面談
育成プログラムが始まってから、ちょうど一ヶ月が過ぎたある日の夕暮れ。訓練を終え、ギルドが管理する宿へと帰ろうとしていた俺は、受付カウンターの前で声をかけられた。振り返ると、冒険者登録の時に対応してくれた、あの優しいお姉さんだった。
「セナさん、今日このあと時間ありますか?ギルドマスターとの面談、急なんですけど、この後できないかって、連絡が入りまして」
ギルドマスターとの面談。以前お姉さんから話しがあったが、それっきり音沙汰がなかった。突然の話に少し驚きながらも、特に予定がなかった俺は頷いた。
受付の奥、事務室のさらに奥へと案内される。厚い扉の前でお姉さんがノックすると、重々しい声が扉越しに返ってきた。
「入れ」
ギィ、と重たい音を立てて開いた扉の先にいたのは、短く刈り込まれた白髪混じりの髪と、岩のように分厚い肉体を持つ初老の男、ゼール・フォードナー。
顔のシワや白髪から初老と表現したが、筋肉の鎧を纏ったような体、その佇まいからは老いを一切感じなかった。ゼールの威圧感から、俺の背筋が自然と伸びた。
「……お前がセナか」
低くも柔らかな声。見た目の印象とは裏腹に、言葉にはどこか懐の深さがあった。緊張でこわばる俺の様子に気づいたのか、ゼールは椅子を勧め、あえて雑談から始めてくれた。
生い立ちや、冒険者を志した理由。訓練学校での想い出を少しずつ語るうちに、心の中の緊張がゆるやかに溶けていった。
やがて、話は核心に入る。
「……お前の時間を無駄にするわけにはいかないからな、早速本題に入ろう。お前の魔力色についてだが……ギルド本部と照らし合わせても、やはり“透明色”は記録に存在しなかった」
やはりそうか、と胸の奥に沈殿する重たい思い。しかしゼールは続けて、水晶の誤作動の可能性を排除するため、部屋に設置されている予備の測定水晶を使って再検査を提案した。
さっそく俺が水晶に触れると、半透明だったそれが、ゆっくりと一切の濁り無き、透明色に澄み渡っていく。
「……美しいほどの透明、か。やはり、間違いじゃないようだな。なにか心当たりはあるか?」
「……参考になるか、わかりませんが……。一つ気になっていることがあります。俺は12歳の頃から、動物を自分の意思で操れるんです。それに加えて、動物の感情がなんとなく分かるので、動物たちに意思を通わせるように指示を伝える、テイマースキルの才能があると思ってました。測定結果も当然『青色』だろうと……。そうしたら、『透明色』だったので、余計に混乱したんです。」
その話を聞いたゼールの表情が、静かに変わっていく。その後、ゼールは腕を組んで目を閉じ、しばらく沈黙した。やがて、その瞳が俺に向けられる
「……それは、一般に知られている“テイマースキル”とは違うな」
彼は机の引き出しから一冊の厚い資料を取り出し、ページをめくりながら語り出す。
「テイマースキルはよく誤解されるんだ。テイマースキルはスキルレベル2の精神系統スキルの一部である、というのは周知の事実だ。しかし、ここから誤解がある。実際にはテイマースキルというものはなく、正確には精神系統スキルの『精神支配』によって、魔物や動物を強制的に従わせるスキルなのだ。つまり、魔物や動物の感情が伝わってきたり、精神支配なしで指示を出す、ということは不可能なのだ。」
「…………………えっ?」
その瞬間、俺の胸の奥にこびりついていた何かが、ぱきりと音を立てて剥がれ落ちた気がした。
「未知であることは確かだが……お前のように魔物と感情を通わせられる力。もし本当にそれが事実なら、透明色にはまだ誰も知らない“繋がり”の可能性があるかもしれん。魔物とのな」
(俺の力は……俺の“透明色”は、気味の悪い存在ではない……?)
ゼールの言葉が、俺の胸に深く刻まれる。もやが晴れたような感覚。いや、正確には、今まで厚く覆っていた霧が、ようやく陽の光を許した、そんな感じだった。
ゼールはさらに続ける。
「セナ、お前は“精神支配なしで魔物を操れる”という点で、ただのテイマー使いじゃない。これは極めて、稀有な能力だ」
彼は言葉を選ぶように、一拍置いた。
「冒険者は多くの魔物と戦う。だが、操ることができるとなれば、それは“戦わずして勝つ”手段を持つということだ。斥候に使える。陽動に使える。場合によっては、群れの支配権を奪うことさえ……」
ゼールは真っ直ぐに俺を見据える。
「そして何より、魔物の“感情”がわかるというのは前代未聞だ。魔物はただの獣じゃない。強力な個体ほど、知性と本能の境を彷徨っている。その心の動きを読めるというのはまるで、魔物と一体となるような、そんな凄まじい能力を秘めているんだ」
息を呑む俺に、ゼールはにわかに笑みを浮かべる。
「これより育成プログラムの訓練内容については、担当のミランダに変更を伝えておく。青色魔力ではないにしろ、似通った精神系統スキルに特化したプログラムへと移行するほうが良いだろう。幸い、ミランダは元々その分野のスペシャリストだからな」
すべての話が終わったあと、ゼールはゆっくりと立ち上がり、俺に近づいて手を差し出した。
「お前には期待している。……だが、焦るなよ、セナ。未知であるということは、不安ばかりではない。可能性があるのだ」
俺は、強くその手を握り返した。
この夜を境に、俺は再び自分自身の力を「誇れるもの」として受け止めることができた気がした。まだ何も分からない。でも未知なる能力に宿る希望もある。明日からの訓練が、今はひどく待ち遠しい。




