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王太子の告白1

 ステファーヌは、レオナールが言わんとしていることを即座に理解した。


 エリーズは家柄、能力、人格――すべてにおいて申し分ない。

 むしろ、王太子妃の候補として名が挙がらない方が不自然なほどの存在だ。


「……それは、このままエリーズから身を引け、ということでしょうか」

「そう受け取ってもらって構わない」


 即答だった。

 情も、迷いもない。


 ステファーヌは、ぎゅっと拳を握り締めた。


 王族に逆らうなど、愚行だ。

 ましてや相手は次代の王太子――この国の未来そのもの。


 理屈は、すべて理解している。


 それでも。


「申し訳ございません、殿下」


 ステファーヌは一歩も引かず、真っ直ぐにレオナールを見据えた。


「それは……出来ません」


 選ぶ権利は、自分にはない。

 エリーズとの婚約が正式なものでないのなら、なおさらだ。


 エリーズが誰を伴侶に選ぶかを決めるのは、彼女自身と王家。

 レオナールは王族であり、才覚も実績も申し分ない。

 家格も能力も、すべてにおいて自分は劣っている。


 ――勝ち目など、ない。


 それでも。


 それでも、エリーズだけは譲れなかった。


 王族に目を付けられようと。

 不興を買おうと。

 この先、どれほど困難な道が待っていようと。


 自分の想いだけは、切り捨てられなかった。


「……彼女を取り巻く悪い環境に、何一つ出来なかった君が」


 レオナールの声は低く、冷静だった。


「それでも、彼女を幸せに出来ると?」


 容赦のない言葉。


 正論だった。


 ステファーヌは、言葉を失う。


 守れなかった。

 傍にいながら、何も変えられなかった。


 愛する人が傷つけられているのを知りながら、状況が悪化することを恐れて、決定的な行動を取れなかった。


 ――その事実が、胸を抉る。


 自分の無力さに、吐き気すら覚える。


 それでも。


 ステファーヌは、目を逸らさなかった。


 惨めでも、愚かでも、この想いだけは、否定出来なかった。


「つい最近まで……今の俺は、エリーの隣に立てていると思っていました……」


 ステファーヌは、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


 右の掌を開き、じっと見つめる。

 そこに、幼い日の記憶が重なった。


 幼少期、エリーズと自分の体格に大きな差はなかった。

 むしろ、彼女の方が少しだけ大きかったかもしれない。


 ――何度、その手に引っ張ってもらっただろう。

 ――何度、包み込むように握ってもらっただろう。


 泣き虫で、弱虫で、臆病者。

 公爵家の嫡男として頼りないと、何度陰で囁かれただろうか。


 呆れ、見放す者がいる中で――

 エリーズだけは、いつも隣にいた。


 もし、彼女がいなければ。

 自分は暗闇の中で蹲り、動けなくなっていただろう。


 光を示し、道を指し示し、前に進ませてくれたのは、あの少女だった。


 だからこそ。


 ステファーヌは努力した。

 努力して、努力して、血反吐を吐くほど努力して――

 今の自分を掴み取った。


 天才でありながら努力を惜しまない彼女の隣に立つために。


「……ですが、今は」


 声が、僅かに震える。


「エリーが、とてつもなく遠い存在なんだと……思い知らされました。――今の俺では、彼女を守ることは愚か……」


 唇を噛みしめ、言葉を続ける。


「傍にいることで、傷つけてしまう存在でしかないのだと」


 一拍の沈黙。


 その沈黙を、レオナールが切り裂いた。


「それで?」


 低く、冷静な声。


「君は、噂が鎮静化するのを待つつもりかい?皆が忘れた頃に、何事もなかった顔で――彼女の隣へ戻るつもりか?」


 容赦のない問い。

 レオナールの視線が、鋭く突き刺さる。


 ステファーヌは、開いたままの掌を強く握り締めた。

 その瞳には、もはや迷いはなかった。


「いいえ。俺はエリーに――宣戦布告をします」


 思いがけない言葉に、レオナールは一瞬だけ目を見張る。


「宣戦布告……?」

「今回の期末テストで、総合順位一位を取ります」

「言っては何だが……君とエリーズ嬢の差は、そう簡単に覆るものではないだろう。今から死に物狂いで取り組んだとしても、一週間程度で埋まる差ではない」


 それは、あまりにも正しい指摘だった。


 エリーズは天才であり、なおかつ努力家だ。

 彼女と張り合えるのは、レオナール自身か、四年生にいる“秀才”と名高い数名だけだろう。


「重々承知しています」


 それでも、ステファーヌは引かなかった。


「ですが、彼女の隣に立ち続けるには――エリーを超えなければならない。総合一位を取った暁には、俺の本音を、彼女に伝えます」


 二位では足りない。

 エリーズの下にいる限り、“並ぶ”ことは出来ない。


 彼女を抑え、一位に立つ。

 だからこそ、それは本気の覚悟だと示せる。


「……ほう」


 レオナールは、わずかに口角を上げた。


「では、首席になれなかった場合はどうするつもりだ?」


 最後の確認。

 覚悟の深さを測る問い。


「エリーと俺が、正式な婚約関係にないことを――皆の前で公表します」


 迷いのない声だった。


「彼女が、誰を選んでもいいように。誰からも、何からも縛られないように」


 ステファーヌは、さらに続ける。


「その上で――」


 視線が、真っ直ぐにレオナールを射抜いた。


「俺は、彼女に勝てるまで別の形で挑み続けます。エリーに勝ち、一人の男として――改めて、彼女に想いを告げるために」


 一拍、静寂。


「……そして」


 静かに、だがはっきりと言い切った。


「彼女に選ばれなかったのなら、その時は――潔く諦めます」


 そこに、迷いはなかった。

 本気の覚悟が、はっきりと滲んでいた。


「俺は一位を取りますよ。殿下とはいえ……エリーを渡すわけにはいかない。それに、周囲に俺の本気と、エリーへの想いを納得する形で示すには……この方法が一番わかりやすいでしょう」


 かつて泣き虫で、弱虫で、臆病だった少年は、もういない。

 この世でたった一人の愛する人の隣に立つために――

 王族であるレオナールへも刃を向ける覚悟を決めた男が、そこにいた。


「……くっ、ははは」


 不意に、レオナールが声を上げて笑った。

 あまりに予想外で、ステファーヌは目を瞬く。


「いや、すまない。君の覚悟を笑ったわけじゃない」


 レオナールは肩を竦め、苦笑を浮かべた。


「君とエリーズ嬢は、やはり似た者同士だと思ってね」


 意味が分からず、ステファーヌが怪訝な表情を浮かべると、レオナールは静かに、ある事実を語り始めた。


「実は……私は、とっくの昔にエリーズ嬢から振られているんだ」

「……っ!?」


 思わず、ステファーヌは息を呑んだ。

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