人見知りな僕でも勇気を振り絞れば、大好きなあの子にだって挨拶できる筈
僕には、大好きな人がいる。
だが彼女に直接コンタクトを取ったことは一度もない。
何せ僕は人見知りだ。
もう十六歳になろうというのに、未だにコンビニの店員さんとの会話すら緊張してまともな会話すら成立しない始末。
まあ今はセルフレジのあるコンビニやスーパーがあるから最低限の買い物は何とかなるけど。
とにかく、僕は人と対面して話すということが極端に苦手なのだ。
そんな面倒極まりない人見知りの僕が、あろうことか一目惚れをしてしまうとは。
一目惚れって実在するんだな。
彼女は僕と正反対の存在だ。
彼女は知り合いだろうが初めて出会う相手だろうが、どんな相手とも分け隔てなく話を弾ませることができる。
それはもう男なら……いや、女性だろうと一発で魅了されてしまう程の笑顔を向けながらさ。
そんな魅力を持つ彼女を目にする時は、いつだって沢山の人に囲まれていた。
同年代には留まらず、小さい子供からお年寄り、たまに年齢や性別が判別しずらいのもいたけど、それだけの大人数が彼女との語らいを楽しみに集まってくるのだ。
僕はそんな大人数の輪の中に入ることができず、蚊帳の外からその様子をずーっと眺めているだけだった。
眺めていることしかできなかった。
本当は僕だって彼女と話したい。
せめて挨拶だけでもいいから、彼女に少しでも近付きたい。
でも、人見知りの性格がいつだってそれを阻んできた。
まるで彼女と節点を持ってこなかった僕が、いきなりその場に現れたらどう思うだろうか。
緊張してまともに喋れない僕を見て、彼女はどう思うだろうか。
何も喋れずに黙っているだけの僕を見て、気味悪がられないだろうか。
気分を悪くされないだろうか軽蔑したりしないだろうか変態として見られないだろうか楽しい空気を壊してしまわないだろうか怒らせたりしないだろうか泣かせてしまわないだろうか一瞬で嫌われたりしないだろうか前からいる人達はどう思うだろうか変な奴と思われないだろうか怒られないだろうか罵倒が飛んでこないだろうか邪魔者扱いされないだろうか異端者として見られないだろうか追い出されたりするだろうか遠ざけられたりしないだろうかもう二度と彼女と会えなくならないだろうか……。
そんな数多に増え続ける不安が僕の頭の中で暴れ回り、僕の精神を襲い続ける。
大袈裟すぎる、と人は言うだろう。
でもそれが人見知りだ。
周りからの視線が怖い。
どう思われるかが、とても怖い。
怖い。怖い。怖いっ!
そしてまた、臆病風に吹かれて声を掛けられず、今日もまた彼女と皆が楽しそうに談笑する姿を遠くから傍観する。
……そう思っていた。
耳に入ってきた会話の内容が台風の目になったかのように、僕の中の不安を一時的に和らげたのだ。
今でこそ皆の注目の的になっている彼女が。
人見知りだという話題が上がっていた。
自分の耳を疑うどころか、一目惚れした彼女に疑いの目を向けることになるとは思わなかった。
反応は話を聞いている人達も同じようだ。
無理もない。眼前にしている彼女からは、そんな面影は微塵も感じられないのだから。
彼女は元々喋ることが大好きな少女だったそうだ。
それはもう、死ぬほど好きなことらしい。
毎日面白可笑しい会話を思う存分楽しんで生きていたと彼女は自慢気に語る。
ただし、それを可能にするのは家族や心を許しあえる数少ない友人達だけだった。
友達の友達。親しくもない親族。ただのクラスメイト。
自分が安心できる相手以外とは緊張して、怖くてまともに向き合うことすらできなかったと語り始める。酷い時には大泣きすることもあったらしい。
何だよそれ、ほとんど僕と同じじゃないか。
自分語りをする彼女からは嘘や冗談を言っている様子はまるでない。おそらく、本当のことなのだろう。
だったら尚更、僕と彼女の差は一体何だというんだ。同じ人見知りの筈なのに、未だに恐怖で縮こまっている僕とは何が違うっていうんだ。人見知りを乗り越える勇気は、どこから湧いてきたって言うんだよっ!
………気が付けば、固い握り拳を作って、机に叩きつけていた。
この感情は、正直身勝手すぎるただの嫉妬だ。
愛おしさが、そのまま人見知りを乗り越えた彼女への嫉妬に移り変わったのだ。
大好きなのに。心から愛しいと思えた相手なのに。
今は彼女が羨ましくて、妬ましくてたまらない。
でもどんなに負の感情が高ぶろうと、臆病な僕は未だ蚊帳の外だ。視界に入らない以上僕が何をしようが、彼女や他の人達に何の影響もない。
僕一人を置いて、彼女達は話を続けている。
今の彼女に至る発端。それは急に訪れた環境の変化だそうだ。
高校時代へ差し掛かるにあたり、今まで仲の良かった友人達は別々の進路・進学先を選び、両親の意向もあって彼女は一人暮らしを始めることになった。
これは彼女にとって孤立を意味した。
登校しても仲の良い友人が誰もいない。帰ってきても安心できる家族が誰もいない。
大好きなお喋りが出来なくなったのだ。
心の拠所が欲しかった彼女は、毎日のように電話で家族や友人とお喋りを楽しんでいたそうだ。
でもそれは最初だけ。
友人達は新しい環境で生まれた仲間との付き合いで彼女との連絡は日に日に途絶えていき、共働きの両親も忙しさに拍車が掛かり、ほとんど電話に出ることはなくなってしまった。
これはまずい。そう思った彼女は新しい話し相手を捜す為に行動しようとした。
だが人見知りは行動しようとしただけで治るような代物じゃない。
結局、人見知りで担任やクラスメイト達とは緊張して、恐怖してまともに言葉のキャッチボールすら交わせなかった。
だから教室ではいつも一人ぼっち。誰とも、何も喋らずに終わる孤独な日々がただ過ぎ去っていった。
次第に彼女の心は疲弊していった。
この環境はまさに牢獄だ。
看守も相部屋人もいない、ただ一人だけの檻。
精神がぐちゃぐちゃになりそうだった。
限界が近いと悟った。
助けて欲しいと、死に物狂いであがいた。
あがいて。
あがいて。
あがき続けて。
そして彼女は、この場所に行きついたのだ。
彼女は会話が大好きだ。
会話が出来ないなら死んでもいい、それほどまでに。
大好きだから。どうしても手放したくないから。諦めたくないから。
だからこそ彼女は『大好き』という想いで、この場所を生み出したのだ。
彼女は自分の『大好き』を勇気に変えて、人見知りを乗り越える大事な一歩を踏み出せたのだ。
「………………」
僕には、大好きな人がいる。
この気持ちは間違いなく本物だ。
自意識過剰だけど、この気持ちが彼女の大好きに劣っていることは。
あり得ない。
だから僕は――勇気を振り絞る。
僕の『大好き』を残さず全部使い切って、勇気に変えるんだ!
動け僕っ!
――カタカタ。
【こんにちは。今までロム専でした。いつも応援してます】
「おー! いらっしゃいいらっしゃい! そっか今まで配信見ててくれてたんだー! すっごい嬉しい! これからもドンドンコメントしてってねー!」
これが、僕の新しい世界が広がった瞬間だった。