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融合魔術とは?

 育成プログラムの最終日

 本日をもって、ミランダ教官との訓練期間が終了となる。

訓練初日から一貫して厳格で、常に冷静沈着、冗談すら通じない鉄面皮。そんな彼女が、今日だけは少し様子が違った。

「これで、全課程終了だ」

 そう言って、俺の前に立ったミランダ教官。

「……お前は、可能性の塊だ。生き急がず、着実に自分を磨き続けろ」

「えっ?」

 その声音は、いつものように軍人のような堅さを持ちながらも、不思議と胸に染み渡る優しさを湛えていた。あまりの驚きで、間抜けな声が出てしまった。ミランダ教官から褒められたのはもちろん初めて。そして、俺に可能性を感じていてくれたなんて…。

「そして、絶対に死ぬな。危険であれば逃げろ。逃げるは恥ではない、勇気だ。……決して忘れるな」

 言葉の一つ一つが、刃ではなく、盾のように俺を守ってくれるようだった。俺は言葉が出なかった。ただ、黙って深く頭を下げる。最後の言葉を述べたほんの一瞬、それは風の流れよりも短い間だったかもしれない。教官の唇が、わずかに弧を描いたように見えた。厳しい人だった。容赦なく無理難題を課してくる、鬼のような教官。ただ、俺を常に見ていてくれた。どんなに上達が遅くとも、最後まで見捨てなかった。俺を可能性の塊と言ってくれた。自分の能力が上達したことよりも、あの教官に認めてもらえたことが、何よりも嬉しかった。ギルドの扉を出るとき、後ろを振り返るともうミランダ教官の姿はなかった。あれが最初で、最後の教官の笑顔だったのかもしれない。

 ともあれ、これで育成プログラムが終了した。振り返れば、あっという間だったが、この三ヶ月は俺にとって、今後の冒険者人生を左右する、密度の濃い時間だったと断言できる。



 夜も更け、ギルドマスター室のランプの灯りが静かに揺れていた。

 古びた書類や本が棚へ綺麗に整理された部屋の奥、ゼールは無造作に足を組み、椅子に深く身を沈めている。その前のソファーには、ミランダと南部の訓練学校から召集したガルバが、まるで軍議でもするかのように居並んでいた。

「遠いところ苦労をかける、ガルバ」

「あなたの頼みなら、いつでも駆けつけますよ」

 ガルバは冒険者ギルドゴージャス支部で活躍していた元Aランク冒険者。ゼールはもちろん、ミランダとも旧知の仲である。

「さて、まずはお前たちの見解を聞かせてもらおうか。セナ・ユナフィについて、だ。」

 重々しい口調。ゼールの目は鋭く、まるで一点の曇りもない鏡のように2人を見据えていた。

 今回、ミランダと、はるばるガルバを冒険者ギルドへ呼び出したのは、セナ・ユナフィの特殊性について、見解を聞くためであった。

「……私から話させていただきます」

 ミランダが、少し緊張を帯びた声で口を開く。

「ギルド育成プログラムでセナを担当して以来、彼の異質さにはずっと気づいていました。精神系統スキルを使用せずに魔物を従え、強固な信頼関係を築いている。そして、魔物もそれを望んでいるように感じる。まるで王に忠義を尽くすかのように。……普通ならあり得ないことを、当たり前のようにやってのけています」

 ミランダは、イーガルとセナの関係性を思い出しながら当時を振り替える。普段は冷静沈着な彼女が、言葉を選ぶように慎重に話をしている。彼女がどれほど強い衝撃を受けたかは、想像に難くなかった。

「そして、セナが初めて従魔を得た時です。最初の指示を失敗し再びイメージを構築し始めた瞬間、セナの体が澄み渡るような透明な輝きを放っていました。ほんの一瞬ですが、あまりにも濃厚な魔力…あれほどの魔力は見たことがありません」

「ふむ。ミランダ、お前ほどの堅物がそこまで断言するか」

 ゼールが目を細める。その隣で、ガルバも大きな腕を組み直した。

「ガルバ、訓練学校でセナの実技を見ていたのだろう?どうだった?」

「……あまりにも異質、ですね。あれは、魔力を掴ませた時の話です」

 ガルバは、脳裏に色濃く張り付いた記憶を語り始める。

「ご存知の通り、通常、生徒たちに魔力を認識させると、“白い小川”や“白い水溜まり”が見えたと答えます。これは魔力がまだ成長途上で、始まりの色が白で統一されているからだと考えられています。そして成長とともに個人差が現れて、色が変わっていく。」

「だが、セナは違ったと?」

「はい。あいつは、“透き通った湖”と言いました。しかも底まで見通せるほど純粋で澄み渡っていたと。」

 ゼールの目が見開かれ、驚愕を露にした。

 ガルバは言葉を選びながら続けた。

「また、一般の生徒が小川や水溜まりというのは、その者の潜在魔力量を表していると言われています。稀に川と表現する優秀な生徒がいます。その規模の通り高い潜在魔力量を秘めています。しかし、セナは“広大な湖”と答えました。普通では考えられない規模です」

「待ちなさいガルバ!セナは魔力測定で魔力量580でしたよ。冒険者としてはなかなか高い数値ですが、それほど大規模な潜在魔力があったら、まず最下級の大陸になど生まれていないでしょ!?」

 ミランダが身を乗り出すようにガルバへ異議を唱える。あまりにも現実味が無さすぎて興奮気味になり、素の口調が漏れてしまっている。

「落ち着け、ミランダ。取り乱しすぎて、素が出てるぞ」

「うっ!……すまない、続けてくれ」

 ミランダは教官の職に就いてから、自らを律し、鬼教官としての仮面を被っている。新人の気を緩めさせないために、自分の性格すら犠牲にして。しかし、時々出るドSキャラは素だったりする。

「魔力測定で反映されるのは、現在扱える魔力量のみだ。潜在魔力が全て反映されるわけではない」

 潜在魔力の全てを扱えるようになったら…。もしも、を考えてしまった3人は背筋を嫌な汗が流れていることにも気付かなかった。

「そして、透明色。透明とは、すなわち“どの属性にも染まらない”という意味かもしれません」

「……いや、逆かもしれんね」

 ゼールがふっと笑った。

「“どの属性にも染まれる”。そういう意味もあるだろう?」

 ガルバとミランダが一瞬、言葉を失う。

 室内に微かな緊張が走った。

「なるほど。セナは結局、訓練学校の2年間で、魔術が一切使えませんでした。ミランダに聞いたところ、今も変わらないのでしょう。魔力の収束も、操作も完璧にできているのに発動だけが起きない。つまり、今はまだ魔力が未完成で、何かに染まることで本来の力を発揮できる、ということでしょうか?」

「その可能性はあるな」

 ゼールが、静かに頷く。

 そして、彼はふと空を仰ぐように目を細めた。

「……十数年前、とある上位大陸に住まう冒険者が、この大陸に降りてきたことがあった。そいつは他の上位大陸の連中と違って、俺たちを見下さずに接してくれる、気持ちの良い男だった。そいつが酒の席で、上位大陸に伝わるおとぎ話を語ってくれてな。その物語に“融合魔術”というスキルを持った男が出てくるんだ。魔物と心を通わせ、魔物と一体化することで、あらゆる魔力を馴染ませることができる異能を扱うその者は、“融合魔術士“と言われていた」

 ミランダもガルバも、息を呑んだ。

「まぁ、ただのおとぎ話だ。真に受けるほど俺も若くはない。だがセナの能力と似ている気がしてならん」

 ゼールの目が、ほんの僅かに楽しそうに細められた。

「面白いだろう?お前たち。あいつがもし“そこに”に至ったら…」

 その先の言葉は、誰も口にしなかった。

 ただ、三人は確信していた。

 あの少年は、この世界を変える「運命の歯車」を持つことを許されているのだと。

 ランプの火が、ゆらりと揺れた。

 その炎は、まるでこれから巻き起こる激流を予感するかのように、静かに燃え続けていた。


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