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悲劇の足音

 セコール・ランガースに渡ってから、2年と半年。ライガとの激闘を乗り越え仲間にした俺達は、その後も繰り返しAランククエストに挑み、魔力の底上げに明け暮れた。結果、全員の魔力量は次の上位大陸であるトリニッタの規定値を超え、名実ともに「上級冒険者」としての地位を確立した。そして、次なる目標であるセコール迷宮の攻略に挑むべく、俺たちは中央都市にたどり着いた。

 迷宮は、各大陸に設けられた中央都市の管理下に置かれており、攻略に挑む者は例外なく「迷宮管理局」で手続きを踏まなければならない。とはいえ、手続き自体は形式的なものでしかない。パーティー名と構成員の人数、それから定められた手数料を支払えば、それで準備は整う。

 俺たちアドマイヤも、慣れた様子で用紙に記入し、手続きを進めていた。その時、一組のパーティーが、俺たちに近づいてきた。

 「お取り込み中、失礼します……あなた方はアドマイヤの皆さんですよね?」

 その声に顔を上げると、灰色の外套を纏った5人組の男たちが、整然とこちらを見つめていた。全員、武器以外全く同じ装備に身を包み、立ち居振る舞いにもどこか統一感があり、団結力の高さが伺える。

「そうですけど、あなた達は?」

「私はゼフェスと申します。Bランク冒険者パーティー『ディスダン』でリーダーをしている者です」

 ララの問いに一歩前に出ている長身の男が答える。彼らの申し出は、俺達の迷宮攻略に同行したい、というものだった。

「是非、上級冒険者の戦闘を学び、Aランクに昇格するための経験を積みたいのです。しかも、破竹の勢いでAランクまで上り詰めたアドマイヤの方々にご教授いただけるとなると、私達としてはまたとない機会なのです」

 迷宮では、原則として1パーティーのみが最奥のボス部屋に挑めるルールがあるが、そこへ至るまでの階層については、同行者を認める慣例がある。特に、若い冒険者達が上級者に帯同し、経験値を積むことは珍しいことではなかった。実際、ダーガレスでも似たような同行依頼を受けたことがあった。もちろん、同行を拒否することもできるが、俺たちには断る理由はないため、承諾することにした。ララやリーラも「お手本にされるなんて嬉しいわ」とまんざらでもない様子だ。

「ありがとうございます。こんなにすんなりと承諾していただけるとは。上級冒険者とは、器の大きさも兼ね備えた方達なのですね」

 礼節を欠かさぬ物腰と、調和の取れた振る舞い。下位大陸から上がってきた俺達は住人に散々な接し方をされてきたから、異様なほどの丁寧さに少々面食らってしまった。まぁ、俺達がセコールの中でも上位の魔力量を身に付け、立場も少しは変わったということなのだろう。悪い気はしないな。

「大げさですよ。そう言えば、ディスダンの皆さんは、ヒーラー職や盾職の方はいらっしゃらないのですか?」

「そうなんです。ご存知の通り、ヒーラー職は大変希少で、加入希望者にまだ出会えていないんです。幸い、たいした怪我もなくここまでやってこれましたが、この先どうなるか…。それに加え、盾職のメンバーは先日意見の相違で脱退してしまって…」

 ディスダンは、ヒーラー職と盾職がおらず、攻撃特化型の編成となっている。あまりにも独特な編成が気になり、つい聞いてしまったが、そういった事情なら仕方ない。色々あっただろうに、デリケートな部分を詮索するのはよろしくないな。反省だ。てっきり、圧倒的な戦力から来る自信の現れなのだと思ったが、思い違いだったみたいだ。まぁ何かあっても、ユリウスがいる以上は問題なしだ。

 ただ、俺の従魔たちは、いつにも増して警戒心を剥き出しにしていた。いつも初対面の相手には敵意を剥き出しにすることが、何か様子がおかしい気がする。いつものことだ、と自分に言い聞かせたが、内心では小さな違和感を拭えずにいた。何気ない選択が、取り返しのつかない事態を招いてしまったような、不思議な感覚。そう感じながらも、俺たちは手続きを終え、2組のパーティーでセコール迷宮へと足を踏み入れることとなった。


 セコール迷宮に足を踏み入れてから、すでに7日が経過した。アドマイヤとディスダン、2組のパーティーが共に進むこの旅は、これまでのどの迷宮探索よりも厳しく、すでに疲労の蓄積がピークに達していた。

 現在、俺たちは15階層に到達しているが、セコール迷宮は、ダーガレス迷宮と比べて難易度が高く、階を降りる度に牙を剥く魔物達の脅威度は増していく。特にランク4以上の魔物が頻繁に出現するこの迷宮は、肉体だけでなく精神的にも容赦なく負荷をかけてきた。まだ引き返す時ではない、そう思いながらも、パーティーの疲労を考えた結果、全員一致で次なる階層へ進む前に、一旦帰還することとなった。この引き際を見極める冷静さが冒険者の生死を分ける。まだ俺達にもそれが機能していることに安堵しつつ、帰還準備を整える。

 転移陣の部屋にたどり着いた俺たちは、さっそく部屋の中に入る。部屋は静かだった。白く淡い光を放つ転移陣が、床の中央に浮かんでいる。迷宮の規則により、5階層ごとに設置されるこの簡易転移陣は、探索の要であり、冒険者たちの命綱でもある。転移陣のある階に直接行ったことがある者であれば、地上にある簡易転移陣から最後に使用した転移陣まで移動ができるため、効率的に迷宮攻略を行えるのだ。俺たちは一息つき、地上に戻るため転移陣に近づいた。転移陣を目前に、俺達は完全に気を抜いた。抜いてしまった。

 パリーンッ…!

 瞬間、転移陣がまるでガラスが割れるように砕け、消失した。

「えっ?」

 誰かの驚きの声が、静まり返った空間に溶けた直後、背後から殺気が走る。鋭い、本能を刺激するような強烈な殺意。

「ッ!?」

 思わず身をひるがえすが、わずかに間に合わない。視界に飛び込んできたのは、空間が歪むほど極限まで圧縮された魔術の閃光だった。その中心が、槍の穂先のように細く鋭く絞られ、俺を消滅せんと直進してきていた。

(くそッ間に合わない──)

 避けられない、そう思った。防御も、回避も、何もかもが間に合わない。だがその時、俺の視界を三つの影が横切った。ライガ、ファル、クロールの三体の従魔が俺の前に立ちはだかった直後、眩い閃光が爆ぜた。俺の身体は余波により吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。意識が揺らぐ中で、視界は真っ白に焼かれていた。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。閃光に焼かれた目をゆっくりと開き、視界が色を取り戻すのを待つ。

 なぜ転移陣が消えた?

 あの閃光はなんだ?

 誰の仕業だ?

 ファル達は無事なのか?

 俺は、死んだのか?

 たった数秒の時間で思考が迷路のように錯綜し、様々な疑問符が浮かび、不安が増長する。ひどく長く感じた時間は、目の前に黒く焼け焦げた右腕が映ったことで終わりを迎えた。

(あれは…誰の腕だ?…まて、右腕の感覚が無い……えっ?俺の右腕が……ッ!)

 そう気づいた瞬間、今まで味わったことの無い激痛が脳を突き抜けた。叫び、悶える、と同時に、俺は心の底から安堵した。

(右腕だけで済んだ……生きてる…俺は、生きてる)

 俺はあの攻撃を避けられず、死を確信した。何も分からないまま俺は死ぬのだと。しかし、痛みを感じる。耐え難い痛みだが、この痛みは生きている証拠だ。従魔たちがいなければ、俺は間違いなく死んでいた。命がある。それだけで、奇跡だと思った。

 だが、次の瞬間、正気に引き戻された。俺は焦燥に突き動かされるように、前方に目を向ける。そこには、もう動かなくなった三つの黒焦げた影が横たわっていた。ファル、クロール、ライガが俺の右腕のように焼け焦げ、地面へ沈み微動だにしていなかった。

「……うそ、だろ……? ファル……? クロール……? ライガ……っ……なぁおいっ!!」

 頭が回らない。なぜだ?何がどうなっている?涙が、感情のすべてを奪っていく。

 俺は自分の意思でお前達と共に歩みたいと願ってリンクを結んだ。誰よりも信じ、誰よりも大切にしてきた。俺の“家族”だった。その家族が俺を庇って…。

「……冗談だよな……? 立てよ……頼むよ……」

 伸ばした左手は震え、声は掠れていた。倒れた彼らに、届くはずもない。“命は助かった”なんて意味があるのか?俺が守りたかったものが、目の前で消えてしまったのに。絶望が、心の奥を鋭く貫いた。

 元凶は目の前にいた。

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