西本先輩
[010401]西本先輩
あれから数日、俺は昔の高校生時代と同様に学校へ行き、家へ帰り、そして日々考えつづけた。たしかに何らかの重大な疾患によって意識が無くなり、いや肉体的にはそうだが、精神的には無の暗闇にいた。それが死と言うものかはわからないが、意識だけそのままで今ここにいる。
これは死後の世界か?たぶん違うと思う。あまりにも全てがリアルすぎるし、いくら完璧なあの世でもここまでやる必要はないはずだ。では何の為に?物事には因果関係とか理屈がある。俺が過去へと戻る要因とか目的は、いったい何の為なのだろう。
過去、あまりにも不運なサイコロを振った神様の償いとか、清算かもしれない。
タイムスリップ系の物語では時間軸は無限に存在し近いほど歴史は似通っていて、ある時間軸の未来から異なる時間軸の過去へスリップするものが大部分なはず。
この場合、元の時間軸の過去はスリップ先の過去とは当然異なる。その為何をやってもパラドックスは発生しないと言う極めて自由度の高いものとなることが多い。
そして近い時間軸の場合、大幅に歴史が異なるような行為に対しては修正させる力が働き近似したものへと変化させることもあるとか・・・
何か重大な使命を帯びて歴史的な出来事を改変させるとか、悲劇を起こらなくするとかなら俺の器は小さすぎるし、もっと適任が他に数多くいるはずだ。ただこの異常とも言えるタイムスリップにおいて確実な事実は、過去の記憶を持ったまま転生したことだ。このような大きなアドバンテージは許されるのか?
たとえば九一一のような人為的な悲劇を食い止めようと思えば、なんとか出来るかもしれない。但しそれは俺の役目ではないことも事実。これから起こる大まかな歴史や時代の流れを把握しているのだから自分に極めて有利な利用法もできる。
この時代から言うと、あと少しでバブル時代に突入するはずだ。なんなら株や不動産で大金持ちになることもできるだろう。但しバブルの崩壊時期は正しく記憶していない。よって危険極まりない賭けでもあるが。
そのような本来の流れを改変する可能性のある常態で送り込む必要性は依然謎のままであったし、神というか、存在するのであればその真意を問いたい気分だった。
とにかく自分としては、再挑戦。敗者復活でもう一度与えられた好機。当然ムダにしたいとは思わない。できれば可能な限りおもいっきり生きること。何でも精一杯やり前世のように後悔しないことが最も大切なことではないかと思った。
俺が通う志賀高は最近出来た新設校である。平野を見下ろす小高い山の中腹の丘にある。その為長い急な坂があり、自転車では降りて押しながらでないと登れない。体力に自信がある者で変速を使ってジグザクに漕いでも制覇できない。
入学してしばらくすると、そろそろ所属するクラブを決める時期である。中学時代は野球をやっていたが、この学校では野球部は存在しなかった。
ただ二年と今年の一年の経験者で野球部を作ろうと言う動きがあった。前世は誘いを何度も受けたものの正式な部ではないことと文科系クラブ(放送部)への興味やボート部からのスカウトがあったので参加しなかった。
しかし今回、前世の死因らしきものが何らかの疾患であったことも考え、体を動かすことの大切さを切実に実感したこともあって即、野球同好会へ入部することとなった。
クラブは正式に認めてもらうまで同好会と言う位置におかれる。そして実績が出来、顧問が決定して継続が可能と判断されて部に昇進するのである。
しかしこの野球同好会、メンバーは十五人ほど集まり練習を行おうとしたのだが、場所がないのである。野球専用のグランドはある。ナイター設備までは無いものの新設校と言うこともあって立派なものだ。だがそこは女子ソフトボール部に占領されていた。他に陸上競技グランドはあるがサッカー部が使っている。
止む無くソフト部にお願いして外野の一部を使わせてもらうことになった。キャッチボールやトスバッティング、一対一のノック程度は出来るがポジション守備やフリー打撃等はできない。しかもちょっと大きく使用しようものならソフト部の邪魔になりクレームが出る始末であった。
構造は完全な野球用である。外野も深く九十メートルはあるしピッチャーマウンドだってある。ソフトなら野球場より一回り狭いグランドとなりマウンドは盛り上がっているので適さないはずである。
相手は部で、こちらは出来たばっかりの同好会。どうみても対等な話のできる状態ではない。あくまでもソフト部のご好意によりグランドの一部を使わせて頂けていると言う状況なのだ。
しかし、そんな中、同好会メンバーは色々と工夫しながら日々練習を続けていった。俺は中学時代、ポジションはキャッチャーで打順は四番だった。普通なら主力選手として登用されるだろうし、その自信もあった。
仲間には中学時代の対戦相手の中学出身者も何名もおり、以前から顔見知りでありお互いの技量もすぐ把握でき、練習も形になってきた。
そんな折り、ちょっとした問題が発生した。トスバッティグでは物足りないので一人ずつフリーの打撃で他は守備につく練習を始めたのだった。
しかし打球と言うものは少なからず意図しない方向へ飛ぶものである。その時もやや引っ張ったフライの打球を後方守備担当がキャッチすべく行き良いよく走り、女子ソフト部員と接触したのだった。大きな怪我はお互いなかったが、転んだ時、スパイクの金属部分が女子の手を切り若干出血してしまった。これが後日大きなきっかけとなるのであった。
次の日の放課後、職員室のソフト部担当顧問のところに野球同好会メンバー五人とソフト部のキャプテンが集合をかけられ、これからのことを話すことになった。
事故は、どちらが悪いと言うことはないものの、このままではお互い危険な状態での練習となるので何らかの解決策が至急必要だった。当然お互いの主張は平行線と言うか、抜本的な手段は相手の排除しかありえないのでピリピリムードが高まっていった。
ソフト部主将は西本優子と言い、三年で生徒会執行部の一員でもあり交渉の進捗を見守っていると、なかなか侮れない相手であることが判る。論理的でありながら、始めは強硬な意見を言うが、そこから少しだけ引いた妥協点を提示し落としどころを用意する。危うくそこで決着しそうになる。
ソフト部の要求としては、一、グランド内でのスパイク使用禁止。二、打撃練習は全ての禁止。三、日曜日の使用時間はソフト部に優先権がある。が主要要求である。
これはもう日米戦争におけるハルノートそのものである。スパイクは野球で守備から打撃までこれが使用できないとなるとランニングや柔軟体操、冬場の体力トレーニングしかできないことになる。打撃練習不可も大きい。
日曜の練習についてはソフト部が終わってからなら、空いたグランドを好きにどうぞと言うことである。
なんなら早朝は使ってないのでその時間に野球同好会は自由に使ったらどうかとも言うのである。ただしその自由に使える時間においてもスパイクは禁止だそうだ。野球用スパイクは金属なのでグランドを掘り起こす。ソフト部として、これは良くないとのことだった。
野球経験者ならわかるが、これは完全に野球をやれる環境ではなくなると言うことだった。何時間かかっても話がまとまるはずも無い。だんだん感情的になりつつあるとき。
「じゃあ、試合で勝負して決着つけましょうよ」
と、西本主将はなげやりに提案した。当然勝ったほうが全面的に主張が通る。全てか無か、一かゼロか、イエスかノーかと言う極限決着である。
「あなたたち野球部なんでしょ、土俵がソフトボールなだけで打撃も守備も少しだけ球が大きくなっただけで同じじゃないの。まさか不利とか、条件悪いとか思ってないよね。しかも相手は女の子なのよ。どう?やるの、やらないの?」
俺はなんか嫌な予感がした。しかし同好会のメンバーは挑発されたのと話し合いでは決着がつかないこともあり試合に合意したのだった。
「あっ試合は三回コールドでいきましょう。三回で七点以上の差が付いていたらそれ以上は意味ないから」
と、追加ルールを提案してきた。メンバーも、そりゃそうだと、自分達が七点リードしてダラダラまだ試合を行うのはさすがにムダだと了解した。
次の日は丁度土曜日で午後から試合である。噂は直ぐに広まり、物好きな観戦者も十数人とあり、同好会メンバーは意気揚々と集合していった。
俺はメンバーを見て唖然とした。完全にナメきっている。まずスパイクを履いてきたのはたったの四人。他は普通の運動靴である。たしかにスパイクの使用は禁止として提案はされた。しかしそれはまだ決定事項ではないのである。
スパイクが無いと言うのは守備で格段の不利そのもので内野も外野も極端に守備範囲が狭くなる。当然打撃や走塁にも影響が出るが、そのくらいは女子へのハンディでいいよ的な雰囲気だった。
二年の同好会キャプテンに意見具申したが、同様に十点差で勝つのも二十点差で勝つのも大差ない。と言う驕りたかぶってしまっている。
我々は野球は経験者だ、しかしソフトは未経験者。つまり素人なのだ。ただどちらも見た目同じような競技で男子と女子用に少しだけルールが違い、しかも女子用のソフトは球も大きい、ダイヤモンドの距離は短い。盗塁はしにくいようにリードが無いとか、単に簡単になっているだけのように見える。しかしこれが大間違いなのは、まともにソフトボール経験者と試合したことがないものには判らないのであった。
試合は野球部がビジター側と言うこともあって先行となった。打撃は野球経験者ならそれなりに対応できるはずだし、サッカーやテニスではないのだからと言うこれも安易な考えで適当な打順になった。
二年の先輩から順番にバッターボックスに入る。一球目、そのスピードにまず驚く。ソフトボールのピッチャーは独特の投球フォームで早い速球を投げ込んでくる。野球より距離が短いのは球速が遅いのを通り越して返って早く感じる。
ボールがピッチャーの手を離れてからバッターボックスまで到着する時間は野球と大して変わりない。いや早いかもしれない。つまり選球眼は同様レベルが必要だと言うことだ。
それだけでない。ピッチャーの投球フォームが異なる為全然タイミングが取れないのだ。その為どうしてもバットスイングが遅れぎみになる。高めなら出遅れてフライになる率が大きくなってしまう。そしてそして。中学の野球ではアンダースローなんてものは無い。
そんなピッチャー事態プロでも稀であり今まで下から競りあがってくる球なんてものは打ったことがない。当然ストライクゾーンの判別がつきにくい。ボール球を振らされる。ストライクを見逃すこととなる。
ダメ押しが変化球だった。直球だけならタイミングの補正ができれば当たる。しかし変化球は急速が異なる上に当然球が変化する。野球でもそうだが、球の速い直球と、遅い変化球をランダムに配球されたら難易度は極端に上がり簡単に山を張って打てるものではなくなる。
あっけなく三者凡退でチェンジとなった。ここから更なる悲劇が到来する。野球部にはソフトのピッチャーは存在しないのである。ピッチャーは何年も訓練してようやく使い物になる専門職である。止む無く比較的下投げができるものが担当することになった。
もはや試合の様相が崩れる。これはトスする球をフリーバッティングで返されているのと同じである。野球同好会のピッチャーが投球する球はスローな直球のみである。コントロールも良くないが、ソフトボールの打者は合えてフォアボールを得ようとはしていない 好みなコースに来たらおもいっきりスイングして長打を得ている。
これにスパイク無しの守備が対応する。外野の中間を抜かれたらグランドが広いのでいきなり超特大の長打となる。
やろうと思えば盗塁なんてのもできただろう。しかしそんな小細工すら必要ないのであった。ランナーを貯められての長打。これの繰り返しでスリーアウトを取るまで既に五点も取られてしまっていた。
次の打撃も同じである 一塁も踏むことはなく、内野ゴロとフライだけで同じく三者凡退。ランナーすら出ない。
二回の守備も同じである。ただこの回は内野と外野への正面ライナーが二回もあり失点は一点に留めることができた。点差は六点でコールドまでは一点の猶予がある。
三回目の攻撃ではなんとか点差をちじめなくては裏の守備で得点されるとコールドである。
第一打者は詰まりながらも右中間を抜きヒットとなる。初のランナーである。そして次が俺の番である。まともに勝負しても勝算は良く無い。内野の守備を見てみるとサードがやや深めに守っている。
俺が四番打者で長打力を持っていると言うことはソフト部の一年に同じ中学出身者がいてるので情報が伝わっているのだろう。長打を警戒して外野もかなり奥めだ。なんとそこまで徹底しているとは。それでこそ勝負に挑む普通、まともな体勢だが野球同好会側は何の情報も無いし、あっても有効利用できないであろう。
まだノーアウトだし、こっちもランナーを貯めたい。そうだ、確実なのはこの手しかない。一球目だった。速球の内角ストライク。バントは野球もソフトも基本さえマスターしておけば大きくは異ならない。 しかも変化球であっても直球であっても格段に有効打を打ちやすい。理想的だった。セイフティぎみにすかさずダッシュをする。これもスパイクがなければ不可能なことだ。
打球はサードライン僅か内側を勢いを殺して進む。ピッチャーが慌てて捕球しようとするがサードもあわてて前進してきており絞殺してしまい投げる体制が取れない。
成功だった。これでノーアウトランナー一、二塁となって長打が出れば確実に得点、まだノーアウトなので、まだまだチャンスもあるだろうし、ランナーが満塁になるかもしれない。
とにかく次の打者にはゴロではない内野超えを願いたい。そのあたりは野球経験者なら常識として理解している。ゴロはもっとも最悪なダブルプレーとなる率がどうしてもたかい。幾分そのあたりも気にしてスイングも上げ目である。
そして三球目、意識しすぎたのか、セカンドのやや後方へフライとなってしまった。残念だがワンアウトになってしまうと認識したときだった。セカンドは最初フライをキャッチすべく落下位置に入った。ところがライトが前進してきて声をかけると、セカンドはそのまましゃがみ、捕球体勢を取らなかった。そしてライトが取るのだと思ったがライトも放置し、ワンバウンドで取り、すかさず送球体勢に入った。
とにかく一瞬だった。おしまいだった。ボールはまずセカンドに渡り、ファーストへ、そして最後はサードへと転送されてあわてて走り出した二塁ランナーも余裕でアウトになった。
一挙にスリーアウトチェンジのトリプルプレーだった。野球と違い外野は近い、しかも内野程度で上がったフライはボールの性質もあり高くバウンドしない。インフィールドフライかもしれないが、今の審判は素人のソフト顧問である。フライが上がった瞬間に宣言しなくてはならないが、何もなければ有効打なのである。
しかも今回は外野が処理している。まさか打撃までコントロールされたとは思えないが、このようなプレーが試合中普通にできると言うことは練度は高いレベルで維持されていることがわかる。寄せ集めチームの同好会ではこれだけの連係をこなすレベルには程遠い。
次の守備は先のショックもあったかもしれないが、攻守を見せたのはショートが三遊間の打球を飛びついてワンアウトにしただけだった。内野安打の後、長打を打たれて得点を許してそれでコールド×ゲームの成立であった。
完敗というか、負けるべくして負けた。この噂は次の月曜日には全校生が知ることになっていた。しかも野球同好会は女子ソフト部にゼロ対七のコールドで負けたと・・・
これを持って、ソフト部との使用協定は全面的にソフト部側の主張が認められ我が同好会は野球グランドを去ることとなった。
陸上競技グランドの一番端っこにスペースがある。但し、草が生え放題でまずこの草抜きと言う作業から始めなければならなかった。この手の草だが、根が異常に深く、素手では処理できない。鍬や鶴嘴で何日も作業しやっとトスバッティングが可能なスペースが出来た。
ここでまた致命的な問題が発生した。ここのグランドのフェンスは二メートル程度と低くすぐ打球が外へ飛び出てしまうのである。
この飛び出た先が問題である。農業用の水を溜めておく溜池なのである。しかも普段の水量は三分の一程度でドロの斜面が露出しており危険で水際まで降りることは不可能だった。
たちまち練習用ボールは底を尽き練習事態ができなくなった。まだ正式な部ではない為全ての用具は個人持ちである。
ソフト部に大敗したこともあったし、満足な練習場事態無いことが原因となってそのころから一人、二人と部活の練習に参加しない者が出始めた。二週間後にはたった三人だけになった。
その惨状を見たのかソフト部の西本主将は、野球グランドに戻ってきていいと言ってくれたのだった。ありがたかったが、三人では練習も個人的なものだけしかできない。
次の週にはついに俺だけになった。だれもこないのである。以前のメンバーに誘ってみたが何かと理由を付けて良い返事は得られなかった。待ってもだれもこないので、一人だけでダッシュやランニングだけしかできない。もっとも基本なキャッチボールだって二人必要なのだ。そんなのが三日つづいた。
そろそろ引き際だなと思った。そうだった前世でも野球同好会は同じように設立し存在した。しかし同じように理由は判らないが、だんだんと自然消滅したのだった。
これは歴史としては同じように繰り返すと言うことで俺が参加しようとしないとも、変えられないものは変わらない。そんな仕組みになっているのかもしれないなどと、ランニングを止めグランド脇の草むらに寝ころがって考えていると寝てしまったようだった。
「ねぇねぇ 生きてますかー?」
目を開けると西本主将が上から覗きこんでいる。なんかこの前まで宿敵みたいだったので、なんとも異性としての感覚は無かったが、今の心配そうに真上から覗く顔はちょっと可愛くさえ思える。
「さっきまで走ってたのに、急に止まって動かなくなったから、死んじゃったのかなと思ってさぁ」
「あぁぁ・・・たしかに、意識は無かった」
(んな訳ねーだろ)
「ねぇ暇なんでしょ。一人じゃつまんないよねーもしよかったら外野のノックしてよ」
「えっ俺が?」
「他にだれがいるの、あなたバッティング上手いそうじゃない。負けたモヤモヤとかスイングするとふっとぶと思うよ。ねっ、だからノックしよう。女子と一緒にできるなんてハーレムでしょ」
(いや、どう考えても奴隷でしょ)
と、言うことでその日に限らずそれから毎日女子ソフト部の雑用兼コーチみたいな役目をする。いや、させられることになったのであった。
当時の担当顧問は土曜だけクラブに参加する極めて専門外の先生だった。その為ソフト部は事実上能動的に伝統に従って自ら練習を行なっていたのだった。
一週間もすると全員の名前も覚えたし練習メニューの組み立ても理解できた。野球経験者なのでそのあたりは判る。そして徐々に各個人の特徴、ポジションや序列、プレーの癖や改善点まで見えはじめる。
「ソフトって掛け声はないんですか?野球じゃぁ、アイゴエーとか、バッチコーイとか意味不明ですけど、何もないときでも声出すんですよ」
「特にないわね、指示とかする掛け声以外に確認や時どき励ますくらいかなぁ」
「何かわからないんですけど、グランドって広いですよね、静かすぎるって言うか、寂しい。そうそう盛り上がりに欠けるって感じなんですよ」
「でも女子にアイゴエーはないでしょ」
西本主将は何か叫ぶような感じで小さく二、三声を出してみた。
たしかにそうだ、野球部は守備に付いている時、何もなくても定期的にあの意味不明な掛け声を出す。それは各学校で伝統的なもので、それぞれ内容が異なるのだそうだ。入部始めはその声を出すのが恥ずかしかったり、忘れたりしたら厳しく先輩から指導を受けるのである。
「ねぇ先輩、ファイトーてのはどうですか?ファイト自体意味あるし、たとえば、練習の打撃で打ったときとか、捕球後の送球した時とか、だれかに対して次のプレーにファイトーって励ますんですよ。そして、良いプレーした時は全員でナイスファイトーって言うのはどうです」
これは、言葉自体はずかしくないし、すぐ実行に移された。以外と活気が出てくるのがわかった。しかも集中力が増すようで連係プレーはミスが出にくくさえなった。
これを始めに次々と改革を実施していくことになった。次に改善したのは、練習後の片付けである。新入りの一年が練習後グランド整備から用具の始末をするが、帰りがそれだけ遅くなる。
また疲れからダラダラと更に時間がかかる。これを全員ですばやく実施し、ダッシュでグランドを去るまでを練習の一環とした。
最後のミーティングが終わり挨拶の号令を全員ですると、走りながらグランドを駆け回り土をならす者、散らばった用具を纏めカートに入れる者、ベースを回収するものと、全部フルスピードで全員が行った。当然あっと言う間に終わりグランドから帰る時もダッシュだ。学校からの帰り時間は三十分も短縮されたのだった
一ヶ月も経つと全体練習メニューの組み立てや個人の修正、補強練習の内容まで管理するようになった。これと同時にそれらを記録する為の練習ノートを作った。
ノートパソコン等の情報機器はこの時代まだないのである。カード型電卓すらもない。但しノートは不要な箇所は取り外し、新たに追加が必要な箇所は増設できるバインダー形式のものを使用するようにした。そしてこれは練習中閲覧自由で、個人個人のページには改善点や練習で気づいた箇所を逐次記入するようにした。
また個人側からの提案や質問があればノートの最終にあるページをバインダーより外し、記入後また元に戻すことでコミュニケーションツールとした。メールも何も無い時代、このような原始的手法が案外効果を発揮することもある。
その日も練習が終わり全員ダッシュでグランドを去っていった。もう辺りは暗くベンチの上に蛍光灯が一つだけあるので、その光を頼りに練習ノートを記入していた。
ソフト部員が着替えを終え、自転車で勢いよくグランドの前を通りすぎて行く、ほぼ全員がまだいる俺に『バイバイー』とか『お疲れ様―』と一声かけてから坂を下っていくのである。
「ねぇ、まだ帰らないの?いつも残ってるよね」
西本主将だった。帰る途中自転車を押しながらグランドの横を歩いてきたらしい。
「この時間に気づいた点を記入しないと忘れるしね、一人で色々考えてるとけっこうアイデアも出るんですよ。それと、好きなんです、この雰囲気が」
「あなたが来てから部の感じが、変わったわ。明るくメリハリが出て、みんな積極的になった。改めて感謝してる。ありがとう」
「いや、誘ってもらったこっちのほうこそ感謝してますよ。俺、あの日で終わろうと思ってたんですから。今は自分自身がプレーヤーじゃなくなったけど、新しい楽しみが見つかったかもしれません」
「それはお互いラッキーだったのね。でもあんまりムリはしないでね。何かやりたい部があったら、そっち優先する権利はあるのよ」
「はい、今はここだけで精一杯です。そのうち先のことも考えてみます。それと先輩、なぜ同好会の試合の時三回コールドってしたんですか?前から気になっていて」
「そうね。あなたには悪いけど、あの時野球同好会を本気で潰そうと思っていたの」
「えっ?」
「本音を言うわね。あの時、やっぱり練習できる場所はお互い必要だったでしょ。でも共存て到底無理だってわかってた。だから、どちらかが潰れでもしない限り解決しないってね。だから試合はコールドでないとダメだったの」
「たしかにショックは大きかったですね。コールドゲームなんて最大の屈辱ですからね。多分今までだれも経験してなかったし、しかも女子相手となるとキツイですね。でも三回ってのは・・・」
「三回なら打順が一巡だけでしょ。二巡目からは目も慣れるし、あなたたち素人ではないでしょ。そうなると負けはしなくっても得点も入るわ」
「それって、まさか」
「そうよ、ゼロ点てところがもう一つ重要だったの」
「そこまで読んでたんですか。結果は完全にその通りになりましたけど。まさか俺のスカウトまで入ってたとか?」
「あはは、そこまではないよ。ただね、あのセイフティバンドはこっちも考えてなかったし、中には、まともな野球する人もいてるんだって思たよ。だからあの日一人になってなくっても、あたしはスカウトに行ってた。そして必ずこうなってた」
「まいったなーじゃぁ、結局全て想定内ってことじゃないですかー」
この西本先輩、さすが主将だけのことはある。あなどれないなと、つくづく実感したのだった。我々野球同好会は戦う前からこれだけの戦略をもって撃破された。あの職員室での試合の提案や挑発も何から何まで計算づくだったと思うと、同好会のメンバーに哀れさすら感じる。
決して敵に回したくない人、そして味方ならこれほど頼れる下士官的存在は、そうはいないはず。俺はプレーは出来ないが、補佐や参謀的な役目をし、チームの一員として戦力アップに貢献できるのではないかと思ったのであった。
「色々試したいことがあるんですよ。ちょっとしたことから、大きなものまで。まだ考えが纏まってないので、そのうち徐々に提案しますから」
「ええ、期待してるわ。一緒に考えましょ」
「じゃぁ、あまり遅くならないで帰ってね。魔女の亡霊が出ると困るから。お先にバイバイ」
「先輩も気をつけて、狼が狙ってますから」
西本主将は後ろ向きのまま親指を上に立て、そして何度か下向きに指し示した。もう何年も忘れていた心の片隅が甘酸っぱくなると言うか、懐かしい感覚に気づいてドキッとした。
そして改革は即座に実施された。簡単なものは即決し、考慮の必要なものは、まず実行して試行錯誤を繰り返しながら修正されていった。
手始めは練習が終わって後始末を完了してから、全員グランドに並んで校歌を一番だけ歌うのである。これは学校や仲間への忠誠を誓い士気の向上につながるものである。また、何十年後の未来、母校の校歌を忘れることもなくなるだろう。そう、この学校が廃校になるあの時代が来ても。前世、この志賀高は二千八年に廃校となる。
次は練習中のユニフォームの着用である。野球はグランド練習の時は必ず上下ユニフォームであるがソフトは、学校用の体操服とかジャージであった。スライディングや際どい捕球の時等は、やはり気持ちの入り方が違う。試合用と練習用の二種類必要なのだが、出費が必要なことから、できれば下だけユニフォームを推奨と言う形にした。
大きな改革としては、フリーバッティング時のピッチャーフェンスを作成した。従来フリー打撃の練習は、多くても二箇所しか行っていなかった。
これでは効率が極めて悪い。その原因となるのが各列のピッチャーの防御で打撃はどうしても右バッターならレフト方向へ引っ張る。
たくさんの列を作るには列の間隔が狭くなると言うことで、そうなると横の列の打撃がピッチャーを直撃する。それを避ける為、間隔を広くするとか、ピッチャーは隣の打撃と同期をとりながら投球することになる。ソフトボールとは言え、近くで無防御の直撃は怪我のもとであるし、横の列をいちいち気にするのは避けたい。
そこでピッチャー専用の防御ネットを作ることにした。オヤジの飲み友達で昔からの親友が鉄工所をやっている。小学生のころから工作が必要な時はよく旋盤や道具を使わせてもらっていたので、いつもどおり借用した。
この地方の地場産業として窯業が盛んで、その為の機械や様々な器具を製作している。材料もL/U/H鋼等の切れ端が色々な長さで余り山積みになっている。それらを組み合わせネットの骨組みを作るのである。
電気溶接とガス切断が必要となるが、前世そのやり方を始めて教えてくれたのは、ここの主人である。高校三年の夏、アルバイトで色々手伝ううちにガス切断、電気溶接、カム旋盤までやらせてもらった。その経験もあり、社会に出てから現場では機械屋の作業も何度か手伝ったりで一応の技術経験はあった。
あまりにも手際が良いので、どこで習ったのか聞かれたが、学校の物理の先生に教わったと大嘘をついてごまかした。まさか工業高校ならわかるが、通っているのは普通校だ、そんなのあるわけがない。
フェンスは比較的簡単な構造だ。単に四角に組み合わせ、立てたときにひっくり返らないように下部に足を付けて補強するだけである。
その日のうちに三セット完成した。ついでにグランドを均すトンボと言うT型の道具も作った。仕上げは錆び止めの塗装をすると完成だった。費用を聞いたが、『いらん』と言う一言だった。いつも通り甘えさせてもらった。
骨組みが完成した次の日は近くにある漁協に行った。ここでネットに使えるような網が余ってないか聞くと壷網用で古くなって廃棄してあるものが大量にあるとのことだった。
これがまたピッタリの網目と強度でしかも大量に積んである。当然これもタダで頂けることになった。早速ネットに合うような広さで裁断した。
しかも骨組みを学校までトラックで輸送してくれることになった。そのついでと言うことで漁協に行って網も積み込み輸送してもらうことができた。
到着するとソフト部全員でナイロンロープで網を骨組みに固定し、完成させた。トラックが帰る時には全員一列に整列して『ありがとうございました』と、挨拶をして送り出した。
後日事情を知った担当顧問にお願いして、鉄工所と漁協には感謝状を作ってもらったもちろん校長名も入れ、ネットの前で全員並んでいる写真も入れて。
防護ネットの完成にて練習の方法も大きく変えた。フリーの打撃練習はムダが多かった。一列に付き、ピッチャー、キャッチャー、ボール集め係りとなり、残りは打撃の順番を待つ者、守備はこれも何箇所かに順番に並び打球を待つ。それでも人数が余るので下級生が球拾いとして分散している。
これは、ほとんどが待機している常態で全体の稼働率は極めて低くなる。これをまず打撃の列を倍の四列にした。これにより守備範囲も広くなり飛んでくる打球も多くなる。順番を待つ打者は、審判の位置に付かせ、投球の判定を下させた。これはボールを見、ボールか、ストライクかを判定することで選球眼を養う訓練になる。
球拾いは廃止し、それでも余ったものは、素振りやペアを組みTバッティングを行わせた。これらによって順番を待つことなく各自大忙しになった。
従来ピッチャーやキャッチャーは下級生がやっていたが、これも全員でやるようにした。特にレギュラーはできるかぎりこれに当たることを推奨した。これはキャッチャーをすると投球ボールが見えるので審判と同じく選球眼が身に付く、ピッチャーも自分が投げることによって球筋をコントロールでき、その感覚を打者の時に活かせることになる。
バッティングも回転率が上がり今までより多く打撃練習できることとなる。そして下級生も全員バッティングすることとした。これには伝統としての上下の関係や下級生の役目はレギュラーの補助と言う固定観念があったが、合理的な練習による効率化により意識改革も必要だった。
そして最大の改革を考えた。
「西本先輩、ちょっとアイデアがあるんですが」
「また何かグッドな案でも浮かんだ?」
「ちょっとこれは、全員の反発もあるかもしれないんですが、効果は絶大たど思います」
「自信アリって感じね、今までのだって効果上げてるし、あたしらには時間が無いの、だからいいものなら、多少の弊害があってもこだわらないと思うけど」
先輩は三年だ、この夏でクラブ活動から引退する。この時期試合も近いし、あと少ししか時間がないのである。
「では、まずこのリスト見て下さい。各ポジション一人づつ九人一組ごとに編成してあります。チームA、チームB、チームK、Kは残りも含みます」
「どうしてA、B、Kなの?Cじゃないの?」
「あっそれは、まーなんて言うか、意味はないんです」
(おおありなんだが、それを知るのは何十年後、偶然って思うだろうか・・・)
「人選て言うか、分け方から一軍、二軍、三軍って感じかしら」
「そうですね、本来のA、B、Kには序列はないんですけど、このグループ分けはまさしくその通りでレギュラー、順レギュラー、戦力外です」
「そんなにはっきり区別しちゃうと反発でるよね」
「そうなんです。三年の人でもBに入る人もいてるし、二年でAの人もいます。BKも同様です。けど、これが事実なんです三年だからって試合に出れるとは限りません。二年や一年でも技量があり期待できれば出れます。そのあたりは今までもシビアなんです。ただ明確に区別しなかっただけです。選手はみんな自分がどのレベルなのかは良く知ってると思います」
「でもこれは、守備ありきの編成よね、打撃の上手い人の扱い。つまり代打要員とかそのあたりの考慮が必要かもね」
「はい、そうなんです守りの性質上、内野は全員専門職だからポジション間の交代は無いです。しかし外野は可能です。スタメンは基本チームAとして、その後の入れ替え要員を判り易いく表現できないかと思案してるんですが。代打、代走、リリーフも」
そしてこの話は副キャプテン、一年、二年代表(次期キャプテン候補)と顧問の先生も交え今後の大きな方針決めとして夜八時まで続けられた。
まずチームの大方針としては打撃を主力としたチーム作りを行うこと。これは今回の打撃練習の改革もあるが、効率的な練習が可能なことと、守りが弱くても打撃でそれ以上の得点が取れるのなら華やかな打撃のほうをとろうと言うことだ。
これは中学の時の野球部の経験がこの逆だった。守りを中心に練習した為、ちょっと強いチームに当たると何かの拍子に先取点を取られる。その後得点を取り返すことは打撃が弱いと至難の業となるし、その時点で負けムードになってしまうのである。
打撃に自信があれば何点先取されようと希望は持てる。この点ほぼ全員が同じ意見だった。よって練習メニューは三対二の割合で打撃練習を多く取るようにすることとなった。
そして問題のチーム編成だが、チームAは打撃力も考慮したスタメンであり基本このチームが試合に出ることになる。
但し打撃や各交代要員はチームB、Kからもでる。このチーム人選がすぐ判るように練習ノートの最初にプラボードで厚紙に名前の書いたものを抜き出しできるようにしたものを作成することになった。
各チームごとのページで、チームBとチームKには、代打要員のものは[打]のプレートが余分に付く。ピッチャーリリーフには[リ]、代走は[走]、バント要員は[バ]が付く。
この編成は当然のごとくだれでも確認でき、自分のポジションやレベル評価が一目瞭然となる。適時再評価が行われ、入れ替えの要有りとなった時点でチーム間の人員入れ替えが即座に行われるものとした。
この評価となるのが日々の練習とその結果とも言える紅白戦を毎週土曜日か日曜日に行い活躍したものは高評価を得、エラーを犯したり結果が出なかったものは低評価とするシステムにした。
つまり、下級生でも今後の努力次第でチームAに昇格することも可能。そしてチームAでも結果次第では下位チームへ落ちることもあると言うシステムであるからこそ、競争力が自然と成り立ち、全員努力する方向になると言う効果を期待するものであった。
また、特に三年全体の立場として西本キャプテンは三年の非レギュラー組に活躍の場を考えてほしいと意見があった。
たしかに、人一倍努力するも体力や適正の面でレギュラーから外れる三年が存在する。あと少しの時間しかないのにこれを覆すのは物理的に不可能なのも事実。
システム優先で考えると例外は認められないのだが、そこで完全専門職を作ることにした。それがバント専門要員と、打撃専門要員である。
これは以後練習はそれのみに集中してもらう。試合の重要な場面で、必ずバントが必要、また強打が必要な時は存在する。この時の為だけ安心して任せられる要員を育成するのである。そうすることで、チームへの貢献できる体制を維持し、モチベーションが維持できると考えた。
戦略会議が予想以上に長引き、遅くなったので各自自宅に電話し、今から帰ることを告げる。一番遠い二年の代表は顧問が車で送ることとなった。残った五人は自転車置き場へと、まだあれこれ話ながら向かった。
「西本先輩、帰る方向、同じですよね。護衛でもしましょうか?」
すると西本キャプテンは自転車置き場の方を指して
「あたしならだいじょうぶ。専属のボディーガードが待機してるから。それより松田さんを、お願い。ちょっと遠回りになるけど彼女の帰る道、ちょっと怖いとこがあるから」
そこには、たしかに一人の男子生徒が待っていた。ちょっと暗いのではっきり判らないが、その人と西本キャプテンは親しそうに、自転車を並べ手を振って俺らの横を通過していった。
あっけに取られたが、しょうがないので言いつけの通り松田さんと一緒に帰路につくこととなった。松田さんは、同じ一年で部ではムードメーカー的な存在である。学年でも人気があり前世の女子人気投票(公的なものではない)では二位を獲得している。
「なあ松田、あの西本先輩送っていった人知ってる?」
「名前は知らないけど三年のコンピューター部の部長さんって聞いたことがあるけど」
「二人は前からあんな仲?」
「たぶんお似合いのカップルよ。昼休み図書室で一緒にいるの何回も見たし、時々ああやってソフト部の終わるの待って、一緒に帰ってることもあったわねー」
「へー全然知らんかった」
「えっまさか、もしかして失恋しちゃったりした?」
(すごく楽しそうに聞くなー)
「いや、そこまで深くはなってないから、だいじょうぶ。カスり傷くらいかもな」
「ぎゃはは、強がってない?相当エグってたりして。かわいそーねぇ あたしがなぐさめてあげようか?」
「胸でも貸してくれるのか?」
「泣きたいなら、そのくらいしてあげてもいいけど」
「いや、ありがとう感謝するよ。松田ってそんな意外にやさしいところが受けるんだろーな」
「意外って何よ。で、だれが受けるってゆーのよ」
そうだった。これからの松田さんは色々あるのだった。前世の話だが・・・
「いや、そんな松田の性格がいいなーと思う人もいてるって言うこと。だれかからアプローチされた事は無い?」
「まだ高校入ってそんなに経ってないし、今はクラブで精一杯。でもせっかく高校生なんだから一度は恋愛ってのを、してみたいなって思うよ」
「心配はいらない。たぶん在学中に市高の男子と付き合うことになるよ。で、その人と結婚するような大恋愛をするから」
「えぇー市高の人?あたしたちを下に見てるようでキライなんだけどなー」
「いや、そいつはそんな偏見は持たないヤツだから。そうそう、目が少年のようなやつ」
「そんなすごいことになるんだーへぇーって、どおしてそんなことがわかるのよ。しかも結婚だなんてありえないし」
「すまない、一種の占いとでも思ってくれ。ただもう一つだけ、そいつと一旦破局になる。けど松田はじっとしていること。そうすると向こうから戻ってくるから」
「なんか見て来たように話すのね。でもそんな大恋愛みたいなこと、ほんとにあったらいいのにね」
事実そうなのだから、しょうがない。前世では彼らが結婚したとか、そのエピソードはかなり年月が経ってからの同窓会の時、聞いたのだから。しかも、その相手は中学時代野球部でバッテリーを組んでいたピッチャーなのだから。
それから松田さんを家まで送り帰路についた。またあの時と同じように星空が一面に広がり夜間飛行の飛行機のランプが点滅し、音も無く遠くへ流れて行く。
ほんとうにこの世界は現実なのか?なら、もう少しだけこのままにしといてほしいと思うのであった。