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朝焼けの約束

作者: 寿真

登場人物

坂間智也

朝焼けを見るのが趣味

熊井明里

学級委員長,いつも忙しい




坂間智也さかま ともやは、中学2年生。いつもぼんやりと校舎の窓の外を眺めているような少年だ。趣味は朝焼けを見ること。智也にとって朝焼けは、世界が新しく生まれ変わる瞬間だった。色彩が変わる空を見ていると、不思議と心が落ち着くのだ。


クラスの学級委員長・熊井明里くまい あかりは、智也とは対照的だった。明里はいつも忙しく動き回り、誰からも頼られる存在。どんな小さなトラブルにも対応し、教師たちからの信頼も厚い。そんな彼女が、ある日智也に話しかけてきた。


「坂間くん、いつも朝早いよね?何してるの?」


放課後の教室、机の整理をしていた明里が不意に声をかけてきた。


「え?ああ…別に。朝焼け見るのが好きで。」

智也は少し戸惑いながら答える。クラスメイトと話すのは苦手だった。特に、しっかり者の明里とは接点が少ない。


「朝焼け、かあ…いいね。私、あんまりそういうの気にしたことなかったかも。」

明里は意外そうに微笑む。


「忙しそうだし、あんまり時間ないんじゃない?」


「そうかも。でも、坂間くんみたいに、そんな風にのんびり空を見てみるのもいいなって思った。」


その言葉がきっかけで、二人は少しずつ話すようになった。智也が朝焼けを好きになった理由や、明里がどうして学級委員長をしているのか。小さな話題を積み重ねていくうちに、智也は気づかないうちに明里を意識するようになっていた。


ある日、明里が窓の外を眺めてぽつりと呟いた。


「私ね、夢中で何かに取り組むのは好きだけど、たまに疲れちゃうんだ。」


智也は驚いた。いつも完璧で弱音なんて吐かないと思っていた彼女が、そんなことを言うなんて。


「じゃあさ、明日一緒に朝焼け見に行かない?」


思わず口にしていた。明里の目が少し大きく見開かれる。


「え…?」


「朝焼け。空がきれいな時間、教えてあげるから。」


明里はしばらく考えたあと、小さくうなずいた。


翌朝、二人は学校近くの丘にいた。まだ薄暗い空が少しずつ明るくなり、やがて鮮やかなオレンジ色に染まる。


「すごい…こんなにきれいなんだ。」


明里がぽつりと言った。その横顔は、どこかいつもより柔らかかった。智也はそんな彼女を見つめながら、心の奥で決意を固めた。


「熊井さんが忙しくなったら、またここに来ようよ。朝焼け見て、一休みして。」


「うん…ありがとう、坂間くん。」


朝焼けの中で交わしたその約束は、二人の距離を少しだけ近づけた。いつも忙しそうな彼女と、いつも静かに空を眺めていた彼。二人が共に過ごす時間はまだ少ないけれど、どこか未来が明るく感じられる気がした。


それはきっと、朝焼けのように、まだ始まったばかりの物語だった。


その日以来、坂間智也と熊井明里の距離は少しずつ縮まっていった。朝焼けを一緒に見た翌日、学校で顔を合わせると、明里は少し照れたように微笑みかけてきた。


「昨日はありがとう。朝からあんな景色見たの、初めてだった。」


「どういたしまして。でも、また疲れたときに行こうな。」


智也が自然体で言うその一言が、明里にはとても優しく響いた。


ある放課後、教室では文化祭の準備が進められていた。今年のテーマは「夢の街」。各クラスがそれぞれ独自のアイデアで模擬店や展示を行うことになり、智也たちのクラスでは「空の写真展」を開くことになった。


「坂間くん、朝焼けの写真とか、撮ってみない?」


明里が提案した。


「え、俺が?」


「うん、坂間くんが話してくれた空の話、すごく素敵だったから。それをみんなにも見せたいなって思ったの。」


少し驚いた智也だったが、明里の真剣な眼差しに押され、渋々カメラを借りることにした。


「じゃあ…やってみるよ。でも、熊井さんも手伝ってよな。」


「もちろん!」


智也はそれから毎朝、少しずつ朝焼けの写真を撮り始めた。しかし、ただの景色ではなく、そこに何か「感じるもの」を残したいと思うようになった。そしてふと気づく。自分にとって特別な朝焼けは、誰かと共有したときにこそ輝くのだと。


明里と話した朝焼け。丘の上で一緒に眺めた空。その思い出が、写真を撮るたびに思い出される。


一方で、文化祭の準備は忙しさを増していった。学級委員長の明里は、あちこちから頼まれごとをされ、いつも以上に慌ただしく動き回っていた。


ある日の放課後、明里は智也に声をかけた。


「坂間くん、今日の写真、どうだった?」


「うーん、まあまあかな。でも、もっといいの撮りたい。」


「ふふ、坂間くんって意外と負けず嫌いなんだね。」


明里は少し疲れた笑顔を浮かべながらそう言った。智也はその顔を見て思わず言葉を漏らす。


「熊井さん、ちゃんと休んでる?」


「え?」


「最近、無理してるように見えるんだけど。」


その言葉に明里は少し驚いた様子だったが、やがて小さく笑った。


「さすが坂間くん。気づくの早いね。でも、大丈夫だよ。こういうの、慣れてるから。」


「慣れてても、無理するなよ。疲れたらまた朝焼け、見に行こうって言っただろ?」


明里はその言葉に少し目を丸くし、それから静かに頷いた。


「うん…ありがとう。」


そして迎えた文化祭当日。智也の撮った朝焼けの写真は、クラスの展示の目玉となった。特に、丘の上から撮った一枚が多くの人の目を引いた。


「この写真、なんか不思議と暖かい気持ちになるね。」


「撮ったの坂間くんだよね。すごいじゃん!」


クラスメイトたちの反応に、智也は少し照れながらも内心嬉しかった。そしてその横で、明里が微笑んでいた。


「坂間くん、やっぱりすごいね。」


「熊井さんのおかげだよ。」


智也はそう言って、明里に小さく笑いかけた。


文化祭の最後、校舎の屋上に二人はいた。夕日が空を赤く染め、まるで朝焼けの逆のような景色が広がっている。


「ねえ坂間くん、この写真展、大成功だね。」


「まあな。でも、熊井さんと話してなかったらやらなかったかも。」


智也の言葉に、明里は少し恥ずかしそうに微笑む。


「ありがとう、坂間くん。疲れたときに、朝焼けの約束、覚えててくれて。」


「そりゃ、約束したからな。」


そう言って、智也は夕焼けの中で明里に優しく笑いかけた。


二人の物語は、まだ朝焼けのように始まったばかりだ。それでも、互いの心の中に、確かな光が生まれていた。


(完)



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