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「それにしてもよくあの時、渡せたよなあ」

 ただでさえカトリックで規律に厳しいシスター達がいるのだ。その目から掻い潜って彼女に渡す。抜き打ち持ち物検査もあったかもしれない。

 でも実際何回かCDを貸したのだが、バレずに済んでいる。

 ただこの幸運はどこかで返されるんだろうなあ、と思いながら彼女を見ると、不意に歌を歌うのを止めて彼女は俺が座っているベンチに向かって歩き出し、俺の前で立ち止まった。

「ねえ」「なに」

「何しに来たの私たち」

「いや電話で話したろ、星見るから学校の屋上無断に入るって」

 星たちの存在を一瞬横目で確認したあと、

「でもあまり見えないよ」

「それでもあんな明かりが灯っているところよりは見えやすいだろ」

 後頭部をポリポリと掻いて、再び天然物のプラネタリウムに目を向ける。

 確かにほとんど何も見えない。一等星がいくつかとぼんやりと微かに見える二等星が統一性無く並べられているように見えるだけ。

 深呼吸。

 ため息。

「実際は、クリスマスとかそういう行事とかが、嫌いでこんなところにいるだけなんだけどな」

「嫌い?」

「人がごちゃごちゃいるのは、あまり見たくないんだ。学校でも時間があれば、一人になれる場所を探してポツポツと本を読んでいたり、歌詞カードを読んでいたりしているし」

 数秒の沈黙が下りて、

「じゃあ、なんで私を呼んだの?」

「なんとなく、だよ。なんとなく。あ、でもボッチ仲間としては丁度良かったし」

「……ふたりぼっちの時点で、ぼっちでは無いのよ」

「確かにそれは言える」

 苦笑を浮かべるしかなかった。

ふたりぼっちの時点で、ぼっちでは無いのよ。

いつまでもボッチだと思っている俺は、なんて寂しいんだろう。

「私も好きじゃない」

「人がたくさんいる場所が」

「そう。転校も出来ればしたくなかった」

 少し頭を働かせて、

「転校生だと、注目を浴びるからか?」

「うん。視線が私に集中するのは嫌。それに仲の良い友達が一人いた」

 そりゃまあ、転校したくない気持ちも分かる。特に彼女の場合はあまり友人などの親しい人間関係を結ぶことに苦労することが多いだろうし。自分から誰かと話そうということもないだろうし。

「じゃあなんで、俺に話しかけたのさ」

「……寂しかったのもあるし、歌詞カード持っていたから」

 そういえば、「詩は好き?」とか聞かれていたな。

 ただ詩とは言っても、歌詞は若干違うような気もするが。

「それに、歌詞を覚えようとしていたことに、共感を覚えたの」

「俺と同じ、ということか」

「うん。歌詞カードを眺めて、覚えて、歌ってる」

 そこで、俺は彼女に質問しようとしていたことを思い出した。

「そういえばさ、なにか声楽とかで勉強とかしてたのか」

「? なんでそう思ったの」

 首を傾げ、何を言っているのかさっぱりわからない、といった表情を見せる。

「いやさあ。一応、というわけではないが、転校してからまだ二ヶ月しか経ってない上聖歌隊にも入っていないのに、終業式で代表として歌っていたから」

 俺の言葉に耳を傾けていた彼女は、考える素振りをして、

「……特に、なにも」

「なにも?」

 確信を持った言葉と態度で、

「そう、なにも」

「……それ、聖歌隊に入っている奴らが聞いたら、発狂しそうだよな」

 そう呟いた俺に、彼女はキョトン、と未だに何が起こっているのか分からない表情を向けていた。

「あなたが何を言っているのか、分からないわ」

 俺だってお前のハイスペックがわからないよ、と心の中で突っ込んだけど、一生彼女には届かないだろう。

 立っていることに疲れてきたのか、彼女は俺の隣に座ってきた。

 一瞬、俺は警戒心と驚愕を抱いてしまったが、すぐに彼女のなんともない、普段通りの無表情にすぐ解いてしまった。

 何かと疎いよなあらゆる方向で。

「でもそれは」

 彼女は最初の言葉を言ってから、本来より浅い深呼吸をしてから、

「私のことが羨ましい、ということ?」

「羨ましい、ねえ。少なくとも聖歌隊の奴らは嫉妬はするんじゃないのか」

「嫉妬」

 再び考える姿勢をする彼女。

「……分からないわ」

 足をブランコのようにぶらぶらして、視線は冬の気温に当てられた冷たいコンクリートに向けた。

「私は自由気ままに、歌っているだけだもの」


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