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32_すれ違い

 剣の響く音と、回復を唱える声が響く。

 レベル的には勇者と聖女の方が絶対的に高い。だけど転生者のチート能力でもあるのか、エルは勇者の攻撃に食らいついていた。怪我をしても怯まないのもあるかもしれない。ダメージが蓄積すると勇者の動きは少し遅くなるみたいだから。

 だけど俺と聖女の差は歴然で、魔法を使う速さも回復量も全然違う。勇者のダメージにヒールじゃとても追いつかない。フェルドウルフが教えてくれたクーアがなかったら薬草どころかヨモギくらいにしかならなかったかも。

 クーアは不思議な魔法だ。かければかけるほど回復量が多くなっていく。だけど消費する精神力も労力もヒールと変わらないから、使うほど回復が楽になってくる。

 ……もしかしたら押し返せるかもしれない。

 ほんの少しだけ、そう思った時だった。

「!? ぁ……ぐ、っ……!?」

 突然首が締め上げられて、声が出ない。違和感があるだけで息は出来るから少し苦しい程度だけど、魔法が唱えられなくて。

 せっかくかけ続けて威力を上げてた回復魔法が途切れてしまった。

「そこで黙って見ていなさい」

 ひやりとした声。少し低い大人の女性の声。その声がした方を見ると、入り口に王妃様が立っていた。


 声以外におかしなところはないから、多分沈黙状態とかだと思う。だけどそれが分からないエルの意識がこっちに向いたらしくて、勇者の攻撃を受ける一方になってしまった。

「貴様ッ……そいつに何をした!」

 ぎっとエルは王妃様を睨んだ。だけど王妃様は何も言わない。多分俺を黙らせるだけじゃなくて、エルの動きを止めるのが目的に入ってるんだ。

 エルが見なきゃいけないのは王妃様じゃない。戦ってる勇者だ。

 なのに声が出ないから俺は全然大丈夫だって伝えられない。サナが居たらステータス状態見て伝えてくれるのに。俺に気を取られてるせいでエルの傷がどんどん増えていく。

 何とかしないと。このままじゃエルが殺されてしまう。

「……この襲撃は誰の命だ」

 勇者の剣を受け止めながら、エルは低く呟いた。

「私です。魔王が我が夫の肉親に姿を寄せて現れるなど言語道断。これ以上、王が苦しまぬよう排除する」

 エルを憎々しげに睨みながら王妃様は言う。

 ……何で。王様はエルがエルドグラウンだって気づいたのに、どうしてこの人は気づかないんだろう。

 エルの好きな人。好きになったくらいなんだ、きっと優しかったはずなのに。

「……………………そうか」

 少しだけ、エルは悲しそうな顔に見えた。

 だけどすぐ、く、とらしくない表情で笑う。わざとらしく口元を持ち上げて、見下すような、不敵な顔。見たことのない顔。

 ――あれは誰なんだろう。

 エルなのに、エルに見えない。また耳の中でざりざりとノイズが大きくなっていくにつれて、エルの周りを黒い霧みたいなものが覆っていく。

 消えてしまう。エルが。

 ぼんやりとそんな不安に襲われた時、ふと聖女の頭の上に赤いゲージが浮かんでいるのに気がついた。


「!! ぇ、ぅ……っ!」

 聖女のゲージは結構な長さなのに、かなりの速度で減っていく。聖女から伸びる扇形の攻撃範囲の先、ターゲットを示すリングはエルの足元に赤く光っていた。赤は攻撃の色だけど、いつも一重しか出てない輪が三つくらい重なってる。

 肌がぴりぴりする。嫌な予感に駆られて、出ない声の代わりに足が走り出した。

 エルと聖女の間に飛び込む頃には聖女のゲージはなくなっていて、エルを何とか範囲から押し出したと思ったら視界を強烈な光の洪水が覆う。だけどすぐに暗くなって、ずるりと床に座り込んだ。

「……え、る……?」

 黒い霧が薄れていって、ようやくもたれかかってきてる体がエルのものだと気付いた。全身からぼたぼたと血を溢しながら弱々しく笑う。

「…………無事、か」

「う、ん……だ、い、じょぶ……」

 やっと状態異常が回復して声が戻ってきたのに、今度は言葉が詰まって出てこない。もっと言いたいことあるのに。庇うなんて何やってんだよとか、エルは大丈夫なのかとか、沢山あるのに。

 そんなことより回復しなきゃと我に帰った瞬間、エルの真後ろに光る金属が見えた。

「あ……!? や、め……やめっ……!」

 金属は刃で。それは剣だった。エルのじゃない。勇者が構えてた、金の模様がゆらゆらと揺れる不思議な剣。

 それが、エルに向かって真っ直ぐ落ちていく。

 ゆっくりゆっくり落ちていくように見えたそれは、俺が言葉を絞り出してる間にあっさりとエルの背中を切り裂いた。聖女の魔法で血に濡れてた服が、噴き出した血であっという間に真っ赤になっていく。

「え、るっ……エル――――――っ!」

 立つ力を無くして落ちてくるエルの体が酷く重い。支えきれずにどしゃりと床に倒れた背中は焼け爛れていて、肩から腰までばっくりと裂けていた。

 

 体力ゲージもあっという間に減っていく。慌ててクーアをかけるけど、何回やっても回復する以上に体力が削られていく。

「な、んでっ……なんで!? 何でだよ回復してるのにっ!」

 効いてない訳じゃない。ただ、回復を上回る勢いで謎のダメージが入る。どれだけクーアの回復量が増えても回復するところまでいけない。

「無駄です。命を削り取る神罰を受けて傷を癒すなど許されない」

 聖女が静かに呟いた。その声にざわざわとノイズがかかって、耳鳴りみたいに頭の中に響いていく。

 命を削り取る……つまり、追加ダメージ。だから体力が減っていくんだ。

 仕組みは分かったけど、毎回の数値がバラバラでどれぐらいのダメージになるのか予測がつかない。ゲームの世界だから規則性はあるはずなのに。

 あと何回使ったらクーアが上回るんだろう。精神力は足りるんだろうか。エルの体力がどんどん減ってく。薬草なんかじゃ全然足りない。

「えるっ……える、頑張れよエルっ! 頼むから、俺も頑張るから、なぁ! エルっっ!」

 追加ダメージに悪戦苦闘してる間に、どんどんエルの反応や呼吸が弱くなっていく。守ってくれたのに。その代わり回復で助けるって約束したのに。

 このままじゃ助けられない。死んでしまう。

「いやだ、エル、える、エルぅぅぅぅぅっ!!」

 クーアをかけてもかけても体力が減っていく。消えていくゲージにもう頭がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか全然分からなくて。

 誰か助けてって心の中で思わず叫んだ時、バンッとドアが開いた。


「一体何事だ! ……これ、は……?」

 姿を表したのは王様と、レティとサナだ。三人とも部屋の中を見回して、俺達を見てぎょっとした顔をする。

「エルドグラウン!」

 王様が真っ先にエルに駆け寄って床に倒れ込んだままの体を抱き起こす。すると閉じてた黒い目が少しだけ開いて、真っ直ぐその顔を見た。ぜぇぜぇと苦しげな呼吸音が混ざる声で、あにうえ、と小さく呟いて。

 だけど直ぐに目は閉じて、王様の声にすら反応しなくなってしまった。

「れ、てぃ……さ、さな……っ……どうしよう……! 回復しても間に合わない……えるが……えるがしんじゃう……っ!」

 こんなこと言ったって何の解決にもならない。そんなの頭では分かってるのに。

 仲間の顔を見たら力が抜けてしまって、もう耐えられなかった。呆然と立ち尽くす二人にすがるような気持ちで訴えると、ハッと我に返ったらしいサナがキッと俺を睨む。

「縁起でもない事言わないで! そんなんで誰がエル様治すの!? 回復はコータしか出来ないんだよ諦めたら試合終了だろうが泣いてる暇あったら一回でも多くクーア使え馬鹿ッッ!!」

「言葉が乱暴ですわよサナ。……でも、貴方が頼りなのですコータ。力を貸しますから頑張りましょう」

 サナとレティの言葉に頭から水を被った気分だった。自分で言い聞かせるのと、他の人から言われるのとは全然違う。

 涙を止められないまま、何とかエルに向き合ってもう一度手をかざす。気がついたら精神力を半分以上使ってた。ありがたくレティの精神力を分けてもらいながら、回復魔法を唱え始める。

 王妃様が何度か妨害しようとしてきた気配はしたけど、サナの魔法銃を使った威嚇射撃や王様の説得で諦めたようだった。

 ……助けてもらっておいてあれだけど、さすがに王妃様に威嚇射撃は後々ヤバいんじゃないだろうか。

 

 ざりざりと耳の奥で鳴るノイズと戦いながら、ひたすらクーアをかける。だけどやっぱりダメージの方が多くて、奮い立たせたはずの気持ちが少しずつ折れてきて。

「エルぅ……っ」

 じわじわと目かまた熱くなってきた時。ノイズが大きくなったと思ったら、誰かの声がした。

「……生命の伊吹(リフェール)

 声に誘われるように頭の中に響いた文字を追う。

 すると光の帯が空中を舞って、花びらみたいな小さな光を撒き散らしながらエルを包んだ。一度わあっと回復して、その後も何度か光の花びらがエルの体力を回復させていく。

 ……連続攻撃ならぬ、連続回復だ。初めて回復が追加ダメージを上回った。

「これは……新しい奇跡ですの……!?」

「何か知らない魔法だけどやったねコータ、それならバステの追いダメ越えられる!!」

「う、うんっ」

 やっと希望が見えてきた。滲んできた涙を拭いてもう一度リフェールをかける。少しずつだけど聖女の使った魔法の追加ダメージを上回ってゲージが戻っていく。

 だけど。

「……ッ、う……!」

 まただ。息が吸えるのに喉が締め上げられるような感じ。やっと希望が見えてきたのに、声が出なくてまたエルの体力が減っていく。

「沈黙!? ちょっといい加減にしてよ! そんなに魔法銃ぶち当てられたいワケ!?」

 俺の状態異常に気付いたサナが銃を構えた。だけど銃口を向けられた王妃様は驚いた顔でこっちを見ている。

「……違いますわ、サナ。術を使ったのは王妃様ではありません」

「じゃあ誰よ! 聖女!?」

「いいえ」

「じゃあ…………え?」

 戸惑う声と一緒に、サナの銃が高い音を立てて床に落ちた。

 

 レティがじっと見ているのは、倒れてるエルその人だったから。

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