第2の大陸
意識を取り戻した俺の目に写り込むのは板張り天井の木目。少しずつ瞳を動かし、そのまま視線を真横に滑らせると、見慣れた部屋の内装が写り込む。俺がゴージャスへ移り住んでから1年半近く暮らしているギルドの宿。
「俺の部屋?迷宮は?…ワイドハイタラスを倒した後の記憶が曖昧だ……皆は無事なのか?」
俺の記憶があるのは、ワイドハイタラスを倒し、闇色に輝く魔晶石を手に取ったところまで。この先の記憶が霞んでいて思い出せない。
「あの後、一体なのがあったんだ?…ったく。全然思い出せない」
ガシャーーンッ
残存する記憶を一から辿ろうとした直後、ドア付近でけたたましい音が鳴り、咄嗟に上半身を叩き起こした。未だに俺の警戒心は張り巡らされていたため、心拍数が跳ね上がるり冷たい汗が額を伝う。体が迷宮の緊張感をまだ忘れていない。しかし、視線の先にいたのは、ドア付近で食器を散らかしているララだった。大きく見開いた目は驚愕と安堵の入り混じった涙で潤んでいる。俺は警戒心が解けるのと同時に、仲間が無事だったという安堵が生まれる。
「良かった。無事だったんだね、ラっ!?」
「セナァーーーーッ!!」
俺が言葉を発しきる前に、ララは勢いよく俺の元へ駆け寄り、そのまま強く抱きしめてきた。普段見せる怪力が嘘のような華奢な体が俺にしがみつき、肩越しに感じる温もり。震える腕、彼女の涙が首筋を伝う。アドマイヤの太陽のような元気印で、いつも明るく振る舞うララが、こんなにも感情を露わにしている。それだけで、俺がどれほど心配をかけたのかが痛いほど伝わってきた。戦闘後の記憶を最後に、自分の部屋で目覚めたこと、ララの動揺ぶりから考えるに、俺は戦闘後に気を失い、ここに運び込まれたのだろう。
「俺は気を失っていたんだね…」
「グスッ……そうよ……。ワイドハイタラスを倒した後、魔晶石を握ったまま倒れちゃったの。すぐにユリウスが回復魔術を施したけど、セナもファルも意識が戻らなくて。とにかく急いで迷宮を脱出したのよ…」
ララの声がかすかに震えている。俺の推測は正しかったらしい。そして、ファルも俺と一緒に意識を失っていた……。
「それなのにワイドタラスがまだ残っていて最悪だったわ。でも、リオンが凄かったのよ!魔力枯渇寸前だったのに、鬼の形相で蜘蛛共を次々と斬り伏せてくれたわ。セナを一刻も早く迷宮から連れ出すことに必死だったのでしょうね。2人の絆の強さを感じたわ」
リオン…。俺達のために無理をさせてしまったようだ。会ったらちゃんと礼をしないとな。
「そうだったんだ…。皆には迷惑をかけたね。ありがとう」
「何言ってるのっ!!セナがいなかったら私達は今頃あの蜘蛛達に食べられてたんだからねっ!…ありがとうはこっちのセリフだよ!」
ララが力強く言い放ち、俺を見つめるその瞳には、安堵と感謝の涙が輝いている。
そう。俺はあの絶望的な状況で、初めて自分の本当の能力を知った。魔物とリンクし自由自在に指示を出せる能力はあくまで副産物。俺の能力は魔物と身も心も一体となって共に戦うこと。言うなれば『融合魔術』。深奥にある澄み渡る湖から伸びていた2本の光の線はファルとクロールで、掴んだ線はファルだった。ファルとのリンクが増したことによって、本来の力が発言したのだろう。俺が今まで魔術が使えなかったのは、俺の魔力が完成していないからだ。魔物と繋がることで魔物の魔力と俺の透明な魔力が調和し、初めて完成するのだろう。今まで胸の奥に仕舞い込んできた疑問が、次々解決していく。霧が晴れた、そんな気がした。
「あっ!!それよりも、セナの目が覚めたって皆に知らせないと!ちょっと行ってくるねッ!」
ララは嬉しそうに涙を拭い、バタバタと全速力で部屋を飛び出していった。いつものララに戻ったみたいで少し安心した。
一人になった部屋で最下層での戦闘を振り返る。確かに、俺が能力に目覚めたことでボスを倒すことができた。しかし、かなりギリギリな戦いだった。俺が気を失ったことがその証だ。能力に覚醒後、比較的短時間で倒せたが、時間が長引いていたら俺の魔力は枯渇し、間違いなくアドマイヤは全滅していた。それほどまでに融合魔術は魔力の消費が激しい。現段階で俺の能力は最終手段。一刻も早く融合魔術に慣れること、魔力量を上げることが求められる。すでに次の大陸セコールへの切符は手にしている。上位大陸にはワイドハイタラス級の魔物がウジャウジャ蔓延っているはずだ。時間は無い。
(次は……もっと強く……確実な力で皆を守るんだ)
2年後
ダーガレス迷宮を攻略した俺達は、1週間の休暇後、2番目の大陸セコール・ランガースへ渡った。しかしセコールへ入国後、俺たちは“Aランク冒険者”という肩書を失った。今まで積み上げてきたDからAまでの軌跡は、あくまでダーガレスでの実績に過ぎない。セコールでは、例外なく下位大陸から渡ってきた者はDランクからのスタートとなる。それが上位大陸の常識だ。誰がどれほどの実力を持っていようと、所詮下位大陸の中での話である。下位から登ってきた来た者を歓迎する者は一人もおらず、むしろ厄介者として扱われる。過去、大陸を渡った者もそんな現実に苦しめられた。そして上位大陸の者達との力の差を見せつけられ、絶望し、虐げられる運命を送ったのだろう。だが、俺たちアドマイヤは違う。ランクがリセットされようとも、歩みを止める気なんてなかった。
再びDランクから始まった日々。けれど、1年目の終わりにはBランクに昇格し、2年が経つ頃には全員がAランクにまで到達していた。これはセコールのギルドでも異例中の異例だそうだ。そうして俺たちは、それぞれの魔力やスキルを磨き、個としても、パーティーとしても研ぎ澄まされていった。それは、俺の信頼する従魔たちも例外ではない。セコールに来てから、たったの2年。ファルとクロールが、立て続けに進化を遂げた。
魔物が進化するには、魔物同士の死闘を繰り広げた末に敵の魔力を吸収し、魔力量を蓄積させ、一定の魔力量を超えてようやく“上位種への進化”が起こる。しかし、俺の従魔たちは戦闘に加わっているが、魔物を殺させてはいない。敵の魔力を吸収するようなことはないのだ。にもかかわらず、まるで何かに導かれるように、自然とその瞬間は訪れた。
まず進化したのは、ファルだった。いつも通り、クエストの対象魔物を制圧して達成を喜ぼうとした瞬間、突如としてファルが上空へ向かって急上昇を始め、一瞬で姿が見えなくなった。そんな指示はしていないため、何が起きたのか疑問に思っていると、その数分後に何事とも無かったかのように舞い降りてきた。しかし、そこにいたのは、かつてのファルではなかった。体格がひと回り増し、若緑だった翼は、深い森のような濃緑に染まっていた。その羽一枚一枚が鋭い刃のような形状に変化し、周囲の木々の葉が触れるだけで斬り裂かれていく。黄色の口ばしは、より鋭利に発達し、存在感を放っていた。この口ばしに突き刺されては、重厚なフルプレートアーマーですら、容易に貫かれてしまうだろう。
「ハイイーガル」ランク3。まさに“空の殺し屋”と呼ぶにふさわしい存在になった。
その数日後、クロールにもその時が訪れる。クエスト対象の魔物を制圧した時、クロールが突然、理由もなく遠吠えを始めた。その直後、毛並みに異変が生じた。灰色だった毛が、夜を塗り込めたような暗黒色へと染まり、一本角が赤黒く輝き始める。
「レッドホーンウルフ」ランク3。
体格自体に変化はなかったが、毛はまるで黒鉄の鎧のように硬質化し、角と爪は深紅に彩られていた。その角を突き立てれば、大木すら貫けるという破壊力を持つ。暗黒色に染まった毛並みに深紅の一本角が浮かぶ姿は、怪しく美しかった。
通常、魔物が進化するには気の遠くなるほど長い年月がかかる。同族との縄張り争い、格上との戦闘を経て弱肉強食の世界を生き残った猛者が至る境地。それが魔物の進化なのだ。しかし、ファルとクロールと出会ってからまだ数年。あまりにも進化が早すぎる。それも、俺が融合魔術に目覚めた時期から2匹の魔力量が大幅に上昇し始めた。未だに融合魔術の謎は尽きない。しかし、従魔たちも俺たちのために、強くなってくれていることが素直に嬉しかった。だからこそ、従魔たちの進化に遅れまいと、俺自身も更に進まなきゃいけないと思った。




