ランガース
この世界、ランガースは7つの大陸から構成されている。そのうち6つの大陸は空に浮かんでおり、それぞれ異なる高度に位置し、階層のように空へと積み重なっている。その姿は、地上から見上げると壮大な塔のように見え、浮遊する島々が幾重にも重なる神秘的な光景を作り出している。
この世界では、魔力量こそが全ての基準。個人の魔力量が、その者の住む大陸かつ社会的地位を決定する。魔力量が増えれば、より高位の大陸へ移住することが許される。
第1大陸 ダーガレス・ランガース
第2大陸 セコール・ランガース
第3大陸 トリニッタ・ランガース
第4大陸 ジェロード・ランガース
第5大陸 フィスタシア・ランガース
第6大陸 ワース・ランガース
そして最上位の第7大陸『エンペース・ランガース』は、最大権力を持つ者たちが住む神聖な地とされている。住む者たちは、生まれながらにして莫大な魔力量を持つことで人間離れした強さを持っており、その存在はまさに雲の上の存在といえる。
最下位の第1大陸『ダーガレス・ランガース』。この大陸に住まう者は魔力量が低い。そのため、この大陸に生息する魔物も低位しか存在しない。しかし、そんな低級魔物に対しても、ほとんどの者が対抗できる力を持ち合わせていない。魔物に怯え、明日生き抜くことを必死に思案しながら生きている。ほとんどの民が最下位での生活を受け入れ、愚直に生きている一方で、それでも自分の現実を変えるために進む者達もいる。たゆまぬ鍛練で魔力量を上げ、いつか上位大陸へ移住することを夢見ている者達が。
最下位の大陸、ダーガレスの辺境の地に位置するのが、セナの故郷【ベルルーシャ村】だった。
ベルルーシャ村は、豊かな自然に囲まれた美しい村である。河川沿いには木造の家々が立ち並び、建築様式は中世の洋風建築を思わせるものだった。
住民の多くは農業を営み、小麦や野菜を育て、時には家畜を飼いながら生計を立てている。また、村には製造業に従事する者もおり、木工細工や道具の制作を手掛ける職人たちが暮らしている。大陸の最下位にあるとはいえ、人々は互いに助け合いながら暮らし、村には温かな空気が満ちていた。
しかし、最下位の大陸に存在する村であるがゆえに、危険も少なくはなかった。村の周囲を囲むトロルの木を越えた先には、更に深い森が広がり、その奥には凶暴な魔物が潜んでいる。特に夜になると、遠くの森から獣の遠吠えが響き渡る。魔力量の低い住人には到底対抗できる相手ではない。子供たちは決して森の奥へ足を踏み入れないよう厳しく言いつけられていた。
それでも、村の子供たちは逞しく成長していく。彼らは日々の暮らしの中で生きる知恵を学び、いつか自分たちも魔力量を鍛え、より良い未来を手に入れることを夢見ていた。
セナもまた、この村で育ち、現に壮大な夢を抱いている。
「セナ!こっちだ、今度こそお前を倒して村一番の冒険者になってやる!」
村の広場に元気な声が響き渡る。僕は木の枝を剣に見立て、友達と一緒に冒険者ごっこをしていた。
そして今、目の前には近所で一番大きな体をしたガキ大将のリオンが、僕に向かって剣を振りかざしている。彼は村で一番力が強くて、みんなの兄貴分みたいな存在だ。
リオンは勢いよく木に登り、そこから飛び降りながら、渾身の力を込めた一撃を繰り出してきた。
(うわっ、そんなことしたら危ないよ!)
僕はとっさに横に跳びのき、落下の勢いをそのまま地面にぶつけるリオンを目の端で見た。ゴンッ!と木剣が地面を叩き、リオンは「痛っ!」と声をあげながら手を押さえる。
(今だ!)
「えいっ!」
僕は木剣を振り、リオンの剣を弾き飛ばした。バランスを崩した彼は尻もちをつく。
「やったぁ!僕の勝ち!」
僕は木剣を肩に担いで、にこにこと笑う。
「くっそー!また負けたー!なんでいつも負けるんだよ!僕のほうが力強いのに!」
「うーん、僕は日々強くなってるからね!……たぶん!」
「そんなわけあるか!」
リオンが頬をふくらませる。
確かに僕は強くなってないし、鍛練をしているわけでもない。他の子より、ちょっと素早く動けるだけだと思うけど、今のところリオンには負けたことはない。
「でも、強くならなきゃボルテシアに会えないもん!」
そんなやりとりを見ていた同い年の女の子、マリーが呆れながら僕に訪ねてきた。
「セナ、本当に神獣なんていると思っているの?」
神獣ボルテシアは、物語の話で出てくる空想上の生物だと皆思っている。だから僕のことを変なやつと言うんだ。でも僕は違う。とある冒険者が本当に体験した出来事で、ボルテシアに助けられたのだと。ボルテシアは絶対にいる、絶対に会える、と信じている。
「もちろんさ!僕はもっと強くなって、迷宮を攻略して、大陸を渡っていくんだ。そしてエンペースで、神獣ボルテシアに会うんだよ!」
「おおーっ!」
あまりの僕の勢いに、みんなの目が輝く。
「セナがそんなに言うなら、俺も一緒にボルテシアに会ってやるよ!よし!そうと決めたら僕たちも、もっと強くならなきゃな!さっそく探検しよう!」
リオンが勢いよく立ち上がり、みんなも次の遊びへと突入する。僕の夢はリオンにも伝播したみたいだ。一緒に冒険に出られたら、どんなに嬉しいだろうか。
「おーい、あんまり遠くへ行くなよ!」
大人たちの声が遠くから聞こえるけど、そんなの気にしてられない。だって、僕たちは今から本当の冒険に出るんだから!
森の入り口に立つと、緑の木々が生い茂り、奥へと続く細い道が僕たちを待っていた。いつもお母さん達に、絶対近寄っちゃだめと言われている場所だ。
「この先には、魔物がいるかもしれないよ……」
気弱な性格の男の子、カイルが心配を口にした。
「いや、もしかしたら宝があるかも!」
その一方リオンは好奇心旺盛だから、楽しみで仕方のない様子だった。みんなそれぞれの想像を口にする。
「このまま進めば、ボルテシアに会える手がかりが見つかるかもね!」
「セナって、本当にボルテシアのことばっかり考えてるよね!」
「当たり前だよ!僕たちが本物の冒険者になるためには、ボルテシアに会わなきゃ始まらないんだ!」
僕たちは笑い合いながら、森の奥へと足を進めようとする。
きっと、この小さな遊びはいつか本物の冒険へと繋がっていく。僕には、そんな気がしてならなかった。
意気揚々と森の奥に足を進めようとしたところで、後ろからこっそり付いてきた村長に、組根っこを捕まれ、村まで帰される。
「もー!あとちょっとだったのに!」
僕達の冒険は始まる前に終わり、この後しっかりとお母さんに怒られた。