Episode2【夏休みは読書日和】後編
図書館の突然の停電に混乱する人々がいる中、僕は玲に連絡するが不在着信となる。停電の最中に無闇に動くのは危ないと思いつつ、スマホのライトを頼りに館内を歩く。入り口付近に着くと講師が外部の方と連絡を取りながら、生徒達を落ち着くように指示をしている。暫くすると、図書館内の電気は復活する。時計を見ると停電から15分ほど経っていた。
僕は、玲を探し回るが玲の姿はどこにもなく、すれ違っているのかと思っていると玲のスマホが落ちている事に気が付く。スマホを拾うと、僕は図書館の外へ飛び出す。講師は何か叫んでいたが、僕は気にせず奏に連絡する。奏と合流すると僕の焦っている様子に驚いた様子で持っていた水を僕に渡す。
「何かあったのか?それより、玲は・・・?」
玲はどうしたのかと続けようとしていたが僕の様子から察した様子。僕のそばに玲がいないという事と僕の手にある玲の携帯を見て顔を青く染める。奏も玲が誘拐された事を理解した様子。
僕と奏は、手分けをして大学内を探し始めるが、どこの部屋にも玲の姿は見当たらない。目撃者も見つからない。
図書館に戻ると講師は怒っていたが、奏が事情を説明すると驚いたように他の職員にも確認の連絡を入れ始める。講師は電話が終わると、停電が発生したのは図書館のみであり、故意的に停電を仕掛けた人間がいる可能性が高いと話す。
僕と奏は、これは玲を誘拐する為の停電だったと理解する。僕は、油断せずにそばにいれば良かったと後悔する。
僕は、スマホを開くとメモ帳に今回の出来事を簡単にまとめ始める。自身の状況把握の為と探偵団への共有を含めている。落ち込んでいる暇はない。
「これは偶然が重なった、突発的な犯行だと思うが・・・、どう思う、龍介」
「・・・そうだとは思う」
「今、後悔しても仕方ないさ。念の為に警察には連絡しよう」
奏の警察という言葉に、ある人の事を思い出す。僕は、奏に知り合いの警察に協力してもらうと言い、電話をする手を止めさせると連絡先の中からある人にメモを添付して送信する。件名には、事件という文字を添える。送信してから直ぐにスマホが鳴り、僕は電話に出る。
「玲が誘拐された」
「なんで事前に相談しないのよ!馬鹿なの!?前触れくらいあったでしょう?」
「大事にしたくない本人の意思を貫いただけさ。できる限り、僕の家で守る予定だったさ」
「一般市民ができる事は、限られているのに何を・・・。まあいいわ。今すぐに地図を送りなさい!直ぐに向かうわ。詳しくは、直接話を聞かせてもらう。待ってなさい!」
相手はそういうと電話をブチっと切る。僕は、携帯をしまうと奏に会いている部屋がないか講師に交渉して欲しいと言う。空いている部屋で待機しながら、奏に先程の電話の相手について話す。
知り合いの警察の名は、宮野涼子という女性警官。過去に玲が救った人の年の離れた親友であり、玲の事件でも関わりのある人間の一人。彼女の親友は、全国何処にでも発生しているいじめが原因で自殺を決意していた。そこに偶然居合わせたのが、玲だった。玲は、その親友の話を聞いた。
宮野の親友の名は、伊藤氷菓という女子中学生。探偵団員である水無月と文月の通う学校の生徒の一人。当時、中学一年生だった伊藤は、同じクラスの人間達に唐突にいじめを受けていた。理由は、わからなかったそうだ。いじめはエスカレートし始めて、迷惑電話が増えたり、知らない人に声をかけられたりし始めた。ある日、連れ込まれそうになったところをなんとか逃げて廃墟に逃げ込み屋上で空を見ていたら、このまま身を投げたい気持ちが湧いて来たという。自分だけではなく家族まで巻き込んでしまった事と知らない人間に連れ込まれそうになり、もう死んでしまいたいと考えていた時に玲と偶然出会った。玲は伊藤に“大丈夫、思い詰める必要はないよ。両親に話しにくいのなら、カウンセリングに通うといいよ。連れて行ってあげるね”と手を差し伸べたらしい。
玲は、話を聞きた後に水無月達に探りを入れるように指示をしていた。その間、伊藤は僕の病院でカウンセリングを受ける事になった。
調べた結果、伊藤と同じクラスの皆川優衣という女生徒が主犯格ということがわかった。理由は、くだらないもので、想い人に告白をした所その想い人には別の想い人がいる事を理由に振られてしまった。その相手が、伊藤だった。その日から何も知らない伊藤は、ありもしない噂を流され、クラス内から無視をされ始めた。しかし、伊藤はその状況下でも平然と過ごしていた。次第に、ものを隠されたり、壊されたりといじめはエスカレートし始めた。伊藤は、それでも一人耐え続けていた。そんな伊藤の姿を気に食わなく思った皆川は、伊藤の個人情報をインターネットに流し始めた。
警察案件にすることは難しかったが、皆川とその周りが行っていた証拠を集めて伊藤の両親へ託した。伊藤の両親は、伊藤を大切に育てていたにも関わらず、何もできなかった事を悔いて、弁護士に依頼したという。学校や相手方に対し、内容証明書を送ると示談を申し込まれたが、決してそれを受け入れなかった。警察の方にも、被害届は提出したそうだ。これは、宮野の助言だった。
その後、伊藤は引っ越しと共に転校し、今は幸せに暮らしていると宮野にから連絡が入ると玲は、嬉しそうに笑っていた。
「宮野という刑事は、感情的になりやすいが頼りになる人間ではある。いじめの件も警察官としての務めを果たしたと伊藤の両親からも好評だったそうだ。玲が自身の親友を救ったことをとても感謝していた。そして、もし危険な事があったら、何を置いても助けに行くからと息巻いていたよ。そこからの関わり」
「中学生が何をしているんだと言いたいところだが、結果的に一人の人間を救っている事は、素晴らしい事だな。玲は、中学生の頃から探偵のような事をしていたのだな」
「玲は、ずっと誰かの為に何か出来たらいいなと言っていたよ」
「龍介の変化は、玲がきっかけだったか」
「さあね」
僕は奏に過去の話をしながら、宮野に現在地をメールで送った後、探偵団にも情報共有としてメモを添付してメールを送る。メールを見た探偵団の中で一番に返信を返したのは、睦月だった。睦月は師走と共にいたのか、師走と共に大学に向かいますと返信すると、10分足らずで到着する。
僕は、奏と宮野達を迎えに行くと2人は大学の門で大人しく待機している。奏が警備の方に説明していると、宮野も到着する。僕達は、先程の部屋に向かい詳しい話をし始める。
「ストーカーの被害に遭っていた事は、僕達は知っていた。しかし、大事にすれば周りに危害を加える事を恐れた玲は、この事を警察に知らせる事を禁じた。それは、僕達を守る為だった」
「話を聞くが限りだと、その予告されたという証拠が無いと警察は動かないかもしれないわ・・・。今、警視庁の方も、別件で事件対応中でなかなか手が空きそうにないの。私も呼び出しを頂いていたのだけれど、事情を説明した所上が許可してくれたのよね。休暇でなければ、ここに来るのも大変だったと思うわ」
「事件三昧でしたのね。お疲れ様ですわ、宮野刑事」
「あ、申し遅れました。私は、警視庁捜査一課の宮野と申します。神無月玲の捜索の協力をお願いいたします」
「雪城です。僕にも原因があります。協力できる事は協力させてください」
僕は、タブレットを取り出すと全員に見えるように大学内の見取り図を用意すると、奏と共に探し回った部屋や場所を説明する。問題のあった図書館の出来事は、分かりやすいように切り抜いて話す。大学内のシステムの話は、奏が詳しく説明をする。
講師を含めた職員は、今も玲を探しながら校内を回っている。警備員の方にも、不審な人物がいた場合連絡して欲しいと協力を仰いでくれている。とても助かっている。
僕は今回の誘拐の犯人は、玲の行動範囲を知っている人物であり、あまり関わりが深くない人間が怪しいと考えている。玲がストーカーの存在を知ったきっかけを詳しく知る事ができたら、何かしら掴む事が出来たかもしれない。
ストーカーしていた人物が、誘拐した犯人かもわからない。同一人物の可能性があるだけで、断定しているわけではない。玲の家に行けば、何か手がかりがあるのだろうか。
「なるほどね。ストーカーと誘拐犯が同一人物かわからないけれど、同一人物として考えた方が良いかもしれないわね。以前も、記憶が戻って暫くした頃、確か帰宅途中に未遂だったけど声かけられていたわよね」
「僕が玲に駆け寄る前に逃げたけどね」
「あの後、現場周辺の監視カメラや聞き込みをしたけれど、何もなかったと聞いているわ。用心深いのか計画は、しっかりしていたわね。玲を誘拐したくなる気持ちはなんとなくわかるわ。家族にしたい程、真っ直ぐで可愛い人なんだもの!!」
「警察がそんな発言していいのかよ・・・」
宮野の発言に、引き気味の師走。この瞬間だけ共感する。
「冗談よ。それより、わかっている事は、大学内には、既に玲はいないという事。そして、図書館での停電時である15分の間に玲を誰にも見つかる事なく、連れ出した人物がいる事。玲の為にも、その事実を集めて他の人間にも協力して貰わないと!」
「僕は、複数犯の可能性があると思う。短時間で高校生一人を誰にも見つからずに運ぶのは不可能だと思う。協力者が居てもおかしく無いと思う」
「龍介、玲様を呼び捨てにするな!」
「今は、喧嘩している暇は無いわよ。私は大学内の防犯カメラを確認してみるわ。雪城さん、許可を貰えないかかけ合いたいので、大学を案内してください。他は、聞き込みをお願いするわ」
宮野は、余裕があるように振る舞いつつも焦っているようにも見える。刑事としての宮野は何度か見てきたが、今回はその時よりも焦っているように感じる。宮野にとっても玲は大切な存在なのだと感じる。
僕達の中では、玲という存在は大きい。
「状況を知っている俺と龍介は別れる事には賛成だが、高校生が校内を誰もつける事なく回っていると不審に思われる可能性があります。龍介は、校内を理解している。龍介は宮野刑事と共に学長のところへ行っていただけませんか?教授にはこちらから連絡いたしますので、監視カメラの閲覧の許可を頂いてください。僕は、睦月さん達と共に事情聴取に回ります」
「んー、まぁ。私としても、そちらの方がありがたいかな?多分。と、取り敢えず、それでいきましょう。念の為に、再度図書館に関しましては、ブレーカーの事も含めてわかる人間に声をかけておいて下さい。場所は、長月から連絡させます!」
「龍介、わかっていると思うが・・・」
「今日中に探し出す。だろ。言われなくてもそうするさ」
僕達は、学長室に向かう。今いるメンバーで今は、できる限り情報を集めるしかない。昔、玲は“人手が足りない時こそ、焦らずに考える事が大切。焦ってしまえば、見えるものも見えなくなったしまうよ”と言っていたことを今思い出す。玲は、僕が助け出す。
僕は、宮野と学長室に到着すると事情を説明すると、監視カメラの閲覧許可を貰い警備室に向かう。警備室に到着すると数台のモニターが設置されている。そこには、大学内の至る所の映像が映し出されている。
「少々、拝見させていだだきますね」
警備員にそう声を掛けると、宮野は僕の送ったメモを元に映像を探し始める。僕も後ろから映像を確認する。図書館内や駐車場、校門付近に怪しい人物が写っていないかを始めに確認するも特に不審に感じるものは見当たらなかった。重い荷物を運んでいる生徒や大学に用事のある生徒、夏休みという事もあるのかキャリーバックを転がしながら歩いている生徒がちらほらと写っている。
図書館内では、玲がいたであろう場所は四角になっていたため、何も映っていなかった。図書館の外は、僕達が入って僕が図書館を出て行く間に何人か出て行っている様子は写っているが、不審な人物は特に写っていなかった。
玲は、まるで神隠しに遭ったかのように玲は姿を消していた。
僕達は、手がかりがなくため息を吐く。
「宮野さん?貴女、一体何をしているのかしら?」
突然後ろから聞いたことのある声が聞こえ振り返ると。月の喫茶店の事件を担当していた警部が壁に寄りかかって腕を組んでいた。名前は確か黒川梨絵と言っていた。玲に推理をさせるように促し、探ろうとした人物。何を目的で、玲に関わろうとしているのかわからない。
黒川梨絵は、あの喫茶店の事件では真犯人を本当は知っていたのではないかと僕は感じた。証拠はないが、玲の推理を見たいが為に行動している感じがした。僕にとっては、黒川梨絵は要注意人物。
「黒川警部!?え、あ、お疲れ様です!!な、何故警部がここに・・・」
「私は、付近で起こっていた事件の容疑者を逮捕し、署に戻るところで宮野さんの車を発見してね。何やら焦っている様子に見えたから部下に容疑者を託して、ここへ来た。途中で喫茶店にいた子を見つけてね、事件なら警備室かなと来たまで。それで、何があった」
「あ、えっと。・・・知り合いが誘拐されてしまった可能性がありまして、その調査をしておりました」
「成る程。察するに、あの探偵少女の神無月玲が誘拐されたという事かな」
黒川梨絵の顔つきが変わる、警部の顔というのだろうか。それに釣られて、宮野の顔つきも刑事という感じになる。
「現在大学内で行方不明になっているのは、神無月玲。16歳です。図書館に大学の講師と共に友人を待っていた所、停電が起こり以降姿がないとの事です。数日前にストーカーから予告状を受けた事を龍す・・・、こちらの少年、長月龍介さんよりお話を聞いております。防犯カメラの映像を確認した所、神無月さんは図書館の外へ出たという映像はありませんでした。よって、何者かに図書館内に監禁されているか、何らかの方法で運び出されたのではないかと考えております」
「成る程。ストーカーからの予告状か・・・」
「長月さんの話によりますと、神無月さんは現在両親は海外に長期出張に行っている為、長月さんの自宅で本日からお世話になる予定だったそうです。迎えに来ていた雪城奏さんは急用のため大学の教授と会う事になり、共に大学に訪れたそうです。学内では、講師と共に案内を受けた後、図書館にて雪城さんを待っていたそうです。その後15分ほど停電が発生し、神無月さんの行方がわからなくなったとの事です。周辺を捜索し、聞き込みも行ったとの事ですが、発見されておりません。停電につきましては、何者かに故意的に引き起こされたと大学からお話は頂いております」
「玲ちゃん、少し前からストーカー被害に遭っていた可能性が、あるみたいだよ〜。姉ちゃん」
宮野と黒川理恵が話しているところに、黒川和斗が姿を現す。黒川理恵は、弟である黒川和斗の姿を見ると、溜め息を吐く。
何故この男が来ているのだろうかと思っていると、黒川和斗は警備室に入って来るなり、監視カメラの映像を見始めながら、話始める。
「この間、俺の親友が言ってたんだけど、近くに本の森っていうカフェで不審な動きをする人を見かけたらしくて、様子を見ていたらしいんだけどよ。カフェ内にいるフードを被っている高校生くらいの女の子をずっと見ていたらしい。その女の子の知り合いなのかと思っていたら、雪城ともう一人男の子と一緒に来ていた事を知って、もしかしたら、ストーカーされている可能性があるって、俺に話に来たんだよ。雪城が連れている女の子で、フードを被っていたとなると玲ちゃんかなって!」
「何故、私に相談しないんだ、和斗!」
「あ、いや。ストーカーかもって感じだったから、証拠が揃うまで待ってて欲しいって。警察も、実害がないと動いてくれない事が多いって・・・。それに、今の話をこっそり聞いてて、何か知っているかなと思って電話かけてっけど、音信不通でさ〜」
「唯一の手がかりも・・・。私は、一旦署に帰る!何か進展があれば、連絡してくれ。こちらの用事が済み次第、戻る。私も、捜査に加わろう」
黒川梨絵は、そう言い残すと急いで警備室を飛び出していった。スマホを気にしていた事から恐らく呼び出しをくらっているのだろう。
黒川梨絵が立ち去った後、黒木和斗は監視カメラの映像を止めると、くるりとこちら側を向いた。この黒川和斗も黒川梨絵同様、何を考えているかわからない。そして、その友達というのも何者なのだろうか。
「さて、姉ちゃんも帰って事だし、捜査開始としますか!ねぇ、宮野刑事!」
「え、えぇ・・・」
「この監視カメラの映像を見て欲しいんすけど・・・」
黒川和斗は、そういうと監視カメラの映像を再生する。僕と宮野は、顔を見合わせるが、何わかったのかもしれないと思い監視カメラの映像を覗き込む。
宮野は、黒川梨絵の弟という事もあり、顔見知りではあるのだと感じる。戸惑いつつも真剣に話を聞いている。
先程の黒川和斗の話が本当であるならば、捜査に加えてその友達の情報を得る事が重要ではある。僕は、タブレットに事の詳細を書いた画面を表示させるとサンキューと黒川和斗にお礼を言われる。このタイプの人間は苦手だと思う。
「ここ!俺が気になったのは、この人怪しいって感じるっすけど、どう思うっすか?」
防犯カメラを止めると、画面に映る人物を指を差す。キャリーケースを転がし、スマホの画面と周りの人たちをチラチラと見ながら図書館に入館し、館内でも同じように人の目を気にしているように見える。この人物は、本を探す際もキャリーケースを転がしてる。
「他の利用者達は、場所取りにキャリーケースを使っているのにおかしいなった思うのが一点。んで、この人物を追っていくと、停電の後、暫くしてこの人物は、図書館かキャリーケースを転がしながら出ている。しかし、この人物の持っているキャリーケースは図書館で映っているキャリーケースと駐車場で映っているキャリーケースと違う。よく見ないとわからないけど、チャックのロックが外れてんだよね〜」
黒川和斗の言う通りに見比べてみると確かにその人物は怪しく見える。
「停電の最中にキャリーケースに詰められてと言うこと?」
「確かに。このキャリーケースの運び方から考えても、中身は恐らく入れ替わっている可能性が高い。引きずり方も、図書館に入った時と駐車場の時は軽そうに引きずっているにも関わらず、図書館から出た時は重そうに引きずっている。大学内に犯人が存在し、共犯も存在していると言う事になる。キャリーケースも、玲のサイズなら入りそうな大きさをしている」
キャリーケースの正確な大きさはわからないが、椅子や机などを比較しながら大体の大きさは推測する事ができる。キャリーケースのサイズも、大体決まっている。最大サイズであれば、小柄な人間であれば入ることは可能であろう。
僕がそう言うと黒川和斗はニヤリと笑う。
「玲ちゃんのそばに居るだけ、やっぱり、目の付け所が違うな!月の喫茶店でも思っていたけれどな!!俺は、少なくても犯行に及んだ人物は、二人だと思う。共犯に関しては、脅されて雇われたって俺は思う。スマホに玲ちゃんの写真を映しながら、探してたと思うしな!この映像の人物は、頑張って見つけられるだろうけど、犯人の方は監視カメラの死角を知っているから、見つけるのは難しいだろうな〜。んま、共犯の人物を探し出して、吐かせるしかないっしょ!」
「君、何者?ただの大学生?」
観察力と思考能力は、まるで探偵のように感じる。頭の回転が速いだけなのだろうか。それとも、黒木梨絵の弟だからだろうか。
「あんま人には話してねーけど、俺、警察学校通ってまっす!俺、昔よく親友と探偵ごっこしてっから、割と考えんの好きなんだよな〜。あ、その親友は、探偵目指してっけどな!今は、音信不通だけどさ〜。全く、何してんだか」
「和斗さん、捜査協力をお願いしてもよろしいですか?」
「そのつもりっすよ!まだ関わり浅いっすけど、大事なダチの友人なんで!」
僕は、手がかりを掴んだことを奏と探偵団にそれぞれ共有を送る。
何故警察でもない黒木和斗が、この大学に入る事ができたのか疑問は残りつつも、玲を助ける為の鍵を持っている事には変わりはない。警戒して損はないであろう。今最優先に考える事は、玲の救出。
「今から奏達がここへ来る。音信不通の人と連絡なんとか取って」
「人手が足りない時こそ、焦らずに考えろ。焦れば焦るほど真実は見えなくなるぜ!連絡は取ってみっけど、みんなが集まってからでも遅くはないはずだぜ?それに、人伝よりも同時に聞けた方がいいっしょ!」
記憶を失う前に玲がよく口にしていた言葉に似た事を発した黒川和斗に驚く。偶然なのかもしれないが、黒川和斗に対する謎は深まるばかりだ。
招集の連絡をしてから数分が経ち、奏達は警備室に入ってくる。聞き込みは、上手く行っていない様子。
奏は、黒木和斗の姿を見ると驚きの表情を浮かべている。奏が招き入れたのではない事がはっきりとわかる。
「よぅ!か〜なで!!」
「黒木!?何故ここにいる!」
「玲ちゃんのピンチって聞いて、駆けつけない男はいないっしょ!ねぇ!」
黒川和斗は、僕の方を向いて言うも僕は無視をしてわかっている事についての話を始める。先程の黒川和斗が怪しいと思っている人物の監視カメラの映像を流しながら、説明する。説明し終えると、他に何か手がかりがないかと、他の監視カメラも見始める。僕は、その様子を見ながら、黒川和斗を監視する。
黒川和斗は、奏に警察学校通っている事は知っているのだろうか。話し方からして、誤魔化しているようにも感じる。いつもの事だから奏も深くは、追求しないのかもしれない。奏は、黒川梨絵の弟という事に驚いていなかったという事は、それは知っていると言う事なのだろう。僕はふと喫茶店での出来事を思い出す。
これだけの推理力を持ちながらも、黒川和斗は一切空気のような存在だった。年相応の学生の反応だった。友達同士の殺人事件だったから、潜めていたのだろうか。事情聴取の際に、姉である黒川梨絵に何か吹き込まれたのだろうか。
謎は深まるばかりだと溜め息を溢してしまう。玲の身が最優先と思いつつも、不信感から如何しても気になってしまう。
「黒川和斗」
「和斗でいいぜ!!」
「そろそろ、玲の親友とやらに連絡してくれるかい?関係者は揃っているし、時間も惜しい」
「あ〜、その事なんだけど。後、2分くらいしたら、電話掛けてくれるらしいぜ。何でも、今運転中らしくてさ〜」
「どういう事?」
「彼奴はこの件に関わって、自分なりに調査でもしてんじゃねーの?手掛かりが見つかったか、犯人を追っているか」
「黒木、それは、本当か!?」
「いや、わかんねーけど。彼奴は、そういう奴なんだ」
どこか遠い目をする黒木和斗は、いつものふざけている雰囲気とは違う雰囲気を纏っている。黒木和斗は、その親友を心の底から理解し、信用しているようにも見える。
「それより、和斗さんの言う親友のお名前をお伺いしてもよろしいですか?その人物の特徴もあれば、お願いしたいです」
「俺の探偵時代の相棒。神有月漣」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
本の森という喫茶店で出会ったフードを被った綺麗な女性。真っ直ぐな瞳は、誰が見ても見惚れてしまう事だろう。フードから見えた綺麗な瞳と手入れの行き届いた綺麗で艶やかな長い髪、化粧をしていない白く綺麗な肌。俺は、その女性に心を奪われた。これが、一目惚れという現象なのだろうか。
その女性は、推理小説を好んで読んでいるのかシャーロックホームズが好きと話してくれた。思い出す度に鼓動が早くなり、会いたいという感情が溢れてくる。
その女性は、喫茶店内で不審な人物にずっと視線を向けられていた。ぶつかる前も後も同じ人物が、その女性を見ていた。店内で何かあっても困ると思い、もしも一人で来ているようなら声を掛けようと思っていると、和斗の友人の雪城と共に喫茶店に来ている事を知ると安心して席に戻る。
雪城とは、大学で授業で一緒になる事はあれど、直接的な関わりはない。連絡先を持っていなければ、話しかけるのも少々気が引ける。しかし、あの女性がもしストーカーに遭っているならば、知らせた方が良いとは思う。如何したものかと思いながら、和斗に相談すると雪城を紹介してくれるとの事だった。
和斗が時間を作ってくれるとの事だったので、俺はその間不審人物に関して調べる事にした。
不審人物は、体付きを隠すように服装に気を付けていたようだが、女性特有の仕草が何度か見られた為、女性の可能性が高い事くらいしかわからなかった。家を突き止めようとしたが、巻かれてしまった。
俺は、あの女性についても知らないまま、ただただ時間だけが過ぎて行った。
高校生の時は、よく和斗と共に探偵をしていた。和斗はそのまま警察官を目指したが、俺は探偵を卒業していた。理由は、将来的な安定を考えると難しいと両親に反対され、医者への道に進めと言われてしまったからだ。
俺にとって探偵は、憧れであり尊敬する存在。憧れのシャーロックホームズのように事件を解決して、難解な謎を解き明かしたかった。誤った真実を残さない真っ直ぐな探偵になりたかった。あの女性と会った瞬間、何故か探偵になりたい気持ちが復活した。
俺が不審人物を突き止めて、あの女性を守る事はできないだろうかと思い、僕の中の探偵の血が騒ぎ出す。俺は、あの女性の為に何か出来ないだろうか。
「もう一度、あの女性に会いたいな・・・」
大学は夏休みと言えど、実習などで何やかんや行かなければならない。まだ時間があった俺は、空腹を感じて大学前のファストフード店に入り、食事を済ませて珈琲をもにながら、時間を潰していると大学の駐車場からあの女性が車から降りる姿を見かける。
俺は、急いでお店を出ると、大学へ急いで向かった。
衝動的に大学に来てしまったものは良いものの突然、ストーカーされていますと知らない人間に告げられても困るだろう。俺は、和斗に電話を掛ける。
「お、如何したんだ?急に!」
「あ、いや。例のあの女性を大学で見かけて・・・」
「え?ちょっ、それだけで電話してきたのか!?」
「わ、笑うな!・・・ただ、その何も掴めていなくて、結局何もしてあげられていないんだ、俺」
「俺、今日空いてっし、今から迎えに来てくんね?ついでに、紹介してやるよ!」
「助かる」
俺は、急いで和斗の指定する場所に迎えに行くと和斗を乗せて大学に戻ると、和斗は雪城達を驚かせてくると楽しそうに大学内に入っていった。俺は、連絡するまで駐車場で待機してろって言われたため車の中で待機している、夏ということもあり、車の冷房で涼んでいる。
暫くすると、以前喫茶店で見かけた不審人物に似た人がキャリーケースを車のトランクに乗せている姿が視界に移り、思わず目を見開く。不審人物は、同じ大学の人間だった事に驚いた。不審人物は、キャリーケースをトランクに乗せ終えると車に乗り走り出す。俺は、和斗に不審人物を発見したとメールを入れると、その車を追うように走り出す。
キャリーケースは、遠目から見ただけではわからないが、人一人入るような大きさのように見えた。可能性としては薄いが、あの女性が乗っているのではないかと思う。
実際、その証拠は何処にもない。ただ、あの時の不審人物には間違いない。追えば何かしらわかるかもしれない。
俺は、ある程度車間距離を保ちながら、車を追い続ける。不審に思われてしまっては良くない。車を一台挟んだり、少し距離を取りながら車を走らせる。車の運転は得意な方ではないが、今はそんな事を言っている暇ではない。信号待ちをしながら、タブレット端末で地図を開く。地図を見ながら、相手の目的地を予想する。
車通りが少なくなると、追い続けるというのは相手に尾行されている勘付かれやすい。タブレット端末で表示している地図を見ると相手の車は、段々と人気の少ない場所に向かっている。俺は、車を路肩に止めると、自作のノートパソコンを起動させる。タブレット端末を接続して、タブレット端末に表示している地図に、インターネット上で地図の範囲内に最新の不審者情報を表示するように設定すると、地図にピンがいくつも経ち始める。
不審者情報には、性別不詳の人が取り壊し予定のマンションに入って行くところを目撃した近所の人が、警察と共に中を見て回ったが誰もいなかったという話が表示されている。度々その不審者が現れるもその人物は見つからず、いつしか心霊スポットとして扱われるようになったと記載されている。
怪しいとしたら、きっとこの建物だろうと思い、後部座席から探偵時代に使っていた和斗とお揃いの探偵道具の入った鞄を取ると中身を確認する。和斗とお揃いの探偵帽子と未使用の白い手袋、懐中電灯、針金など、役に立ちそうなものが入っている。
「捨てられなかったんだよな、これは」
俺は車を近くの有料駐車場に止めると、車の外に出ると鞄を背負う。車の鍵を閉めると気を引き締める。マンションの裏口を出入りしている目撃情報が多い。狙うなら正面とは思うが、マンションによっては監視カメラが設置している。不法侵入で訴えられないようにしなければならない。恐らく、監視カメラは作動していないと俺は思っている。もし作動しているのであれば、不審者情報があった際も恐らく確認されて不審者の姿が発見されていたと思う。
スマホをマナーモードにして、和斗に今から15分後に連絡するとメールを送るとマンションに向かう。
俺は今回も失敗しない。俺は、探偵としていくつもの事件を解決してきた。今回は特に謎があるわけではない。
もし、不審人物が本の森のあの不審人物ならば、あの女性を守る事ができる。もし、あの女性が誘拐されているのであれば、僕は救う事ができる。少しの可能性に賭ける。
俺は、長くなった前髪を掻き上げると探偵帽子を被る。そして、裏口を目指す。
目的のマンションにたどり着くと裏口には追っていた車を発見し、身を隠しながら消音でカメラで車種とナンバーを控えるために写真を撮る。マンションはそれほど大きくなく、壁は所々ヒビが入っている。人の気配がないか、確認しながらマンションに近付く。タブレット端末でマンションの構造を表示すると頭に叩き込む。
裏口に近付くとそっと扉に耳を当てる。扉付近には物音はなく、音を立てないように注意をしながら少し開ける。鞄から鏡を取り出して、中を確認するも人の気配はない。電気は通っていないらしく、中は薄暗い。日当たりはあまりよろしくない立地なのだろう。
扉を音を立てないように開けると、音を立てないように中に入る。薄暗くてしっかりと確認はできないが、キャリーケースを引き摺ったような痕跡が微かに残っている。息を潜めながら、マンションの中を足音を立てないように歩く。一階と二階は、人の気配も無ければ引き摺った痕跡もない。三階に上ると、引き摺った痕跡を発見する。此処が本命かと思っていると、誰かがマンションの一室から出て来ようとする音が聞こえ、咄嗟に廊下の柱に身を潜める。
奥の方から誰かが扉を開けて、階段を降りる音が聞こえる。微かに扉の開閉の音が聞こえる。気付かれていない事に安堵すると、誰かが出てきたと思われる扉を開く。車には一人しかいなかったが、複数犯の可能性も考えて慎重に扉を開ける。
久し振りに感じる緊張感。身体が震えている事が自分でも分かる。その気持ちを殺しながら、中に入ると廊下には、車に詰めていたと思われるキャリーケースが落ちている。
キャリーケースはチャックが開いており、中身は空になっている事が見ただけでも分かる。靴を履いたまま中に入ると扉を一つずつ開けて、部屋の中を確認する。トイレや洗面所、風呂場には誰もいない。奥の一室に入ると、ベッドに寝ているあの女性の姿が目に入る。呼吸をする音が聞こえている為、ただ眠っているだけだと安心する。
「誘拐されていたのか・・・」
女性を連れ出そうとすると、誰かが階段を登ってくる音が聞こえ、咄嗟にベッドの下に潜り込む。侵入している事がバレないように、扉はしっかりと閉めていた。バレない事を祈りつつ、息を殺す。
部屋の扉が開くと、誰かがベッドに近付く。
「まだ起きていないのね・・・。薬、少し強かったのかしら?予定外に実行してしまったけれど、私のものになったわ。ふふ、嬉しい。ずっと、貴女と一緒にいたかったの。・・・この薬品は、もう必要ないわね」
あの女性を誘拐したと思われる人の声は、女性の声だった。声判断で決め付けるのは違うかもしれないが、それ以前に女性特有の姿を見かけている。女性と断定しても良いと思う。
机か棚に何かが置かれる音が聞こえる。ベッドの下からだと足元しか見えず、相手の顔を見る事ができない。
「ねぇ、玲ちゃん。早く目を覚まして。あっ!目を覚ました時に、着て貰いたい服があったのを持ってくるのを忘れたわ。まだ少し時間がかかりそうかな?」
誘拐犯は、ガチャリと何かを掛ける。その音は2回聞こえる。何かに鍵を掛けたのだろうか。話の内容的に、外出する可能性が高い。
あの女性の名前はれいと言うのか。綺麗な響きだと思う。
「これでよし。内側に鍵がないなら、こうするしかないのよね。ごめんなさいね、玲ちゃん。少し行って来るわ」
軽快な足取りで誘拐犯は、何処かへ出かける。車のエンジン音と走り出す音が微かに聞こえる。俺は、ベッドの下から這い出ると部屋の中を見渡す。睡眠薬と思われる小瓶が机の上に置かれている。ラベルがないことから、以前の大学での騒ぎで作られた一部ではないかと思う。俺は、ベッドで寝ているれいと呼ばれる女性に声を掛けて起こそうと思うが、寝ている姿が愛らしく気が引けてしまう。
まるで、悪い魔女に眠りの魔法を掛けられてしまった姫のように見える。
「いや、そんな事考えている暇ではない。・・・れ、れいさん!起きてください!犯人が戻って来る前に、逃げますよ!」
触れてはいけないような気がして、声掛けしかできない。何か方法はないかと部屋の中を見渡すていると、れいさんはゆっくりと身体を起こしたようで、布団の動く音が聞こえる。振り返ると、れいさんは目を覚ましているが、ぼぅっとしている。
「此処は・・・?」
「誘拐犯の拠点かと思います。お身体は、問題ないですか?」
「少し頭がぼぅっとしています。問題はないと思います。貴方は?」
「あ、えっと、助けに・・・」
状況を説明しようにも、面識のない俺が助けに来たと言っても信じて貰えるだろうか。それより、緊張してしまって、何から話せば良いかわからない。
言葉詰まっていると、れいさんは、部屋を見渡しながら考え事をしている。
「そうか。僕は、誘拐されたという事か。まさか、こんな早く実行するとは思わなかった・・・。本の森という喫茶店でお会いした方ですよね。何故、僕の事を知らないにも関わらず、助けに来てくださったのですか?」
俺は、自身の事を覚えていてくれた事と状況把握能力の高い事に驚きつつも、今までの経緯を話す。れいさんは、真っ直ぐな瞳で俺の話を最後までしっかりと聞くと理解して、納得してくれた。
女性と話すのは、久しぶり過ぎて変に緊張してしまう。
「あ、俺の名前は、神有月蓮です」
「神無月玲です」
「あ、そうだった。連絡しないとか」
「・・・連絡ですか?何方に?」
「俺の親友。好敵手であり、背中を預けられる友。一緒に探偵を目指そうと誓った中で・・・」
玲さんの表情が一瞬曇る。親友という言葉に反応していた、無意識的に曇らせているように見える。
俺は、スマホを取り出すと和斗に電話を掛ける。
「和斗、待たせたな」
「待ちくたびれたぜ!全く」
「悪い」
「どうだった」
「今、丁度犯人がいない。手短に話す」
和斗の声を聞いて安心しつつも、状況を簡単に伝える。
玲さんは、意識がはっきりし始めたのか、何かの違和感を感じたのか、布団を床に落とした。電話をしながら玲さんの方に向くと、玲さんの足首には足枷が付いていた。
ガチャリという金属音は、足枷をする音だったと今更ながらに気が付く。鍵を探すも見つからない。
「詳しくは、メールで送る!玲さんに、足枷が付いていた!」
「わかった!警察とすぐ向かう!!」
和斗にメールを送るとすぐに足枷を外す準備に取り掛かる。
俺は、足枷を鞄の中に入っている針金で解く事が出来ないか必死になる。誘拐犯が、いつ戻って来るかがわからない。久し振り過ぎて焦りが出てしまう。
「落ち着いてください。探偵は、冷静沈着で残された痕跡を残さず真実を見つけ出す・・・。焦りは何も解決しません」
「そうでしたね」
俺は、深呼吸をするとゆっくりと足枷の鍵を外していく。外し終えると玲さんはベッドから降り、立ち上がるも蹌踉めいてベッドに座り込む。大丈夫ですかと駆け寄るも、顔色は宜しくない。
薬の副作用があるのかもしれないと思い、鞄から白い手袋とジッパー付きビニール袋を取り出すと指紋が付かないように机の上に置いてある小瓶を回収する。これを警察に届ければ、指紋から犯人も分かり、薬の成分も分かる事であろう。
俺は玲さんに近寄ると、何の症状が出ているかを確認する。脈拍は高く、額も熱い。風邪の症状が認められる。呼吸も荒く、苦しそうにしている。
「玲さん、大丈夫ですか?取り敢えず、此処を出ましょう!!」
「神有月さん、大丈夫です。それより、僕に情報を頂けませんか?」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ!」
「私は、真実を解き明かしたいと思います。私を誘拐した本当の理由を」
玲さんの顔付きが変わる。元々大人びている表情ではあった。今はなんと表現すれば良いのか分からないが、不思議な雰囲気を感じる。ずっと無表情だった玲さんは、この状況の中にも関わらず、笑みを浮かべている。その姿はとても綺麗だと思う。
俺は、タブレット端末を玲さんに渡しながら、俺自身が集めた情報の詳細を話す。俺は、話し終えると和斗にもう一度電話を掛ける。和斗はすぐに電話に出る。
「お、どうした?脱出出来たか?」
「いや。それが、まだ出来ていない。玲さん、よく分からない薬を使われたせいか、体調が良くない」
「救急車を待機させるように、連絡して見るわ。つか、お前が玲ちゃん背負えば良くね?」
「犯人もいつ戻って来るかも分からないから、連れ出したいとは思ってる。ただ、真実を解き明かしたいらしい・・・」
「そっか・・・、念の為、共有な。共犯は、取り敢えず取り押さえた。主犯は、恐らく一人だぜ。後15分くらいで現着だぜ」
玲さんはふらふらとしながら、部屋の中を歩き始める。俺は電話をしながら、後ろで支えられるように付いていく。部屋を一つ一つ確認しながら、元の部屋に戻ると机や箪笥の中を確認し始める。
暫く考え込んでいた様子だったが、何かわかった様子でベッドに腰を掛ける。
「ここに潜伏していたのは、恐らく、女性ですね。そして、このマンションの所有者か、その身内の可能性があるかもしれません。何かの理由で、取り壊しが先延ばしにされているそうです」
玲さんは俺のタブレット端末で情報を検索しながら、共有をし始める。
確かに、取り壊しが決まってから大分日にちが経っているけれど、取り壊されていないという情報があった事を思い出す。焦っていてしっかりと読み込み切れていなかった事を反省する。
俺は、建物の所有者にも事情を聞けないかと和斗に伝えると警察に同行しているのか、復唱している。
「まもなく、私をここへ連れて来た人間がこちらに戻って来る事でしょう。私は、この物語を終わらせます」
玲さんは、ストーカーされていた事に気付いていたという事なのだろうか。しかし、俺が状況を説明していた時も、知っている様子はなかった。
一体、神無月玲という女性は、ただの女性ではないのだろうか。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
漣から玲ちゃんを見つけたという報告に安心しつつ、宮野刑事に姉ちゃんに連絡して欲しいとジェスチャーで伝える。玲ちゃんは足枷をされていたらしく、漣が焦り始めてメールで詳細を送ると電話を切られる。
俺は心配になりつつも宮野刑事と連絡先を交換すると漣から送られてきた情報を共有をする。作戦を立てようと切り出して、今いるメンバーで向かおうと流れを持っていく。
警察は一般市民を巻き込まないように遠ざけるだろう。宮野警部も、遠回しにそういう発言をする。俺は、無理矢理にでも参加する為に姉ちゃんを呼び出すしかない。
俺はなんとか宮野刑事を共犯の捜査にさせる。凪ちゃん達高校生組を大学内の捜査に勝手に任命すると雪城を連れて駐車場に走る。漣の調査した内容は、俺と宮野刑事と姉ちゃんにしか送っていない。
奏の車に乗り込むと後部座席に長月が乗り込む。奏と二人きりが良かったのになと思いながらも、予想ないではあるのでこのまま奏に車を運転してもらう。俺は、目的地までのナビをする。
「なんつーか、玲ちゃんも大変だな〜。前回の喫茶店の件もそうだけど」
「そうだな。俺も迂闊だった。大学なら狙われないと思ってしまった・・・」
「まぁ、今日で片付くと思ったら、みんな安心じゃね!」
「君はいつも・・・」
奏は、俺に対して呆れてため息を吐く。酷くないかと思いながら、気が紛れているようだったので安心する。
前回は姉ちゃんが、玲ちゃん事が気になるから何もするなと釘を刺されて、探偵らしい事させて貰えなかったんだよな。あの中では他人から見れば容疑者の一人だったと思うし、玲ちゃんの不思議な雰囲気の秘密もしれたから、まあ良かったとは思う。後ろに座る長月の視線がなければ、もっと良いとは思う。
奏からは奏の従兄弟とは聞いていたけれど、顔を見た時に見覚えがあった。二、三年前に裏路地で喧嘩の声が聞こえて、興味本位で覗き込んだ時にいた時に一人で多数を相手している少年を見かけた。助太刀しようかと思っていたが、とても強く入る隙もなかった。敵に回したく無いなと思っていた人物が、喫茶店にいた時は驚きよりも思わず意外過ぎて吹き出しそうになった。しかも、従兄弟と聞いて確かに奏に雰囲気は似ていると思った。
視線が痛いなと思いつつ、ナビを続けていると漣からまた電話がかかってくる。
脱出できたのかと聞くとどうやら違うらしい。玲ちゃんが誘拐される際に使われたであろう薬品が原因で体調が悪いと聞き、すぐに長月に共有するように重要な部分を復唱する。電話の奥側から玲ちゃんの声が微かに聞こえる。元気そうに聞こえるけれど、実際見ない事には分からない。
「宮野が、救急車を手配してくれる」
「お、サンキュー。助かるわ〜。玲ちゃん、話せるみたいだからそこまで悪くないかも。安心しな」
玲ちゃんが、真実を明らかにしたいと言っていたらしい。玲ちゃんは玲ちゃんで探偵らしいなと思いつつ、危ない真似は控えて欲しいと願う。漣も一緒に推理勝負とかしていた時も、協力して謎を解いていた時も、無茶しがちな部分があった。
それよりも、前回同様自作の薬が使われているのか。薬品の管理体制しっかりとして貰いたいもんだと思う。
漣との電話は、突然切れてしまう。犯人が戻って来てしまったのだろうか。
「ストーカーって、よくわかんねーよな」
「突然、どうした」
「そこまで、人に執着できるもんなのかなーって。ま、玲ちゃん着物似合うし、綺麗だし。玲ちゃんなら考えるかもな〜。いろんな着物姿見て〜」
玲ちゃんの着物姿を想像していると、後部座席から殺気の籠った視線を感じる。流石に冗談だよと言う。本当に、高校生なのか疑いたくなる。玲ちゃんも長月同様に高校生か疑いたくなる。
この間の事件の推理は、見事なものだった。漣がその姿を見たなら、惚れ込んでしまうんじゃないかと思う程、綺麗な推理姿だった。姉ちゃんの言っていた、中学生にして事件を解決した話も納得もいった。俺や漣のように、玲ちゃんも探偵を目指していたのだろうか。でも、何かを抱え込んでいる雰囲気はあった。
この間は聞けなかったけど、あの時の一人称が気になる。初めて会った時は、無気力な僕っ子って感じで可愛らしかったけれど、推理を始めた途端には冷静なお姉さんという感じの私ちゃんだった。多重人格者なのか、記憶喪失と聞いていたから事件の拍子に記憶が戻ったのかもしれない。凪ちゃん達の様子からも後者の方が、当てはまりそうだ。
心理学系は専門外だから、よくわかんねぇな。
「あれから、親友の・・・」
「あ、漣?根暗で気弱そうな見た目してっけど、やる時はやる男だぜ!」
漣は、間違った事が嫌いなタイプだ。出会った頃は、本当に気が弱過ぎて放っておく事も出来なかった。推理小説が好きな事を知って、話すようになった事がきっかけで仲良くなった。そして、探偵ごっこを始めた。お互いシャーロックホームズのような探偵になろうと約束をした。
俺は姉ちゃんに探偵の話をしたら、警察目指しなよと言われ、取り敢えず目指してる。警察で経験を積みながら、いつか探偵に慣れたらと思う。
今回は、玲ちゃんを助けて第一歩って事で、俺なりに頑張りたいとは思っている。それに、漣はきっと玲ちゃんを守ってくれる事であろう。弱虫で意気地なしな部分はあれど、探偵として共に過ごしていた時は無敵だった。犯人に立ち向かう勇気と覚悟を持っている。
「玲は、どんな状況でも冷静に行動してくれる。その親友の助けがなかったとしてもね」
「玲ちゃん最強説か!でも、親友も負けねーぜ!」
目的地付近に近付くと、漣の車を見つける。有料駐車場に車を止める。俺達は警察よりも先に現場に着いてしまったようだ。俺としては、ありがたい話ではある。鞄から愛用の探偵帽子と白い手袋を取り出すと着用する。漣もきっと被っていると思う。
俺は、車から降りる。
「んじゃ、俺。ちょっくら行って来るわ!警察が来たら案内よろしくな!長月は、来る気満々なら、一緒に行こうぜ!玲ちゃんの事、心配だろうし!」
「当たり前でしょ。君も車でいいよ。僕一人でも構わない」
「そんな冷たいこと言うなよ〜。まぁ、そう言うことだから、奏、よろしく〜」
「あ、あぁ、気をつけてな」
奏は戸惑いつつも見送る。内心心配で行きたいと言う気持ちが透けて見えて面白いと思う。自分のせいで誘拐されていると責任感を抱いているのだろう。これに関しては、犯人が悪い訳であって奏は悪くない。
俺は不機嫌な長月と共に、周りを警戒しながら目的の建物に向かう。
目的地に到着すると、表の入口はしっかりと施錠されているため、開けることはできなかった。裏口に回ると漣から送られてきた写真と場所が一致する。車も写真と一致する。裏口の扉付近の地面は、出入りした形跡と何かを引きずった痕跡が残っている。扉には、ピッキングされたような形跡はない。表がしっかりと施錠されていたのにも関わらず、裏口は施錠されていないと言う事は、スペアキーを持っているか、所有者の何方かの可能性がある。
扉を音を立てないように開けると、中は如何にも廃墟って感じのする雰囲気だった。
俺はゆっくりと中に入ると、監視カメラが作動しているのかを確認する。赤いランプが付いていると言う事は、きっと作動している。
「監視カメラが動いている。バレないように行くのは難しいか・・・」
「此処は心霊スポットに来た人間のように行動すればいい」
「お、なるほど。流石、玲ちゃんの助手さん!」
「うるさいよ」
俺は、懐中電灯を取り出すと床を照らしながら、歩き出す。一階は使用されている気配はなく、簡単に回る。階段には新しい足跡が残されている。きっと玲ちゃん達は上の階にいる。二階も一階と同様に人の気配もなければ、使用されている気配はない。
本命は三階だろうと長月とアイコンタクトを取ると、ゆっくりと階段を登る。
建物内で誘拐した人間を監禁するのであれば、逃げやすい位置に拠点を設ける事が普通ではある。後は、バレないように地下や屋根裏部屋というケースも少なくは無い。此処は仮の拠点と言う事か、犯人が急遽用意した場所なのか。
最上階という事であれば、犯人を追い詰めたとしても逃げられない。追い詰めて確保するならこちらとしてはありがたい話ではある。これが、素人の計画であれば、問題ないだろう。誰であろうと、油断はしない。
最上階に着くと微かに聞こえる人の声。他に人の気配がないか確認してからその部屋に向かおうと長月に言うと静かに従ってくれる。喧嘩あるあるで、よく別室に仲間が待機している事がある。長月もそれを危惧していたのであろう。
声の聞こえる部屋の隣の部屋は、他の階の部屋と違い鍵が掛かっていなかった。音を立てないようにゆっくりと開けると中は背筋がゾッとする光景が待っていた。
その部屋の玄関から先には、玲ちゃんのいろんな写真で埋め尽くされていた。
この光景には、長月も顔面蒼白。これは、拗らせてんなと思いながら、部屋の中を確認する。写真を踏むのは申し訳ないと思いつつも、中に進むと一冊のノートを発見する、中身を確認すると日記のようだった。内容は、玲ちゃんについての事ばかりが事細かに書かれている。ストーカーの日記は初めてみるが、気持ちの良いものではない。
日付を遡ると、姉ちゃんの言っていた事件の切り抜きが挟まっている。日記の内容も、その記事に関わる内容だった。
この事件は、初め事故として処理されていた事を俺は姉ちゃんから聞いていた。聞いた当初は、不思議な事故だと思っていたけれど、暫く考えていると本当に事故なのかなと考え始めてはいた。結局、事故ではなく事件だったと聞いた時は、やっぱりそうだよなと納得した。
日記には、犯人は当時玲ちゃんの親友だったと書かれている。その犯人は、少年院に入ったとも記載されている。
日記の主は、犯人の事を妹と記載している。
「これは、笑えないな・・・。長月!すぐに玲の所に行くぞ!!」
俺は、長月に言い残すと日記を持ったまま部屋を飛び出し、隣の部屋に入る。
もしも、記憶がない状態で犯人と対面した時に記憶を思い出した場合、辛い記憶を思い出す事になる。正常な人間を連れて逃げる事は出来ても、精神的負担を負っている人間を連れて犯人から無事に逃げられるのは漣は出来ないだろう。
声のする一番奥の扉を勢い良く開くと、視界に広がる光景に俺はまた衝撃を受ける。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
「お待ちしておりましたよ、植木香苗さん」
「あら、如何して私の名前を知っているのかしら?でも、呼んでくれて嬉しいわ」
私は、部屋に入って来た犯人を視界に入れる事なくお久し振りですと伝えると驚いた表情を浮かべる。
私は知っている。この家の香り。忘れもしない親友と同じ柔軟剤の香り。私が、救えなかった唯一の人間。気付くのが遅かった。
香苗さんは、実の妹の佐奈と同様に私の事を妹として大切にしてくれていた人物。今回の誘拐は復讐の為ではなく、本当の妹にする為の犯行だと思う。これは、推測に過ぎない。
記憶を失った日以降に、偶然一人で帰っていた私に声をかけ、誘拐しかけたのも香苗さん。私は記憶自体無くなってしまっていたから、気付かなかったけれど、今思い出すとその人物は香苗さんの顔と一致する。
「貴女、記憶喪失のはずでは!?」
「えぇ、先程まではそうでした。今は、何もかも覚えていますよ。香苗さんの事も、妹の起こしてしまった事件の事も・・・。何故、このような事をされたのですか?」
「ふふふっ。それはね・・・」
香苗さんは、狂ったような笑みを浮かべながら話し始める。
「私は、佐奈がとても可愛くて可愛くて仕方なかったの。素直で、真っ直ぐで・・・。そんな佐奈が、仲良くしている玲ちゃんを私に紹介してくれた。親友としてね。玲ちゃんと会う度に、妹よりも真っ直ぐで綺麗な心を持っている貴女に惚れ込んでしまったの。本当の妹のように接していたのも、同性同士が恋人関係になる事が難しいから、せめて妹としてそばにいて欲しかったの。真実を突き止めた時の玲ちゃんにさらに恋に落ちた私は、ずっと妹にしたかった。しかし、佐奈が起こした事件は私と貴女を遠ざけるきっかけになってしまったの。佐奈の所為で、私達家族は・・・。いえ、私は貴女に会う事すら許されなくなったの。私は両親に佐奈を施設に入れる事を勧めて、引っ越しをする事になった。でも、私は貴女のことを忘れることが出来なかった。大学生になって、アルバイトができるようになってまた貴女、生活圏に引っ越しをしたの。時間さえあれば、貴女の事を遠くから見守っていた。・・・私はね、佐奈さえいなければ良かったって、殺そうとまで考えたわ。憎くて、玲ちゃんを酷い目に合わせて、許せなかった。自分の監視下に置いて、悪さしない様に見張ることも考えたけれど、佐奈を見るたびにあの事を思い出して、心が黒く染まるのがわかったの。でも、玲ちゃんは、それを望まない事を知っているから何もしていないわ。今回は、玲ちゃんを守る事と妹になって貰うために此処に連れてきたの!私の妹になってくれる?玲ちゃん」
「佐奈のした事は、どんな理由があったとしても許される事ではありません。しかし、それと同じ事を貴女もしている事を現時点で理解して頂きたいと思います」
「えっ?私が、佐奈と同じ・・・?」
「今、私は一人の探偵として・・・、いえ、一人の人として貴女と話さなければならないと感じましたので、お話しします。私は、全てを知っています。このような状況になる事を・・・。それは、記憶喪失である“僕”には、知る由もない事でしたので、今回の誘拐に関しては、身に覚えのない恐怖でしかありませんでした。“僕”には、怖い思いをさせてしまって、精神的にも疲れてしまって体調も良くない・・・。時間もあまりないので手短にお話しさせて頂きます。私は、自分の身を安全に保つ為に記憶を失くしています」
私は記憶を戻したタイミングで、精神的負荷が一気に脳に掛かり感情コントロールが難しい状態になってしまい頭痛が襲い記憶を失う事を繰り返していた。誰でもそれが可能かはわからないけれど、私は忘れたい記憶として事件を記憶の鍵とした。もうあの事件と同じ感情を抱きたくなかった私は、自分自身に暗示のようなものをかけて記憶喪失の僕で過ごせる様にした。
自分自身の信念が許せなかったり、危ないと感じた時に記憶が戻るようになる事は知っていた。しかし、精神的に心の負担が掛かると記憶は失うようになる。
私は、今でもあの事件を思い出す度に心が痛む。心の中であの事件の事を受け入れられない。何か自分に出来たのではないかと思っている。
自分自身を守る為の記憶喪失。
私は、真実を知る事が怖い。同じ事を繰り返してしまうと思ってしまうから、できる事なら普通の学生として過ごしたい。知らないままで平和に過ごしたい。それでも、この事件は、私が真実を明らかにして自首をして貰わないといけない。それが、私の最後に親友として佐奈にしてあげられる事だと思う。
「香苗さん。貴女は、理想の女の子を妹である佐奈に押し付けては居ませんでしたか?それをストレスに感じた佐奈は、自殺しようと考えていました。それを止めたのは、私です。その後、香苗さんの理想に近い女の子を見る度に、その子を妬み始めました。精神的なストレスから逃れる為に視界から消した・・・、そういった感覚でした。そう、これは佐奈にとっての自己防衛・・・。気付いた時には、私でも助ける事のできないほどに手遅れな状態でした」
私は探偵として事故の事を追っていた。初めは、ただの事故だと私も思っていたのだけど、調べている内に事故では無い痕跡を発見した。そして、調べて行く内に犯人の可能性が佐奈かもしれないと気付いてしまった。私は、佐奈ではないと思いたかった。おっと調査をすれば別の真実が見つかるかもしれないと探し回った。
しかし、ある日私は階段から突き落とされてしまった。階段の上には、佐奈の姿。確定しまった事とそうなるまで何もしてあげられなかった事を深く後悔した。
いつも通り笑顔で振る舞う佐奈を私は、信じていた。
「香苗さんは、佐奈を愛していたのでしょう。自分でも抑えられないほどに・・・。佐奈を大切に想うほど、自分の色に染めたくなってしまった・・・。香苗さんなりの佐奈に対する愛情表現だったと私は記憶を取り戻した時に思いました。私は、それを伝えられる状況下にいませんでしたし、手段も絶たれてしまいました・・・。
私は、香苗さんの姿を視界に映す。
香苗さんは、私の話を静かに聞くと泣き始める。姉妹の想いのすれ違い。私にはわからない感情だなと思いながら、佐奈が過去私に話していた事を伝える。ずっと伝える事ができなかった佐奈の思い。
「佐奈は、香苗さんの事をお姉ちゃんで良かったと事件を起こす前に話してくれました。自慢のお姉ちゃんで、一人っ子の私に良いでしょうと言うくらいに、貴女の事を思っていました。佐奈は、自慢のお姉ちゃんの期待に応えたいと言って頑張っていました。私は、作法や言葉遊びくらいしか付き合えませんでした。私にはわからない悩みで、全てを理解する事も叶いませんでしたけれど・・・」
「わ、私は・・・、佐奈になんて事を・・・」
「・・・やり直す事は出来ます。佐奈も、香苗さんも、これからの人生長いのです。生きている限り、償う事は可能です。そして、改める事は出来ます。過去に戻ってやり直す事は出来ませんが、これから来る警察に素直に話して、佐奈を探して大切にしてあげてください。今度は、自分の価値観を押し付けるのではなく、佐奈の事を支えてください」
私は、香苗さんの側によると抱きしめて、背中を優しく摩る。
私自身、何かをできる人間では無い。これまでも探偵活動を行なっていたけれど、必ず人を救える訳ではない。真実を知って喜ぶ人間もいれば、後悔する人間もいる。
初めは、真実を知ると言う事は救われる事と思っていた。でも、活動を重ねるうちにそれは違う事を知った。真実というものは、とても残酷なものであり、解き明かしてはならない物もある。
「記憶の鍵を知って避けていたのかも知れないか・・・」
神有月さんは、私のそばに寄ると頭に手を置くと同時に部屋の扉が勢い良く開かれる。その人物は、黒川さんだった。黒川さんは、部屋の状況を見て固まったかと思うと後ろから焦った表情を浮かべた龍介に突き飛ばされる。
私は、神有月さんに香苗さんを預けると龍介のそばに寄る。
「玲、無事?」
「え?えぇ。龍介、来てくれたのね。ありがとう。物語は、終わりを告げたよ」
「れ、玲?記憶が?」
「えっと、ただいま?ごめんね、辛い思いをさせたかな?」
龍介は、安心をしたのか涙を浮かべて僕に抱き付く。珍しいなと思いながら、龍介の頭を撫でる。こんな可愛らしい一面もあったのかと思うと心の中が暖かくなる。
私は、突き飛ばされて痛そうに腕を摩っている黒川さんと戸惑いながらも香苗さんを落ち着かせている神有月さんを見る。二人を見ていると昔を思い出す。
「黒川さん、神有月さん。親友同士で良い相棒なのですね。とても羨ましいです。探偵として、これからも頑張ってくださいね。本日は、とても助かりました。ありがとうございま・・・」
私は急に視界が霞み始め、最後まで言葉を言い切る事なく意識を手放す。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
次に目を覚ました時には、僕は真っ白な部屋でベッドに寝かされていた。ゆっくり身体を起こすと、如何やら病院の病室と言う事を理解する。病院で目を覚ましたという事は、僕はまた何かに巻き込まれたのだろうか。何度かこの状況を味わっている僕は、もう驚く事も無くなっている。
僕は長い事眠っていたのだろうか。僕の手には点滴に繋がれている。僕はベッドに身を預ける。
僕はどこまで記憶に残っているのだろう。夏休みに入って両親は海外出張前にお店に僕を連れ回し、その両親を空港に送り届けた記憶は鮮明に思い出せる。その後の記憶を遡っていると病室の扉が開き、誰かが入ってくる足音が聞こえる。カーテンが開かれると、雪城さんの姿が目に入る。
「雪城さん」
「目を覚ましたのか!?良かった。今、医者を呼ぶ」
「あ、あの。僕は、どのくらい寝ていましたか?」
「あれから、丁度一週間になるな。高熱を出して、そのまま入院する事になった」
「そうですか」
雪城さんに呼ばれた医師が病室に入ってくると軽い問診の後に検査を受ける。特に問題ないと言われ、明日には退院して問題ないと告げられる。僕よりも雪城さんの方が安心している。
検査を終えて、僕はベッドに横になる。窓側と言う事もあり、窓の外の景色が見える。雲ひとつない青空。記憶喪失と言われた日も雲ひとつない青空だった事を思い出す。
「すまなかった」
「いきなり、如何したのですか?」
「怖い思いをさせてしまった・・・」
「その記憶は僕には残っていません。また失ってしまったようです」
雪城さんは、目を見開いて驚いた様子だったが、悲しそうにそうかと呟く。
怖い思いをさせてしまったと言う言葉には、気になる部分も多い。しかし、知った所で意味はない。僕は、もう思い出す事を放棄した。記憶がないと言う事は、そう言う事と思う。
「・・・何も聞かないのか?」
「記憶の事ですか?特に興味はありません」
「そうか・・・。龍介は、また悲しむだろうな」
「と言う事は、僕はきっと記憶が戻っていたと言う事ですね。・・・多重人格者になった気分ですね」
僕が記憶を失った原因は、目が覚めるまでの空白の時間に何かがあったと言う事であろう。僕は、何度同じ事を繰り返すのだろうか。僕は、目を閉じてそのまま眠りに付く。
退院後に僕は長月から携帯を受け取ると、両親に連絡をした。長月の両親から話は聞いていたらしく早めに帰国できないかを交渉していると言っていたが、僕はそれを断った。僕は記憶以外に特に問題がない事を伝えると、一時的に帰国の許可が降りるまで長月の家でお世話になる事になった。
長月は、僕に記憶がない事を知ると泣きそうな顔をしていたけれど、すぐにいつもの無愛想な顔に戻る。長月の両親は多忙な方だが、初日は僕の為に時間を作ってくださり、共に食卓を囲んだ。
久し振りに誰かと食事をするなと思う。
数日間長月の家にお世話になっていると、両親が迎えに来た。長月も、長月の両親も、僕の事を気遣ってか空白の話は全くしなかった。そして、両親も話す事はなかった。
一週間程両親は、僕と共に生活をしていた。過保護なくらいに僕に対して心配な思いを伝えていた。共にアメリカに行こうと言われたが、僕は決して首を縦には振らなかった。
改めて交友関係を築くのも面倒と思うし、僕は適切な距離感で生活を送りたいと思っている。日本での生活が、今の僕に合っている。
僕はアメリカに戻る両親を見送ると、タクシーで帰宅する。帰宅すると長月が家の前で待っていた。
「見送りは済んだの?」
「終わったよ。最後までアメリカに連れて行きたいと言っていたけれど、僕の意思は尊重したいと日本に残る事を許してくれたよ」
「そう。それは良かった。それより、君に会いたいっていう人物がいるけど」
「誰?」
「黒川和斗と神有月漣」
黒川和斗は、月の喫茶店で会った終始テンションの高い男性。あまり話した記憶はない。僕に何か用事があるのだろうか。もう一人の神有月漣さんはわからない。何処かであったことのある人なのだろうか。
会いたいと言う事は、僕に何か伝えてい事があると言う事なのだろうか。
「要件次第では、会う。黒川さんは、喫茶店で会っているから良いけれど、もう一人は記憶にない・・・。もしも、僕の記憶がない部分を知っているのであれば、僕は・・・」
「気が進まないなら、断ればいい。僕は、今回の件を玲に話さないように、師走達には伝えた。内容が玲が記憶喪失になったきっかけだったと知ったのが理由。僕は、神有月漣から事件内容は共有受けている。だから、合わせたいとは思わないよ」
「そう」
全ては僕次第という事になる。
「僕の記憶喪失のきっかけの話なら、尚更今は知りたいと思わない。記憶が消えたという事は、僕はそれを思い出したくない事だと思っている。今は、何も知りたくないよ」
長月は、わかったと言うと帰って行った。携帯を持っているのだから、電話やメールで良いものをと思いながら、家の中に入る。
色々あったなと思いながら僕は、書斎で読書を始める。
何度も記憶を取り戻しては、失っている事を繰り返しているのは、両親も医師も驚いている。きっかけを知っているからこそ、詳細は僕が聞かない限りは伏せてくれている。僕も平穏に過ごせるのであれば、知らなくていい事は知りたくはない。
僕は読んでいる本を閉じると、窓側に向かう。窓から見える景色は、オレンジ色に染まり始めている。
「真実を知った時、僕は、僕でいる事ができるのだろうか・・・」
僕の呟きは、書斎の中で静かに消えていった。




