育成プログラム
「ここだと騒がしいから、2階に行こうか。今後の話しもしたいし」
そういって2階の酒場に案内された。ララは窓際の一席に腰を下ろすと、ウェイターにエールを2つ頼んだ。
「私たちの出会いに乾杯!っということで、ここは私の奢りね!」
「ありがとうございます…」
正直、エールはまだ美味しいとは感じない。18歳になった記念に父さんが飲ませてくれたけど、なんとも言えない味だったな。父さん達が上手そうに飲むもんだから、どんなに美味しい飲み物なんだ、と思って飲んでショックを受けたのが記憶に新しい。まぁ、繰り返し飲んで味に慣れる必要があるな。
乾杯した後、ララは俺を見つめながら切り出した。
「セナ君、冒険者として活動を始める前に、ギルドが運営している育成プログラムに参加することを勧めたいの」
ララの説明によれば、冒険者とは何たるかを学ぶために実施される3ヶ月間の訓練制度であり、特に新人冒険者を対象とした内容が充実しているという。
訓練学校で基礎は叩き込まれているが、この育成プログラムはあくまで“冒険者に特化した訓練”を目的としている。すなわち、常に命がけで戦い、依頼をこなす者として“生き残るための知恵と技術”を学ぶ場所なのだ。
「冒険者って職業は、常に死と隣り合わせの職業でしょ?特に昔は、無謀に突っ込んで、帰らぬ人となった冒険者がたくさんいたの」
ララは目を伏せ、どこか遠くを見ているような表情を浮かべた。
「その状況を変えようって動いたのが、今のギルドマスターだったの。新人の段階からしっかりと知識と技術を育てれば、無駄な死は減らせる。そう信じて、このプログラムを立ち上げたの」
なるほど、と俺は内心で頷いた。その言葉には、ただの制度の説明以上の重みがあった。誰かの犠牲の上に築かれた安全網。その恩恵を受けられるのなら、こちらも全力で応えるべきだと思った。
ギルドには事務担当の他に、訓練を専門とする職員も常駐している。育成プログラムにおいては、彼らが直接、新人を指導する。もっとも、すでにパーティーにスカウトされ、加入している場合は、そのパーティーが指導役を担うこともできる。ララたちアドマイヤのように、ランクの高いパーティーなればなおさら、育成の資格と実力を備えていると言えるだろう。
しかし--
「私たちはね、訓練のプロじゃないから。時間をかけて丁寧に地盤を築くには、やっぱりその道の専門家に任せたほうがいいと、私たちは思ってる。夢を叶えるために、死んじゃったら意味がないもの」
たしかに、俺たちには野望がある。神獣ボルテシアに会うという、とてつもなく遠くて大きな夢だ。その夢を追うためには、何があっても生き残らなければならない。そして、俺自身がそれを本気で信じているからこそ、地盤を固めることに、迷いはなかった。
「わかりました。俺は参加します」
「セナ君ならそういってくれると思った」
3ヶ月のプログラムを完遂し、その後、正式にアドマイヤの一員として活動を始める。それが、俺とララの間で交わされた合意だった。ちなみに、ララ以外のアドマイヤのメンバーは現在、年に一度のまとまった休暇を使って別の街へ出ているらしく、しばらくは会えないらしい。だから、他のメンバーとの顔合わせは、育成プログラムが終わってからということになる。
「ということは、俺をメンバーに迎えること、他の方はまだ知らないんですか?」
「そうよ!でも心配しないで。もし期待の新人がいたら、スカウトしといてくれって、頼まれてるから。そこは安心して大丈夫っ!」
そういって、俺に親指を立てるララ。とても快活で、一緒にいて気分がいい人だな。これから一緒に冒険が出来ることに安心感を抱いている自分がいる。冒険者になったが、暫くは冒険に出られない日々が続く。でも俺は焦ってなんかいない。むしろ、今は備える時だと割り切れている。いつか本当に神獣に手が届くその日まで、俺は一歩ずつ、確実に歩みを進めていく。
ギルド本部が管轄する新人育成プログラムに、俺は単身で参加することになった。同期は皆パーティーに所属し、そのパーティーが訓練を担当しているため、育成生として正式にギルドへ預けられたのは俺一人だけらしい。こうなってしまったのは、例の魔力色のせいだと分かってはいたが、不思議と寂しさはなかった。むしろ静かで集中しやすい環境が用意されたことを、今は前向きに捉えていた。
俺の教官となったのは、ミランダ・グレーンという女性だった。細身の眼鏡をかけ、深緑色の髪をショートにまとめた知的な女性。背筋は常にまっすぐで、姿勢一つにも一切の乱れがない。元Aランク冒険者で、今はギルドのスカウトに応じて訓練生の指導を務めているという。この教官に俺が抱いた印象は、『鬼教官』だ。なんせ初対面での開口一番が、
「貴様がセナ・ユナフィーか。いいか、ここは学校ではない。冒険者は命を懸ける職業だ。もし学校の延長線上だと考えているなら、即刻立ち去れ。甘えた奴はこの場に相応しくない。…返事はどうした?」
訓練場を包み込む威圧に、完全に萎縮してしまった。これは、冗談の通じる相手ではなさそうだ。訓練学校にも厳しい教師はいたが、ここまでの鬼は初めてだ。先が思いやられるな…。
プログラムの1ヶ月目は座学が中心となる。冒険者制度の基礎、魔物の分類と対処法、スキルと魔力の応用、薬草知識、そして毎日欠かさず行う体力錬成。朝から夕方まで、びっしりと組まれたカリキュラムに一切の甘えは許されない。
「冒険者ランクはD、C、B、Aの4段階。新人は全員Dランクから始まる。ランクが上がるほど、より危険な依頼を受けられるが、その分、命を落とす確率も上がる。自惚れるな。生き残った者が冒険者を名乗れるのだ。」
ミランダ教官の言葉には重みがあった。Aランクまで昇格した人物だからこそ、危険の現実を知り尽くしているのだろう。
毎日の講義の中で最も印象深かったのは、魔物についての授業だった。
「魔物を討伐するには、出血や首の切断でも倒せる個体もいれば、体内に存在する摩核を破壊しない限り死なない個体もいる。見極めを怠るな。ちなみに、魔核を破壊することで、その魔物の魔力が討伐者に吸収される。魔力を上げるには必須の知識だ。」
訓練学校では、魔物の生態については学んだが、討伐に関することは学ばなかったため、とても新鮮だった。
講義の合間には、スキルレベル1の再確認と体力錬成が組み込まれていた。基礎的な動作や構えを何度も繰り返し、正しい姿勢、呼吸、重心の取り方などが身体に染み込むまで徹底的に叩き込まれる。
「セナ、動きに無駄が多いぞ。訓練学校ではそれで良かったかもしれないが、これからお前が立つ場所は訓練場ではない。戦場だ。死にたくなければ、無駄を省き、動きを洗練させろ!ふふっ。大丈夫だ!ここで徹底的にお前を鍛え直してやる。限界の更に限界まで魔力を使っても、死ぬ寸前で止めてやるから安心して訓練を行って良いぞ!」
教官の指摘は冷徹だが的確だった。やはりララの言う通り、指導のプロは伊達ではなかった。それはそうと、この鬼教官、なんか楽しんでない?この手のタイプは、人が苦しめば苦しむほど興奮してブレーキが効かなくなる。変態か……教官チェンジで!
心の中でそう叫びながら、俺はただ一人ミランダ教官と向き合い、黙々と訓練を重ねていった。




