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ダーガレス迷宮

 迷宮攻略の目的は様々だ。腕試しのため。金儲けのため。名誉のため。しかし、俺達アドマイヤは違った。ただひとつの目的のために迷宮へ挑む。それは上位大陸へ渡るためであり、神獣ボルテシアに辿り着くためだ。

 上位大陸へ行く方法は、たった一つしかない。各大陸が定める魔力量の規定値を超えた上で、各地に存在する迷宮を最下層まで攻略し、ボスを討伐する。そして、ボスからドロップする魔晶石を手に入れること。それが唯一の手段なのだ。迷宮ボスを倒して手にする魔晶石、それが次の大陸へと渡る“切符”。俺たちが挑むダーガレス迷宮は、50階層構造。下へ行けば行くほど、魔物は強力になる。最下層には、強大な魔物が君臨しているとされる。

 もともとアドマイヤはすでに全員がAランクかつ魔力量999超え。迷宮を踏破する力はあった。しかし、30階層を越えた辺りから、敵の数・種類ともに難易度が跳ね上がり、戦術の偏りが浮き彫りになっていった。35階層まで到達したが、これ以上を突破するには、新たな戦力が必要だった。そこで一時的に攻略を中断し、メンバーの再編と強化を図ることにしたらしい。必要なのは、攻撃の幅を広げ、状況に応じた柔軟な戦い方ができる新戦力。そして選ばれたのが俺とリオンだった。

 俺たちの加入で、上空と地上の連携攻撃、撹乱、支援、情報収集と、あらゆる面での選択肢が増えた。そして俺とリオンの昇格と同時に魔力量が規定値を超えたことを確認し、迷宮攻略の条件がすべて整ったことで、再挑戦が決定された。


 ダーガレス迷宮に再挑戦を開始してから一ヶ月。俺たちアドマイヤは、怒涛の勢いで49階層までを踏破した。かつては阻まれ、翻弄してきた魔物たちも、新生アドマイヤには通じない。戦術の幅も、連携も、すべてが研ぎ澄まされていた。

 そして今、目の前にあるのは最後の扉。50階層最深部。あの観音開きの重厚な扉の向こうに、上位大陸への切符が待っている。

「うおおっ、ついにここまで来たなセナ!やべーっ!興奮してきたぜ!!」

「だよな……やっとだ、やっとだよ……!よしっ!さっそく行こう!」

 俺とリオンは、興奮のあまり早々に扉へと歩みを進めたが…

「はい、ストップー」

 ガシッ、と俺たちの襟首が無慈悲に引き戻される。怪力のララの前では、どれだけ昂ぶった感情も紙のようにねじ伏せられる。

「うぐッ……な、なんで今……!」

「ふふっ、気持ちを昂らせるのは良いけどね。そのまま突っ込むと空回りするわよ。心は熱く、頭は冷静に。いつも言ってるでしょ?」

 ララの瞳は優しいけれど、真剣だ。この言葉に、何度俺たちは救われたことか。

「「……すみません。落ち着きます」」

「深呼吸。はい、せーの……」

 俺とリオンは、ララに合わせて一度大きく息を吐き出す。胸の奥に渦巻く焦燥と高揚をゆっくりと沈めていく。

 ポーションで魔力・体力の回復、装備確認、戦術の打ち合わせ、すべてを整えたその時、俺たちは改めてその扉の前に立った。

「行こう」

 ガァアアァァァアアアアン……

 観音扉が、石と鉄のうなり声をあげて開いていく。その隙間から流れ込んでくるのは、腐臭と、鉄の匂い。部屋の中はドーム状で、訓練学校の中庭がまるごと入るほどの広さだった。壁に等間隔で設置された白緑の松明が、仄かにゆらめく。だが、その色が逆に陰影を濃くし、蠢く“それら”を不気味に照らし出していた。

「ぅげっ……!」

 全身が黒鋼の鎧に覆われたような黒色の甲殻。体長1メートル超えで節くれだった脚はまるでかえしの付いた槍、口元には赤く濡れた牙が剥き出しになっている。蜘蛛型魔物『ワイドタラス』が、無数に。その目が、暗がりに光かる。ざっと見ただけで、100匹以上はいる。

「で、でけぇの……」

 その群れの奥、中心にどっしりと座しているのは、まるで岩山のような存在感を放つ巨体。ワイドタラスの上位種——ワイドハイタラス。体長は10m近くあり、その8本脚がゆっくりと地を這うたび、振動が足元に伝わってくる。

 忌避感。恐怖。生理的嫌悪。

「ギィィヤァァァーーーー!!!!!!」

 真っ先に悲鳴を上げたのは、昆虫断固お断りのリーラだった。

「む、無理無理ムリ無理ムリムリムリ無理無理!!」

 わなわなと震えながら、顔面蒼白になるリーラ。普段では決して聞けない早さで喋るリーラは、震える両手を強引に突き上げ、強大な魔力を練り始めた。直後、無数に蠢くワイドタラスの頭上に空気を焦がすほどの熱源が発生する。

「消ィえ失せろーーっ!!『フレイム・ベール』!!」

 轟音とともに放たれた大炎幕が薄暗い洞窟内を覆い被すように、部屋に蠢く蜘蛛を焼き尽くす。群れの半数が、業火に包まれ、黒煙と悲鳴をあげながら消えていく。魔力配分なんてお構い無しの全開魔力を込めたリーラの特大魔術。その瞬間、火蓋が切って落とされた。リーラの初っぱなから全開ぶっ放というイレギュラーがあっにもかかわらず、俺達の初動は完璧だった。

 ララとリオンがその炎の余波をすり抜けるように駆け出し、巨大な黒い群れへと飛び込んでいく。2人は、吹き荒れる熱風に乗るように、前線を切り裂いていく。その後ろから俺と従魔が追従する。ゴーザはすかさず力尽きたリーラの前に出て護衛に徹し、ユリウスは前衛の支援とリーラの魔力回復を開始する。

 残されたワイドタラスの群れが、猛然と牙を剥き、こちらに殺到してくる。それを対処するのは俺の従魔2体。俺の意思に従い、空を裂いて降りるファルが若緑と白の残光を引き、空間を切り裂くように舞い散り、鋭き双翼でワイドタラスたちの頭を一閃、空中に跳ね上げる。同時に地を俊敏に駆けるクロールが唸りをあげ、強靭な爪甲を一閃しタラスの腹部を裂いた。続いて角が閃光のように走り、重厚な甲殻を貫いていく。

「押し切るッ!」

 ララとリオンの斬撃が交錯し、ワイドタラスの体幹が千切れ飛ぶ。リーラの特大魔術で大半を減らし、全線組の連携でみるみる数を減らしていくワイドタラス。そして、遂に最後の一体をララが両断する。ララの怪力と剣術スキルの前では、多少硬い甲殻など、少しの抵抗も虚しく切断されるだろう。空気が震えるような衝撃とともに、辺りは静寂を取り戻した。

 否、まだだ。あいつが残っている。

「……来るぞ」

 群れの奥、ワイドハイタラスが蠢いた。地を揺らすような低いうなりと共に、甲殻の擦れる不快な音が響き渡る。まるで洞窟そのものが、身じろぎしているようだった。



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