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33_優しいひと

 意味が分からない。

 

 そう思ったのは、サナも同じだったみたいだ。

「嘘でしょ……何でエル様が」

「分かりません。ただ、発動させたのは確かにエルですわ」

 青い瞳を微かに揺らしながら、レティが首を静かに振る。

 俺はいっぱいいっぱいで魔法が発動したかすら分からなかったけど、一緒に近くで見てたレティがそう言うなら……たぶん間違いないんだろう。嘘をつく理由なんかないし。

 サナが口元を震わせながら振り返った。急に視線を向けられた聖女を庇うように勇者が剣を構える。

「っ……ねぇ、ちょっ、神罰の効果解いてよ! リセルナかレピオスあたりなら解けるでしょ!?」

「なっ……貴方がどうしてそんな高位の奇跡を知って」

「いいから! 早く解いて! 解かないと撃つから!」

 回復できないなら追加ダメージを止めようと思ったらしい。ゲームの中の魔法らしい名前を出しながら詰め寄ってくるサナに、聖女は目を丸くした。

 だけどすぐに落ち着きを取り戻して、サナを見据えて睨み付ける。

「撃てば術は解けませんよ。元より、魔王相手にかける癒しの奇跡などありませんが」

 その声は落ち着いてて低い。だけどそれよりもっと低い声で、はァ?とサナが唸った。

「……魔王は勇者が倒したんじゃないの。それとも、倒したって嘘ついてたってこと?」

「馬鹿を言え、確かに倒した! けれどこうして復活を」

「じゃあ今のエル様は魔王だって確証無いよね、何も事件起きてないんだから。何もしてない相手を一方的に痛め付けて殺すわけ? 何それ、ただの私刑じゃん」

 聞いたことが無いくらい冷ややかな声で淡々と言葉を重ねるサナに、割って入った勇者の方がたじろいだ。

 

 うるさかったり、嬉しそうだったり、楽しそうだったり、ハァハァしてたり。コロコロ声の変わるサナでもこんなのは聞いたことがない。低くて静かなのに、ぐらぐらと何かが揺れる声。

 ……たぶん、めちゃくちゃ怒ってる。

 初めて勇者と聖女を見かけた時にキラキラしてた顔は、今どんな表情をしてるんだろう。

「ちょっとサナ、誰を相手に言っているのか考えなさいな」

「王族や勇者御一行様なら疑惑だけで人殺そうとしても許されるんだ。凄いね絶対権力だね、上流階級は違うね。汚いやり方しといてよく正義だ人道だって説けるもんだよねビックリだよ」

 レティの注意もお構いなしに、サナは言葉を詰めて捲し立てていく。推しを殺されようとしてるエル推しオタクの耳には、もう周りの声は聞こえてないかもしれない。

「そんな……ことは……私たちは、ただ」

「泣きそうな顔すんのはあんたじゃないだろ。魔王の疑惑がかかっただけの一般人に神罰食らわせといて」

 サナの怒りに気圧された聖女の顔つきが、どんどん弱々しくなっていく。人間のために魔王を倒そうとして、まさかここまで人間に詰め寄られるとは思ってなかったんだと思う。

「そんな顔するならさっさと解け! 揺らぐならこんな事するなッッ!!」

 畳み掛けるサナの怒声で泣きそうな聖女が震える口を開きかけた時、う、と呻く声が聞こえた。


 視線を落とすと、エルの目がゆっくりと開いていくところで。

「…………やかましい」

 皆心配してるのに、まさかの開口一番がそれかっていう。確かにサナの声デカかったけど。

「! エル、貴方どういうつもりで……ッ」

 問い詰めようとするレティの声も魔法で沈黙させながら、エルは弱々しく笑う。

「聖女の父親と兄は魔王の覚醒で殉職している……私は魔王以前に家族の仇だ……そう詰めてやるな……」

「だ、けどっ」

「以前の記憶もある……今の私が全くの無関係だとは言いきれない……」

 何で。

 二回も殺されようとしてるのに、どうしてそんな事が言えるんだろう。今も痛いに決まってるのに。呼吸の音が苦しそうなのに。

 こんなの変だ。

「でも、こんなの、こんなのおかしい……!」

 俺の声が出たのかと思った。やっぱり思うことはパーティの皆おんなじ。

 振り向いたサナの顔は、はっきりした声とは裏腹にもう少しで泣きそうな状態だった。


 その様子に、珍しくエルがサナに柔らかく笑いかける。ゆっくりと目を閉じて、ざらざらした呼吸の混ざる声を吐き出す。

「……私はずっと一人だった。生まれ変わっても魔王の復活疑惑を引き起こしただけだった。そうなってようやく、この世で兄上だけが私を人間として扱ってくれていたことに気付いた」

 ちょくちょくサナが漏らしてたエルと王様のよからぬ妄想でも、そんなことを言ってた気がする。

 エルの色を見て存在を隠そうとした先代の国王夫妻が、王子じゃなくて架空の臣下の子供としてエルを屋敷に一人閉じ込めた。だけど兄の王様は屋敷のエルの所へこっそり忍び込んで気にかけてた、って。

 てっきり王様に禁断の恋をさせたい腐女子の妄言かと思ってたけど、ここまでは本当だったのかもしれない。

「この城を追われた時……私を兄上側近の護衛騎士に見張らせて、兄上の側には誰も残っていなかった……その意味を考え始めたのは……勇者に討たれてからの事だ」

 魔王の影から解放されて、今までとは違う見え方をしたんだろうか。だからお兄さんに会って確かめようとしたのかもしれない。

 実際王様は倒れてるエルに真っ先に駆け寄ってきた。服が血で真っ赤になっても、ずっと抱き抱えたまま肩をさすっている。

「見かねた神に王都から飛ばされた先で、薬草を見つけて一人ではなくなった。(やかま)しい仲間も出来た。兄上にも再び会えた……もう十分だ」

 苦しげに咳き込んだエルの目から、一筋だけ雫が落ちる。

 慌てて回復をかけようとしたけど沈黙状態がまだ解けてなくて声が出なかった。王妃様の術の時はそろそろ解けてたはずなのに。


 もうエルの体力ゲージにはバーが見えない。

 急いで回復しないと死んでしまう。やっと助ける術が見つかったのに肝心の声が出ない。早く解けてくれと祈りながら、自分の声を縛り付けている術を振りほどこうと魔力でもがく。

「次は魔王にならずに一生を終えたら……ひとつ願いを叶えてくれると……神と約束をした。私は……仲間の望みが叶う事を願う」

 宙に浮かせたままだった俺の手を、エルの左手がそっと包み込んだ。ゆっくり引き寄せられたと思ったら反対の手が俺の頬を撫でる。

「お前は元の世界に帰って生きたいと願えばいい。元の世界で家族や友人に囲まれて、やりたかった事を叶えて……笑って生きるといい」

 そう微笑むエルの顔は優しくて。本当に死にかけなのかと思うくらい穏やかな声で。俺は寝ぼけてるんだろうかと心のどこかでもう一人の自分が呟いた。

 だけど。

「……まさか貴方、そのためにここへ」

 術が解けたらしいレティの呟きでぶわりと全身の鳥肌が立つ。叩き起こされた俺の頭の中に、考えたくない可能性がどんどん膨らんでいった。

「癒してくれて、ありがとう、コータ…………あい、している……これからも、ずっと……」

 かすかに囁く声の後に、パキンとガラスが割れるような音がして。エルの上に浮かんでいたゲージが目を凝らしても見えなくなってしまった。


 俺を見ていたはずの黒い瞳は焦点が合わなくなって、頬に触れていた手はパタリと地面に落ちる。

 締め付けられたような喉の息苦しさが急にすうっと引いて、あ、と小さく声がこぼれた。

「な、に、それ…………なんで……何で今そういうこと言うんだよ……」

 声が、出る。

 エルの魔法で喉の奥に押し込められてた声が。

「こ、んなのっ……エルが死ぬまで返事できないじゃんか! 何でそんなことすんだよ! 言い逃げなんて卑怯だろ!?」

 半泣きになりながら力一杯体を揺するけど、エルから声が返ってくることはない。頭を撫でてくれることも、抱きしめてくれることも。

 何度エルに回復魔法を使おうとしても、ターゲットリングが出てこない。魔法の唱え始めを繰り返しても、目を凝らしても、瞬きしても。

 助ける術は手に入ったのに。声も出るようになったのに。

 

 ――間に、合わなかった。

 

 エルが言ってた言葉が頭から離れない。帰れと穏やかに言ったあの言葉が。苦しいはずなのに少しも感じさせなかったあの声が。

「俺が…………まちがえた……おれが、帰りたいなんて、言ったから……」

 そりゃギャルゲーはバッドエンドにしか行けないって冗談かまして笑ってたけど。だからって、こんな所でまでその呪いが発揮されるなんて酷すぎる。

 助けたかったのに。

 その手前で選択肢を間違えてた。

 ずっと俺を元の世界へ返すって言ってたのは、神様との約束があったからなんだ。ただの慰めじゃなかった。元の世界へ帰らせる方法を知ってたんだ。

 なのに、俺が帰りたいって馬鹿みたいに泣いたりしたから。嘘つきは信用できないって言ったから。

「おれのせいで、エルが……っ」

 俺を元の世界に帰そうとして、死ぬ道を選んでしまった。

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