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断罪

「え? なに? じゃあ、エリーズ嬢は悪くないってこと?」

「今までのエリーズ様の噂……全部、嘘だったということですわよね?」

「アンヌ嬢が、意図的にエリーズ嬢を陥れようとしていた……?」

「だって事実、ステファーヌ様はエリーズ嬢を選ばれているじゃありませんか」

「お二人とも……本当にお気の毒ですわ」


 囁きは波紋のように広がり、次第に一つの結論へと収束していく。


 アンヌの目論見が露見したことで、群衆は一斉に“真実”を求め始めた。

 ――いや、正確には真実そのものではなく、納得できる物語を。


 噂に踊らされ、無実だと分かれば掌を返し、次の瞬間には、昨日まで同情していた相手を悪者に仕立て上げる。


 その変わり身の早さに、エリーズは内心で息を吐いた。


 愚かだと思う。

 けれど、同時に理解もしていた。


 人は常に多数に寄り添い、より刺激的で、より分かりやすく、感情を揺さぶる“物語”を好む生き物だ。


 渦の外から安全な場所に立ち、正義の名を借りて石を投げるだけ。

 当たったかどうかなど、どうでもいい。


 ――傷つくのは、いつだって物語の中心に立たされた者だけなのだから。


 エリーズは、ざわめく声を背に、静かに目を伏せた。


「わたくしは……」


 アンヌの声が、か細く震えた。


「わたくしは嘘などついておりませんわ! すべて……すべて、エリーズ嬢が仲の良い殿下と手を組んで、わたくしを貶めようとしているのですわ!」


 縋るような叫び。


 けれど、その言葉に耳を傾ける者は、もはや誰一人としていなかった。


 先程まで同情的な視線を向けていた者たちですら、今は距離を取り、無言で成り行きを見守っている。

 アンヌの言葉は、誰の心にも届かず、宙に落ちていく。


「好きに言えばいいわ」


 フィリシテは静かに、だが明確な声音で告げた。


「貴方がどれだけ否定しようと、私やエリーズを悪者に仕立て上げようと構わない。こちらには、貴方の言葉を覆す証人が“複数”いるのですもの」


 それは事実だった。


 フィリシテは、ただ感情で動いたわけではない。

 傷つけられた友人の無実を晴らすため、冤罪を証明するために、時間をかけて調べ、証言を集め、裏を取った。


 王女としてではなく、友として、そして証拠を持つ者として――この場に立っている。


「アンヌ嬢」


 フィリシテは扇を開いたまま、真っ直ぐにアンヌを見据えた。


「もし、本当に貴方の言葉が真実だと言うのなら」


 一拍置く。


「その事実を立証できる証人を、ここへお呼びなさい」


 逃げ道は、完全に塞がれた。


 感情ではなく

 噂でもなく

 涙でもなく――


 証拠だけが物を言う場所に、アンヌは立たされていた。


 アンヌは、縋るように群衆を見渡した。


 騒ぎを聞きつけて集まったクラスメイトの中には、アンヌと親しくしていた者たちもいた。

 笑顔で話しかけてきた友人たち。

 好意を隠そうともしなかった男子生徒たち。


 ――誰か一人くらい、助けてくれるはず。


 そんな淡い期待を込めて視線を向ける。


 だが。


 目が合った瞬間、彼らは揃って視線を逸らした。

 床を見つめる者、後ろを向く者、さりげなく人混みに紛れる者。


 誰一人として、アンヌのもとへ歩み寄ろうとはしなかった。


 ――関わりたくない。


 その意思は、あまりにも露骨だった。


 相手は王族に、公爵家。

 形勢は明らかに決している。

 劣勢の側につき、目を付けられるほど愚かな者は、この場にはいなかった。


「……なによ……」


 アンヌの声が、震える。


「みんなして……わたくしをいじめて……悪者にして……」


 両手をきつく握りしめ、涙を浮かべながら、身体を小刻みに震わせる。


「弱い者いじめして、そんなに楽しいの!? こんなにも性格の悪い人たちばかりだと思わなかったわ!」


 悲劇のヒロインを演じるその叫びに――


「それを、貴方が言いますの?」


 冷ややかな声が、ぴたりと重なった。


 フィリシテだった。


「自分の行動を省みなさい。その眼差し、その拒絶――つい先日まで、すべてエリーに向けられていたものよ」


 一拍置き、扇を閉じる。


「貴方のせいで、ね」


 アンヌの肩がびくりと跳ねる。


「まあ……」


 フィリシテは視線を群衆へと向け、容赦なく続けた。


「噂に踊らされ、罪もない生徒を嘲笑い、形勢が変われば平然と掌を返す――」


 睥睨するような眼差し。


「クズが多い、という点に関しては解釈の一致ですわ」


 その言葉に、集まった生徒たちは一斉に息を呑み、居心地悪そうに視線を落とした。

 誰一人、反論することは出来なかった。


「さて。これ以上、下世話な見物客の見世物になるのはごめんだわ。――締めに移りましょうか」


 フィリシテが静かに、しかし場を制する声で言った。


「大切な友人を傷付けられた身としては、アンヌ嬢。貴方の行いを到底看過することは出来ませんわ」


 フィリシテは、真っ直ぐにアンヌを睨み据える。


「王家として――学園内で確認された特定生徒による不正、虚偽の言動については、注視すべき案件として各貴族家へ共有する権限と義務があります」


 その宣告に、周囲がざわめいた。


 王家からの“共有”。

 それは噂話などとは比べ物にならない、公式な記録だ。


 もし各貴族家に知られれば――

 ビロン家への縁談は途絶え、後援者や派閥は距離を取り、王家に目を付けられた家と関わる危険を避けるため、招待状は減り、社交界から静かに、しかし確実に排除されていく。


 その未来は、誰の目にも明白だった。


「フィリシテ様っ」


 思わずエリーズが声を上げた、その瞬間――フィリシテは、すっと表情を緩めた。


「……けれど」


 声の温度が変わる。


「私たちは、まだ学生ですわ」


 一拍置き、穏やかな声音で続ける。


「今回は、王族として裁きを下すために立ったのではありません。エリーズの友人として、真実を明らかにするために立っただけ」


 視線を、静かにエリーズへと向ける。


「だからこそ――落とし所を決めるのは、被害者であるエリーズ自身であるべきだと、私は思います」


 はっきりと、しかし押し付けがましくない口調で告げる。


「エリーズが公式な断罪を望むのであれば、王家は動きます。望まないのであれば、この場で話は終わり」


 そして、柔らかく問いかけた。


「判断は貴方に委ねるわ。――それでいいわよね、エリー」


 エリーズは一瞬、息を整えた後、ゆっくりと一歩前に出て、深く礼をした。


「……フィリシテ様。心より感謝いたします」


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