笑いだなんて、ただの遊びだって。
けど、結衣は痛いぐらいにまっすぐで、痛いぐらいに誠実で、夢も希望も特に持ってない自分みたいな奴が本当に……そう思ってしまうような本気っぷり。
ただ結衣が頼ってくれるならこんな俺でも全力で頑張りたいと思います。
結衣の夢と同じじゃないけど、いつか結衣が本気の本気で夢を追いかけた時の足かせになってしまうかも知れないけど、今は俺しかいないなら結衣を絶対助けてあげたい。
そんな意味をこめて彼女の手をさっきより強く握りました。
言葉にできない気持ちが一ミリでも伝わってくれたらいいな、そんな願いを見上げた落ちてきそうな星空に思いますが何千万年前の光が俺の気持ちをくみ取ってくれる訳ないですな。
明日態度で示さねば。




