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能力の本質

 育成プログラム2ヶ月目。

 ギルドマスターとの面談を経て、プログラムの内容は精神系統スキル中心の訓練に切り替わった。しかし、そこで一つの事実が明らかになる。俺には、精神系統スキルそのものを扱うことができなかったのだ。

思えば当然のことだ。俺の魔力色は青色ではない。似ているとされた俺の能力も、結局は全くの別物。ミランダ教官はすぐに方針を修正し、魔物への「指示出し」の精度を高める訓練へと切り替えた。

 最初に課されたのは、ギルドが飼育している訓練用の鳥を対象に、明確な行動指示を出すという課題だった。単に「止まれ」や「動け」といった単純な命令はすぐに通じた。しかし、問題はそこからだった。

「手前から三つ目の樹木の枝に止まり、枝に生えている葉を1枚咥えて、私の右手まで運んでこい」

 このような複雑な命令になると、鳥は混乱し、まるで酔っぱらったみたいに空を舞い、意味のない動きを繰り返してしまった。

 「お前の伝えたいことが曖昧なんだ」

 冷静にそう言い放つミランダ教官。まさしくその通りで、俺は単に言葉を伝えていただけ。鳥にはイメージが伝わっていないため、複雑になればなるほど指示は通りづらくなる。俺はそこから、言葉ではなく“情景”で伝えることを学び始めた。

 自分が鳥になったつもりで、行動を一つ一つ、順を追って頭の中に描いていく。まるで脳内で短い映像を作って、それをそのまま鳥に送り込むように。イメージが鮮明であるほど、指示は驚くほど的確に伝わるようになった。とはいえ、成功率はまだ高くない。詳細な情景を描くには集中力が要るし、連続行動のような複雑な指示には時間がかかる。戦闘中にそんな余裕があるかと考えると、今の俺にはまだまだ訓練が必要だ。

 そしてもう一つ、重要なことが分かった。

魔力が自分より高い魔物には、指示が通らないということだ。ミランダ教官の従魔である、鉄のような筋肉を持つ犬型魔物“フォースドッグ”(ランク2)に対して指示を出した時、簡単な指示でさえ通らず、むしろ牙を剥き出し威嚇された。完全に敵と認識されているようだった。

 これは、精神支配の効かない原理と同じ。魔物の本能なのか、いずれにせよ魔力量が下回る相手には従う意思が生まれないらしい。

 ならばどうするか。答えは一つ。

 力でねじ伏せて、従わせるしかない。

 様々なスキルを駆使して魔物を弱らせ、主導権を奪い精神支配を施す。テイマー使いはそのように、自分より魔力量の多い魔物を使役するそうだ。それを聞いて、俺の中で何かが引っ掛かるような、拒絶感のようなものがあった。


 育成プログラム3ヶ月目。

 3ヶ月目からは実地訓練が始まる。

 実地訓練はギルドの管理する森の奥深くで行われることになっている。俺はミランダ教官とともに足を踏み入れる。ここでの目的は、従魔の獲得。冒険者として、常に共に行動できる魔物を選び、その魔物と主従関係を結ぶこと。俺にとって、それは訓練の集大成であり、冒険者としての第一歩でもあった。森には基本的にランク0の最低位の魔物しか生息していない。ランク0の魔物であれば、冒険者ランクDでも対応可能であるため、危険は少ない。希にランク1が出没することがあるが、元Aランク冒険者のミランダ教官がいれば問題ない。

 森の奥へ進むごとに、湿った空気と木々のざわめきが俺の感覚を研ぎ澄ませていく。これまでの訓練では飼育された鳥を相手にしていたが、今日は違う。本物の魔物、命のやり取りだ。

 やがて、目の前をティースラット(ランク0)が駆け抜けた。前歯の鋭いネズミ型の魔物。俺は呼吸を整え、指示のイメージを明確に描き出す。

(止まれ。振り向くな。右前の草むらに入れ)

 心の中で情景をくっきりと組み立て、魔力をのせて送り出す。ティースラットは一瞬立ち止まり、戸惑ったように鼻先を震わせるが、次の瞬間、命じられた通りの動きを取った。

 成功だ。魔物に明確な指示を出すことができた。

 成功の余韻に浸っていたその時、上空から耳をつんざく鳴き声が響き渡る。見上げた空に、ひときわ大きな影が舞っていた。翼を広げれば2mに届くその鳥型魔物は、若緑と白の羽毛を風に乗せて優雅に旋回していた。鋭いくちばしは一突きで命を奪う凶器。金属を打ち鳴らすような鳴き声が、森の静寂を引き裂く。

 「イーガルだな…」

 ミランダが呟く。

 俺たちを獲物と認識したイーガルが急降下を初める。遥か上空にいたかと思った瞬間、疾風のごとく速さで風を割いて落ちてくる。風が唸り、木々がたわむ。俺はとっさに身体強化を発動させて、後方に飛び退く。気が付くとイーガルはすでに上空に舞い戻っている途中だった。

「なんて速さだよ…。あいつ。」

「あいつはイーガルといってな、ランク1の魔物だ。」

 そう言うミランダ教官は、なぜか笑っていた。………あの笑み。………まさか。

「セナ。あいつをお前の力だけで従えて見せろ」

ミランダは、何事もないかのように言い放った。

(ほらみろッ!絶ッ対に言うと思ったッ!ランク1だろ?……まじで?)

「あの、ランク1の魔物はCランク冒険者以上が対応するはずじゃ………」

「いいからやれ。死にたいのか?」

「………やります」

 ミランダ教官がこう言った時は、絶対だ。慈悲はない。ただ、俺の力があの魔物に通用するのか、試したくもある。やってみる価値はある。

「安心しろ。今のお前の魔力量であれば、イーガルを従えることなど造作もないはずだ。明確なイメージを構築できたらの話だが」

(最後の言葉要らなくないッ!?でもここまで来たら、覚悟を決めるしかない!)

 俺は深く息を吸い込み、目を閉じた。イメージする。止まれ、と。鋼鉄の鎖でイーガルの体を縛り上げるイメージを描き出す。

 俺の上空で一度円を描いたかと思うと、再度急降下を始めるイーガル。鋭いくちばし、前足の鉤爪、襲いくる猛威に俺の本能が悲鳴を上げた。瞬間、構築したイメージを魔力にのせて発する。

 「──止まれッ!」

 叫ぶと同時に、意識が何かに接続される感覚。イーガルの勢いが一瞬弱まる。しかし、それもほんの一瞬。再度獲物を捕捉したイーガルが降下する。

(もっとだ。もっと強く明確なイメージ……)

 それは誰よりも強く、誰からも畏敬の念を集める王が玉座に腰かけている。顔は見えない。ただ、その存在が空間を支配していた。ただそこに居るだけで、誰もがひれ伏す象徴。王は静かに、空を見上げた。その視線が、イーガルを射抜いた。空気が張り詰める。世界の流れが、一瞬止まったかのように……。

 「止まれ」

 叫ぶこともなく、ただ当たり前のように言葉を発した。

 目を開けると、目の前でイーガルが地上に降り立っていた。

「一緒に冒険をしよう、俺達とお前で。まだ見ぬ世界を駆けよう。……だから、俺に力を貸してくれ」

 気付けば、イーガルにそんな言葉をかけていた。ここでようやく、自分の能力の根底をなす部分が分かった気がした。俺が望む魔物との関係は、ただねじ伏せて従えさせるものではない。繋がることでお互いを尊重し、助け合う関係なのだと。魔物の力を借りて、共に壁を乗り越えるために俺の能力があるのだと。俺はテイマー使いとは違う。

 その瞬間、イーガルの眼差しから鋭さが消えた。空気が変わる。イーガルは俺に頭を垂れた。

 「……よろしく頼む」

 俺はその額にそっと手を添える。

 この瞬間、ただ強制的に命令に従う存在ではなく、“共に歩む主従関係”が生まれた。

 こうして俺は、初めての従魔『ファル』と名付けた相棒を迎え入れた。


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