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35_コータの願い

 目が覚めると、周りは一面緑の草原だった。

 白い部屋じゃない。周りに建物が見えないくらいに広い、少し懐かしさを感じる草の海。

 ゆっくり立ち上がると、歩くのもやっとだったはずの足が何事もなかったみたいに動く。噛み締めるようにゆっくりと、遠くにぼんやりと見える森へ歩いていった。

 どうしてそっちへ足が向いたのかは分からない。ただ……行かなきゃって、思った。

 森に入ると、狭い道が蛇行しながら続いていた。泣きそうになりながら散々追いかけられた狼型の魔物は姿が見えない。

 その代わり、微かに人の気配がする。

 

 森の一番奥。大きな樹の根本にある魔物の巣。その下に気配の主は居た。

 さらさらの黒い髪に黒い服。上から下まで黒ずくめファッションの背中だけど、その目も綺麗な黒なのを俺は知っている。

「エル」

 立ち尽くしていた背中に声をかけると、驚いたように振り返って。俺の姿を見つけて思いっきり目を丸くなった。

「おま、えは……何故ここに……元の世界へ帰ったと……」

 戸惑う黒い目が俺を見つめる。口が動いて、俺に話しかけてくる。

 ……ちゃんと生きてる。

 最後に見たのが死んで生気がなくなった顔だったから、元気そうな顔が目の前にあって余計に嬉しい。思わず駆け寄って抱きつくと、少し遠慮がちに手が頭を撫でてくる。

「ちゃんと帰ったよ。事故からは無傷で奇跡の生還して、思う存分遊んで、病気で死んでこっちに帰ってきた」

 合格祝いの豪華飯がちょっと奇跡の生還おめでとうって感じになっちゃったけど。妹は相変わらずクソヤバ腐女子だったけど。母さんも父さんもいつも漫才みたいな喧嘩してて、いつもの賑やかな家だった。

 友達とも春休みの間いっぱい遊んだし、卒業旅行にも行った。

「……何故……」

「あんなタイミングで言い逃げなんかするからだろ。愛してるって何だよ」

「それ、は」

 じっと見つめると、何となく気まずそうな表情でエルは顔を逸らす。もごもご何か言ってるけど何を言ってるのかは分からない。都合いい時だけ魔物と話す時の言葉使いやがって。


 友達とキミツナ2を遊ぶ度、皆の事を思い出してしまって。何だか少し寂しくて。

 おまけに向こうに居ても、囁かれたエルの最後の言葉が耳の中に蘇って離れなかった。

「サナが自分は帰らないからエルを生き返らせろって神様詰めてたからさ。向こうに居ても気になって」

 前作のキミツナを妹が持ってたからしれっと拝借してプレイしてたのは秘密だ。こっそり前世調べましたって言われるのは、さすがに気持ち悪いと思うから。

 だけど、プレイしてサナの言ってた事がカップリング妄想以外は公式情報だったのに驚いて。

 エルドグラウンの心中については全然描かれてなかったけど、どんな道筋を辿ったのかを理解して。魔王を倒した戦利品を見て複雑そうな笑顔を浮かべる王様のスチルにしばらく目を奪われた。

 ……そこで妹に見つかってしまったけど。しばらく王様とエルドグラウンのカップリング妄想を語られ続ける羽目になったのには、かなりゲンナリしたけど。

「エルの居ない世界は、選べなかった。居るんだって思ったら、会いたくて仕方なくなって」

 ゲーム以外にも資料集とか、考察サイトとか、二次創作とか、色んなもので無意識にエルを探してた。

 だけど当然、向こうの世界で見つかるのはエルドグラウンの姿だけで。エルの姿はどこにもなかった。俺の知ってるエルの影はどこにもなかった。

 

 泣くほど帰りたいって思ってた世界だったのに。

 何しててもずっとこの世界に引きずられて。計画立ててた予定を全部やりつつ、皆に感謝の手紙をコツコツ書いて。

 結局病気で死んでこっちに戻るっていう、色んな人に申し訳なさが半端ない選択をしてしまった。

 ただでさえ大学の入学金払って貰ってたのに、入院までしてお金がかかったと思う。だけど死ぬまでの間に話ができる分、行方不明とか事故の突然死よりはマシだったと思いたい。

 そんな親不孝な選択をしても、エルにまた会いたかったんだ。

「あ、あの、その、エル……あれってまだ有効? 俺を」

「愛している。これからも、ずっと」

 ちょっと食い気味に答えが返ってきて笑ってしまった。

 じっと俺を見つめて囁かれる言葉に、体がじりじりと熱くなっていく。髪にエルの唇が触れて、鼻先や頬に滑っていって。

「んん、面と向かって言われると恥ずいな……んっ」

 頬にキスしてた唇が軽く口に触れて、今度はハッキリ唇が重なる。

 びっくりして距離を取ろうと足が少し逃げたけど、両頬を手の平でホールドされて逃亡は失敗してしまった。観念して腕をエルの背中に回すと、滑るように移動した手がぎゅうっと俺を抱きしめてくる。それがあったかくて。無性にほっとして。

 嬉しいけど、少し悔しい。ホントにヤバ腐女子の妄想どおりになってるみたいで。

 

 しばらくエルに抱きしめられながら頭撫でられるのを堪能して、そっと体を離した。

 ……つもりだったんだけど。離せたのは上半身だけだった。がっつり腰を捕まえられてて全然動けない。力が強すぎる。

 だけど、まあいいか。

 周りに誰が居るでもないし。

「なあ、また旅に連れてってよ。もっとエルと冒険したいんだ。愛かは分かんないけど、一緒に居たい」

 諦めてエルにもたれながら見上げると、エルは目を細めて微笑んだ。

「無論だ。コータは私の薬草だからな」

「……名前ちゃんと覚えてんじゃん」

 訂正しても訂正しても薬草って呼んでたくせに。急に名前で呼ばれたらちょっとドキッとするじゃんか。

 じっと見つめられてくすぐったい。また頭撫でられたと思ったら頬を撫でるし。顎の下を猫にするみたいに撫でるし。何だかムズムズする。

 言いたい事、文句も含めていっぱいあったのに。エルの顔見たら色々吹き飛んでしまった。こんなことなら全部メモに書いとけばよかった。

 ……でも、一番言わなきゃいけない事だけは覚えてる。

「あの、さ。約束守ってくれて……えっと、俺を元の世界へ帰らせてくれて、ありがとう」

 必ず帰すって約束を守ってくれた。結構酷い事言ったのに。

「でももう……あんなことはするなよな。皆悲しい思いしたんだから」

 確かに気持ちは嬉しいんだけど、そのせいで誰かが居なくなるなんて嫌だ。ああなるって知ってたら、きっと帰りたいなんて言わなかった。

 

 まだ「仲間の願いをかなえてくれ」だったから三人分の願いが叶ってよかったけど。だけどもしあの時エルが「俺を元の世界へ返したい」って願ってたら、俺はエルを死なせたまま強制送還されるところだったんだ。

 元の世界に戻って、いつも通りの日常が帰ってきて。改めてその可能性を認識したらゾッとした。そんなの、戻って良かったなんて思える訳がない。

「ああ、すまなかった……もう流石に次はないがな」

「ホントかよ。嘘だったら怒るからな」

 もう一回ぎゅうっと抱きつくと、同じ力で抱きしめ返してくれる。ゆっくり背中をさすってくる手が温かくて、心地よくて、ふわふわして。

 ゆっくり近付いてくる顔を背伸びして迎え撃つ。ちょっとだけ先手を取って、キスをした。

 びっくりした顔で固まるエルに満足感が沸き上がってくる。いっつも俺が振り回されてたから、いい気味。


 

 「あ、アァあぁぁあぁ――――ッッ!?!?」

 


 自分の行動にじわじわ恥ずかしさが出てきた頃、後ろから聞き覚えのありすぎる声が響いて。

 ……同時に、物凄く嫌な予感がした。

 

 恐る恐る振り返ると、明るい茶色のショートヘアに紫の目の女の子。もうハァッハァしてますって顔を隠す気もないエル推し激ヤバ腐女子。

 忘れもしない。サナだ。

「な、何でこんな所に……」

「久々に会ってそれは酷くない!? コータがいちゃいちゃしてるエル様を生き返らせたの私だよ? むしろ拝んで崇め奉るべきじゃない?」

「言い方っっ」

 そういうとこだよ、そういうとこ!

 確かにその通りだけど。結果的にサナがエルを生き返らせろってお願いしてくれたお陰で、一回向こうに帰ってもまた戻ってくるってお願いが出来た訳だけど!

「しかも、あ・た・し・が! エル様の気分転換にってここに連れてきたんだからね。あ・た・し・の! 勘と気遣いがエル様との再会を作ったんだからね!」

 何言われてもぜんっぜん有り難みが無い。そんなハァハァした顔で言われたって、全くサッパリ感謝の念は湧いてこない。

 むしろサナの要望通りいっただろって言いたくなる。

 

「騒がしいですわよサナ。何を騒いで……コータ!?」

 奥から出てきたのは金色の髪に青い目の女の子。見間違えるはずもないレティだった。ちょっと俺を見て目を丸くした後、ふわりと笑う。

「戻ってきましたのね」

「うん、その……やっぱりこっちも忘れられなくて」

 そうですかと微笑むレティの表情がちょっと生ぬるい。

 不思議に思って、ふと自分の状況を思い出して……慌ててエルから離れる。不意打ちで動いたから俺の体を捕まえてた腕も無事外れた。

 少し熱い顔を誤魔化そうとレティの方に駆け寄って、サナの真似をしてぎゅっとその手を取る。ちょっと驚かれたけど、目を細めるだけで特に何も言われなかった。

「俺を帰らせてくれてありがとう、レティ。家族とも友達とも、たくさん遊べたし、話せたし、一緒に過ごせたよ。それでも帰ってくるって選択も、ちゃんと考えて自分で出来た」

「わたくしは仲間としてエルの願いを叶えただけですわ」

 誰かさんが丸投げしてしまいましたからね、という言葉と視線を投げられたエルは少し気まずそうに咳払いをした。その様子にレティはくすりと笑いをこぼす。

「また会えて嬉しいです。おかえりなさい、コータ」

 美少女に真っ正面から花が咲くような微笑みを向けられて、握ってた手が緩んだ。

 

 慣れない。向こうの世界は二次元に夢中だったし、キミツナ世界に来ても結局一番近くに居たのはエルだし。同性のエルですら真っ向から来られるとドキドキするのに。

「おっ私も私も! おかえり、コータ!」

 動揺してる間に手を握り返されて……というか、掴み返されて。ついでに入ってきたサナの手も上に重なる。

 少し離れた所に取り残されたエルの方を見て、レティは掴んだ俺の手を軽く持ち上げた。

「エルは?」

 レティは参加しろと言いたかったっぽいけど、近寄ってきたエルは後ろから抱きついてきた。

 瞬間、サナがギャッと短く悲鳴を上げて激ヤバ腐女子の半笑い顔になってしまった。鼻息荒い。フンフンいわせてる鼻息しまえ鼻息。

 あれだけサナの腐女子ムーブにドン引きしてたエルなのに、慣れてしまったのか今はもう動じる様子もない。

「よく戻ってきたな、コータ」

 ぎゅうっと俺を抱きしめてきたと思ったら、頭にエルの唇が触れる。サナの声にならない声をBGMに惚れ惚れするほど優しい笑顔が降ってきた。

 至近距離で推しの笑顔を見て萌えの限界を超えたのか、ハァハァしてた腐女子は真顔になる。そのまま地面にへたり込んでいってもエルをガン見してるのは流石だ。執念が凄すぎてちょっと怖い。

 だけどこのやり取りも凄く懐かしく感じて、キミツナの世界に帰ってきたんだなって感じがする。

 

 たまにうっかりホームシックになったりするかもしれないけど、この選択肢は自分で決めた。

 もう誰のせいでもない。迷ったりしない。

 

「……ただいま!」

 

 エルと冒険するんだ。ずっとずっと。

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