犯人
[011201] 犯人
もう季節は完全に冬となっており桜の枝だけになった痩せ細った感じがいっそう寒さを強調している。
幸い我々が練習に使用している専用コートは風もそれほど影響しない場所にあり、いつもと変わらないメニューが実施できる。ただ、この時期になるとそれなりに上達してきた由紀のテニスにも新たな課題が持ち上がった。
テニス部員との練習も普通にこなすことができたが、実践的に試合形式をやってみるとサーブの弱さが露呈したのだった。強力なサーブだと、初めから相手を揺さぶることができる。しかし、そうでない場合簡単に主導権を相手に握られることになり不利になる。
これの改善として冬場のトレーニングとして足腰、腹筋、握力等の手も含め強化することになった。元々多くのスポーツは、試合の少ない冬場には筋力トレーニングを行い体力アップを行うのが通例である。
これらの抜本的トレーニングが出来る場所が校内には存在した。ボート部は冬場になると海が荒れ艇を出すことができにくくなる。その対策として冬場の筋トレとしてポンプ倉庫の裏に地獄のトレーニングマシンを設置したのだった。これは前世でもボート部だった時に何度もやらされた器具で、木枠の上にボートと同じレールと滑る椅子が設置されており、この部分は本来のボートと何ら変わりはない。違うのは、当然陸上なのでオールが無い。単に無いのではなく、代わりにオールと同じ太さの薪にワイヤーが接続されており、ワイヤーは前方の滑車を通じてウエイトを上下させるようになっている。
つまり、陸にありながら、ボートと同じ筋力を強化できるシゴキマシンなのである。海の上なら艇を出してしまうとクルーだけになるのでサボったり、怠けたりできるが、ここは陸上である。監視されながら何回もやらされると、まず膝が笑い出す。そして腹筋が痛いので笑うことができなくなる。極めつけが、尻の皮が剥けるのである。
スラリとした由紀の体には過酷だが、短期間に成果を得るには、この方法が最適なのである。体力測定でバレー部の垂直飛びがスバ抜けているのは言うまでもない、ボート部員は、握力と腹筋力が驚くほどの値を記録する。
そう言うわけでボート部の練習に混ぜてもらい、特訓マシンを使用しだしたのだった。三日目には、副作用が既にあらわれてきていた。
「おねがいだから、今日は絶対に笑うようなこと言わないでね」
そう言われると、是が非でもやりたくなるのが人間、いや高校生と言うもので、何かにつけてボケたりして笑わせる。
「あいたたたた。どうしてそんな意地悪ばっかりするのよ、あいたた・・・」
由紀が怒って追いかけようとするのだが、腹筋に激痛が走るので、すぐ断念してしまう。他にどんな副作用があるか聞いてみると、箸や茶碗が持てないので、スプーンとかフォークで器を持たなくて食べれるカレーやパスタ等の洋食系になる。階段もゆっくりしか上れない。大きな声がだせない。トイレの時、力を入れられない。字がかけない等である。
ところが一週間もすると体が順応しだして、平気になる。筋肉も付いてくる。若い時期は疲労の回復も早く一晩寝ればまた元通りになったりする。これは老いや衰えを経験したものからすると夢のような体と言うことになる。
その日も練習に参加すべくコートで由紀を待っていた。そうすると二階にある図書室が入る校舎の窓から市野沢先輩が声をかけてくる。
「南条君、大変だ。すぐ来てくれ」
「どうしたんですか?」
「とにかく早く」
俺は上履きにも変えず、運動靴を脱いだだけで急いで階段を駆け上がり、図書室へと入った。
「由紀ちゃんが・・・」
準備室に入ると、由紀は俯いたままで、俺が入ってきたことすら判らないのか、視点もどこを見ているのか、虚ろなまま放心状態であった。
よく見ると体が小刻みに震えている。顔や頭も白い埃をかぶったみたいになっている。制服も酷く汚れたままだ。そして、いつもは上まで留めているブラウスのボタンが何個も外れたままになっている。いや、引きちぎられたのだ、ボタン事態が無い。
西本先輩が濡れたタオルで由紀の顔の汚れを取ってやっているところだった。
「さっき、由紀ちゃんが飛び込んできて、そのままこうなの。すごく怯えてる。ただごとじゃないわ、保健室のほうがいいかもしれない」
「由紀、何があった?」
しかし、口をゆっくり動かそうとしているが、何か話せるような状態でもなかった。
「南条君・・・」
西本先輩は目配せをして、次の行動を即してきた。どうすればいいかは、判っている。
「由紀、上着の汚れ取ろう。さっ」
西本先輩も手伝ってくれて由紀のブレザーを脱がせた。俺も学生服を脱ぎ、由紀の後ろに椅子を持ってきて、後ろから抱きかかえるようにし、前からは学生服で包みこんだ。
「由紀、あったかいだろ。もうだいじょうぶ、俺はここにいてるし、先輩もいてる。安心していいんだよ。さぁゆっくり深呼吸しようか」
由紀は、ゆっくりとだが、深く息を吸い込んだ。しばらくすると少し落ち着いたみたいで小さな声で、
「ごめんなさい。また迷惑かけちゃった」
「それはいいの。何があったか言える?」
西本先輩は由紀の手を握りながら話しかけた。由紀はそうすると、スカートのポケットの中から一枚の紙を取り出した。そこには次のように書かれてあった。
『相談したいことがあります。もう気がおかしくなるくらいです。一度でいいから話を聞いてください。今日の放課後、プール横の更衣室で待ってます。絶対だれにも言わないでください』
これが今日の朝、下駄箱に入っていたそうだ。そして由紀は放課後すぐ更衣室に行って待っていたと言う。そうすると三年の藤井と言うやつが入ってきて、いきなり抱きつかれてキスをしてきた。逃げようとしたが、完全に押さえられて、倒された。その後のことは恐怖と夢中で覚えてないと言うことだった。
藤井と言うのは由紀と同じ中学出身で、その為知っていたとの事、彼は不良グループの一員でけっこう悪さもするらしく、またハンサムでアウトロー的なところが魅力で次から次へと彼女が変わるらしく、今まで多くの女子と関係を持ったとの噂がある。
「そいつなら知ってるわ。あたしちょっと行ってくる」
止める間もなく西本先輩は駆けて出ていった。俺は由紀の為に紅茶を入れてやった。だんだんと平静をとりもどしていった。
市野沢先輩も心配そうにしていたが、しばらくすると西本先輩が帰ってきた。
「だいたい判ったわ。これ見て」
由紀の時と同じように一枚の紙を取り出した。それにはこう書かれてあった。
『あなたの危険な感じに魅力を感じました。あたしを好きにしてください。今日の放課後、プールの更衣室で待ってます。はずかしいのでうまく言えませんが、強引なのが好きです。だれにも言わないでください』
「これが朝、入っていたそうよ。で、更衣室に行ったら由紀ちゃんがいて、キスしようとして、押し倒して、ブラウスを空けようとしたら、顔を引っかかれて怯んだ隙に逃げられたって。藤井のやつ顔に三つも真っ赤な線入ってたわ。で、由紀ちゃんはそんな手紙だしてないってことも言ってきたから、まぁあいつにはいい薬ね」
「これで全体が判ったような感じだね。だれかが由紀ちゃんと、藤井に手紙入れて、こうなるように仕組んだのは間違いない。もうひとつ、この手紙には差出人も宛先も書いてない。もし何かあって、みつかったり問題になっても間違って入れたとか言いのがれができる。これってかなり頭脳的且つ計画的だと思うよ」
市野沢先輩の冷静な判断で的確な指摘だった。その日はもう何も進展は期待できないので明日検討と言うことで解散となった。
由紀がまだ気分が悪いと言うので送っていくことになった。放課後一番のバスは既に出ていたので、いつものように自転車に乗せ幹線道路のバス停まで行く。
「どお?まだ気分悪い?」
「うん、かなりよくなった。でもなんだか心がおちつかないの。そわそわしてるって言うか・・・」
「そりゃぁそうだよ、精神的に大きなストレス受けたんだから、そんな時は好きなもの食べたり、好きなことするのが一番」
「じゃぁ、こうさせてもらうね」
と、言いながら由紀は、以前のように、より背中の温もりを感じようとすべく、後ろから力強く、だきしめてきた。
「なぁ由紀、一つだけ約束して。もし今度だれかから呼び出されたら、必ず俺か先輩たちに言うこと、それと一人では絶対に行かない。いい?」
「うん、わかった必ず言うね」
バス停に着いたが、心配だったのでバスに一緒に乗って家まで送ることにした。まだ帰宅ラッシュ前なので席が空いていてたすかった。由紀の手は冷たかったので、学生服の内側へ入れて暖めてやった。
福町のバス停から由紀の家へは十五分程度で行ける。真っ直ぐ続く大通りを進み漁港方向へ曲がると昔ながらの漁師町が続く。道の両側は水産関連の販売店や加工場が多く賑やかだ。そしてしばらく行って、わき道に入ると直ぐに家だった。
もちろん初めてである。玄関を開ける。
「ただいまー」
「あら、今日は早かったのね。お友達?」
由紀のお母さんだった。
「うん、ちょっと気分が悪くなっちゃったんで、送ってきてもらったの。でも、もうだいじょうぶだから。こちら、南条君、で、これが、うちの母です」
「あっ、始めまして、南条です。」
「いつもごめんなさいね、遠いのにわざわざ。さっさっ上がって」
断って帰ろうか、迷っていると、
「今日はまだ少し時間あるでしょ、せっかく来たんだから、ちょっとくらい、いいじゃない」
「狭いとこだけど、遠慮なく上がって、後で何か持っていくから」
言われるがまま、由紀は俺の手をひっぱって二階へと案内した。階段を上がって海側が由紀の部屋だった。
窓のところ一面に棚が作ってあって、そこには小鉢の観葉植物がところ狭しと並べられていた。記憶にあるものだと、ポスト、カジュマル、アジアンタム、そして一つだけ大鉢のベンジャミンがあった。
窓の横には勉強机、サイドに本棚、そして壁面には小さめのパイプベッドとコンパクトなオーディオセット。反対面は鏡台と箪笥であった。
周囲を見回していると、
「女の子の部屋って始めて?」
「あぁ、俺は一人っ子だし、従姉弟でもっと歳いってるのなら経験あるけど。同年代なのは始めてだよ」
「ちょっと変わってるかもね。ポスターとか無いし、そのかわり葉っぱばっかりが多いもんね」
「いや、たしかにそうだけど、観葉植物が趣味なの?」
「部屋じゃぁ普通の花とかはムリだから。玄関の横に小さな庭があって、そこでいろんな植物育ててるよ。園芸全般が好きかな。もっとスペースがあったら色んなものやってみたいんだけどね」
植物はどれも手入れされていて青々している。前世アジアンタムが好きで何度も育てたが、必ず枯れたのだった。いくら手間がかかりにくいとは言え、ここまで維持するには好きでないとできないはずだ。この時代は園芸なんて言っているが、現代ではガーデニングとして若い女性の間でも流行っている。
「俺も草花は好きだから。気持ちが落着くし、段々育って行くの見てると、ゆっくり時間が流れるのを感じられるだろ」
「うんうん、その感じ判るわ。最初はね、ちっちゃくても、少しづつ大きくなってくるの。そんな時、植物でも大きくなろうとしてるんだって、そう思うの」
そんな話をしていると由紀のお母さんがホットミルクと塩せんべいを持ってきてくれた。
「はい、おまちどうさま、熱々だから気をつけてね」
「ありがとうございます」
「普通はコーヒーにクッキーとかだけど、これが我が家の定番なのよ。一度試してみて。ちょっと買い物に行ってくるから、ゆっくりしてってね」
そう由紀と俺に言って、お母さんは出かけていった。
たしかに、この組み合わせは初めてだ。別々には何の問題も無いミルクとせんべい。が、しかし、この組み合わせってアリなのか?
「変だと思うよね、でも一度食べてみて」
そう勧めるので、別段躊躇せずホットミルクから。砂糖で甘く仕上げてある。熱いので少しだけ。そして塩せんべい。
(な、なんだこれは)
せんべいの塩味や旨みが引き立つ、そしてまたミルク。
(すごいぞ、これは)
塩味の後のミルクの甘さ、お互い強調しあっている。色で言うと対色とでも言うのか、たしかにそうだ、このホットミルクとクッキーとした場合、ミルクの甘さが死んでしまう。コーヒーでも砂糖を入れたらクッキーとは合わなくなる。
俺が確かめるように何回もミルクとせんべいを交互に食べているので由紀はクスクスっと笑った。
その後、本棚にあったアルバムを見せてもらった。色々な時と場面の由紀が写っている。もちろん重要なのは中学時代のものだ。
「やっぱりバスケやってたんだ。強かった?」
「勝ったり負けたり、半分づつくらいかな」
「このチームで写ってるのは?」
おそらくバスケの試合か何かでクラブ全員で撮った集合写真を示した。
「これは、たぶん一年の新人戦の時のやつよ。三年が引退して、一、二年で新チームが出来て初めての試合だったかな。初勝利だったからみんなで撮ったのよ」
「あっこれと、これは同じ学年の人だよな、由紀がユニフォーム着てるってことはレギュラーだった?」
「うん。一年では、あたしだけだったよね」
「じゃぁ後は二年の先輩たちか。この中で志賀高に来てるのは・・・」
「同学年だと、この四人ね、先輩は、この三人かな」
「あーあー、なんとなく判る。みんな少し幼すぎてわかりにくいけど、面影はあるねー高校でもバスケまだやってるのは?」
「それはこの人と、この人・・・両学年二人づつかな」
「由紀は、そんなに上手かったのにテニスやりはじめたんだー」
「そうなのよねー初めは帰宅部ってつもりだったんだけど、やっぱり体動かしたかったからかな」
俺はなにげない自然な会話に終始しながら、犯人の該当者四名、特に可能性の高い二年の顔を覚えたのだった。
しばらくすると下が賑やかになった。
「おかあさんが、帰ってきたみたい。たぶん弟たちも一緒よ。うち、共働きであたしも学校遅いから、弟や妹は学校おわったら、おばあちゃんとこに行ってるのよ」
「小学生だったよな。いいなー兄弟って、俺一人だから」
「うるさいったら、ないのよー妹なんか、この前トランプのババ抜き覚えて、やろう、やろうって、ひつこいの。しかも二人だけでよ」
(そりゃ二人でやるババ抜きほど退屈なものはない)
「そろそろ帰るよ」
「そう?今から遠い道のりだもんね」
下へ降りていくと兄弟たちが食卓の周囲を走り回っていた。
「こら、静かにしなさいっ。あなた達、お客さんにあいさつは?」
不思議そうに二人ともこっちを見る。弟のほうは、野球のユニフォームを着ている。たぶん少年野球をやっているのだろう。妹はさっき見た由紀の小さいころとそっくりで、かわいかった。
「こっちが六年の将人。で、こっちが四年の早苗。こちらは、お友達の南条君」
「かれしーって言うやつか?」
弟が何の遠慮もなく核心をついてくる。
「何を言ってるの。いきなり失礼でしょ」
と、言いつつ由紀が弟の頭を叩く。弟はグローブで防御する。二人とも息が合ってる。
「将人くん、今度キャッチボールしよう」
「今からはムリ?」
「ごめん、今日はもう帰らないとダメなんだ」
そうすると、台所から来たお母さんが、
「今から夕飯なんだけど、一緒に食べていったら?遠慮しなくていいのよ」
「南条君、今からバスで途中まで行ってそこから自転車で学校の下通って帰らないといけないの」
「ありがとうございます、今度来た時、頂きます。楽しみにしてますから」
「なら、しょうがないわねー」
「あたし、ちょっとだけ送ってくる」
「それじゃぁ、送ってきた意味ないし、ここでいいから」
「そこの曲がり角まで」
そう言うことで相原家を後にした。由紀は腕を組んできた。もうすっかり日も落ち、暗くなりつつある。街燈も点灯しはじめたところだ。
「今日は、わざわざありがとうね」
「由紀の家族にも会えたし、楽しかったよ」
「うん。あたしも、もう全然だいじょうぶだからね」
大通りへの角で由紀と別れた。しばく行って後ろをみると、まだ見送っている。
「早くかえれー」
俺は大きな声で叫んだ。由紀は大きく手を振ってから、角に消えた。
次の日、西本先輩、市野沢先輩と三人で対策を話しあった。
「由紀ちゃんは、だいじょうぶ?」
「はい、落ち着いて普段と同じです」
「なら、そのままいつも通りで何も無かったようにしてもらいましょ。犯人には失敗したと思ってもらう為に」
「と、言うことは、また同じ犯行を待って現行犯で確保ってとこかな」
「犯人を特定できる証拠が無いから、それが一番確実な手段よね」
「なら、下駄箱へ手紙を入れるところを押さえるってことですよね」
「そうよ、ある程度犯人は特定できてるしね。何か情報はある?」
「昨日中学の時の写真見せてもらったんです。バスケ部のも。その説明では、当時の部員で志賀に来ているのは、一つ上の二年が三人、同学年が四人です。で、現在でもバスケ続けているのは、一、二年とも二人づつです」
「手紙は二人とも登校時に既に入っていたと言うことだから、かなり早い時間に入れたってことになるよな」
「そうよ、バスケ朝練やってるよね。状況は一致してる」
と、言うことでバスケの朝練前に、待ち伏せする必要がある。俺や西本先輩は普段由紀と絡んでいるので警戒されやすい。そこで市野沢先輩が、監視現認する役を引き受けてくれた。もちろん俺も参加するつもりだ。ただエントランスでは無く、近くの場所に待機することにする。
毎日朝早くからの登校になったが、一週間何の変化もなかった。あきらめかけた次の日、事態はついに動いた。
朝練のあるクラブ員がぽつりぽつりと登校してくる。バスケの練習も始まっているころだった。
「ちょっと待って、君今、ここに何か入れたよね」
市野沢先輩の声に反応して俺も急行した。そこにはバスケ部員の一年、由紀と中学時代同じで、写真にも写っていた生徒が腕を掴まれて呆然としていた。しかも彼女は同じクラスだからよく知っている。
(まさか・・・)
由紀とも時々話しているのを見たことがあるし、そんな恨みを抱いているような感じはなかった。俺は、由紀の下駄箱を確認した。
たしかにあった。内容も同じようなものである。
「君、もう一つ持ってるだろ。だして」
彼女は怯えながらも素直に従った。ジャージのポケットから、まだ下駄箱に入れてない方が出てきた。
「なぜ、こんなことをした?この手紙受け取った子がどんなことになるか判るだろ」
市野沢先輩の追及がはじまる。しかし彼女は『ごめんなさい』を何度も言うだけだった。
「先輩、彼女が真の犯人じゃない気がするんですが。たとえば、だれかの命令でやったとか」
「そうなのか?もしそうなら早く白状しないと、君だけ犯人になって、罪を被ることになってしまうからね」
「ごめんなさい。あたし、断れなかった。言われる通りしないと中学の時みたいに、由紀と同じ目にあうと考えたら・・・怖くって」
この後、市野沢先輩の説得もあり、犯人の名前が暴露された。それと、犯行が見つかったことを、だれにも言わないよう言い含め、後で指示があるまでいつも通りすることを誓わされたのだった。
昼休み、西本先輩から連絡があり、放課後、由紀と二人で生徒会室に来るよう告げられた。
放課後、行ってみると、そこには生徒会長、副会長、そして二年の次期正副生徒会長、西本先輩が既に待っていた。つまり、現在の生徒会執行部が勢ぞろいしているわけである。一年の生徒会は選挙が三学期に入ってから行われる予定なので現在はいない。
「今、女子バスケット部のキャプテンを市野沢君が呼びに行っているから待ってね」
由紀は何が始まるのかわからず、部屋の角っこで異様な雰囲気だけ感じとったのか不安な様子をしていた。
この女子バスケ部のキャプテンこそ、真犯人で由紀の中学時の先輩だった。そして暫くすると、市野沢先輩と、犯人があらわれた。
「石伊さん入って」
「なんなんですか、いったい」
市野沢先輩は、戸を閉め、また出ていった。石伊は、回りを見回し、面々の中に由紀がいるのを認識したようだ。ちょっとだけ長く見ていた。
「ちょっと聞きたいんだけど、あなた、だれかの下駄箱に悪意ある手紙入れなかった?」
「何のことでしょう。あたしが熱烈すぎるラブレターでも出したって言うの」
西本先輩は、由紀の下駄箱に入れられた手紙を出した。
「これは、ある女子生徒の下駄箱に入れられてたもの。そして、こっちが男子生徒に入れられてたもの。見覚えない?」
最期は、かなり強い口調で、手紙を机の上に叩き付けた。石伊も一瞬驚いた様子を見せたが、平静を装う。
「なぜ、あたしがやったってなるの?」
「まだシラを切るつもり?だったら、これはどお。この二通は今日の朝、入れられてたやつよ。」
西本先輩は手紙を見えやすいように石井の前の机に開いておいた。
「何の変哲もないただのラブレターみたいじゃないの。名前も書いてないし」
「あなた、これを受け取った女子生徒がどうなったと思うの。男子に力づくで暴行されたのよ」
西本先輩はかなり強い口調で言いはなった。
「あたしには関係ありませんけど」
石伊も大きな声になり、興奮しているのがわかる。更に言い争いのように過剰ぎみに繰り返す。
「よくそんなこと平気で言えるわねー彼女がどんな思いをしたか、わからないの?」
「何か証拠とかあるの?あたしはやってませんから」
石伊はオーバーに動作をつけながら反論した。
「いいえ、下駄箱に手紙を入れた犯人はあなたよ」
「あたしが相原さんの下駄箱に手紙いれるとこ、だれか見てたってでも言うの?」
一瞬沈黙が流れる。
「それが証拠よ。なぜ、被害を受けた人が相原さんと判るの?あたしは、女子生徒って言っただけで相原さんなんて一言も言ってないわ」
石伊はアッと言ったようにも聞こえたが、呆然と立ち尽くしていた。
「証拠ならまだあるわ。入って」
市野沢先輩に連れられ、バスケ部の一年生が入ってきた。
「彼女、全部自白したのよ、あなたに指示されてやったって」
石伊は膝から崩れおちた。そして、大きな声で泣きはじめた。
「テニスコートのネットを切ったのも、卑劣な噂を流したのもあなたよね」
石井は床に沈み込み泣きながら言った。
「そうよ、あたしよ、全部あたしがやったのよ」
「なぜ、そんなことをしたの?」
「由紀が憎かったからよ、いつもだれかに助けられ、いい子ぶって・・・」
由紀は悲しそうな目で下をむいて耐えていた。
「その元を創ったのは、あなたじゃない。わがままも程があるわ。自分のやった罪の重さを考えたらどおなの。このままじゃぁ学校側に報告する必要があるわね」
西本先輩はなおも強い口調で指摘をつづけた。石伊は更に大きく泣きはなった。もう先ほどまでの威勢も何も無い悪事が全て露呈し、言い繕うことも出来ない。今その全てが自分に返ってきたのだ。そうすると由紀が突然、
「あの、あたしなら、いいんです。石伊さんを許してもらえませんか。おねがいします」
「あのね、もう相原さんだけの問題じゃないの。この学校に、こんな酷いことをする生徒がいるってことが問題なのよ。罪を犯した人を放置したんじゃ秩序が維持できないの」
「あたしに原因があったんだから、あたしも悪いと思います。だから・・・」
由紀は消えそうな声でなんとか、それだけ言うのが精一杯のようだった。頬を涙が一筋流れていった。
「石伊さん。あなたバスケット部のキャプテンでしょ。それなりの責任をもってるよね。しかも自分だけならまだしも、部員を使って罪を負わせた。わかってる?学校側がどんな判断を下すか。もし良心があるなら、自主退学しなさい。そしたら名誉だけは尊重してだれにも言わない」
決定的な勧告だった。もう選択肢は何もないのである。学校としても、この事件を知れば、それなりの処罰を行わなければならない。彼女の罪の重さから考えて退学もありうるし、良くて長期の謹慎だろう。そして事の真相は公表されるし、全校生徒の間で噂として尾ひれが付いて広がる。そうなれば、もう耐えられないくらいの苦痛を味なければならない。部活だってやって行けないだろう。よって自主退学が唯一の選択肢なのである。
しかし、それを聞いた由紀は、突然泣き続ける石伊の横にしゃがみ込み介抱するように抱きかかえて言った。
「ごめんなさい。ゆるしてください。あたし・・・あたし、石伊さんが退学になるなら、あたしも辞めます。だから・・・」
泣きながらの懇願だった。その後は何度も「ゆるしてください」だけ言いつづけた。
「相原さん。ごめんなさい。あたし、あなたが羨ましかったの。ほんとうに、ごめんなさい。いまさら、許してなんて虫がよすぎるよね」
石伊も泣きながら由紀に謝った。その場にいた全員が唖然とした。そして、しばらくの沈黙の後、生徒会長が半分呆れたような口調で発言した。
「まぁ、そういうことで、事態は複雑化したので、一旦この件は生徒会預かりと言うことで、後、検討します。それでいいですね。このことは各員他言無用でお願いします」
適切な処理だった。俺は由紀を抱きよせ、西本先輩と市野沢先輩と一緒に図書準備室へと帰った。
由紀は、まだしばらく泣いていた。西本先輩は、いつものように、コーヒーの準備をしている。
「西本先輩、みごとでした。ただ本気すぎて、怖くなりましたよ。気迫バツグンの演技でした」
「僕もおどろいたよ。自白させて自滅させるとこなんか、強い口調で相手を興奮させ、判断力を低下させ、誘導尋問だからなー」
「そして、計算通りの展開。みーんな、初めからこうなるように仕組まれていた。そうでしょ西本先輩」
西本先輩は由紀にコーヒーを手のひらで包みこむように持たせ、言った。
「由紀ちゃん。ごめんね、強く言って。でも、ああしないと、こう言う結果にはならなかったのよ。これで安心して卒業できるわ」
由紀は何がどうだか、まだ完全に理解できてないと言うようにポカンと口を空けていた。
「先輩、こりゃ一生悪いことできませんね」
と、市野沢先輩に振った。
「あぁ、たしかに、いくら理論武装してもあの策略には適わないだろうな。気をつけるよ」
「俺は、野球同好会の時に一度やられてますからね」
「あなたたち、何をバカなこと言ってるのよ。あたしだってドキドキだったんだから」
「もしかして、退学ってのは・・・」
由紀はやっと状況が飲み込めたようだった。
「そうよ、だれも辞めないし、学校にも言わないよ。安心して」
「石伊さんはどうなるんですか?」
「何もないよ。ただ、後日生徒会長から、今回の一連の事件は、二年の新生徒会に引継ぎ、卒業するまで生徒会預かりとするってことになると思うよ。だからこれからも今まで通り。石伊さんも、もう由紀ちゃんに悪さすることはないでしょう」
「そうだよ由紀、西本先輩は石伊さんが、自分が悪いって認めて、心から由紀にあやまった。そして二人の間には何の禍根も残さないようにしてくれたんだよ」
それを聞くと由紀は西本先輩に抱きついて、また泣きながら『ありがとう』を連発した。
「由紀ちゃん、鼻水、鼻水」
あまり、さっきから泣きっぱなしだったので、鼻水が出てしまっている。そんなのもかまわず、だきついている。よほど嬉しかったのだろう。
「市野沢君もずっと朝早くから下駄箱見張ってくれてたのよ」
そうすると、今度は市野沢先輩のほうへ飛んでいって、『先輩ありがとう』と言いながらだきついた。
「由紀ちゃん鼻、南条君も一緒に見張ったんだ」
市野沢先輩は由紀から逃げるべく苦し紛れに言った。今度は俺のほうへ、飛んでこようとしたので、ティッシュを束にして由紀の鼻を摘んで押さえた。
しばらく準備室から笑い声や悲鳴が続いたのだった。これで由紀の未来は前世と大きく変わったに違いない。それに関係した俺の未来も相互の影響で変わってくれていることを祈る気分だった。