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ウツツ②

ジリリリリリリ――

「うぅ~ん……」

カチッ。

ジリリリリリリ――

「うぅ~~ん……………はッ!?やばッ!」

 アラームの音に2度目でようやく反応し、俺はベッドから跳ね起きた。急いで服を着替え、カバンをつかんでアパートを飛び出す。自転車のペダルをこれでもかと踏み込みながら、脳内では今日の授業の出席確認のことしか考えていなかった。

 俺は今、大学3年生。あと半年で3年も終わる。小学校の教員免許を取得するために、大学の教育学部に入った。実家からは電車で30分ほどで通える距離だけど、両親から、「教師になるなら、転勤も多いだろう?今のうちから、一人暮らしの経験はしておいた方がいいぞ」と言われて、大学近くの小さなアパートで暮らしている。一人暮らしの自由さは心地いいけど、こうして寝坊しては意味がない。母の布団剥ぎが懐かしい。ギリギリの通学がすっかり習慣になっている自分を情けなく思いつつ、今日もなんとか大学へたどり着く。

 大学に入ってからの俺は、少しずつだが、教師という目標に手を伸ばし始めている。授業、レポート、試験。目の前のことに向き合いながら、少しずつ教えるということに対する意識が変わってきた。その意識の変化を試せる時がまもなく訪れる。小学校での教育実習。大学3年の最大行事の一つにして、俺にとっての原点に触れる時間。


 実習初日の朝、俺は母校の門の前にいた。気のせいだと思うけど、俺の背が伸びたせいか、外観が違って見える気がする。こうみると、あんまり校庭は広くなかったんだな~とか、校舎も老朽化が進んでるな~とか、久しぶりに見る母校を懐かしむこと数分。あまり時間に余裕がないことに気付き、慌てて校舎に入る。  

 校舎の中に入れば、様々な記憶が蘇ってくる。思い出に浸りながら廊下を進み、職員室の前に着く。ここに来ると一気に緊張してくる。震える手で職員室の扉を開けた俺を出迎えてくれたのは、まさかの人物だった。

「久しぶりだね、星凪君! 元気にしてた?」

 柔らかくも元気な、どこか懐かしくて暖かい声、南先生だった。

「……えっ、先生……?」

 声にならないほど驚いた。南先生は、俺が卒業したあとに別の学校へ転勤していたはず。けれど今、目の前にいる。

「びっくりしたでしょ? 実はね、数年前にこの学校に戻ってきたの。そしたら、今年の実習生が星凪君だって聞いて、こっちも本当にびっくりしたんだよ!」

 にこやかにそう言う南先生の表情に、胸が熱くなった。懐かしい。そして、嬉しい。その場で頭を下げながらも、胸の奥ではひとつの感情が確かに灯っていた。あの日、俺がなりたいと思った教師像。その人が、また俺の前に現れた。学校側も、そういう縁を大事にしてくれたようで、南先生が俺の主担当になった。そのため南先生が担任を勤める4年生が俺の実習場所となる。恩師の授業を間近で学べることが、こんなにも幸せだなんて思ってもみなかった。

そして、俺の教育実習が始まった。

 南先生は、昔と変わらず一人ひとりの生徒に真摯に向き合っていた。教壇の上でも、休み時間でも、生徒たちの声にちゃんと耳を傾け、時に膝を折って目線を合わせて話している。その姿に俺は憧れた。そんなある日、南先生が俺に話しかけてきた。

「星凪君、ちょっと相談があるんだけど……。体育の授業でね、逆上がりに苦戦してる子が多くて……」

 聞けば、この学年は特に逆上がりの成功率が低く、クラスの1/3以上がまだできないままだという。「できなかった」という体験で終わらせたくない、と先生は言った。

「よかったら、明日の授業で、何かコツを教えてあげてくれないかな?」

「もちろん、やらせてください!」

 今こそ、俺が学んできた“教える”ということの意味を、試せる時だと思う。


「みんな、逆上がりをする時、どんなイメージをしてる?」

体育の授業で逆上がりの練習が始まり、子供たちの現状を把握した俺は、静かに問いかけた。皆、一様に首をかしげている。

 「イメージってなに???」

 1人の男の子が疑問を口にする。

 なるほど、まだ“イメージ”がないんだな。

「イメージっていうのは、自分がこうしたい、ああしたいって心のなかで思い浮かべることを言うんだ。実はね、イメージするってすごく大切なんだ。何となくやるよりも、これならば成功できる、っていうイメージをしてみる。たとえば、足を蹴り上げるときに、誰かが背中を押してくれたり、強い風が吹いて勢い良く体が上がるって思い浮かべてごらん?」

 俺は鉄棒の前に立って、足をゆっくり後ろに振った。

「それから、まるで、自分の胸が鉄棒に吸い付くいてしまうイメージで」

 わかりやすい言葉を重ねながら、俺なりにイメージを伝えていく。

「最初はうまくいかなくても、ちゃんと身体に伝わってる。焦らなくていいんだ」

 そう言って後ろに下がると、一人の小柄な男子が鉄棒の前に立った。深く息を吸って、足を蹴り上げる。

「……!! せ、先生!見て!できた!!」

 満面の笑顔で振り返ったその顔を、俺は一生忘れないだろう。俺も経験した、できなかったことができたその瞬間、彼のなかで何かが変わったかもしれない。

「先生の教え方、わかりやすかった!ありがとう!!」

 その言葉が胸に染みる。嬉しくて、誇らしくて、少しだけ泣きそうになった。そのあとの体育では、また一人、また一人と成功する子が増えていった。授業が終わるころには、新たに5人が逆上がりに成功していた。

 職員室に戻る途中、南先生が俺に声をかけてきた。

「星凪君……ありがとう。子どもたちに“できる喜び”を教えてくれて。……本当に、立派になったね」

 南先生の笑顔は昔から変わらず、俺の心に勇気をくれる。恩師の力になれたこと、なにより南先生に自分の成長を見せられたことが嬉しかった。


 実習最終日、最後の授業が終わり、帰りの会が開かれる。そこでは生徒たちからのサプライズが待っていた。それは俺に向けられた、4年生の生徒全員の寄せ書きだった。そこにはたくさんの「ありがとう」と「たのしかったよ!」が綴られていた。中でも、ひときわ胸を打った一文が目に飛び込んできた。

『星凪先生みたいな教師になりたい!』

 その言葉を読んだ瞬間、知らず知らずに目頭が滲んだ。かつて南先生が、俺にそうしてくれたように。今度は、俺が誰かの始まりになれたんだ。あの時の南先生も同じ気持ちだったのだろうか。そしてもう一人、南先生からのメッセージがあった。

『星凪君の成長を見ることが出来て、とても嬉しかったよ。いつか一緒に働けるのを楽しみにしてるね』

 たった3週間の実習、けれど俺の夢を後押ししてくれる人たちに出会えた、価値あるひとときだった。


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