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洗面台の水【夏のホラー2025】

作者: 江渡由太郎

【洗面台の水】ーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜、十二時を回ったばかりの浴室は、やけに湿気を孕んでいた。

 高校生の春人は、寝る前の習慣のように洗面台の前に立ち、蛇口をひねった。


 ――チョロ、チョロ。


 静寂の中で水の流れる音は妙に濁っている。

 ふと顔を上げると、無機質な鏡に映る自分の顔は少し歪んで見えた。


 だが、それは目の錯覚かそれとも光の加減だろうと、春人は心の奥で芽吹いた不安を紛らわすかのようにそう思うことにしたのだった。


 カタカタと少し震える手でコップに水を汲んでそれを口に含んだ瞬間、鉄錆のような、血のような味がした。咄嗟に吐き出そうとするが、喉の奥に勝手に吸い込まれるように流れ込んでいく。


「……!?」


 コップの中の水面から――耳をつんざくような笑い声が響いた。


「もう飲んでくれたんだね……」


 慌てて鏡を見ると、そこには春人の顔ではなく、眼窩が空洞で口だけが異様に大きな“自分”が映っていた。

 そいつは不快なほど黄ばんだ歯をむき出しにしてにやりと笑い、唇を動かさずに声を投げかけてくる。


「次は、もっと深く。肺の奥まで、溺れてもらうよ……」


 春人は慌てて蛇口を閉めようとした。だが、蛇口をいくら捻っても水はいっこうに止まらない。洗面台からは水が滝のように溢れ出し、足首を濡らす。


 その水は冷たいというより、まるで生き物が這い回るように皮膚を優しくそして舐めるように撫でてきた。


 恐怖が限界点を超えて錯乱寸前である。浴室のドアノブを掴もうとしても、手が滑って開かない。


 鏡の中の“もう一人の春人”はゆっくりとこちらに顔を寄せた。

 そして、水面から無数の手が伸びてきて春人の足首を力強く掴む。

 凍えるほど冷たく、しかも骨ばった感触。その手から必死にもがき逃げようとした瞬間、強烈な力で水中に春人は引きずり込まれた。


 ――ゴボゴボッ。


 耳が痛いほどの水圧と水音が響く。突然、視界は水で満たされた。必死にもがく春人の肺に、容赦なく鉄錆のような血の味がする液体が流れ込む。


 そしてーー最後春人の瞳にに映ったのは、洗面台の鏡に浮かんだ自分の死に顔であった。

 それは本来ならば恐怖に歪んでいるはずなのに――何故か口元だけが、あの“もう一人の春人”と同じ不敵な笑みを浮かべていた。



 翌朝、春人の母親が浴室の前に立つと、洗面台は乾いており、水は一滴も溜まっていなかった。


 ただ、曇った鏡に付着した水滴が、どれも涙のように下へと静かにそして哀しく垂れていた。


 春人の母親は目の前の現状を理解できず「はぁ……」と首をかしげながら溜息をつき、ゆっくりといつも通り蛇口をひねり、何の疑いもなく口をゆすいだ。


 ――水面の奥で、誰かが小さく笑った。




#短編ホラー小説

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― 新着の感想 ―
いいね、AIの文章みたいだけど、悪くない
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