あんまり仲良くない女の子と買い物に行ってもろくな事になりませんよ
体育祭も終わり、我が南高校は夏休みに入りました。
夏休みと言いますともうワクワクテカテカでありまして、なにか結衣との間にフラグの一つでも立てたいなぁーと思う今日この頃です。体育祭では結局何も起きませんでしたからね。
実はその結衣は今俺の目の前にいて、俺の部屋で二人きりというシチュエーションなのです。
「Fはですね、人差し指で6弦と2、1弦を押さえまして……あとはこんな感じ」
「ふわぁ! なにこれ!? いたたた!」
いつぞや言っていたバンドのお話ですね。
結衣がギターボーカルをするとのことなので、こうして初歩的なことを教えてる次第です。姉貴に頼まれたんで。
俺の持ってる4、5万程度のレスポール型のギターを持って、コードを押さえようと悪戦苦闘している結衣の姿はもう……たまらなく愛おしいです。
あぁ……むしゃぶりつきたい。
まぁ、Fは初心者には難しいですからね。俺なんて一週間ぐらいできなくて、一回挫折しましたもんね。流石に万能タイプの結衣でも……。
ジャラーン
「およ? ねぇ、祐亜? 今の綺麗に音鳴ってなかった?」
「……は?」
嘘……だろ……? 俺は一週間やぞ……ご、5分?
結衣はおぼつかないピッキングでFのコードをジャカジャカと掻き鳴らしています。……ちゃんと一音残らず綺麗になってやがります。
この時結衣はギターを持つ5分前に簡単にギターの説明を受けただけで、ど素人以前の状態であったという……。
闇に舞い降りた天才、神村結衣……その瞳は底無しの闇。
嫌だ……こんな才能の塊にギターなんて教えたくないです。追い越されちゃいます……。
次に教えるべきこと……そうだコードチェンジを教えちゃいましょう。
CからF、その逆とか絶対苦戦しちゃうでしょうね……フフフ。
───10分後です。
「やったぁ! できたよ祐亜! ねぇ、音途切れずにコード変えられてるよね!?」
horse deerな……。こんなん俺、一ヶ月ぐらいかかりましたよ!? コードチェンジとか!! 10分!? ここまで15分!? へあっ!?
「な、なななな、なかなか飲み込みが早いですな!? よ、よし! 次はギタリストなら誰でもできる初歩中の初歩のアンジェロラッシュを教えてあげましょう!」
「おう、やってんな? おぉ? もうF押さえられるようになったのか? やるな」
俺がスーパーご乱心モードに入っていますと、姉貴がタンクトップに短パンという涼しげな格好で俺の部屋に入ってきました。
「へへへ、すごいだろ? きっと祐亜の教え方がいいからだよ」
Fをジャカジャカ掻き鳴らしながらなんとも愛おしい笑みを浮かべて、結衣はそんな嬉しいことを言ってくれました。
「んな、馬鹿な。おっ、結衣ピックの持ち方がちょっとおかしいな」
「あれ? そう?」
「これはだな、こんな感じで親指と人差し指で挟むようにして……」
あぁ、ギターを持ちたての初心者が驚異のスピードでステップアップしてるのにも関わらず細かな所まで視線を送りこんなに親切に教えられる姉貴。流石生徒会長の器。
かたや、僕ですわ。
自分の沖ノ鳥島ばりの極小の器に死にたくなりました。卑怯だわ、俺。
藤木くんよろしくです。今なら玉葱頭に罵られても仕方ない、なんなら尻を差し出しても構わない、そんな心境です。
という訳で部屋の隅で小さく存在することにしました。
「おーい、そこのうんこくずさーん。何してんだよ?」
「卑怯者の僕は死にました!! だからもう見えませーん!!」
部屋の隅に体操座りで姉貴たちに背を向けている俺はもうひたすらに卑屈です。穴があったらダイブしたいです。
「へへ、祐亜、今日はありがとう。またギター教えてね。あっ、でも今度会う時は漫才のネタ合わせだけどね」
そういえばそんな関係でしたね。結衣は俺の頭をポンポンと軽く叩いた後、姉貴と一緒に俺の部屋を後にして行きました。
「あっ、杏華ってこの後暇だったりする?」
「あ? っと……今日は何もねぇけど」
「本当!? じゃあショッピングに行こうよ? みんなで行くんだけどさ……」
「いいぞ。んじゃぁ、来夢の奴も呼び出して……」
姉貴と結衣の楽しそうな会話が遠ざかっていきます。
あぁ……凄い華やかそうですな、ストーキングしようかな。
姉貴に殺されますね。
あ、でも今日は確か俺の注目してるアーティストのニューアルバムの発売日なんです。買いに行かねば。
そう思ってしまったのが今日の日の、最大の過ちでありました。
刺すような日差しが降り注ぐ中、俺はTシャツにジーンズという非常に涼しげな様相で試作二号機(ただのチャリの名前です)をこいでいます。
いやぁー、夏がやってまいったなと、そう思うような雰囲気です。
深い青色の空に綿菓子みたいな馬鹿でかい雲が悠々と泳いでいます。焼き付けるようなアスファルトの上を行く人もみんな涼しげな格好をしていて、片手にアイスなんか持っちゃったりしてね。
いやぁ、夏です。俺は夏が大好きなんですよ。いやぁーこんな日は速攻で買い物済まして家に帰り、クーラーがガンガンに効いた部屋でゲームするのが夏の醍醐味ですね。海とかプールとか興味ないわ。
額の汗を拭いながら俺は駅前を試作二号機で飛ばしていきます。
ここら辺はこの街で一番賑わってる場所ですから、俺と同世代と思わしき人たちが友人、カップルなんかと仲睦まじくショッピングに来てますね。
ふん、全然羨ましいとか思ってるんだからね!?
「くそ……ドイツもこいつもスロバキアも……」
俺はぶつくさ文句を垂れながら、駅前の駐輪場に試作二号機を止めます。
そしてこの辺りにあるいきつけのCDショップ、チャワーレコージョまで歩いていく次第です。
「うぇ、あっちぃ……」
太陽の最早嫌がらせなんじゃないかなと思う程の日差しをガンガンに浴びながら、歩いている俺です。
その時でした。ふと、後ろから声がしました。
「おい、そこの少年! ストップ! 止まりなさい!」
どこかで聞いたことのあるような声がしたので振り返ります。
そこに立っていたのは、日傘を指して、かなり大人っぽい黒のワンピースを着ている……えっと、誰でしたっけこの美しいお姉さま? どっかで見たことありますよ……。
「久々だね、祐亜? 君だけのせっちゃん先輩だぜ!」
そういっていたずらな笑みを浮かべて、目の前にVサインを作った彼女はせっちゃん先輩と名乗りました。
………。
………。
あっ、体育祭の時に俺の焼きそばパン横取りした人だ!!
いやぁ、凄い久々だなぁ。本当は一週間も経ってないはずなのに、半年ぶりに会ったような気分だ。いやぁ、懐かしいですな(※当時半年程更新をさぼっておりました)
「いやぁ、祐亜くんだよね? こんな所で会うなんて奇遇だなぁー」
「あはは、本当そうですね。いやぁー嬉しいな、それではさよならせっちゃん先輩、あはは」
俺がもう天上天下時代の茅原さんよろしくの演技でその場を切り抜けようとしますと、せっちゃん先輩に無表情で腕を捕まれました。
「もう少し演技力をつけた方がいいわね、じゃないと握り潰すわよ」
「自分でもそう思いますね。というかどの部位をですか?」
「それより、祐亜くんは何をしにここまで?」
「新作のCDを買いに来たんですよ、早くしないと売り切れてしまう! あぁ、なんてこったい!!」
「良かった! 暇なんだね?」
あれ、確かこの人と俺は同じ母国語を共有していると思ったんですけども……。伝わってないですね、不思議だなぁ。
俺が違和感をバリバリに抱きまくっていますとせっちゃんは俺の腕を握っていた手を離し、満面の笑みを浮かべました。
「いやーね、今日友達とショッピングする予定だったけど、急に来れなくなっちゃって……受験生って大変ね」
あなたは違うんですか、とツッコミを入れる暇を与えさせることもなく彼女は矢継ぎ早に言葉を紡いでいきます。とんだ会話のドッジボールですな。
「そんな訳で途方に暮れている所に祐亜くん! 君が現れた訳なんだね、うんうん。という訳でせっちゃん先輩のショッピングに付き合ってくれるよね?」
何がどういう訳でそういう結論が導き出されるのかわかりませんが、どうせこの選択肢はいいえを選んでもはいを選ぶまで決して終わることのない、一昔前のゲームのような横暴な問い掛けに決まっています。
「……少しなら」
だから、俺はこう返答せざるを得ませんでした。
そしていかにも危険な香が漂う死のショッピングが幕を開けたのでした。




