表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/37

36_二人の王

 王都は神の奇跡を授けられた僧侶達の所属する神殿の総本山、大神殿がある。

 神様に一番近い場所って言われてて、結婚式もお葬式も大事な行事も、大体は大神殿の儀式の間で行われる事が多いんだそうだ。国王の即位式やその祝賀式典も礼に漏れず大神殿で行われる。

 今日の儀式の間は、国王陛下が即位して八周年の祝賀式典を見物しに沢山の人が詰めかけてきていた。


 華のような模様に見える窓が広がる天井から柔らかい光のこぼれ落ちる祭壇の上、白を基調にしたマントを羽織った国王陛下が演説をしていた。

 既婚者だけど女性人気が恐ろしく高いその人を一目見ようと、前の方を陣取ってるのは老若問わず女の人か多い。これは王妃様も苦労しそうだなと少し思ったりする。神殿が好まない魔法使いの王妃を迎えるのも賛否両論だったらしいし。

 国王陛下の話題をよくよく聞いてると、さすがエルの兄貴って感じ。見た目は正統派なのに行動がなかなかロックだ。

「この善き日に、ひとつ皆に報告をしたいと思う。……エルドグラウン、こちらへ」

 手招きをされて祭壇の後ろからエルが出てきた。国王陛下と同じ白が基調のマントを羽織って、王族が式典でまとう礼装に身を包んでいる。

 これには聴衆だけじゃなくて周りの神官や警護の騎士もざわついた。服は白いけどエルの髪も目も黒い。金髪と青い目が礼服と調和してる国王陛下とは対照的だ。

「この日をもって、我が弟エルドグラウンに魔王の称号を与える。地領はかつての魔王城とその周囲に或る荒野とし、その境界はトゥーレ領のウルティマ山脈とする」

 ざわついていた広間が水を打ったように静まり返った。言葉も出ない、って感じ。追放されたはずの王弟の登場、国王陛下からの魔王の任命と、お祝いムードが完全に吹っ飛んでしまっている。

 

 そして、祝賀に参加していたちょっと下級の貴族達も戸惑っていた。

「国王陛下! いっ、一体どういう事です! ままま、魔王と聞こえましたが!?」

「その通りだ。かつての魔王が討たれた今、かつて魔王軍の中枢に居た魔物は離散し各地で衝突が起こっている。それは皆も知っておろう」

 俺がこっちに帰ってきてからしばらく経つけど、魔物の討伐依頼や騎士の遠征回数は明らかに増えている。

 王様の口利きで王城に居るエルの補佐官にして貰ったのもあって、嫌でも実感せずには居られない。回復魔法の使い手として治療に駆り出されると重傷者も多くなってるなって思うし。

「主を討たれ安住の地を追われた恨みを持つ魔物も多く居ると聞く。このままでは殺し合いが収まらぬ。ならばいっそ王を立て、住み分けをする方が合理的だと我は思う」

「し、しかしっ、そんな事が出来ようはずが」

 貴族は食い下がる。物語だと一般市民と対立しがちなザ・お貴族様だけど、この時ばかりは周りと意見が一致してるみたいだ。

 だけど国王陛下は微笑みを浮かべたまま彼らを見つめている。

「我が弟には魔物と意志疎通を取る才がある。故に先代は忌避し、我も一度は国外へ出したが……魔物を使役する能力に深化させ、戻ってきた」

「   」

 陛下の視線を受けたエルが聞き取れない言葉と一緒に手を空にかざすと、柱の影に隠れていた影魔達が宙を滑って現れた。その中から獅子型やでっかいウルフみたいな奴も出てきて広間に着地する。

 突然現れた魔物にあちこちから悲鳴が上がってパニック寸前だ。けれど周りを取り囲まれているから、誰もその場から動くことは出来ずに押しくらまんじゅう状態になってる。

 

 すると最後に出てきたフェルドウルフが国王陛下の前に降り立って、皆が固まった。襲おうと思えばすぐに襲える距離。自分達の王様に迫った危険に緊迫した視線が真っ直ぐ注がれる。

 だけど陛下はその手をフェルドウルフの鼻先に乗せて。ウルフはその手に鼻先をすり寄せた。

 遅れて親の頭の上にぼてっと落ちてきた子供がきゅうん!とめちゃくちゃ可愛い声で鳴いて、近くに居た人達の表情が緩む。うん、天使は今日も変わらず最高の天使だ。

「無論彼らのように言葉が通じる魔物だけではない。しかし先の戦いで人間の数も大きく減っている今、無駄に命を注ぎ込む争いは無くしていきたい。どんな手を使ってでも」

 例に漏れず無差別じゃれつき攻撃を繰り出す天使をひと撫でした国王陛下は、小さな体をその肩に乗せて聴衆に向き直る。

「ここに呼び寄せたのは各地に散る魔物の中でも、かつては人間と隣り合っていたもの達だ。鉱山のフェルドウルフは昔話にも残っていよう」

「……そういえば……うちの街の守り神は狼だって聞いたことがあるような……」

 はるばる職人の街から来たらしい女性は、じいっとフェルドウルフの親の方を見つめた。それに気付いたウルフは床にお座りの格好で腰を落ち着けて、わふっと優しい声で低く鳴く。

 その頭を撫でながら、エルが一歩前に進み出た。

「人も、魔物も、どちらも先の戦いで互いに思うところがある。すぐの和解は難しいだろう。それでも兄上と共に、少しずつ橋を渡していきたいと考えている」

 エルの手が宙を下に向かって滑ると、魔物達がフェルドウルフにならってペタンと床に腰を落ち着けていく。影魔達も床の近くにすーっと降りていった。

 

 国王陛下が同じ仕草をすると、今度は騎士達が周りと目配せをして剣を納め始める。その様子を見ても、貴族はまだ信じられないと言いたげな顔で首を横に振っていた。

「これは我々が兄弟だからこそ可能な事だと我は思う。時代が下がり血が遠ざかれば、同じ機会が訪れるかは分からない」

「そっ……そんな言葉を信じろと!? おいそれと認められる訳がありませんでしょう!」

 食い下がる貴族に、陛下は顔だけで曖昧に笑う。最初に謁見した時に見た、感情の分からない笑顔だ。

「しかし、既に元老院の承認は下りてしまったぞ?」

「は?」

 ここにきて初めてニンマリと口元が口角を上げて笑う。顔を引きつらせる貴族達を見下ろしながら、はっきりと悪戯っ子のように微笑んだ。

「我が独断のみでこの場の発表など許されようがない。エルドグラウンの礼装も承認を下ろさねば手配できぬからな」

「そん、な、ばかな……」

 祝賀式典は慣例的な行事で、別に広く議会にかけられたりはしないらしい。そこを突いて、王様はエルの魔王指名をそこに盛り込んでしまった訳だ。

 元老院のお歴々は魔物との戦いで最前線に立たされているか兵の派遣を繰り返してる大きな領地ばかりで、優先的な対策を約束をすると二つ返事で承諾が返ってきたと聞いた。

 ……どこまで本当かは知らないけど。たまに無茶苦茶するしな、陛下。

「国民全ての意見を問わずに決めた事はすまないと思っている。しかし緊張の高まりは明らか、懸念よりも可能性を取る判断をした」

 肩乗りウルフになってた天使を親の元に返して、陛下はもう一歩前に出た。エルもそれに合わせて一歩前に出る。

 

「神に誓い、皆に約束をしよう。魔物に怯える国民を一刻も早く、恐怖に眠れぬ夜から救うと」

「神に誓い、魔物と人との橋を架けると約束する。どちらも命を脅かされ恐怖せずに済むよう、今一度、境界線を引き直す」

 

 面食いであろう女性陣はちょっとエルの言葉に傾きつつあるみたいだ。うっとりと壇上の二人を見つめながら、ほうっと溜め息をついている。

「いくら王様の弟君でも、魔物に囲まれている人の言うことなんて……ねぇ」

「罠かもしれないのにね……」

 だけど、やっぱり染み付いた魔物や黒を嫌がる気持ちはなかなか消えないらしい。俺達転生組はその辺刷り込まれてないから気にしなかったけど、結構根深いやつだこれ。

 何を言われても平気だってエルは言ってたけど、大丈夫なのかな。また悲しい思いをしないかと少しだけ心配になった頃。

「えっ?」

 気が付いたら近くで待機してた影魔の一匹が俺の腕を掴んでいた。


 

 浮いた。

 影魔だけじゃなくて、腕掴まれてる俺も。

 

 

「は!? ちょっ、影魔氏なに!? ぅおいマジかよあそこは場違いっていうかぅあぁぁ投げんな馬鹿ぁぁぁぁぁ!」

 

 空中に持ち上げられたと思ったら祭壇の方へ連行されて、何を思ったか途中でぶん投げられた。見事なトスだ。ちょっと上向きに上昇して、ゆっくりと体が下向きに傾いてく。

 バイバーイじゃねぇよ呑気に手ェ振ってんじゃねぇ!

 連れてくなら最後まで連れてけ! 俺は絶叫系ダメだって言ってるだろうがぁぁぁぁぁ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナーcont_access.php?citi_cont_id=58882638&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ