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リトライ  作者: 相原由紀
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由紀との始まり

[010601] 由紀との始まり


 六月も初めのころとなり早梅雨なのか、雨の日が多くなった。そうなるとグランドを使うクラブ活動は、のきなみ中止や雨天練習に切り替えとなる。

 ソフト部も今までは雨になると廊下や階段を使った体力トレーニングを行っていた。しかしこれは気休めみたいなもので成果もほとんど上がらない。

 そこで雨の日は思い切って休むことにした。メリハリを付ける為である。但し、柔軟体操と軽い素振りだけして一時間も経たないうちに終了し、日々できない勉強や、個人の時間に当てるものとした。

 前世は放送部にも属していたので、野球をやる前に既に加入していた。放送部は別段放課後に活動らしきことは行っていなかった。単に集まり好きな音楽を聴いたり、ダベるだけの自由な時間と空間を提供していた。

 普段は昼休みにBGMを流したりするので、その時に放送卓の操作を担当したりする技術面の役目があった。またソフト部も一段落つき、練習の参加はノックが始まる後半からで良いと言うことが多くなっていた。

 その日は三時ころまで雨で、ソフト部も雨天練習を終わり既に帰宅につこうとしている。 ここで晴れてもグランドが使えないので同じなのである。

 暇になったので、放送部の調整室側の部屋で他の部員と音楽を聴いたり、日常の話題に終始していた。

 そうすると、『ポコ、ポコ』と、言うリズムのある音が聞こえてきた。しかも壁から。何事かと廊下に出て窓から下を見ると、だれかがテニスの壁打ちを、この放送部が入る校舎の一階の壁に向けてやっている。雨も上がり、地面と壁がコンクリートなので、この場所が最適なのだろう。

 思いだした。この光景は前世でも記憶している。壁打ちをしているのは、同じ学年の相原由紀と言うスレンダーでけっこう美形な女子だった。ただ相原には大きな欠点と言うか、近づきがたい壁があったのを記憶している。

 不良グループの友達がいるのか、けっこう一緒なのをみかけた。その為普通派からは、距離を置かれていた。

 しかし彼女を記憶していることで印象的なのが、ブラウスの第一ボタンをいつも留めていることである。そういう生徒は非常に少ないと言うか珍しい。

 女子の冬服は、首元までの襟付きブラウスにベスト、そしてブレザーである。ほとんどの女子は第一ボタンを外しているのが普通で、これは別に注意の対象にはならない。

 たしかに窮屈なのにもかからわず、常時がそうであった。また、不良グループと言っても彼女は何か悪事に加担したり、問題を起こすようなことはなかった。

 今のようにテニス部に入って部活をやるくらいである。そのせいか、不良グループ側からも別な部類と見なされ、結局両方から浮いた存在だった。しかも、普段わりと静かなので冷たい印象があり、性格も暗くキツそうな感じがしたものだった。

 見た目は、いい線をいくのに、雰囲気が近寄りがたいと言うこともあって、時には変な噂も流れたりで、ますます孤立した存在だったのを思いだす。事実仲間とつるむこともなく、一人の時が多かったはすだ。

 その相原が壁打ちをしている・・・前世と同じだった。超ヘタクソなのも。たしか彼女は高校に入って、この今の時期から始めてテニス部に入ったらしい。

 中学時は他の競技だったに違いない。その為、始めは練習にも参加できず、長い間一人で壁打ちをしていたはずだった。今日も雨でテニス部も休みなのだろう。しかし彼女は一人で黙々と壁打ちをやっている。

 六時前、天気は嘘のように快晴になり、夕焼けがグランドや校舎をオレンジに染めている。だれもいないグランド。リズミカルな壁打ちの音。なにか懐かしいと言うか、大昔の安らぎのひと時が今ここにある・・・感慨に耽っていると、何かわからない閃きと言うか、疑問が頭を過ぎった。

『相原って、もっと違ったヤツだったのかもしれない・・・』

 前世では、こんなこと思うこともなかった。ただの一場面にすぎない風景としての記憶。今そこで黙々とラケットを振る姿は、必死さを感じるとともに、何かを訴えるようにも見える。

 次の日、同じくソフト部の練習に参加する前、放送部にいると、昨日と同じ壁打ちの音が聞こえてくる。当然だが、今の状態ではテニス部の練習にはお荷物になるのだろう。簡単なラリーですらまだ無理な初心者なのだから。

 通常、高校で運動系の部活を選ぶ場合、中学の時と同じものとなる場合が多い。今まで三年間やってきた実績もあるし、違う競技を選べば、自分は一からの出発となり、他の同学年のプレーヤーとは技術的に大きな隔たりが存在し、大きく不利となるのは言うまでもない。

 唯一高校からスタートする競技の部活としてはボート部や卓球部がある。しかし彼女はあえてテニス部を選択したのであるから、その覚悟は相当なものであることもわかる。

 そう考えると相原の前世過去のイメージは、あまりにも合致しえないものとなる。周りが誤認していたのか、過小評価すぎるのは、これも神様のサイコロの振り方が悪すぎる意外に違いないようにも思えてきたのであった。

(彼女も同じく不運すぎるのかもしれない・・・)

 

 次の日、また同じく放送部で壁打ちの音が聞こえるのを待った。そして始まると、二階の窓から声をかけた。

「相原さん、そっち行ってもいい?」

 急いで一階に降り、待ち構えるがごとき形相の相原の前へ立つ。たぶん彼女は放送部の壁に打っていたので『うるさい』とか文句の一つも言われると思ったのだろう。口をへの字にして、明らかに攻撃的な目付きで睨んでいる。

「ここ、迷惑?」

「いいや、放送部は暇つぶし部なんで、少々音がしても全然オーケー」

「なら、何?」

(おぉ、さすがに尖ってるなー)

「あいかわらずヘタだなーって」

「しょうがないでしょ、最近始めたばっかりなんだから。それともヘタはどっかへ行けって?」

(そんなこと、一言もいってないっしょ)

「とんでもない。いや、もっといい練習方法あるの教えてあげようと思って」

「これ以外何があるの?だれか相手してくれるって言うの?場所だってここしか無いでしょ!」

「大正解。でも場所も、とっておきの最高なのがある。しかも貸切で」

 不安と疑問を顔に書いたような態度になったが、まだ戦闘態勢は崩していない。

「じゃぁ、一緒に職員室に来て」

 そのまま相原を半分無理やりに連れて職員室の学年主任の先生のところに行った。

「先生、昼言ってたコート使ってもいいですよね」

「あー空いてるからいいぞ、けど職員優先だからな」

(って、ずっと空きっぱなしじゃないか)

 本校にはテニス部用のコートが男女合わせて五面ある。そしてもう一つ、下地はコンクリートのハードコートだが塗装し、ネットまで張った立派なのが職員専用として存在した。

 しかし前世の記憶ではこのコートを使っているのを在学中二度くらいしか見たことがない。当初の目論見として、職員間や生徒との交流の場として最近作られたらしい。ところが使用するものは皆無で我々が卒業後数年で本格的な中庭として改修されている。

 そしてこのコートは練習用には非常にいいところが多い。職員室の前の中庭にあたるところで、コの時型に周りを校舎が囲っている。唯一空いているところも二階の渡り廊下になっているので周辺にボールが飛び出すことは無い。風の強い日も問題無いだろう。

「なっ、場所はあっただろ。で、相手はここにいる」

 女の子はビックリすると目が大きくなると言うが、まさにそんな感じだ。攻撃色も消えている。俺は前日スポーツ用品店で買ってきたテニスボールが入った袋をもってコートに入った。まず缶から二個づつのボールを全部で十個取り出し相原を定位置に立たせた。

「まず始めはボールの落下点を予測しながら最適点でボールを捉え、打ち返す」

 完全に初心者トレーニングのレベルからの出発である。野球やソフトのTバッティングの感覚である。軽く前へ投げる。テニスの場合はワンバウンドしてから落ちる最適な打点になったところでスイングする。

 ボールは十一個しかないので、全部打ち込むと回収してまたやるの、繰り返しを何セットも行う。これは相手しているほうがけっこう疲れる。

 三十分も経つと慣れてきたので、ボールの高さに変化を付け、少しだけ左右に振ってやる。こうなると壁打ちでは到底できない不規則性があり、ボールの落下最適点を得るように体を動かすことになる。

 始めはこれでも打ったボールはネットにかかったり、大きくフライになったりと、ライナーで相手コートに入る最適な打球とはならない。

「どお?壁打ちより断然効果的だろ」

「まあそうだけど、そっちのほうが、しんどそうなんだけど」

「こっちもトレーニングと思ってやってるから問題なし」

 それから一時間ほど経ち、こんな短時間でも上達しているのがわかる。特に打点の変化に対応する能力があがっている。

「相原さん、俺そろそろソフト部だから、また明日やろう」

「いいよ別に、一人で、できるから」

「まあそう言わずに、じゃぁ明日また放課後に」


 次の日も同じ練習を反復して行った。ボールの数も十個増やしたし、体育倉庫にあったポールを持ち出して、その間にネットを張った。これで相手コートへ打ち返しても球は散らばらなくなった。そして相手側のコートからボールを投げるようになった。これで練習の効率が格段に上がった。まだまだ実戦には程遠いが明らかに打ち返す打球はゆっくりだが進歩している。

「だんだん良くなって来たね」

「うん、それは自分でもおどろくほど感じる。けど、もういいよ」

「なんで、せっかくコートも空いてるし。普通テニスのやり始めは、初心者同士でこうやってするんだけどテニス部じゃできないでしょーに」

「感謝してるけど、やっぱり、もういい」

「明日は土曜日だから時間かなりある。昼終わったら待ってるから」

 半ば強引にそう言ってソフト部の部活へと行った。

 次の日、昼ごはんを食べてコートで待っていたが、なかなか相原は来なかった。やっと三十分遅れで来たが、例の攻撃色な顔をしている。

「今日は、やらないから」

「どおして?せっかく時間多くあるのに」

「考えたんだけど、これって納得いかない」

「わかった。じゃぁ今日だけやろう。それならいいだろ」

 こういう時は一旦逸らすのが肝心。ムリに反発しあってもよけい溝ができるだけだ。今日も同じ練習だが、大きく左右に振る。そして高さも強弱をつける。こうなると一種のシゴキみたいになる。だが相原は大きく息をしながら付いて来る。

 散らばったボールを集める為に洗濯物入れを持ってきた。その回収時間だけ休める。そしてすかさずまた繰り返す。十セットもやったら、お互いヘロヘロになった。

「今日は一人でも練習できるようにサーブを教えとくから」

「ボールは高く上げる。しかも回転しないように、できるかぎり下から上へ垂直に投げる」

 何個かに絶縁テープで十字になるように巻く。これでボールが回転しているかどうか判る。

「始めは打たなくてもいい、トスを上げるだけでも感覚をつかめるから。さあ、やってみよう」

 当然サーブは簡単には決まらない。と言うか、とんでもない方向にいったり、バランスを崩したり、変なフォームになったりする。これは初心者なら一度は通らなければならない試練だった。

 何回も繰り返す。ただひたすら繰り返す。これは体で感覚を覚えるしか手はない。そしてしばらくすると。一発だけまともなサーブが決まる。

「今の感覚、それ忘れずに、もう一回!」

 そんなサーブ練習をした後、またシゴキを何セットもやった。たった三日なのにおどろくほど上達したのがわかる。中学時代何部に入っていたかは知らないが、フットワークは極めて良い。

 休憩と言うかソフト部の時間が近づいたので一旦中止し、横の食堂にある自動販売機からオレンジとグレープのジュースを買ってきた。

「どっちがいい?」

「ありがとうオレンジを頂くわ」

 二人でコート横のベンチに腰掛け、練習の後のさわやかさを満喫した。

「こう言うのって気持ちいいよなーやっぱ若いって最高だなー」

「充分若いでしょ。まさか五十回ったオジサンじゃあるまいし」

(あっちゃーいらんこと言ってしまった。しかもピッタリ当たってるし)

「うん、今のはたしかに変だ、忘れてくれ」

「ねぇ、どうしてあたしの相手なんかしてくれるの?」

「別に意味は無い。ただ暇だし」

「ソフト部もやってるじゃない。こんなことして何か得になるようなことある?」

「損得の問題じゃない。やりたいからやってる。自分から望んで」

「だってそうじゃない。だれだって自分の為になるからやるんでしょ。しかも損するようなことするわけないじゃん。ボールだってこの為にお金使ったんでしょ。考えられないわ」

「入学祝い沢山もらって、まだまだ残ってる。人間長くやってると、自分の為とか、損するとか別に関係ないことも偶にはあってもいいと思うようになる」

「はぁ~まだ十六でしょ、みんな勉強するのだって、部活やるのだって全部自分の為だけじゃないの?人のことなんてだれも考えてなんていない」

「あっまた変なこと言ってしまった。じゃぁ母親が子供の為に・・・相原のお母さんが毎日弁当作ってくれるのは何?学校へ行かせてもらってるのは何?自分の為じゃないよな、義務か?そんなんでもないよな」

「そんなの家族なんだから、あたりまえでしょ。で、お弁当は自分で作ってますけど」

「おーそれは感心。その当たり前っていったい何なんだ。相原のこと愛してるからじゃないのか?恋愛の愛じゃなくって、見返りや自分の為とかじゃない愛。そんなのがあるってこと思わない?」

「それは、親子とか血がつながってるからよ。他人どうしではありえないでしょ。友達だってあえて厄介なことには近寄らないし、他人がどうなっても最後は対岸の火事で見ぬ振り」

「じゃぁこんなのはどお。道歩いてると前のおばあさんが転んだりしたら、相原はそのまま無視する?助けないか?子供が迷子になって泣いてたら、声かけたりしないか?」

「そんなの全部極端すぎる話でしょ、あたしは、別に困ってない。なのになぜ助けてくれようとするかってこと」

「事実この練習は、壁打ちよりはるかに成果でてる。一緒にやることによってその成果を共有できるから。相原が少しづつ上手くなっていくのって、俺もうれしいし、楽しいからかもな」

「なんか全然わからない。あたしの、噂知ってるよね」

「ああ、たぶん知ってる」

 入学当初から相原にはマイナスの噂がけっこうあった。年上の彼氏がいてる。気に入った男がいると略奪する。そして酷いのが、かわいい顔してだれでもHしてしまう“させこ”なのだと言う。

 こう言う噂は男女問わず面白さを伴って次から次へと伝播してゆく。それが一つなら時間とともに自然消滅も望めるが、複数の噂は交互に乱反射しながら拡散してゆくからなかなか消えないものだ。

 まだ高校生になって僅かなのにである。同じ中学出身者からの流出とも思えるが、彼らも否定はしないことから、案外本当かもしれないとなり悪い方向へ尾ひれも付いてしまう。

「あたしなんかと関わってると変に思われるよ」

「気にしない。と、言うかそんな噂信じないし」

「それって、お人よしなだけじゃなくって、相当なバカなの? でもね、そう言ってくれるのは今だけ。あなたも一緒に悪い噂が発つとそんなこと言ってられなくなって、逃げるわ」

(けっこうビドい。かなりの重症だ)

 これほどまで他人に対して信頼を失うには、過去に相当なことがあったに違いない。そしてトラウマと化し、さらに深く傷付いてしまう。

「あーバカで結構。けどそんなに何もかも信用できない、頼れない相原のほうこそ大バカだと思うが」

「そうよ。あたしもバカな・・・もう友達無くしたくないの。だんだん親しくなって行って、何でも相談できたりするほどになって、でもその後あたしを避けるようになるの。変な目でみるようにもなる。そんなの、もういやなの。だから優しくしてほしくない・・・」

 相原の目から涙が流れる。歯をくいしばって必死に泣き喚くのを堪えているようだった。

「実はな、相原を変えられるかもしれないと思って。何があったかは知らないけど、このままじゃ不運なままだろ。その運命か何かわからないけど、ちょっぴり修正できたら、きっといい未来になるはずだって思う。相原だってその為にテニス始めだんではないのか?」

「あなたも不幸になっていいの?」

「なぜそうなると決め付ける?ならその不幸も一緒になればいい。半分こできる」

 相原は、それからは何も言わなくなった。ただ涙を流れるままにし、耐えている姿は痛々しい限りだった。

「明日はソフト部の試合だから相手できない。月曜日、またよかったら来てくれ。俺は待ってるから。ずっとな」

 これで終わりなら、それも変えられない歴史か運命そのものなのだろう。しかし俺の存在意義を考えるなら、この程度の改変は許されるのではないか、いや俺のレベルにピッタリの事象でないのか。

 そして一つ希望的な違いに気がついたのである。前世においては、テニス部と言っても軟式テニスであったはず。なのに、ここでは硬式なのである。この違いは完全に食い違う点で、俺がタイムスリップしてからの行動で変わったものではない。この世界では以前より硬式のテニス部として準備されていたのに違いない。

 その大きな理由として考えられるのは、俺が出来るのは硬式テニスであって軟式ではない。前世、社会人になってから会社や関係企業のテニスサークルで練習をしたのであった。

 よって高校時代のテニス部が軟式であれば、こう言う展開は考えられない。硬式であったのは、正に関与せよと言うことなのかもしれない。

 月曜日、相原は学校を休んだ。やっぱり、そう簡単には修正できないのかもしれない。何が可能で何が不可能なのか、またどのくらい努力すれば変えれるのか。それらを感覚的にでもいいから早く掴む必要があると思った。


 そして次の日、いつもの職員専用コートで待っていた。

「ごめんなさい。昨日熱だしちゃって、家、共働きなの。だから休んじゃった」

 突然だった。いつもの相原がそこにいた。ただちょっぴりはにかみながら。

「熱はさがったのか?体はもういいのか?」

「ちがうって、熱出したのは妹!今日は何もなかったように小学校行ったから」

「そっか、なら安心だな。相原とこは妹がいてるのか。兄弟いてるといいよな。俺は一人っ子だから、けっこう寂しいこと多いけどな」

「弟もいてるよ。あたしの下が小六の弟、その下が小四の妹。どっちもうるさいけど、たしかに賑やかかもね。父は漁師だから朝早くからいないし、母は漁協の市場で働いてるから、どちらかが熱だしたりすると、あたしが付き添ってないと心配だから」

 相原の家庭像と言うか、状況が輪郭だけ判ったように思う。家は福町と言う地区だから大きな漁港があって漁業は盛んだ。海峡近辺で捕れた海産物はこの方面の特産でもあった。

 またここまで内情を自ら言うのは、心を開きはじめた証拠であり、一歩懐に入り込めた感じがした。

「俺んとこは、瓦造ってる。だから両方家にはいつもいてる。あと、じじいと、ばばあもいてる。犬も一匹。鶏も三羽いたけど、食べた」

「えっまさか、犬も食べちゃうの?」

「それはない。やつは残飯処理犬だから、いないと困る」

「あははは。そうよね、でも鶏って育てて食べるの?お肉屋さんで買わないの?」

「いつもはそうだけど、縁日でカラーひよこ買ってきて、育てたらだんだん大きくなって、最近鳴き声が朝あまりにもうるさいってなって、食べちゃった。俺は潰すなんて知らなくって、夜鍋に入って食べてるのが、飼ってた鶏だって言われて超ビックリした。けどめっちゃ旨かったのは事実」

「へぇーそうなんだ。まっ漁師も同じかもね。しょっちゅう魚捌いてるし、中にはナマコみたいなグロテスクなのもあるし、蟹なんか生きたまま釜湯でにするしね」

「それ、知ってる。実はうちの親父、趣味と言うか道楽が正に漁師。船も普通の漁船持ってるし、どっちが本業かわからん」

「それもすごいねーなんだか話、合うかも」

 そんな、なんともない会話でもりあがって、昨日までのモヤモヤをお互い解きたかったのだろう。何事もなくいつもの練習を開始し、いつものようにヘロヘロになった。


 一ヶ月もたたないころから、ラリーもそこそこ様になって来た。このころになると、俺との練習が終わったら、テニス部の通常練習にも加わることができるようになった。しかし、毎日の一時間程度は一緒に練習するのが日課となっていった。

 そんなある日、ダブルスについてお互いの連係や守備範囲について質問された。テニス部では試合に向けてダブルスの組み合わせがあり、ペアを定められたそうだ。しかし練習してもそのペアは上手く機能せず、失敗ばかりと言うことだった。

 そこで、練習が終わった後、ソフト部の練習に相原を連れていったのだった。簡単な紹介の後。

「西本先輩、連係プレーを相原に見せてやってほしいんですが」

「守備におけるケース別の連係プレーね」

 内野メンバーを守備に付かせ、ピッチャーも投球し、想定に合わせたノックを行う。ランナーも配置し、バッター役も走らせ、連係プレーを練習する時のいつものパターン守備行動である。

「ランナー一塁ワンアウト」

 まずは一番ノーマルなダブルプレーである。投球に合わせ、ショートへのゴロを打つ。ショートからセカンド、そしてファーストへ回送されてダブルプレー。これをサード、セカンドも繰り返す。

「これが一番簡単なダブルプレーって言われるやつね。次はちょっと変形になるから」

 初期想定は同じで、ファーストの前への弱いゴロ。ファーストが前進し、セカンドへはショートが入り、そこからファーストにはセカンドが入りダブルプレーにする

「打球によってだれがどう動くかは全て瞬時に全員が判断し、連係動作を造りだすの。次はかなり高度なやつインフィールドってやつね」

 セカンドへのライナーを打つ。セカンドはグローブで捕球しようとするが、閉じたままグローブの外にあててボールを落下させた。そして再捕球してファーストへ。それからセカンドはショートがカバーしているが、ここでタッチプレーとなる。

 一般的にはライナーではなく、フライの場合はインフィールドプレーと言うものでフライが内野に上がった時点で審判が宣言をする。これによって打者は即アウトとなってダブルプレーは成立しない。但しライナーや審判が宣言しなければ有効となる。審判自信も経験が浅い地方大会等はそのまま放置も多くある。

「次、一人レフトに入ってーランナー三塁ワンアウト!」

「今度はダブルプレーじゃないけどタッチアップってやつね」

 レフトへそんなに深く無いフライを打つ。サードランナータッチアップで捕球と同時にスタート。レフトはバックホーム返球。サードが中継に入り、キャッチャーが中継の有無を指示。返球が反れていたりした場合はサードが中継を行いホームでは交錯プレーとなる。ピッチャーもキャッチャーのカバーバックアップとしてホーム後ろへ移動する。

「どお?これが簡単な連係プレーってやつね。実戦ではランナーもルール内で妨害してくるし、打球も方向や強さによって処理パターンがもっと沢山あるの」

「すごいってしか言いようがないです。でも、どうやってこんなにキビキビ役割が決まって流れるような動きができるんですか?」

「それは、何度も練習して体で覚えるしかないの。それと信頼関係ね。個人はチームの為に、チームは個人の為にってやつかな。テニスと違ってソフトはチームプレーなの。みんながどう動いたらいいか、次の動作ってのを考えて、いえ考えてないかも。体が勝手に動くくらい練習で繰り返してるから。それで信頼関係も自然とできあがってくると思うわ」

「ダブルスなんかたった二人しかいないのに・・・・」

「テニスはよくわからないけど、シングルは別にしても、二人の信頼って必要だと思うけど。守備範囲も相手の配置や打球を考えて、それこそ阿吽の呼吸ってやつじゃないの?」

「そうですね。信頼と練習ですね。なんだか判ったような感じがします。ありがとうございます」

 相原は納得した様子で、その後、テニス部での練習につぐ練習をペアと行ったのであった。但し、現実は厳しくまだ一ヶ月少々での前衛は苦難の連続であったのも事実である。



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