Episode2【夏休みは読書日和】前編
『陰暦 月の喫茶店』の事件から何事もなく平和な学校生活を過ごしている。
一時的に記憶は戻ったと長月や睦月から話は聞いてはいるが、その後は特に戻る様子はない。事件の詳細も長月から話をきくが、何も覚えていない。多重人格になった気分になる。
事件後に、迷惑をかけてしまった長月や睦月、雪城さん達には、別の喫茶店に長月経由で声を掛けて謝罪と感謝を伝えた。僕自身覚えていないが、迷惑かけた事は事実である。別の喫茶店になったのは、月の喫茶店が休業していた事が理由だった。月の喫茶店は、店長の月野さんを含めた数人の従業員がメンタルケアのため休職をしているから休業になっていると雪城さんから話を聞いた。現在は、営業再開していると雪城さんから長月経由で話を聞いた。
高校生活は、勉強と読書の日々を過している。探偵団からの部活動のお誘いも、活動のお誘いも無い。睦月や師走は、結構騒がしいが、そんな日常にも慣れ始めたと感じる。クラスメイトの名前は、ほとんど覚えていないが、生活に支障はでていない。球技大会の時に、関わったクラスメイトをぼんやりと覚えているくらい。僕のいるクラスは、比較的に騒がしいが優しい人間が多いという事はなんとなく感じている。
気が付くと夏休みになり時の流れは早いなと感じる。僕は、いつも通り書斎の本を読み漁っていると長月が書斎に入ってくる。
長月は、書斎の医学書を読みによく僕の家に来る。長月の両親は名医である。長月もその道を目指す事を選んだのか、勉強している所をよく見かける。僕の両親は、長月を気に入っている。連絡をよく取り合う仲から、息子のような存在へと変わっているように見える。合鍵も渡しているくらい信用している。
「玲、仁さんが呼んでる」
「わかった」
僕が、父の所在を聞くと一緒に行くと言う。長月と一緒に来いと言うことなのだろうか。僕は、読んでいる本を閉じて、机に置くと長月の後ろを歩くと玄関に連れて来られる。
「まさかと思うけど・・・?」
「玲、付き合ってもらうよ」
長月は、ふっと笑う。靴を履かされ、車に乗せられる。運転席には父の姿があり、助手席には母の姿がある。車から降りようと思ったが、戸締りを終えた長月に阻止される。
両親は、とても楽しそうに出発進行と言いうと、父が車を運転し始める。長月も何処と無く楽しそうに見える。僕はため息を吐くと窓の外の景色を見る。両親は楽しそうに話しをしている。
何処へ連れて行かれるのだろうと外を眺めていると、大きなショッピングモールの看板を見つける。方向からして、ショッピングモールに連れて行かれているのではないかと予想すると、やはり目的地は、ショッピングモール。父は、車を駐車場に止めると、母の手をとってみんなで買い物だと歩き始める。僕は、長月に手を引かれその後ろを歩く。
ショッピングモール『Forest』は、以前携帯販売店に連れて行かれた店舗も入っている。前回連れて行かれた時は、僕が必要ないと言い携帯は買わず、ショッピング内の洋服屋に連れて行かれては両親に着せ替え人形のように服を試着し、両親が良いと思ったものを大量に買っていた記憶が強く残っている。
今日も同じ事になるのだろうかと身構える。
ショッピングモール内に入ると最初に連れて来られたのは、携帯販売店。両親が海外に行く事が決まり、僕一人残して行く事が心配という事で強制的に携帯を購入する事に決定したと入店する前に告げられる。長月を通して確認するのも、長月に負担にもなると言われてしまっては、持たないという選択肢は選べない。父は、もしそれでも断るようなら、一緒に海外に連れて行くと言う所だったと笑いながら言う。僕は、流されるままに身を任せる事に決める。
携帯端末の機種は長月に選択して貰い、携帯の契約を進める。契約内容に関しては、僕は連絡手段以外で使う事はない為、両親に任せる。説明や署名を終えると、新しい携帯が手元に渡される。最新機種の白いスマートフォン。長月とお揃いの機種と色をしている。いつか取り間違えてしまうような気がしてならない。
携帯販売店を出ると、レストラン街に食事をする為に向かう。食事を済ませると、両親と長月の連絡先を登録を始めるも、良くわからず、長月に任せる。登録を終えて、手元に戻ってきた携帯の画面には、3人の連絡先が映っている。僕は、携帯の画面を消すとポケットに仕舞う。
携帯の購入で目的達成と思われたが、両親は止まらなかった。両親は、洋服屋を巡り始め振りまわし始めた。
買い物を終えて、車に戻る。車のトランクには大量の紙袋と箱。今回は僕だけではなく長月も着せ替え人形のようにされ、珍しく長月が疲れ果てている。家に着くまで静かに目を閉じている。
帰宅すると僕は部屋に戻ると机の上に置いてある雪城さんと清水さんの連絡先が書かれた紙を取るとベッドに腰を掛けて登録を始める。長月の操作を思い出しながらなんとか登録は完了する。何か送るべきかなと考えていると、長月が部屋に入ってくる。長月は、ノックをいつもしない。特に困る事がないが、他でも同じ事をしていると考えると思うところはある。
「丁度よかった。携帯の使い方を教えて欲しい。雪城さんと清水さんの連絡先を登録した。何か連絡した方が良いと思うのだが、送り方がわからない。ついでに、共有とかの操作も知りたい」
長月は、雪城さんの名前を聞くと眉をぴくりと動かしたような気がするが、気のせいだろう。
「タブレットは使えるのに、何故スマートフォンが使えないのさ」
「何か調べる時くらいしか使わないし、無線接続でマウスもキーボードも使える。パソコンと似ているから扱いやすい。画面も大きい。タブレット端末は、僕は良く使っていたのだろう。手に馴染みがある」
「確かに、玲はタブレットの印象が強いね」
長月は僕の隣に座ると電話の掛け方やメール、メッセージの送り方をわかりやすく説明する。連絡の仕方をある程度説明し終えると、その他に覚えておくと便利な事も説明してくれる。連絡以外で使う気はないため聞いたところで意味はないとは思いつつも、取り敢えず頭の中に入れておく。
僕は、メールを作成すると雪城さんと清水さんに携帯を購入した事と連絡先の追加をお願いするメールを送る。長月は、僕がメールを作成している時に画面が小さくフリック入力に苦戦している姿を見て、クスッと笑ったので僕はムッとする。僕がムッとしたのがわかったのか、長月は僕の頭を撫で始める。僕が諦めてため息を吐くと、携帯の着信音が部屋の中に鳴り響く。ディスプレイを見ると『雪城さん』の名前が表示されている。電話に出ると雪城さんの声が聞こえる。長月は、不機嫌そうな表情をする。喫茶店の時にも感じたが、あまり仲が良くないのだろうか。
「唐突にすまない」
「いえ、問題ありません。何かありましたか?」
「あ、いや。連絡くれた事が嬉しくてな。丁度、話したい事もある。今時間いいか?」
僕は時間には余裕がある為、問題ありませんと返事をすると、雪城さんは僕に紹介したいお店があると話し始める。
雪城さんの大学から少し離れたところに『本の森』と言う図書館とカフェが一体化したお店を見つけたという。店内の内装もアンティーク感があり、本のジャンルも幅広いとの事。
「珍しいミステリー小説も見つけてな。玲が喜ぶかと思って声を掛けたかった」
「そうですか」
「日時に関しては、メッセージを送る」
僕がわかりましたと言うと、雪城さんはまた連絡すると電話を切る。僕は携帯を耳から離すと、長月に押し倒される。ベッドの上という事もあり、衝撃も何もない。僕が如何したと問う前に長月は僕の上に覆い被さる。
僕は何の真似だと問い詰めようと長月の顔を見ると、長月は真剣な顔をしている。真剣も何も、冗談でこのような事をする人間ではない事は分かっているが、理由も言わずに身動き取りにくい体制にされているのは困る話だと思う。
「いきなり如何した」
「やけに、親しいと思ってね」
「そうか?」
「僕は、そう感じるよ」
長月は、何を思っているのかわからない。仲が良くないと思わせつつ、兄的な存在の雪城さんを取られると思っているのだろうか。それは無いかと思い、僕がため息を吐く。長月は面白くないとでも言いたげな表情をする。僕は、ふとこの状況が過去にもあったような気がすると思う。いつの事だったかは覚えていない。記憶を失う前のことなのかもしれない。
「玲が、奏と出かけるのは嫌」
「長月も誘われると思うけど」
「さあね」
僕はふと思った同じ状況が過去にもあったかを長月に聞くと、長月は少し驚いた表情をする。思い出したのかいと言う問いに、僕は首を振る。悲しそうな顔をする長月の頬にそっと手を伸ばして撫でる。
「如何して、悲しい顔をするの」
「悲しいさ。呼び方も接し方も遠くなったあの日から」
「・・・・」
「憎んでいるよ。今でも。玲が生きているとは言え、大切な玲をあんな目に合わせた人間を。玲が許したとしても、僕は許さないよ」
僕には無い感情。記憶喪失と共に失ったのだと思う。
あの事件について聞いても、何も感じなかった。本来なら僕は記憶を失った原因に対して何か思わなければならない立場ではある。恨みや怒りのような物を感じるのが普通なのかもしれない。長月が玲という存在を本当に大切に思っている事がよくわかる。
僕が病院で目を覚ました後に長月達に会ったが、僕にとっては知らない人で他人行儀になったことを今でも覚えている。仕方がない事だとしても、仕方がないという事で片付けられなかったのだろう。だから、悲しんだり、怒ったりしていたのだろう。
長月が唐突に名前を呼んでと言うので、長月と呼ぶと違うと言われてしまう。日記では、確か長月の事は龍介と書いてあった事を思い出す。龍介と呼んで欲しいと言う事なのだろうかと思い、そう呼んでみると長月は嬉しそうな顔をして頬に触れている僕の手を取り指を絡められる。
「僕は、玲の記憶が戻っても、戻らなくても如何でも良い。玲の望む通りにして欲しい。ただ、僕の傍にいて」
「長月が・・・、いや、龍介がそう言うとは予想していなかった」
「僕は玲が辛く感じたり、苦しんだりする姿は見たくない。玲を守りたい」
長月はそういうと絡めていた指を解くと僕の上から退くと手を差し伸べる。僕は、その手を取らずに身体を起こす。手を取らなかった事が不服だった長月は、不機嫌な顔を浮かべえる。
「辛いとも、苦しいとも感じた事はないよ。少なくとも、今は。守られる程弱くはない・・・、と思う」
僕がそう言うと、長月はため息を吐いてポケットから何かを取り出すと僕の首に腕を回す。僕は避けようとしたが、じっとしてと長月に言われてしまい終わるまで待つ事にする。長月に抵抗すると体力を使う事は過去で経験している。
目を覚まして早々周りの人間の名前がわからなかった僕は、探偵団員に絡まれていた。記憶を戻すために必死になる探偵団に疲弊していた僕は、学校の許可を得て図書館の管理室に身を隠していた。図書館の管理室は、図書館にはない古い書籍や貴重な書籍が眠っている為、許可をもらった人間のみが出入りを許されている場所で身を隠すには好都合だった。僕は、授業以外の時間は、探偵団の視線を避けながら、図書館の管理室に通っていた。ある日、いつも通り図書館の管理室に行くと、窓辺で読書をしている他の生徒がいることに気が付き、バレないように本の影に隠れたが、バレてしまった。その生徒は長月だった。長月は、何も言わずに僕の隣で読書の続きを始めた。その後も図書館の管理室で会う度に無言で共に読書をし、一緒に帰るようになった。長月が、勝手に隣を歩いていただけで、一緒に帰ろうと約束した事はない。長月が卒業し、一緒に帰る事もなくなって数日が経ったある日、僕は誰かに誘拐されそうになった。突然の事で驚いたが、長月が駆けつけた事により、未遂で終わった。犯人はそのまま逃げてしまい、目的もわからなかった。その事件の後に長月は僕の事を強く抱き締めて離さなかった。長月の腕の中から抜けようと思い必死に抵抗したが、体力を使うだけでびくともしなかった。
心配になるのはわかるが、限度を考えて欲しいと常日頃思っている。
長月は、用事が済んだのか僕に首に回していた腕を離すと満足そうな表情をする。首元に冷たい感触を感じて、その正体を手で触れる。ネックレスを付けられた事に気が付く。
「これは、何?」
「お守り。許可なく外す事は許さないよ」
「錆びる」
「錆びないよ」
首元にとても違和感が絶えない。僕はため息を吐くと、椅子に座る。色々聞きたい事はあるが、察する部分もある。
長月にとって玲という存在は、初めて心を開いた人物。そんな大切な人間を失いかけたあの事件が、再度起こるのではないかと不安に感じるのだろう。そして、その存在を誰かに取られたくないのだろう。
大切な存在という言葉を頭の中で考えていると誰かの顔が浮かんだ途端頭痛がする。僕が、いきなり頭を抑えて事に驚いた長月は、僕の名前を呼びながら心配そうな顔をして駆け寄ってくる。頭痛はほんの一瞬で治り、長月に大丈夫と言う。僕は、軽く深呼吸をする。
「大切な存在か・・・」
「玲?」
「大丈夫。心配しないで」
僕はそういうと書斎に向かう。書斎では、父が何かファイルを呼んでいた。僕の存在に気が付くとファイルを閉じ、棚にしまう。そして、椅子に座ると僕の首元の存在に気が付いた様子。
「如何した、玲。ネックレスなんて。珍しいね」
「長月がお守りと言って付けてくれました」
「そうか」
父が真剣な眼差しに変わるのに僕は疑問に思いながら、本棚からミステリー小説を取る。そう言えば、付けているネックレスしっかり見ていなかったなと思い、書斎にある姿鏡を見る。シルバーのチェーンにブック型のチャームが付いている。よく見ると青い宝石が付いている。
これは結構高価な物なのではと思っていると、父が僕にソファに座るようにと言う。僕がソファに座ると父は話し始める。
「玲、それは、龍介くんからの贈り物と言っていたね」
「そうです。外さないようにと言われましたが、」
「そうか。しつこく聞くのも本当に好きではないが・・・・。本当に一緒に一人で日本に残るか?」
「気持ちは変わりません。残ります」
「分かった。長月の家には既に話は付けているから、困った事があれば頼りなさい。今の玲はしないと思うが、危ない事に首を突っ込まないように。そして、何か異変を感じたら、すぐに逃げるように」
僕は、ため息を吐くとわかりましたと返事をする。前に言われた時より真剣に言われ驚いたが、いつもの過保護かと思うとあまり違和感は感じなかった。
父は、僕の返事を聞くとネックレスを見つめている事に気が付く。ネックレスに何かあるのかと思って聞いてみると、ネックレスに付いている宝石は、ブルーダイヤモンドと言われる。
ブルーダイヤモンドは、永遠や幸せの宝石言葉を持ち、身に付けると魅力や才能を引き出してくれるという事で広く伝えられている宝石だと父は話す。見ただけで何の宝石か当てられる事もそうだが、宝石言葉はすぐ出てくることにも驚く。作家だからと言っても、宝石の目利きができるのは、よくわからない。
「来週の土曜日には、日本を立つ事が今日決定した」
「そうですか。わかりました。予定は入っていませんので、お見送りさせていただきます」
「・・・・・玲は、私たちの大切な娘と言う事には変わらない。記憶の事は、本当に無理をして思い出さなくていい。・・・しかし、寂しいな。大切な娘といけないなんて」
急に沈んだかと思えば、親バカを発揮する父を横目に、手に取った小説は自室で読もうと思い部屋に戻る。今日は、何処にいても騒がしいなと感じながら、本に集中しようと思う。
部屋に戻ると長月が、椅子に座って電話をしている。邪魔をするのはよくないと思い、外に出ようとすると電話を切って出て行かなくていいと言われる。再び鳴る長月の携帯。長月は、画面を見て音を止めると、メッセージを打ち始めた。
「要件終わっていないなら、別の部屋に行くけど」
「メッセージで済ませるから、問題ないよ。それより、奏からメール届いたよ。来週の日曜日に僕の家に用事がある。その後に、カフェに行くようだよ。玲にも届いているよ」
長月は、そう言うとベッドの上に乗っている僕の携帯を取ると僕に手渡す。それを受け取ると携帯の画面をつけ、メールを開く。雪城さんは、一斉送信でカフェのお誘いを僕だけでなく睦月達にも声をかけている。長月には、別で送っているのだろう。返信欄には、睦月と清水さんは私用があって行けないと送っている。
僕は、断る理由も特にない。珍しいミステリー小説というのも気になる。僕は、メールで行きますと送ると、画面を暗くして机の上に置く。
「当日、ここに迎えにくる。到着したら連絡する。それまで、ゆっくりしていると良い」
「分かった」
僕は、ベッドに腰掛けると読書を始める。僕の人生は、読書が多く占めるのだろう。本は、裏切らない。
夏休みの殆どを勉強と読書で過ごしていた僕は、気が付くと両親が日本を立つ土曜日を迎えた。夏休みになると僕の中では日付感覚など無くなっていた。
朝早くに両親に起こされ、長月の家の使用人のような方が車を出してくれて両親と長月と共に空港まで連れて来られた。両親は、最終的に共にアメリカに旅立って行った。最後まで僕が日本に残る事を気にしていた。
見送りが終わり家に帰宅すると、一人となった家はとても静かに感じる。僕は、キッチンに向かうと、湯を沸かす。冷蔵庫から檸檬シロップを取り出してマグカップに入れ、沸かしていた湯を注ぐと一口口に含む。口に広がる檸檬特有の酸味とほんのりする甘味を感じながら、今日の夕食は何にしようか悩む。一人での食事は始めてのような気がする。どんなに忙しくても、両親のどちらかと食卓を共にしていた。
冷蔵庫と冷凍庫を開けてみると、数日分の作り置きはしてくれているようで、タッパーには丁寧に期限が貼られている。僕は、冷蔵庫に入っているオムライスを取り出すと、電子レンジで温める。リビングのテーブルを拭いて、水と温め終わったオムライスを置くと静かに食べ始める。
突然、携帯の着信音が鳴り響き、携帯の画面を見ると雪城さんからの着信。僕は食事が済んでから折り返そうと思い、一度電話を切るとメールを送る。
食事を済ませると、洗い物を始める。食後の紅茶を楽しもうと思い、湯を沸かして、ティーカップを温めてから紅茶を淹れる。個包装の紅茶のパックはとても便利だと思う。紅茶を入れ終わると、リビングに持って行くと、雪城さんに電話を掛ける。雪城さんは、ワンコールで電話に出る。
「もしもし。神無月です。聞こえますか?」
「聞こえる。明日の件について、再度確認しようと思って電話した。急に掛けてしまって、すまなかった」
「いえ、問題ないです。確認でしたね」
「そうだ。明日、龍介の家での用事が終わった後に迎えに行くという事は龍介から聞いているか?」
「はい。聞いています」
用事が何時で終わるか分からないが、お昼あたりには迎えにい行けると言う雪城さん。僕は、ゆっくり目むれるなと思いながら、話を聞いている。内容的に、メールでもよかったのではと思った事はを口にはしなかった。
内容の確認は終わり、電話を切ろうかと思っていた時にふと思った疑問を解決しようと思い雪城さんに声を掛ける。
「雪城さん、長月について、少し聞きたいのですが・・・・」
「ん?龍介の事か?何かあったのか?」
「何かあったと言うわけではありません。長月は、ずっと雪城さんにあのような態度なのかと気になってしましまって・・・」
明日は共に行くと言うのに、不機嫌な状態というのも居心地は良くないだろうと思う。僕は、本が読めるのであれば特に何も問題ないが、面倒な事になるのはとても困る。
長月は、基本的に人と関わる事はしない。孤高の存在。家族に対してもドライな印象を持っている。長月の両親もドライと言えばドライな性格をしているが、長月ほどではない。
雪城さんは、いつもと変わらないと思うがと思い返してくれている様子。
「いや、僕に対しては、変わらない。ただ、玲に対しては、何か特別な感情を持っているのだろうなと感じる」
雪城さん曰く、誰に対しても近寄り難い雰囲気を出している長月が、珍しく人に興味を持って接しているのを見たと言う。
「玲との出会いが龍介の人生を変えてくれたと思うと感謝しかないが、敵視されているように感じてならない」
「何故敵視されているかは、ご存知なのですか?」
「正確には分からないが・・・、なんとなく、察しは付いてはいる」
「そうですか。少し、感情制御してくれるとこちらとしても気は楽ですね」
「明日は、気をつけるようにしよう」
僕は、雪城さんに明日は気楽に楽しみましょうと言うと電話越しから長月の声が聞こえると電話が切れる。雪城さんは、大変そうだと思うと僕は携帯を置いて、お風呂の準備を始めす。
長月と雪城さんは、確か従兄弟で兄弟のように育てられたと言う。兄弟の仲は、家庭それぞれで喧嘩の絶えない兄弟もいれば、互いが互いを思い仲の良い兄弟もいる。長月達を当てはめるのなら、どんな兄弟になるのだろうか。血の繋がりは遠いかもしれないが、兄弟と言われても納得してしまうほど雰囲気は似ている。
歯磨きやお風呂を済ませ、自室でのんびりと過ごしていると遠くの方で花火の音が聞こえる。僕は、部屋のカーテンを開けると、夜空に綺麗に花が咲く。窓の近くに椅子を置くと、その椅子に座って花火を眺める。
花火を眺めていると、今が夏なのだと感じる。僕は、ぼんやりと花火を眺めていた。
僕は朝の陽の光で目が覚めてしまった。目が覚めると僕はベッドではなく椅子に座ったまま寝てしまっていた。花火を眺めながらそのまま眠りに落ちてしまったようだった。
僕は眠い目を擦りながら、キッチンに降りると湯を沸かして、白湯を飲む。二度寝をしようかと考えたが、出かける予定もある。何時に迎えが来ても問題ないように準備は済ませておこうと鞄を探しに行く。普段は睦月や母があれこれと用意を始めてしまう為、何を用意すれば問題ないかは把握している。あまり大きい鞄を選んでも、邪魔になるだけだと考えると小さめの鞄にした方が良いのだろう。携帯とお財布とハンカチとポケットティッシュがあれば問題ないだろうか。よく化粧ポーチや防犯グッズを入れられるが、今回は携帯も持っている。送り迎えも長月の使用人のような人間がしてくれるため、必要性はないと思う。
僕は、鞄の用意を終わらせると、クローゼットを開く。服装は、ラフな物で良いのだろうか。いつもの半袖のブラウスに、ショートパンツで決めるか、母激推しのワンピースに決めるか。ワンピースは、脱ぎ着はとても楽でな為なしではないと思う。両親が選んだものとは言え、着ないという事はデザインし製作した人間に失礼かと思いワンピースを選ぶ。アンティークをテーマに文学系のワンピースを選ぶ。似合う似合わないは、全く分からないなと思いながら、洋服を洗面所に持っていく。
僕は、軽くシャワーを浴びると、髪を整える。ドライヤーで髪を乾かし、髪を櫛で通すと伸びたなと感じる。特に切る理由もなくなんとなく伸ばしていたため、いつの間にか腰あたりまで伸びている。流石に邪魔かもなと思いながら、ワンピースに袖を通す。
朝ごはんに、食パンとスクランブルエッグとベーコンを焼く。朝食を食べながらぼぅっと過ごしていると、携帯が鳴る。音が短いため、恐らくメールが届いたのだろう。朝食が終わってから確認しようと思い、残りの食パンを早く食べ終える。食器などの片付けを終わらせると、携帯を開く。届いたメールの差出人は、長月と書かれており、内容は道が混んでいない限りは、迎えの時間は11時になると一言記載されている。
僕は歯磨きを済ませると、書斎に向かい読書を始める。
書斎には、父の作品だけでなく、様々なジャンルの小説が眠っている。小説以外にも、父が小説を書く上で参考資料として集めている医学書や少し変わった事件の新聞記事も棚に仕舞われている。医学書に関しては、幅広く用意されているため、長月がよく読んでいる。長月曰く、家に無い医学書があると言う。学校の帰りや休みの日に良く読みに来ている。
書斎の本はぎっしりと埋まっており、僕はまだ全て読み終えていない。半分読めたか、読めていないかという状態である。
「やぁ。玲、待たせたね」
本に集中しすぎてしまったせいか、長月が部屋に入って来たことに気付かなかった。時計を見ると、11時になっていた。
「準備が整ったら、玄関においで。待ってる」
「わかった。戸締りと鞄を持ってくる。すぐ向かう」
「洋服、似合ってる」
長月は、そう言い残すとと書斎を出る。最近の長月は、本当に変わったなと感じる。僕は、長月が変わったところで何も変える気は無い。
僕は、戸締りを確認すると、自室から鞄と薄手のパーカーを持つと長月の待つ玄関に向かう。準備はできたかいと言う長月の問いに、問題ないと答えると長月は、僕に薄手のフード付きのポンチョを掛ける。
「いつの間に持ってきたの」
「その洋服ならパーカーよりポンチョの方が良いかと思ってね」
「そう」
僕は、パーカーを自室に戻すと玄関に戻り、靴を履く。扉に鍵を掛けると、長月の車に乗る。長月の使用人の方が、後部座席の扉を開けると車内には、助手席に座る雪城さんと後部座席に大人しく座っている猫がいる。
「シャロがいつの間にか車内に潜り込んでいた」
長月は、長月の家猫のシャロを抱くと助手席側に座る。僕は、運転席側に座るとシャロが長月の手からすり抜けて僕の膝の上に乗る。撫でろとでも言いたげな表情をしながら、僕の事を見つめている。僕は、久しぶりシャロと声を掛けながら撫でていると、雪城さんが羨ましそうな表情をしていることに気がつく。
「玲には、懐いているようだね。羨ましいよ」
シャロは、なかなか人に懐かないと長月は昔言っていた事を思い出す。雪城さんは、猫が好きと言うが、シャロは寄ってくる事がないと悲しんでいる。シャロは、迷い猫でいつの間にか長月と共に過ごしているらしい。青い瞳のロシアンブルーという猫種。
迷い猫であるシャロは、猫種がはっきりしているのはもともと飼い主がいた事が理由である。生まれてしばらくした後に脱走したシャロは、長月の家に迷い込みそのまま引き取ったとのこと。飼い主だった方は、シャロが自分自身になかなか懐く事がなく、窓の外ばかり見ていたようで、シャロ自身自分で飼い主を決めたかったのではないかと言っていたそうだ。
僕は、シャロは賢そうではあると思いながら、じっと見つめているとシャロは肩に乗り始める。
「シャロ。玲の服を引っ掛けないように」
長月が、そういうとシャロはわかっているとでも言いたげな返事をする。
目的地周辺の駐車場に着くと、シャロは僕の肩から降りると器用にヘッドレストに乗る。僕が車から降りると、座席に降りていってらっしゃいと鳴いている。人間の言葉や行動を理解しているような感じがする。僕は、行ってきますとシャロに言うと頭を撫でる。
車のドアを閉めると、目的であるカフェに向かう。
『本の森』と書かれている看板のお店に着くと思ったより大正ロマンな感じのお店であった。西洋風のアンティーク系と思っていた。僕の知る限りの本屋や図書館は、どちらかと言うと西洋風の内装が多かった。
中に入ると、さらに雰囲気の良い。食事スペースとカフェスペースがある。本を読めるのは、カフェスペースのみとなっている様子。初めは食事をすることになり、店員に食事スペースに案内してもらう。自由席となっているようで、2階の窓側のテーブルで食事をしようと言うことになり、椅子に座る。メニューは西洋料理が多く、栄養バランスの考えられたメニューも存在している。
僕は、ナポリタンを頼むことにする。パスタ関係は、なかなか家で食べる事はなかった為、とても気になっている。長月はハンバーグを、雪城さんはビーフシチュを頼んでいた。注文は、まとめて雪城さんが店員へ伝えてくれたため、のんびりと食事を待つ。
長月は、窓の景色を楽しんでいる。雪城さんは、ノートパソコンで作業をしている。実習の報告書を進めたいとの事。僕は、特にすることもなく、長月と同じように窓の外をぼぅっと眺めていると、どこからか視線を感じたような気がして、視線の感じる方へ向く。特に誰かに見られている様子はなく、気のせいかと思っていると雪城さんが不思議そうに僕を見ている。
「どうかしたのか?」
「いえ、何もないですよ」
「そうか?」
「えぇ」
雪城さんは、ノートパソコンのキーボードを打ちながら、前回の事件について聞いてくる。その内容に関しては、僕は記憶がない為答えられるものは限られている。共有を受けた内容しか僕は話せない。前回会った際は、記憶の話はしていなかったなと思い出す。
「この間の事件の君の推理は、大変驚かされた。君が高校生という事を忘れてしまう程に」
「そうですか。しかし、僕はその辺りの記憶は失っていますので、どうだったかはわかりません」
「そうだったのか・・・」
「詳細は、共有は受けているだけですね」
「そうか・・・。最後に掛けた言葉が気になっていたのだが・・・・」
僕が最後に言った“想いが届くと良いですね”という言葉が雪城さんは気になっていた様子だった。いつから気付いていたかというのも僕自身もう何も残っていない。わかることと言えば、中庭で楽しそうにしている高本さんの目は、恋する乙女と呼ばれる目をしていたと言う所だろう。確たる証拠はない。
「榎本さんの届かなかった想いと中庭での高本さんの様子を照らし合わせた僕自身の憶測でしかありません。真意は、お二方にしかわかりません」
例え好きな相手だからと言って、犯人を庇うと言う思考は、僕には理解できない。この部分に関しては、当人にしか分からない事であり、他者が理解するには難しいものなのではないかと僕は思う。知ったところで、何もならない。
雪城さんは、二人の様子を見ても何も感じていなかったという。ただの仲の良い友達関係に映っていたようだ。見え方や感じ方の違いは、誰にでもあり、正確に把握する事は難しい。
「もし、気付いていたとしたら、結末は変わっていただろうか」
「過ぎてしまったことを考えても仕方ないよ。実際、人生の選択をするのは彼等であって、僕達ではない」
そう考えるなんて奏でらしくないねと言う長月は、何処かつまらなそうに言う。
雪城さんは、恐らく初めて事件の現場を体験したのだと思う。しかも、自分の良く知る友人が被害者であり、加害者である。なかなか経験することはないだろう。長月は、そもそも友人という友人は探偵団にいるかも怪しい。仮に、家族が犯罪に手を染めたとしても、長月は何も感じないのかもしれない。他人への執着をあまり感じたことはない。今の僕は、きっと長月寄りの思考なのだろう。
「事件に慣れているようなだな」
慣れていると思われても仕方のないのかもしれない。普通の人間であれば、衝撃を受けて平常心ではいられないであろう。
「慣れているのかは分かりませんが、そう映ってしまっているのであれば、慣れているのでしょうね。記憶には、無いので分かりませんが・・・・」
「また記憶がなくなってしまったのか!?」
「事件があったであろう部分の記憶が消えただけです。日常生活には、問題ありません」
そうかと言いながらも、心配そうな顔をする雪城さん。驚く事も、心配そうな顔をする事もしなくて問題ないのにと思う。人間にとっての記憶というものは、確かに大切なものなのかもしれない。でも、僕自身はそれを大切に感じていない。僕の心は、記憶を思い出したくないのだと感じている。
そう考えていると、注文していた料理が届き、皆食べ始める。店内の食事スペースで、食事をするとカフェスペースでのドリンクが無料券が1人2枚貰えるようで、配膳された食事のお盆に乗っかっている。
食事を終え、3人でカフェスペースに移動をする。
カフェ内の本は、自身で探しに行くかタブレット端末から注文する事ができるシステムとなっている。雪城さんと長月は、タブレット端末で本を探している。お互い読みたいジャンルが決まっているのであろう。僕は、雪城さんのいう面白いミステリー小説を読もうか考えたが、折角の機会なので内装を楽しつつ探す事にする。
僕は、シャーロックホームズの関わる書籍が好きで、書斎にある書籍は全て読み終えてしまっている。しかし、その書籍の中には、なかなか手に入らないほど貴重な本もあり、続きを読めていない物もある。その理由は、発行部数が少ない事と人気が高いと言う事が挙げられている。
市や都が経営する図書館には劣るが、それなりに本のジャンルは多い様で回るには、時間がかかりそうだと思い、席に戻りタブレット端末で雪城さんが言っていた面白いミステリー小説を頼む。
「中は広いだろう。最初は、歩いて探そうと思ったが、断念したさ」
「広いですね。雪城さんおすすめの小説を読み終えたら、探検する事にしました」
「そうか。玲は、今までどんな小説を読んできたんだ?」
「シャーロックホームズの出てくる物語は、粗方読み終えました」
「粗方・・・?それは凄いな」
「結構時間は掛かりましたが、どの物語も面白い物でした。入手困難な物が手に入れば、良いのですが・・・。続きが如何しても気になってしましまして・・・」
雪城さんは、驚きの表情をしている。雪城さんは、シャーロックホームズシリーズは、あまり読んだ事がないらしく、興味がある様子。シャーロックホームズ関連の本は、値段が割と高く手を出しにくい物で有名だ。手頃な物もあるが、やはりちゃんと製本されているもので読みたいと思う人間が多いと思う。僕はその内の一人である。
僕の家の書斎の本は、父だけでなく母も様々なジャンルの本を収めている。何方がシャーロックホームズが好きなのかは聞いた事はないが、ありがたかった。
本が届くまでに、飲み物を注文して待っていると飲み物と共に小説が届く。僕は、カプチーノを飲みながら、読書を始める。僕達は、それぞれ選んだ本を読み始める。雪城さんのおすすめの本は、長編というより短編もので軽くすらすらと読み進める事ができ、頭も結構使う内容でのめり込んでしまった。
僕は、30分も掛からずに読み終えてしまい、2人を見るもまだ読書に集中をしている様子。僕は、読み終えた本を返却して、他の本を探しに歩く。
店内を見てると、利用している年齢層は高いと感じる。僕と比べると10も20も年上の方が多く利用していると感じる。僕と年齢が近しい人は、いないように見える。
本棚で本を探す人は少なく、店員がたまに本を取りに来るくらいだった。自分で探すより、タブレット端末で探す方が早い事が理由なのだろう。僕よりも棚の高さはある為、届かないと言うのも理由の一つだろうと本を探しながら思っていると僕は誰かとぶつかってしまう。
「すいません!本を取るのに、夢中になってしまって!!」
ぶつかってしまったのは、僕出るのに先に謝られてしまった。僕もすぐに謝る。僕がぶつかってしまった相手は、勉強一筋というような雰囲気の同い年くらいの男性だった。ぶつかってしまった拍子に落ちてしまったのであろう本と学生証を拾う。学生証には、大学と記載されていた。
男性は前髪を伸ばしている関係で顔はよくわからないが、恐らく学生証も男性のものであろうと思い本と共に渡そうとすると、その本は僕は既に読み終えているが貴重なシャーロックホームズシリーズの特装版の本だった。特装版は、本編とは別に物語が追加されている。まさか、取り扱っているとは思わなかったと思いつつも、男性に渡す。
「シャーロックホームズ、好きなのですか?」
「え?え、えぇ。そうです・・・。あっ!もしかして、貴方も好きなのですか!?」
「はい」
男性は、本を受け取ると前のめりになりながら、僕の問いに答える。シャーロックホームズに関して語り合えそうだという視線を感じつつも、僕はその勢いに後退りしてしまう。僕は、改めて、ぶつかってしまった事を謝罪すると、男性は大丈夫ですと返してくれる。
僕は、男性と別れると雪城さんの元に戻る。もし本を読み終えているのであれば、待たせてしまうだろう。確認してから、再度探しに来ようと思っていると、返却する場所で雪城さんと長月に会う。ちょうど読み終えたようで、僕達は席に戻る。
「どうだった?結構面白い本だっただろ?」
「とても面白かったです。のめり込んでしまいました」
このお店に集められている本は、少し変わった本が多いのだろう。本棚には、結構マイナーな小説が多い。さっきの少年が持っていたシャーロックホームズの本もそうだ。家からは遠いが、来れない距離ではない。また来るのも良いなとは思う。
残りのカプチーノを飲み干すと僕達は店を出た。
僕は家に帰ると、ポストの郵便物が届いていたのに気が付き、回収して家の中に入る。郵便物を仕分けていると差出人不明の封筒が一つあり、僕はペーパーナイフで綺麗に開封すると、そこには僕の写真と手紙が入っていた。
僕の下校途中の写真や月の喫茶店での着物姿の写真、僕が花火を見ながら寝てしまった時の写真など、結構前から最近の写真が10枚入っている。どれも盗撮によるものばかりである。僕は、恐る恐る手紙を開く。
[いつも見ています。貴女の事を愛しています。しかし、最近は同い年ではない方とも関係を持っているようですね。私は、誰よりも貴女の事を考えているのです。他の誰かに取られてしまうのならば、いっそ、手元に。貴女を迎えに行きます。それまで、どうか、綺麗なままでいてくださいね]
内容は、見るに絶えないものであった。僕は、手紙を封筒に戻そうとすると、手紙の裏には、[誰かに相談することは禁ず。破れば、周りを呪う]と書かれていた。
僕は、背筋にゾッとする感覚を初めて経験する。誘拐されかけた経験はあるが、ストーカー被害に遭う事は初めてのことである。知らない誰かが僕の写真を盗撮している事実も含めて、気持ちが悪いと感じる。物語で出てくる人物もストーカーされていた事を知ると吐き気がすると言っていた事が今自分にもあり、共感する。
僕は、どうしたものかと考えていると、長月からメールが届く。また後日に本の森に行かないかというお誘いの連絡。僕は、了解と返信すると先程の手紙をみる。
ストーカー被害を悪化させない為には、相手が諦めてくれるように何もしないが得策ではある。刺激してしまうとエスカレートしてしまう事がある。以前、ニュースで取り上げられていた中には、警察や家族が介入した事により事態が悪化して死者が出たという事件があった事を思い出す。今回に関しては、誘拐予告と約束を反故にした場合の周りへの危害を加える予告がされている。
僕は、難しいなと思い溜め息を吐く。
僕は写真を見ながら、時系列順に並べる。何か犯人に繋がる手がかりは無いものかと思う。大抵のストーカーをする人間は、自身の存在に気付いて欲しくて何かしら残す事が多い。しかし、写真や手紙には、特に手掛かりはない。
僕と少しでも関わりのある人間か、全く関わりの無い人間かを断定する事が出来れば良いと思いながら、広げた写真と手紙を見ていると、ヒントを見つける。
手紙の内容にある同い年でない方というのは、睦月や長月の事であろう。正確な年齢を把握していない。そして、最近同い年ではない人と関わっているというのは、僕の行動範囲で見なければわからない。
僕は、家から学校までの地図を簡単に書くと赤いペンで写真の場所を記していく。初めは、下校途中の写真のため学校付近。次は、商店街の本屋さんの写真と喫茶店の写真と次々と記していく。最後の花火を見ながら寝落ちしてしまった写真を記し終える。地図を見ると商店街での写真が多い事に気が付く。
僕との関わりは全くない人間の方が可能性が高いと考え付く。指紋とか調べる事が出来れば、楽なのにと思いながら、封筒に中身をしまう。
僕は、巻き込むのは申し訳ないと思いつつ、探偵団にメールを送る。ストーカー被害に遭っている話と何も知らないように関わって欲しい事を送る。全員から了解の返信が届くと、長月の両親から電話がかかってくる。僕はその電話に出ると、長月から共有を受けたらしく泊まりに来ないかという内容だった。僕は、様子を見て伺わせていただきますと言うと電話を切る。
僕の平和な日常は戻ってこないのだろうかと溜め息を吐く。僕は特に外出する予定はない為、暫く家から出ることは無かった。
登校日になり、普段通り着替えを済ませて玄関を出ると、長月が迎えに来ていた。
僕は、家に鍵をかけると、欠伸をしながら学校に向かう。いつも通り過ごしていれば何事もないだろうと思いたいのが心情。もし、手紙に書かれていた事を実行するならば、僕が外出するタイミングを狙うであろう。今日は、学校が終了次第長月の家にお世話になる予定。
高校生になっても登校日があるとは思わなかったと思いながら、無事教室に着くと師走と睦月が教室の中まで入ってくると心配そうに声をかけて来た。他の探偵団も集まってきたが、騒がし過ぎたので自身の教室にお帰りいただいた。
学校が終わり教室を出るとすぐに長月は僕を迎えにくる。お迎えは、雪城さんが着てくれるとの事で、学校の駐車場に向かう。雪城さんはすでに迎えに来てくれており、僕達は車に乗る。雪城さんも事情を知っているようだった。最近は、長月の家で過ごしていると運転をしながら話してくれる。長月の家に向かう途中で雪城さんに緊急の連絡が入り、僕達は雪城さんの大学へ向かう事になる。
初めは、長月の家に送ってからと言っていたが、現在地から長月の家の間に大学があると知り、立ち寄る事となった。僕と長月は、雪城さんと大学の講師の関係値により大学内で待機する事になった。大学の講師が、オープンキャンパスのように校内を案内してくれるという。
僕は、長月と共に大学の講師の後ろを歩きながら校内を回っていると、ふと後ろから視線を感じて立ち止まり、振り返る。この大学に知り合いがいるとするならば、月の喫茶店で知り合った清水さん達しかいない。しかし、清水さん達の場合、話しかけてくるであろう。
僕が立ち止まった事を不思議に思ったのか、長月が僕の手をそっと握ると強く握ると僕の手を引く。安心させようとしてくれているのだろうか。
「長月。ただ気になっただけだ、手を離して」
「いいから。行くよ」
大学の講師は、気付く事なく大学の案内を進めて行く。大学での授業についてや設備、取り組みについて語る講師は、最後に自身の研究室に案内する。この研究室では、微生物について研究しているらしく生徒のほとんどは顕微鏡で観察をしている。
講師の説明を聞きながらも、僕は周囲への警戒を怠らないようにする。僕の行動範囲ではないこの場所で、謎の視線を感じると言う事はその正体は大学内の関係者という事か、その協力者という事になる。
講師は説明が済むと、携帯に着信を確認すると、雪城さんから連絡があったといい電話をし始める。要件が済んだのか、こちらに戻ってくる。
「さて、大学に関しての説明は以上になるが、質問はありますかな?」
「ありがとうございます。今のところ、問題ございません。丁寧な説明なお陰で大変興味を守る事ができました」
「それはよかったです。雪城くんは、後30分くらい掛かるようだが、カフェテリアか図書館で待ちますか?」
僕と長月は顔を見合わせる。カフェテリアも図書館も人の出入りは多く、待つには適した場所ではあると思う。カフェテリアも考えたが空腹でもない為、時間を潰すのなら図書館の方が最適だろうと思い、図書館でお願いしますと伝える。大学内を案内していただいた際に貴重な本が眠っているという話を聞いて興味を持ったという事も理由の一つ。
図書館に入ると大学生はそれなりに多く図書館内で勉強や読書をしている。講師は、出入り口付近の椅子に腰掛けると自由に閲覧するといいと許可をしてくれる。僕は珍しいミステリー小説を探し、長月は大学が所有している医学書を探しに向かう。
この図書館は、出入り口がひとつしかなく、入館の際には学生証に付属しているICカードを機械に通さないと出入りができない仕組みになっている。僕達は、講師がいなければ図書館から出ることが出来ない。この中であれば、何かが怒れ可能性は低いと思い、それぞれ本を探しに行く。
珍しい本はないかと探していると突然図書館ないの照明が落ちる。館内を利用している生徒達は、突然の事に驚き騒ぎ始める。僕は、その場で安全に過ごそうと思っていると長月からの電話がかかって来たことに気が付き、電話に出ようとした所後ろから誰かが僕のそばに近寄る足音が聞こえて、その場から離れようとする。しかし、僕は足元にある何かに躓いてしまいバランスを崩した隙を狙われてしまい口元に布の様なもので押さえ込まれる。その布には薬品が染み込んでいるのか、薬品の香りがする。僕は、香りを嗅がないように呼吸をとめ、その手から逃れようとするがその抵抗は虚しくそのまま意識が薄れ始める。
推理ものの物語で登場する睡眠薬が染み込んでいたのだろう。まさか、自分が体験するとは思っていもいなかったなと思いながら、重い瞼を閉じる。




