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「詩は好き?」
そう尋ねられた時の俺は、一昨日発売された好きなバンドのCDに入っている、こっそり持ってきていた歌詞カードをぼんやりと、だけど一文字一文字丁寧に目に焼き付くぐらい眺めていた。
一人浸っていた世界から急に襟首を持ち上げられて、現実に引き戻された俺は、彼女が声を出した見えない言葉の羅列を理解できなかった。
「……ごめん、なんて言ったか分からなかった」
素直に謝ると、そんなことは気にしていないといった素振りでまた同じ言葉を繰り返した。
「詩は好き?」
「……まずどのような詩なのかが判別できない。詩、と単独に言っても文豪が書いた詩なのか、それとも違う詩?」
「歌詞」
細い指で示した先は、俺が持っていた歌詞カード。
「……俺はこれを見なくても歌えるように、覚えているだけだよ」
「そう」
隣の席にしまっていた椅子を俺の椅子と連結してちょこんと、うさぎが首を傾げるぐらい自然と、少し身を乗り出して歌詞カードの中身を覗こうとする。
「いや、なにやっているんだよ」
「見たいから」
「……だったらほら」
若干手放そうか迷ったが、覗くがためにくっついてくる彼女を遠ざけるために、歌詞カードを犠牲に払った。俺だって健全な男子高校生だ。これ以上くっつかれたら、半日は頭の中がどこかにフラフラと彷徨ってしまいそうだ。
まさか渡してくれるなんて思っていなかったのか、その細い目を微かに広げて、一瞬で元に戻った表情で受け取り、開く。
それでも隣に座り続けているおかげで、美人の隣にいることを意識しないように押さえ込むことを本能が許してもらえず、なるべく見ないように顔を伏せるぐらいしか、無かった。
黙々と彼女は文字を辿り、全て読み通すと顔を伏せていた俺の肩を突き、歌詞カードを返すと、
「今度はCD貸して」
と言い出すものだから最初は耳を疑った。
「どうしてでしょう」
「歌いたいから」
冗談か、と思ったが顔を上げて彼女の顔を見ると、そこには何もかもを見通しているかのような透き通った黒の瞳孔が、俺を写していた。
一度正面から見てしまえば、顔をずるずると地面か机の方へ向けることは出来なかった。無表情ではあるのだけれど、それでもなにか、槍を投げられて体を貫かれられる感覚を味わった。
「……じゃあ明日の朝渡すから」
俺は全ての分野に置いて敗北された気分で、そんな言葉を彼女に投げた。