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思い出はいつだって綺麗です


「いやぁー祐亜くん。私たちもまだまだ若手なんでねぇーこれから頑張っていかないといけませんね」




「……そうですねぇ」




「しかしあれですね。夏が近づいてきてますが、まだまだ少し肌寒いですね」




「……いやぁ……あつはなついって言いますけどね」




「ハハハ!……はい、ストップ」




「………」




只今昼休みです。空き教室に結衣と二人きり、最早何をしているかは語る必要はありますまい。



みなさんどう思います? これラブコメなんですよ? メインヒロインと空き教室で二人きりなんですよ? これなんてエロゲってシチュエーションじゃないですか?



まことくぅーーんとか!



リトーーーとか!!



じゅんぺいくーーーんとか!



ゆうたぁーーうぬぅーーとか!




何故だ……俺は一体何を間違えたんだ。どこで……何を……。




「祐亜……漫才なめてるんじゃない? 声張らないでどうするの? まだ始めたばっかりだからあんまり求めないけどさ、声くらいでるでしょ?」



何故俺は空き教室で説教を受けているのですか……。どこぞのテニスプレイヤーだよ。




「はい、もう一回頭から! もっと元気出してよね?」




「あの……なんでこんな超古典的漫才なんすか?」




俺がこのラブコメにあるまじきカオスの根元を尋ねてみますと、結衣は少し頬を膨らませて俺の右頬を抓ってきました。




「何事も基礎が大事! 基礎を疎かにする人間に成長はありえないわ! 基礎があってからの応用なの! あんだーすたん!?」




安西先生ですね、わかります。




それから昼休みの20分間、俺は空き教室で美女と二人きりひたすら漫才をして過ごしました。














「最近思うんだ……ヴァルゴたんがこっちに出てくれればいいじゃんって」




「……誰それ?」




「だっていきなりキスしてくんだぜ!? まさにラブコメじゃん!? もうテンプレラブコメ、テンプレートラブアンドコメディーやん!!」




昼休みが終わり結衣から解放された俺は、ポケットいっぱいの弱音を集めて祐一に放ちました。




「まぁ、別にいいじゃん? お前神村じゃなくてもさ、その気になれば他の子もいけるじゃん?(副音声※ハッハー!! ぶぅわぁあああかっ!! 正真正銘のリア充の俺に何そんな相談してんだよ、アホ。てめぇは指加えて俺と恋が紡ぐ素敵で淡い恋物語を電柱の影から股間に血を集めながら見てるのがお似合いだぜ!!)」




ハイターぶっかけました。





かくしてあっという間に放課後です。祐一くんは途中で早退したんですが何かあったんですかね?




さて、今日も1日が終わった、帰ってレニークラヴィツでも聞きながら愛について考えるかと、帰り支度をしていると教室の後ろの扉が勢い良く開きました。




「徳永、急げ! もう体育祭まで日がない!時が惜しい。巻きだ!巻け巻け!」




沢木なんとかさん……あぁ、そう言えば鍛錬がうんちゃらかんちゃらって言ってま

したね。




「あっ……はいはい。ちっと待ってて下さいよ」




諦めの境地に到達している俺が心底だるそうにそう言って沢木なんとかさんの方を振り返ったのですが、なんとその頭の上には以前俺がプレゼントしたカチューシャだかリボンだかなんだか良くわかんない黒い奴が乗ってました。




「あっ、それは」




俺が思わず指差すと、沢木さんは慌てて頭を抑えました。




「違う!! これはあれだ!! 今日は寝癖が酷かったから付けてきたのだ!! 気にするな!!」




「あの……祐亜と一緒の春がいいって言ってもらえませんか?」




「むむむ?……どうでもいい、早く行くぞ」




そう言うと、沢木なんとかさんは颯爽と俺に近付いてきてその手をガシッと掴みました。そしてそのままグイグイ、歩き始めました。




「ちょ! 沢木さん鞄が……ま! ちょ! アッー!!」




かくして10kmのロードワークが始まりました。




「今日もやるんすか……? 正気ですか?」




「私は至って大真面目だ。そんな軟弱さでは結衣を守ることは愚か、もう一週間をきった体育祭での二人三脚でも勝てないぞ?」




もう2つとも俺にとってはどうでもいいことなのですが、沢木さんがその素晴らしい胸を張って自信満々に言うものですから俺に反論する勇気はありません。




沢木さんに半ば強制的に連行され、流れ着いた校門前。下校していく生徒や校舎の周りをグルグル走ってる運動系の部活動生が奇異な物を見るような視線を体操服姿の俺と沢木なんとかさんに送ってきます。




しかし、そんな視線など一切気にも介さないで沢木なんとかさんはさっさと走り出してしまいました。




「やれやれだぜ……」




俺もその後ろを非常に重い足取りで駆け出しました。というか筋肉痛です。




今日は昨日とは違って二人きりです。非常にいい雰囲気……いえ、スポーティーな雰囲気です。




横を走る沢木なんとかさんの顔は可愛いくて凛々しくて、あぁ……風になびく沢木なんとかさんの長い黒髪は俺をドギマギさせるには充分できっと幽白の鴉も後ろから触ったら、




『うほっ! 全然痛んでない! トリートメント万全っすね!』




って言うに違いないです。




「何をニヤニヤしてるんだ?」




沢木なんとかさんは俺の少しばかりいやらしい視線に気づいたのか、不審に満ちた視線を送ってきました。




「いや、ただサイド7に思いを馳せていただけです」



夏が少し近づいてきたのかと思うようなほんのり暑いロマンチックな夕暮れの中、無駄にスポーティーな俺と沢木なんとかさんなのでした。




「うぅ……疲れたっす。どこかで休憩しましょうよ」




「軟弱な奴だな……仕方ない。休憩するか」




20分くらい走ったでしょうか、沢木なんとかさんはぶつくさ言いながらも俺の意見を聞き入れてくれました。




「あそこの公園でいいか?」




沢木さんはランニング状態で足をとめ(リアル鬼ごっこ状態)目と鼻の先にある公園を指差しました。




「あっ……」




俺は思わず声を出してしまいました。沢木なんとかさんはそれを見逃してはくれず、不思議そうな顔して俺に尋ねてきました。




「なんだ? 都合が悪い場所なのか?」




「いや、そういう訳じゃないっす。ただ……そうっすね、思い出の場所っていうか」




走るのに必死で気づきませんでしたが、そうですか。ここはこの公園の近くだったんですね。




少しばかり感傷に浸ってる俺を、沢木なんとかさんは物珍しそうに眺めた後、ニヤニヤし始めました。




「お前の思い出話か、興味深いな」




「別に期待するような物でもないっすよ」




俺の言葉を聞き終わるより早く、沢木なんとかさんは公園の中に入っていってしまいました。




あんまり話したくないんですけどね……。高二になってやっといろんな気持ちの整理がついたんですが。

でもブランコに乗ってキラキラした目をしている沢木さんの顔を見ていると、とてもじゃないですが黙っておくことは出来そうにありません。





葵のこと、言わないと駄目なんでしょうね。











「柊葵って言うんですけどね、俺の近所に住んでた幼なじみみたいなもんでして。よく姉貴、俺、祐一、そんで葵の4人でこの公園でよく遊んでたんっすよ」




黄昏時の公園で、少し錆びた悲鳴をあげる二つのブランコに座る俺と沢木なんとかさんです。




物心ついた時には葵が側にいました。




そんで中学に入学した時辺りからですかね、俺と葵は二人きりで会うことが多くなりました。




「むむむ、それは付き合ってたということか!?」




ブランコを漕いでる沢木なんとかさんが縦方向に揺られながら、顔だけこちらに向けて慌てた口調で尋ねてきました。




「……どうなんですかね? 葵はどうだか知りませんが俺は……うん……好きでした、あいつのこと。けど、付き合ってるってのはちょっと違いますか」




近いようでずっと遠くて、理解してるようで理解できなくて、本当に捉えどころのない雲みたいな女の子でした。




破天荒な奴でした。可愛い顔してるくせにやることは姉貴ばりにえげつなくて、グイグイ周りを引っ張っていくタイプで。

そのくせ泣き虫な奴でした。ちょっとのことですぐクヨクヨして、そのたびに俺がこの公園で慰めてやったもんです。




「ほっとけないっていうか……なんでしょうね? 口にするのは難しいです」




「……その柊とやらとはその後どうなった?」




俺はブランコからヒョイと飛び降りて、そして近くに捨ててあった空き缶を力一杯蹴っ飛ばしました。




「中二の冬ぐらいでしたか。いきなり、あいつ転校しちゃいまして。祐一と姉貴は事前に転校するって知ってたのに、俺だけは知らなくて。それからメアドとかも変わっちゃってて音信不通。そっすね……なんかショックでした。俺とあいつの関係はその程度のものだったのかみたいな。引きずりましたよ? 二年間ぐらいかな。だから高校に入学した時には女の子は視界に入ってこなかったですね。まぁ、それでも結衣のこと好きになって……けどフラグはバキバキにされて、漫才やらされてますが……まぁ、今ではこんな感じで葵のこと普通に喋れるし、結構大丈夫っす」




建物の隙間から縫うようにして差し込む夕日が辺りをオレンジに染めて行きます。ここの風景も人も変わっていくのに、このオレンジ色だけは葵と来たあの日のそれと変わってなくて、そのことがなんだか無性に俺の胸を締め付けやがります。




「私は色恋沙汰のことはよくわからないが。思うに、その娘は徳永のことが本当に、本当に好きだったのだろうな」




「へ?」




まだ動いているブランコから飛び降りた沢木なんとかさんは、俺の横にすっと立ちました。




「女心は複雑だと聞く。きっとその葵とやらは、お前のことが好きだったから何も言わずに行ったんだろう」




「……んな訳ないっすよ」




「さよならって言いたくなかったんだろうな。認めたくなかったんだよ、お前と離れ離れになることを」




もうすぐ夏だってのに、吹き抜ける風はなんだか肌寒いです。




「……そんなもんなんですかね」




昔あいつとよく遊んだ砂場を眺めながら、俺はまるで独り言のように呟きました。




「そういうものなんだろうな」




優しい口調で話しかける沢木なんとかさんは、なんかいつもと少し違っていて。けど、俺のことを思ってくれてるのはなんとなく分かりました。




「辛気くさい空気は好きではない。さぁ、暗くなる前に帰ろう!」




下を向いて哀愁に浸る俺の手を掴んで、沢木なんとかさんは走り出そうとしました。




振り向いたその先にあった西日に照らされた沢木なんとかさんの顔は、いつの日かの帰り道で見たそれと一緒で。けど、あの日よりもちょっぴりほぐれたような優しい顔をしていたような気がしていて。



俺は駆け出す沢木なんとかさんに手を引かれながら、





もうこっちがメインヒロインでよくね?





みたいなことを思うのでした。


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