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縦にして読んだほうが、楽です。
クリスマスイブ。
俗に言うキリスト誕生祭の前日ではあるが、誕生を祝うだけで何もイエス・キリストがこの世に生まれた日では無い、ということを考えてみるとどうしても誕生日に祝えよ、といったツッコミをしてしまう。
特に普段ガミガミうるさいシスター達はこの日に限って、学校の奥にある、生徒と一般教師の方々は立ち入り禁止になっている施設で多分、ずっと祈っていたりするから、胸の奥にある石が重く鎮座してしまっている。
でも一日中祈っていたりなんやかんやして学校にいないことに加え、しかも警備員すら学校に置こうとしないから、俺ら二人はこうして学校の屋上に入れる訳であるのだけれど。
屋上を含む全ての教室にあるドアが開放されているのは、もはや現代社会を舐めきっているとしか、言い様が無い気もする。
だけどこのおかげで、
「男の子が~一人~遊んでいました~」
とか歌詞が金庫を爆破したあとの散々な光景のように酷い歌を、壁をすり抜けるぐらい透明で透き通った声で彼女が歌っているのを、堂々と俺は放置できるという訳だ。ちなみに歌詞は彼女の自作らしい。
歌詞さえ良ければ素直に聞けるんだよなあ。ベンチに座っている俺は「ふぁぁ」と口に手を当てながらあくびをし、空を見上げた。
駅を中心としたライトアップの塊からある程度離れている上、丘の上に建っているこの学校からでさえ、星を見ることも叶わない。微かに一等星達が少しでも自分たちの存在を東京の人々に知らせようと、弱い光を見せびらかしていた。
多分この地域で星を見ているのは、俺らだけだろう。なんと寂しいことにシスターたちは施設に引きこもり、このあたりの住民は駅にでも集まって、ガヤガヤと楽しんでいる。そう考えてみると、流石に同情するしか無かった。まあ同情しても慰めになっているかどうかは分からないけど。
「~~~~~~♪」
もはや歌詞を聞き取る気すらないけど、目を閉じぼんやりしながら彼女の歌を聞いていると、原曲は「アヴェマリア」らしい。かなり彼女なりのアレンジとか変曲とか(もはや作曲している)部分部分にしているので、判別するのに時間がかかった。
作った作曲者の数に合わせて違う数の「アヴェマリア」があるが、この学校で歌われているものは、相当キーが高いうえに、声を選ぶところもある。
「……そういえばあいつ、終業式に代表で歌ってたじゃん」
普段は校長のつまらない話だけの終業式にも、カトリックの学校であるためか、二学期の終業式は代表でクリスマスをなぞった、キリストならではの歌を歌うのだ。
それに控え、合唱では日本一、二を争う全国レベルの聖歌隊がいる。その中にいる奴らの平均レベルは高い訳で、この代表というのは、歌唱力や表現力がこの学校の中で一位だと評価される。
おかげで競争率が高い。合唱とか輪唱とか重唱とかの区別が、未だにつかない俺でも五年もいれば、知っていることだ。
その中で彼女は転校して二ヶ月としか経っていないのに、その資格をもぎ取ってしまっていた。
「でもそんな、特別な教育とかを受けていたとかの雰囲気とかは無いんだよなあ」
今、目の前で漫画で言うならば二つの目がくるくるうずまき表現されそうなほど、フ0ィギアスケート選手よろしくの回転ジャンプを何回も繰り返しているよく分からない少女を眺める。
まあ確かに喋らなければ、外見は美人である上、ミステリアスな印象を無意識に周囲にバラまいてるのは分かる。また普段、人前では言葉を発する気配すらないこともそうなった要因の一つ。
話しかけられても首を振ってイエスかノーを伝えるか、どこから持ち出したのか分からないメモ帳に伝えたいことを伝える、といった口から音を出すことをしないスタンスだ。
神が自らの手で作った彫刻のような外見と、遺跡独特の奥に眠る、考古学者が心を踊らされそうなものに宿る神秘性を兼ね備えている訳だから、誰も話しかけないし、また彼女自身無口であるために、彼女も話しかけない。
そんな不変であったはずの一人の少女と不特定多数の大きな溝に、一本、一人しか渡れない橋が出来た。
――とは言ったものの、作ったのは俺じゃなくて彼女だけど。
読みやすいように、分割しようとして再投稿しました。ご迷惑をお掛けしまいましてすみませんでした。