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 八時半ともなれば十二月の冬だ、心身ともに冷えてくる。特に足が冷えるスピードは尋常じゃなく速く、俺らの歩くスピードを削いでくる。

 屋上から自分たちの教室へと足を運ぶ。

 年季の入っている学校であることもあって、月明かりしか光が無い学校内はホラーゲームのような雰囲気を請け負っているが、それでも怖い、といった印象は薄かった。幽霊が出る、といった目撃証言は無いし。

 彼女も平然と歩いている。タフな精神力か何も考えていないか。おそらく後者。鼻歌が俺の後ろにいる彼女から聞こえてくる。

 俺ら以外学校にいないおかげで、カーテンを締めれば教室の明かりをつけても大丈夫だった。でも夜の学校という雰囲気を演出したかったので、明かりは黒板真上の明かりしか付けないことにした。

 教室に着いた当初、彼女はフラフラと内部をぐるぐる回っていたが、何を思いついたのか、チョークを手に黒板に文字を書き出した。

 それを何も考えずにぼんやりと眺める。

 字の形は綺麗に整っており、女子がよく使う丸まった文字ではなかった。そういう一般的な女子のするようなことはあまり興味もないのだろう。

 彼女の姿をよく眺めてみると、長い黒髪はあまり整えられている訳でもない印象を持った。ぱっぱと二回ぐらい櫛を通したぐらい。

 どうしても女子のそういった身支度というものは丁寧に、その分時間が長くなる、といった偏っているかもしれない知識を持っているからそう思っているだけかもしれないけど。

 でも時折見せる横顔は相変わらず端正で、ニキビのことなんかは考えたこともないかもしれない。男である俺でも、ニキビとは絶賛悪戦苦闘中だ。

 そりゃあ男子には大人気だ。俺だって顔を近づかされれば、意識しない方が難しい。

 でもこうしてぼんやり過ごすと、意識することは滅多に無い。

 女性ということを否定している訳ではないし、だからといって赤の他人、といった感覚は無い。

 これはつまり、いわゆる慣れというやつか。

 ぼんやりと考えることも無くなった頃、彼女は書き終えたようで、チョークを黒板の淵に置き、いつもの無表情から若干崩れた、可愛らしい顔を表に出し、俺の隣にある机を椅子がわりに座る。

「なに書いていたんだ?」

「見れば、分かる」

 確かにそうだよな、と黒板の文字列に目を向ける。

 パッ、と見たところ詩ではあったけど、多分彼女から考えると、歌詞なんだろう。

 ただ、一目見るだけでわかるほどリズムが崩壊していたことに関しては、才能無いのかもしれない、とは思ったが。

「詩を書くのは好きよ」

 すぐ黒板にありったけの言葉を書き並べていたのだから、書けること自体凄いのに。実際十五分ぐらいで四百文字ぐらいは書いているんじゃないか。

「でも自分が書いたのに、気に入らないの」

 柔らかいふにゃふにゃ顔からブスー、とした顔にクラスチェンジ。まあ元々無表情で変化も少ないから、ちょっとした変化だ。

 素人なりに助言を出してみる。

「言葉を重ねすぎるんじゃいのか。ほら、ここの部分なんて必要ないだろ」

 彼女は素直に受け止めて、黒板に足を運んで再びチョークを手に、俺の指示通りに消したり、修正したりする。

 ある程度ちゃんとした形に仕上がり、彼女は安堵した表情に戻った。

 変化乏しいけど、コロコロ変わるよな。

「……私、作詞家になりたいの」

「作詞家?」

「そう、作詞家」

 黒板に書かれた詩に視線を向ける。

「歌うことは好きよ。でも歌詞を書いたりする方が落ち着くし、言葉ひとつひとつを使って織り上げることが一番素敵なことだと思えるの」

 再び教室内をぐるぐる回る。だけど、足音は先ほどより静かで。

「嫉妬されることは分からないけど、期待を持たされていることはわかっているの。この声とか感情を込めやすい歌い方とかに、周りの人たちは注目している。私この学校に編入するとき、特待生として扱われているのよ」

 話を聞いて、頭をぽりぽり爪を立てながら掻いた。

 この学校は聖歌隊による合唱に力を学力以上に入れている。いや学力もそれなりに入れていると思うけど、それよりも合唱のことを優先順位一位に並べて考えている。

 だから、彼女の声に学校中が視線を向けている。

 それに彼女を上位の音大に行かせたりすれば、学校としての名は上がる

しな。まあ簡単なことでは無いと思うけど。学部によっては、メイン楽器

とは別にピアノとか入れていたりするし。

「聖歌隊に入れ、とかよく言われるんだろう」

「……ええ、そうよ」

 こうべを垂れ、うつむく。

「入っても意味は無い。そう思っているし、それに私は朝練とかが好きじ

ゃない」

「誰だって朝練は好きじゃないさ」

 朝早く起きるのは面倒くさいし、聖歌隊の朝練はたしか七時からだっけ。

他の部活より三十分速い。

「自由気ままにいればいいと思うよ。俺なんか別の分野だけど、入れ入れ

ってしょっちゅう言われていたけど断ったし」

「あなたも?」

「そう、ヴァイオリンで」

 自分の肩の上にある空想上のヴァイオリンを首に当て、弓を弦の上に置

く。左手の指たちは踊るように動かす。

「指の動きが綺麗ね」

「まあ、形がなければ自由に動かすことはできるからね。ビブラートの指

の動きとか、俺は好きだな。自分で言うのもなんだけど、自分のビブラー

トは綺麗だと思っているし」

 ただ俺の唯一の欠点としては楽譜がまともに読めない、というのは黙っ

ておくが。

 彼女は再び足をぶらぶらと揺らす。

「でもあなたがヴァイオリン持っているところ、見たことがない」

「そりゃあ部活も無いのに、持ってくる方がおかしいだろ」

「でも学校から直接習い事に行ったりしないの?」

「行かないね。まず持っていけないだろ校則で」

 俺の方を向いて、

「あ、そっか」

 まさか顔を向けられるなんて思わなかったから、反射的に顔を背けてし

まった。若干顔が暑い。

 でも校則、沢山あって全て覚えている訳ではないけど、そんな感じのも

のはあるだろう、多分。身を落ち着かせるために、咳払いをひとつ。

「……まあ話を戻すと、選択できるならさ、自分がやりたいことを選べば

いいと思うよ。そのほうが面倒事少なくて済むし」

 俺は反発して、このように今は人生謳歌だ。この先どうなるのかは分か

らないけど。

 彼女は再び考える仕草をする。

「……まだ分からないわ」

 机から飛び降り、無事着陸する。

「歌っているだけなのに、急に選択肢を押し付けられても困る」

 俺は立ち上がり、椅子を引いて彼女の書いた詩に目を向けた。

「まあ確かに急に押し付けられるのは、迷惑だよな」

 チョークを持って、くるくると回してみた。ペン回しのようには上手く

はいかなかったが。

「俺だって急に来たら迷うよ。厄介事が来たな、って」

 照明の電源盤に近づいて、明かりを消しカーテンを開けてみる。

 ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、時間を確認すると、

夜の九時だ。

「さて、もうお開きにしよっか」

 彼女が時間を聞いてきたので教えると、もうちょっといる、と返答。

「一人で門超えられるのか?」

「……帰る」


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