表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

こんな夢を観た

こんな夢を観た「和菓子をふるまわれる」

作者: 夢野彼方

 貯金も使い果たし、ここ数日は水で飢えをしのいでいる。

「もう、だめかも。最期はせめて、人の迷惑にならないところで……」そんなことを思いながら、町を歩いていた。


 和菓子屋の前を通りかかると、蒸し立ての餡この甘い匂いがしてくる。ぐう~っとお腹の虫が鳴り、思わず立ち止まってしまう。

 ふらふらとショー・ウィンドウに寄って、中をのぞき込む。練り切り、大福、饅頭、どれもおいしそうだ。

 空腹すぎて、胃がしんしんと痛んでくる。膝はかたかたと笑う。1歩も動きたくなかった。


 店の奥に座っていたおばあさんがわたしに気づき、よっこいしょと立ち上がる。不審者だと思われたのだろう。無理もない。物欲しそうな様子で、店のガラス戸に手をついているのだから。

 わたしはいそいそと店を離れた。できるだけ早くその場を立ち去ろうとするのだが、自分の足ながら、まるで棒杭のように言うことを聞かない。


 数軒ばかり行ったところで、背後から声が掛かる。和菓子屋のおばあさんだ。

「ちょいと、あなた。戻ってらっしゃいな」

 わたしは気づかないふりをした。ちらっと、(警官を呼ばれ、交番にやっかいになれば、もしかしたら、何か食べ物がもらえるかもしれない)とも考えた。

 けれど、最後の一線で自身のプライドが許さないのだった。


「お待ちなさいったら」おばあさんは早足で追ってきた。草履の擦れる音はたちまち、わたしに追いついてしまう。

 おばあさんはわたしの腕を力強く握った。「はぁ……やっとこさ、つかまえたっ」

 わたしは観念し、

「すみませんでした、勝手にのぞきんだりして。あんまり、おいしそうだったから、つい」

「だったら、食べていきなさいよ。和菓子なんてものはね、見るだけのもんじゃないんだよ。腹に収めてこそのもんだ」


「あいにく、お金がないんです。今度、お金があるときには、きっと立ち寄らせてもらいますから」交番に突き出される心配はなさそうだ。わたしは一礼して、再び歩きだそうと向きを変える。

「おや、まあ!」おばあさんは呆れたような声をあげた。「あなた、うちの入り口の貼り紙を見落としたんだねっ? もう1度戻って、よおく見るがいいよ。ほら、早くっ」


 おばあさんに引っ張られながら、わたしは和菓子屋の前へと戻った。 

 なるほど、ガラス戸に大きく貼り紙がしてある。急いで書いたようなマジックの文字で。


〈本日、和菓子が無料で食べ放題!〉。


 こんなに目立つのに、なぜさっきは気づかなかったのだろう。

「わたしが適当に見つくろってあげるからね。さ、奥に上がって、ちゃぶ台の前に座ってなさい」


 ちゃぶ台に次々と和菓子が運ばれてきた。久しぶりの食べ物を前に、わたしはなんだかくらくらとしてきた。

「いただきます」腹を満たしたいという無意識の行動か、真っ先に手を伸ばしたのはあんころ餅だった。

 お茶とあんころ餅を交互に口へと運び、やっと人心地がついたところで、今度はもなか、羊かん、らくがんと、食べ続ける。


 満腹になると、さっきまで心の隅々にまではびこっていた悲壮感が、きれいさっぱり、消えていた。

「柏餅も食べていきなさい」おばあさんはそう言って、また皿を持ってきた。

 その柏餅は、柏の葉っぱの代わりに、1万円札が包まれている。

 わたしは驚いて、おばあさんの顔を見つめた。もしかしたら、わたしの祖母かと思ったのだ。

 

 おばあさんは、そんなわたしの心中を察したらしく、静かに首を横に振る。

 まるで、「わたしはあなたの祖母なんかじゃありませんよ。あなた方みんなのおばあさんなんだからねぇ」

 そう言っているような気がしてならなかった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ