表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/34

少年の夢

この世界『ランガース』

 空に浮かぶ六つの大陸が俺を睥睨している。

 それはまるで、「この世界の常識だ」と言わんばかりに。

 今まで抱いていた違和感、脈打つように疼いていた感覚がすべて繋がった。

 迷いはない。

 俺の意思は、神にだって曲げられない。

 最強になって、この手で運命を塗り替えてやる。


 これは、ある青年が、この世界の常識をぶっ壊すまでの物語。




 夜のベルルーシャ村は静かで、窓の外には無数の星が瞬いていた。澄んだ夜空に浮かぶ星々は、まるで村を優しく包み込むように光を投げかけている。森の奥からはかすかに夜鳥の鳴き声が響き、川のせせらぎと混ざり合って心地よい静寂を作り出していた。

 木造の家屋の中では、暖炉の火が柔らかく揺れ、壁にオレンジ色の光を映していた。薪が弾ける音が小さく鳴り、部屋には穏やかな温もりが広がっている。

「ねえ、父さん!今日もおとぎ話を聞かせて!」

 6歳のセナが瞳を輝かせながら、父バーンの膝に寄り添った。その隣では、弟のフェルが小さな手で膝を抱え、期待に満ちた目で父を見つめている。母ミサは妹のエミーラを腕に抱きながら、微笑ましくその様子を眺めていた。

「そうだな……。じゃあ、今日は神獣ボルテシアの話をしようか」

 バーンの低く落ち着いた声が、暖炉の静かな炎の音と混ざりながら部屋に響く。セナは身を乗り出し、フェルもわくわくした表情で耳を澄ました。

「これは、ある一人の冒険者の話だ。その者は七つの大陸を渡って冒険をしていた。大陸を一つ上がる度に魔物は強くなり、苦難を乗り越えるたびに、その冒険者も強くなっていった。そしてついに、最上位の大陸『エンペース』へ到達する」

「最上位の大陸……」

 セナは息を呑んだ。フェルも興味津々の様子でバーンを見つめている。

「しかし、そこは想像を絶する危険な場所だった。そこに生息する魔物は、今までの魔物とは比べ物にならないほど強力で、高い知性を持っていた。冒険者は何度もその危険な地を探索し、秘宝や新たな力を求めて戦った。そしてある日、彼は絶対絶命の窮地に立たされる。目の前に現れたのは……漆黒の鱗を持つ竜だった」

「漆黒の竜……!?」

 フェルが思わず小さく声を漏らし、セナもごくりと喉を鳴らした。バーンは少し声を落とし、緊迫感を込めながら話を続ける。

「その竜が放つオーラだけで、冒険者の体は動かなくなった。全身を貫くような圧迫感と、鋭く光る黄金の瞳……竜の視線が彼を射抜いた瞬間、膝が崩れ落ちそうになった。しかし、それでも彼は剣を握りしめ、必死に立ち向かおうとした……だが——」

「勝てなかったの!?」

 セナが食い入るように聞く。フェルは母の服をぎゅっと握りしめながら、バーンの言葉を待っていた。

「勝てるはずがなかった。冒険者は最後の力を振り絞って竜へ向かっていったが、圧倒的な力の前に剣は弾かれ、ついには地に膝をついた。死を受け入れようとしたその時——」

 バーンは一瞬間を置き、ゆっくりと声を落とす。

「温かな光が、空から降り注いだのだ」

「えっ……?」

 フェルが息を呑む。

「その正体は、まるで朝日が差し込むような光を纏った魔獣だった。獣の中の頂点に君臨する王を現すような、純白のたてがみを持つ魔獣が冒険者の前に現れた。その体はどんな魔術や武器すらも意に介さない強靭な肉体を備えつつも、目を奪われてしまうほどの美しい毛並みを持ち、魔獣と言うにはあまりにも神々しく、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。冒険者は瞬間的に、それが神獣と言われる神が産み出した存在であると理解した」

「神獣……」

 セナが小さくつぶやく。その名を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなるような感覚がした。

「その神獣は、静かに冒険者の前に立ち、漆黒の竜と対峙した。竜は咆哮を上げ、その巨体を揺らして突進した。しかし、神獣はその場から動かず、ただ瞳を閉じ、神聖な輝きを放った。そして——漆黒の竜は、その光に怯えたように身を引き、ついには空へと飛び去ったのだ」

「すごい……!」

 セナは拳を握りしめ、心の奥から湧き上がる感動を感じた。フェルも目を丸くしている。

「神獣は、倒れた冒険者にそっと近づいた。そして、その背に乗せると、安全な場所まで運んでくれた。冒険者は、どうしてもその恩人の名を知りたかった。だから、最後にこう聞いた——」

 バーンは、ゆっくりと冒険者の言葉を語るように口を開いた。

「『あなたの名を教えてください』と」

 静寂が部屋を包む。暖炉の火が、ぱちぱちと小さな音を立てた。

「すると、神獣は静かに答えた——『ボルテシア』と」

 その言葉とともに、神獣はまるで幻のように消えてしまった。

 話が終わると、部屋にはしばしの沈黙が訪れた。セナは拳を握りしめ、胸が高鳴るのを感じた。

「俺、俺…絶対に冒険者になって、ボルテシアに会いたい!」

 力強く宣言するセナに、バーンとミサは優しく微笑んだ。

「きっと、お前なら会えるさ。強くなれ、セナ」

 その日から、セナの心には『冒険者になり、神獣ボルテシアに会う』という夢が、強く刻まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ