デートインザスノーガーデン
やっとスキー旅行までたどり着いた(汁
初めての方は「デートインザドリーム」または「デートインザトラベルプラン」から読んでもらえると、ある程度話が分かると思います。
マイクロバスがホテルのフロント前に到着すると、茶髪のロングヘアが良く似合う少女、栗畑千香がまずバスから降りた。続いて他のメンバーもバスから降りる。
「まずは荷物降ろしてね。バスはすぐ行っちゃうから」
千香が指示すると、それぞれ自分の荷物を、マイクロバスのトランクから出した。千香も自分の荷物を降ろす。
「えっと、これで全部かな」
トランクの最後の荷物を降ろすと、加藤有子はもう一度トランクを見回し、忘れ物がないことを確認する。
「こっちはオッケーやで」
その奥から、白いコートを着た女性、三波彩花の声が聞こえた。彼女はバスの中の忘れ物をチェックしていたようだ。
全員がバスから降りたことを確認すると、「じゃあ、また明後日、帰りもよろしくお願いします」と千香が運転手に声を掛けた。するとバスの扉が閉まり、間もなくバスはホテルから離れて行った。
「あ、ホテルで受付とか、いろいろ手続きしてくるから、ちょっと待っててね」
千香がメンバーに告げると、一人ホテルの中に入って行った。
「それにしても、ちーちゃんのリーダーシップはすごいなぁ」
彩花が有子に話しかける。
「そうだね。一人でてきぱき準備しているもんね」
「一年の頃から変わってないなぁ。ちーちゃん、一年の頃も委員長が入る隙もないくらい、文化祭の準備とか学校行事の準備とかしてたからなぁ」
「彩花って、一年の頃は千香と同じクラスだったんだね」
「そうや。一年の時のうちのクラス、一組はまとまりがなかったからなぁ」
ふと、彩花は黒いジャケットを着た背の高い男性、高野達人のほうに目をやる。
「そうだな、三波なんて、文化祭の準備のときに勝手に出店のお菓子食べてたのにな」
「あんたはんなことばかり覚えてるなぁ」
彩花はぺしぺしと達人の背中を叩きながら言った。
ふと、有子は周りを見渡す。
一面白い雪に覆われた地面、少し先を見ると、スキーを楽しむ客がちらほら。
フロントの前では、このスキー旅行のメンバーである一年生の新名太志と、二人の中学生が何か話をしている。
そして、一人いないことに気が付いた。
「あれ、成美は?」
さっき一緒に降りたはずの、三堂成美の姿がない。
「ああ、なるみんならさっきあわててトイレに行ってたで」
彩花はそういうと、ホテルのフロントの奥にある、トイレのほうを指差した。
「トイレ、ねぇ。そういえば成美、バスから降りる前もいろいろ食べてたわね」
フロントのほうを見ていると、ツインテールが似合うめがねっ娘が走ってやってくるのが見えた。成美だ。
「ふえぇ、トイレ探してて迷いそうになったよ。ホテル、広いんだもん」
「……成美、フロントの前に看板があったでしょう」
先ほど見たトイレの看板を有子が指差すと、成美はてへっ、と右手を頭にやった。
「お待たせ。今からの予定を説明するから、みんなちょっと集まって」
千香がメンバーをフロントの脇に集める。そして、手に持ったノートを見ながら、説明を始めた。
「えっと、今日は午前中、みんなはインストラクターさんと一緒にスキーの練習ね。初めての人が多いと思うから、ここで慣れてね。慣れている人は先にリフト券渡すから、昼まで自由にしていいわよ。十二時にお昼にするから、一旦、ホテルの前に集まってね」
白い息を吐きながら、千香はノートの次のページをめくる。
「スキー板とかウェア、他の必要なものは、ホテルの隣にあるレンタルショップに準備してあるから、各自サイズを言って借りること。チェックインが昼の十二時からだから、貴重品とか荷物は、ホテルのロッカーに預けてね」
「昼からは?」
千香の説明に、有子が口を挟む。
「食事が終わったらホテルにチェックインして、部屋に荷物を各自置いて、身軽になっておいてね。あ、鍵はカードキーになっているからなくさないでね。部屋割りは後で渡すから。昼からは小塚先輩が来る予定だから、まだスキーに自信が無い人は小塚先輩に教えてもらうといいわよ。小塚先輩はスキー上手だから。それから……」
そこまで言い終えると、千香はぱたりとノートを閉じた。
「今日はこれくらいかな。また何か分からないことがあったら、私に聞いてね。とりあえず、ロッカーに荷物を預けに行こうか」
そういうと、千香は自分の荷物を持って、ホテルに向かう。メンバーもそれにつられ、荷物を持ってホテルに入っていった。
荷物を預け、レンタルショップでウェアやスキー板を借りた後、更衣室で着替えを済ます。再び外に出ると、朝日が眩しく感じた。
有子たちが指定された場所に向かうと、そこには千香とインストラクターと思われる男性が待っていた。千香はいつの間に着替えたのだろうか。
「こっちこっち。えっと、こちらが今日午前中インストラクターを勤めてくださる、高寺さん」
「高寺です。半日ですが、よろしくお願いします」
二十代後半といった顔立ちに、ウェアの上からでも透けそうなほどしっかりとした体が、スキー板を持つ姿にぴったりとマッチする。
「じゃあ、私はちょっと初級コースと中級コース滑ってくるから、ちゃんと言うこと聞いてね」
「あれ、一緒に滑るんじゃないの?」
千香も一緒に練習すると思い込んでいた有子は、千香の言葉に少し驚いた。
「うん、私は慣れてるから。それに、ちょっとコースを見てみたいしね」
そういうと、千香はリフト乗り場に向かった。颯爽とスティックを操る姿を見ていると、確かに練習は不必要なのだろう、と感じた。
「あ、そうや。せっかくだから、ここで自己紹介でもしない? インストラクターさんにも、名前を覚えてもらったほうがいいやろ」
千香を見届けると、彩花が自己紹介の提案をした。
「うん、そうだね。えっと、私は加藤有子と言います。よろしくお願いします」
先陣をきったのは有子だった。
「うちは三波彩花。高寺さん、よろしくな」
「高野達人と言います。今日はよろしくお願いします」
彩花と達人が続く。
「ほら、そこの三人も」
彩花が太志と、中学生二人にも自己紹介するように勧める。
「あ、えっと、新名太志と言います。今日はご指導、よろしくお願いします」
あわてて太志が、深くお辞儀をしながら高寺に自己紹介をする。
「僕は、佐藤有斗と言います。スキーは初めてなので、よろしくお願いします」
続いて、まずは少し小柄でかわいらしい顔立ちをした中学生、佐藤有斗が挨拶をする。
この子、どこかで見たような……
有斗の顔を見て、有子はどこか見覚えがあるようなないような、そんな感覚を覚えた。
「……僕は佐藤達真。よろしく」
そんなことを考えている間に、もう一人の、少し小太りの中学生、佐藤達真が高寺に自己紹介をした。
「みんな、自己紹介ありがとう。さて、早速だけど、少し先に行ったところに練習用のコースがあるから、そこまでスキー板をつけて滑ってみようか」
高寺が持っているスキー板を着けるように指示すると、メンバーは持っていたスキー板を地面に置き、板にはめ込もうとする。成美と有斗が少し手こずっていたが、高寺が丁寧につけ方を教えたおかげで、何とか全員無事にスキー板を装着することができた。
「そうそう、止まるときはハの字にして……」
緩やかな坂の上から滑るメンバーを、高寺は下から声を掛けながら指導していく。
まずは、滑っているときの止まり方、安全な転び方、そして方向の変え方。基本的なことを、一つずつ教えていく。
達人の番。ゆっくり滑っていたが、方向を変えようとしたところ、スピードのコントロールがうまくできず、低速で転んでしまった。
「あははは、タツト、へたっぴやなぁ」
「いたたた、三波だって似たようなもんだろ?」
その転びっぷりに、彩花は指を刺して笑っていたが、彩花も結構転んでいる。
実際滑るのに苦労していたのは成美と彩花である。太志と有斗、達真はゆっくりながらうまく滑れている。
「高野君、大丈夫?」
達人が転んでいるそばを、有子が颯爽と滑り降りてきた。
「だ、大丈夫だよ。それにしても、加藤さん、スキー上手だよね」
「本当やなぁ、もう練習いらないんじゃない?」
彩花と達人は、有子のすべりをうらやましそうに見る。
「え、そうかなぁ。でも、もう少し練習したほうが……」
「いや、加藤さんは結構筋がいいよね。初級コースならもう滑れるんじゃないかな」
それを見ていた高寺が、有子に近づく。
「午後からは初級コースに行ってみるといいと思うよ。また困ったことがあったら、僕に声を掛けてね」
ニコリと白い歯を見せて高寺が言うと、そのまま指導するための定位置に戻った。
「うーん、初級コースかぁ」
有子は、練習コースから滑り降りてくるメンバーを見ながら考える。本当な成美や彩花たちと一緒に滑りたかったのだが、彼女らはもう少し時間がかかりそうだ。
「健二君は、スキー、うまかったのかな」
練習コースから聞こえてくる悲鳴や笑い声を聞きながら、有子はふと一ヶ月ほど前の事件を思い出す。恋人だった田上健二が、屋上から落下した事件。
こんなに楽しい時間を、彼と過ごすことができたら。もう叶わないであろう願いを胸に秘め、有子は澄み切った青空を仰ぎ見た。
――彼女はそれでも、抵抗しなかった――
突如、有子の耳にそんな声が聞こえた。
あわてて周囲を見渡す。そこにはインストラクターの高寺と、さっき滑り降りてきた有斗、そして達真の姿。
気のせいだったのだろうか。ふぅ、有子はと深いため息をつく。
「こら、有子はん、練習サボったらあかんで」
突然、彩花が有子の肩をたたく。
「え、あ、いや、サボってたわけじゃなくて……」
「んじゃ、もう一回いくで」
「え、ちょ、ちょっと、危ないって」
有子が制止するのもかまわず、彩花は有子の手を引っ張る。
が、何故か彩花は何かに躓いて横に倒れた。
「だから言ったのに……」
手を持たれていたのに何故か倒れなかった有子は、彩花の手を持ったままゆっくりと引っ張りあげる。
「すまんなぁ」
彩花はスティックを持ち直し、パンパンと雪を払った。
「そういえば、有子はんって言いにくいなぁ。なにか、いい呼び方ないかなぁ」
「はん、って……。そうね。いつもは有子とか、ユウとか呼ばれてるけど」
「うーん、ユウ、ねぇ。ゆうこりんとか、そういう呼び方はどうよ?」
「えぇ、それはちょっと……」
呼びなれていない呼び方に、困惑する有子。
「まあ、いいや。後で呼び方考えとくわ」
そういうと、彩花はコースの上に向かって雪の道を登っていった。その後を、有子は追った。
時刻は昼の十二時過ぎ。練習コースで練習していたメンバーが一旦ホテルの前に集まると、全員を引き連れて高寺は昼食会場を案内した。そして、「また困ったことがあったら聞きにきてね」と言ってそのままレンタルショップに戻ってしまった。
ホテルの外にはスキーウェアのまま食事ができるレストランがあり、昼食はそこで摂ることになっていた。
木造の平屋となっているレストランの前には、千香が手を振って待っていた。それにしても、彼女のスキーウェア姿は良く似合う。
「スキー板とストックはそこらへんに立てかけておいてね。軽く雪を払ったら、そのまま入れるから」
全員がそろったのを確認し、千香がこっちこっち、とレストランの中に案内する。
ウェアを脱げばすぐにでも凍死しそうな外とは違い、レストランの中はすぐにでもウェアを脱ぎたくなるほど暖かかった。木でできたテーブルと椅子がいくつかあり、隅っこにはストーブがいくつか置かれている。
千香が店員に何か話していると、予約席、と書かれた札が置かれたテーブルに通された。
席に全員が座ると、暖かいお茶が出された。コースになっているのか、しばらくするとまずは暖かいスープが出された。
手袋を脱ぎ、スープカップに触れると、凍りつきそうな手がまるで溶けていくようなぬくもりを感じた。
「それで、スキーのほうはどう?」
千香がスープをゆっくり飲みながら、全員に聞く。
「あのね、有子ちゃんがすっごくうまかったの!」
成美が何故か得意げに話し出す。
「ああ、やっぱりね。ユウは運動神経いいからねぇ。じゃあ、昼からは私と初級コースね」
「え、うん、そうだね」
千香の言葉に、どう返せばいいのか困る有子。
「……で、成美、あんたはどうなの?」
千香は有子に向けていた視線を、成美に移す。成美は、その視線に体がびくっと反応した。
「え、私? 私は、まあ、そこそこうまくなった……かな」
「なるみんはなぁ、私は雪だるまの素質があると思うで」
「え、ちょ、ちょっと彩花ちゃん、雪だるまって……」
彩花の言葉に、成美は手に持っていたスープカップを落としそうになる。
「……つまり、あまり上達してないってことね」
「ま、まあ、そうだけど、彩花ちゃんだって、結構こけてたよね? こけてたよね?」
大事なことだったのだろか、何故かこけていたことをやたら強調する成美。
「まあ、そうやけど、私は雪だるまじゃなくて、雪女やで」
「雪まみれ女、の間違いじゃないのか?」
「な、タツト、あんたもへたっぴやったやないの!」
「いや、俺こけたの二回だし……」
彩花と達人が言い合っているうちに、サラダがやってきた。冬に冷たいサラダというのもどうかと思うのだが、野菜不足だからと彩花は喜んでいた。
「新名君はどうだったの?」
千香が太志のほうを見て話す。
「え、僕はまあ、ぼちぼちだったかな。二人も結構うまかったよ」
太志は中学生二人に話を振る。
「え、ああ、僕は新名先輩のマネしてただけだから。達真がうまかったよね」
太志は達真のほうを見たが、達真は黙々とサラダを食べているだけだった。
「へぇ。じゃあ、三人は初級コースかな」
千香が達真に向かって話すが、達真はこちらを向こうとしない。
「とりあえず、食事が終わったらチェックインね。その後の行動は自由だけど、連絡先だけはしっかり確認しておいてね」
そういうと、千香は手荷物から紙を取り出し、全員に配った。
そこには、部屋割りと、電話番号が書いてあった。
「えっと、とりあえず、全部登録したほうがいいかな」
有子は携帯電話を取り出すと、登録していないメンバーの電話番号を、片っ端から登録していった。
「あ、私、有子ちゃんと同じ部屋だ」
「うちはちーちゃんと相部屋やなぁ」
「高野先輩と同じ部屋かぁ」
他のメンバーは、連絡先よりも部屋割りの方が気になるようである。
「ホテルはその部屋割りで行くからね。カードキーは一部屋二枚あるから、一人一枚持っててね」
それぞれが部屋割りに目を通していると、メインのポークソテーとライスが運ばれてきた。スキー場のレストランにしては、少し豪華な気がした。
有子がポークソテーを切り、一切れを口に運ぼうとすると、カラン、と店のドアが開いた音がした。
「いらっしゃいませ」
ドアのほうを見ると、なにやら見たような男の顔だった。
(え、あれは……鹿屋さん?)
見たところ、警察官の鹿屋警悟のようだ。後からもう一人男性が入ってきた。背格好から考えても、部下の山下だろう。
そういえば、鹿屋もスキー旅行に来ると言っていたのを思い出した。しかし、ここでばったり会うとは。
一体どうしようかと考えていたが、ふと鹿屋が振り返ってこちらを見ようとしていたので、思わず有子は目をそらした。
「あれ、有子ちゃん、どうしたの?」
怪しい態度をとる有子に、成美が声をかける。
「あ、いや、別になんでも……」
左手で否定しつつ、右手のフォークでポークソテーを口に運ぶ。先のテーブルに目を移すと、鹿屋と山下が席に座っているのが見えたが、鹿屋が即座に携帯電話を取り出したのでなんだか嫌な予感がした。
まさか、と思いながら有子はゆっくりと食事を楽しもうとした。しかし、しばらくすると有子の携帯電話が鳴ったので、ため息をつきながら中身を確認した。
『食事中すまないが、ちょっと席をはずせないだろうか?』
案の定鹿屋からだった。すぐさま返信する。
『では外に出ますので、私が出てしばらくしてから出てください』
返信を終えると、有子ははぁ、とため息をついた。
「有子ちゃん、体調悪いの?」
その様子を見て、成美が声をかける。
「え、いや、なんでもないよ」
あまりに突然のことで、行動が不自然になる有子。ここで席を立ってしまうと怪しまれると思い、しばらく肉を切る手を動かした。
が、あまり待たせるのも良くないだろうと、肉を二切れほど食べたところでがたりと席を立った。
「あ、えっと、ちょっと外にでてくる」
「え、ユウ、どうした?」
「うん、えっと、ちょっと暑くなっちゃったから」
どうにも不自然に見えただろうか、と心配しながら、有子は引きつった笑顔を浮かべながら、ゆっくりと店の外に出た。
「有子ちゃん、どうしたんだろう?」
「そういえば、さっき携帯鳴ってたよね。誰かと待ち合わせでもしてるのかしら」
真上に向かう太陽が眩しいはずなのに、外の世界はそんな太陽の熱をあっさりとかき消すかのような寒さで包まれている。先ほどまでの暑さとは一体なんだったのだろうかと、有子は持っていた手袋をはめた。
レストランの出入り口だと気が引けると思い、その影で待ち合わせる。しばらくすると、鹿屋がレストランの出入り口から出てきた。山下は一緒ではないようだ。
鹿屋はキョロキョロとあたりを見回すと、そのままこちらへやってきた。
スキーウェアを着ているからだろうか、以前会ったときよりも一回り大きく見える。元から筋肉質だった印象があるが、今はそれが一層映えて見える。
「いやぁ、またまた急に呼び出してすまないね」
悪気無く、鹿屋は頭をかきながら有子に話す。
「どうしてこう、タイミングが悪いときに呼び出すんでしょうね?」
鹿屋の言葉に対して、有子は不機嫌な顔をしながら悪態をついてみる。
「どうもね、君を見かけたからすぐに話をしなければと思ってしまったのだよ」
「別にすぐに話す必要は無かったんじゃないですか? 例えば、ホテルにいるときとか」
「まあ、それは確かにそうだな」
ぽりぽりと鹿屋は頭をかいている。手袋をしなくて寒くないのだろうか。
「そういえば、鹿屋さんは何で今日スキー旅行に行こうと思ったんですか?」
「ああ、そのことだが」
そういうと、鹿屋はウェアの胸ポケットから、手帳を取り出した。この人はどこでも手帳を持ち歩いているのだろうかと、有子はその姿を不思議な目で見ていた。
「君がスキー旅行の話をしたとき、山下から今回のスキー旅行のメンバーについての話を聞いたのだよ。もっとも、そのときには君はメンバーに入っていなかったようだけどね」
「スキー旅行のメンバー、ということは、千香から聞いたってことですか?」
「そうだ。スキー旅行なんて事件とは関係ないと思ったのだがね。君がメンバーに入っているということを聞いて、あの後さらに調べてみたんだ」
手帳をぺらぺらとめくり、鹿屋は続ける。
「今回のメンバー、ほぼ全員が、あの事件の後、授業に欠席していたり、部活動に出ていなかったりしているそうなのだ」
「あの事件……」
「ああ、もちろん、佐藤有子さんの事件と、田上健二君の事件だよ」
有子の親友、佐藤有子が動物園前の駅のトイレで殺された事件、そして、田上健二の事件。
「加藤さん、あなたももちろん、あの事件からしばらくは元気が無かったのですよね」
「そうですね、一週間ほど部活には行きませんでした」
「同じように、他のメンバーも似たような状態だったんですよ。例えば」
鹿屋は手帳の別のページを開く。
「高野達人君と三波彩花さん。この二人は、田上君の事件があった直後、体調が悪いとかで早退しているね。あと、新名太志君も、授業の一限目から保健室で休んでる」
「どうして、高野君や彩花、新名君は途中で授業抜けたのでしょうか?」
「まあ、分からないこともないな。高野君と三波さんは田上君と同じクラスだし、新名君は、佐藤さんと同じ部活動の後輩のようだからね」
クラスメイトや部活動の先輩を事件に巻き込まれて失う。同じ体験をしている有子には、その気持ちが痛いほど伝わってくる。
「そんなわけで、今回旅行に来ているメンバーは、佐藤さんか田上君、どちらかに関係している人物ばかりだと考えたのだ。だから、何か事件の手がかりが見つかるかもしれない、と思ってね」
「つまり、私たちを監視する、ということですか」
有子が不機嫌そうな顔で吐き捨てる。
「監視、というのはちょっときついな。観察、といわせてもらおうか。事件を解決するために大切なことなのだ。それに」
鹿屋は手に持った手帳を胸ポケットにしまった。
「君たちを守るという目的もあるしね」
「守る?」
「そう。事件の関係者と言っていいほどのメンバーがそろっているのだ。何か事件が起こらないとも限らない。そのために、我々が監視するのだ」
「結局監視ですか」
有子の突っ込みにおっと、と鹿屋は口を塞ぐ。
「まあまあ、そういうわけで、我々がいるので、安心して旅行を楽しんでくれたまえ」
「確かに、頼りにはなりませんけど、安心はできますね」
「はっはっは、これは手厳しいな。とりあえず、ここが私たちの部屋だから、何かあったら寄ってくれ」
そういうと、鹿屋は部屋番号を記したメモを有子に手渡した。
「何も起こさないのが、鹿屋さんの仕事のはずですけどね」
「どうかな。そうであってほしいものなのだが、警察なんて、事件が起こった後じゃないと、役に立たないものさ。おっと、そろそろ戻らないと、君の友人も心配しているんじゃないかな」
「そうですね。鹿屋さん、いつも話長いですから」
そういうと、有子は足早にレストランに戻ろうとした。が、ふと聞きたいことがあり、立ち止まった。
「そうだ。鹿屋さんって、スキーできるんですか?」
「え、ま、まあ、そこそこ、というところだな」
「そうですか」
この返事からすると、あまりうまくないのだろうな、と思いながら有子はレストランに戻った。
あとがきキャラクターメモ
佐藤有斗:中学三年生。
有子たちの高校の演劇部にたまにやってきて、部活の勉強や高校についてを教えてもらっている。
元気な子供のような活発な性格。だが、性格が正反対の達真と仲が良い。
佐藤達真:中学三年生。
有斗と同じ中学に通い、有斗と同じく有子たちの高校の演劇部にたまにやってきている。
あまり人となじむことを好まず、良く話す太志や有斗、演劇部員以外にはあまり話さない。
鹿屋警悟:警察官。
階級不明。というか、警察の階級がどういうふうになっているのかまだ良く分かっていないので、階級は設定していない。
比較的のんびりとした性格で、事件解決が遅いのが上司の悩み。
しかし、関連した事件は迷宮入りが無く、しっかり捜査した上で解決している。本人も、「あせって迷宮入りさせるより、何年かかっても解決させる」ことを信条としている。
「鹿屋」はなんとなく思いついた苗字。警察官なんだから「警護する」ということでもじって「警悟」とした。
山下:警察官。
鹿屋の部下。もちろん、階級は鹿屋より下。
二十代の若手警察官で、経験の浅さゆえに勝手な行動をしては鹿屋に起こられる。が、その行動が意外に役に立っていたりする。
名前の由来は、警察の部下にいそうな苗字というのと、同期の苗字から。フルネームは決めてない。