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31_不穏な気配

 お城の食事会は穏やかだった。

 真っ白なテーブルクロスが引かれた大きなテーブルに豪華な食事が沢山乗って、誕生日席に座る王妃様の両隣には勇者と聖女が座っている。王様は職人の街からの要請に応えるための準備を進めてて来られなかったらしい。

 崩落のあった現地の様子はどうか、復旧資材や人手以外に多く必要な物資はあるか、そんな質問が次々王妃様から飛んできて、サナがニコニコしながら返事をする。

 お城に来るって決まった時はあんなに嫌だ嫌だってむくれてたのに、すっかりお城にはしゃぐ女の子みたいになってる。ブラック卒なだけじゃなくて役者だったのか……。

 不気味なくらいに穏やかな食事を終えて、流れるように宿泊する部屋の話になった。良ければって書いてたけど断らせる気ないじゃん。

 王妃様直々に案内される女子二人はちらりとこっちを見る。

 その表情は凄く硬くて、気をつけろって目が言ってるみたいだった。

 勇者と聖女に連れられて向かった先は、渡り廊下みたいな通路で繋がってる離れのような場所。どう考えてもレティやサナと離されてる。だけど周りが庭だから、何かあっても逃げやすいといえば逃げやすい……かもしれない。

「仲間と離してしまってすまないが、魔王復活の噂がまことしやかに流れていてな。ここならば王が来られても周りを気にする必要もないだろう」

「……お気遣い痛み入ります」

 聞こえてくるエルの声は低い。通されたのは暖かい部屋なのに、流れる空気は凍りそうなくらい冷たくて。勇者の目付きも、聖女の表情も、とても俺達をもてなそうとしてる雰囲気じゃなかった。


 部屋の中には大きな窓と、窓に垂直に置かれた二つのベッド。シャンデリアがやけにキラキラしてるけど、これ本当は寝る所じゃないんじゃないだろうか。

 パタンとドアが閉じて、何となく気まずい空気が流れた。

「今の内に寝ておいた方がいい。夜中に叩き起こされるかもしれないからな」

「……寝れる気がしないんだけど」

 仕方ないけど言うことが不穏すぎる。そんな事考えながら寝れるのってどんな奴だ。

 だけど背中を押してくるから仕方なしに部屋の中を進んで。渋々部屋の奥にある方のベッドに潜り込むと、何故かエルまで入ってくる。

「ちょっ!? 何でそうなんだよもう一つベッドあるじゃん!」

 慌てて押し返すけどビクともしなかった。そりゃそうだ、腕力がさっぱり伸びないのに腕だけでエルを動かせる訳がない。

「離れていると何かあった時に守れないだろう」

 しかもめちゃくちゃ真顔で返されて、ぐうの音も出なかった。確かにレティもサナも別れ際に真剣な顔で目配せしてきたし、俺も何となくこの城に嫌な感じはしてる。

 だけど! やっぱ恥ずかしいじゃん!

 そんな俺にはお構いなしでエルはするっと潜り込んでくる。慌てて出ようと背中を向けたけど、後ろから回ってきた腕に取っ捕まって布団に引きずり込まれてしまった。甘えるようにエルの鼻先が肩に振れて少しくすぐったい。

 くそ、こういう事が許されるとかズルすぎるだろ……! 俺が女の子だったらうっかり落ちるわ馬鹿!!


 …………。

 

 …………あれ?


 落ちるって、なんで。

 何で女の子だったらエルに落ちんの。

 

 ふとそう思って顔がかぁっと熱くなる。

 ちょっと待って、ヤバくないか。これはヤバ腐女子の思う壺なんじゃないのか。サナが変な妄想を俺に吹き込んできたりするから、俺も毒されておかしくなってるんじゃないのか。

 ぐるぐる頭の中が回る。硬直してる内にエルの腕がぎゅっときつく抱きしめてきて、全身が一気に体温を上げた。

 ガバッと勢いよく起き上がると、ふっと笑う顔が視界に入る。そのままその顔が近付いて……気がついたら正面から抱き寄せられていた。

「あっ、あっ、ちょっ」

「大人しく抱かれていろ」

「……っ!」

 たぶん、エルにはただ俺を落ち着かせるための言葉だったんだと思う。それは分かる。分かるのに。

 俺の頭は完全にパニックを起こしていた。

 低い声で囁かれた言葉が違う意味合いに聞こえてしまって、泣きついてた時に抱きしめられてた事とか、事故ってキスしてしまった時の事とかをわーっと思い出して。恥ずかしくて、呼吸が苦しい。

 う、恨む……恨むぞサナも愚妹も……ッ!

 お前らの妄想聞かされ続けたせいで俺まで変な想像出来るようになってるじゃん! 何させんだよふざけんな――ッッ!


 コチコチと時計の音だけが広い部屋に響く。ぴったりくっついたままの状態だからエルの呼吸が伝わってきて、あったかくて、落ち着くのに。腐女子の呪いにかかった俺の変な妄想がいちいち邪魔をする。

「ふ、二人とも大丈夫かな」

 黙ってると気がおかしくなりそうで、苦し紛れに二人の話題を出す。忘れてた訳じゃない。俺がいっぱいいっぱいだっただけで。

 話しかけたんだから当然エルの視線が俺に向いて、この間の馬車の夜が頭の中に戻ってくる。おまけに今度は思考が伝わってしまってるんじゃないかって謎の妄想が湧いてきて……結果的に状況が悪化した気がした。

「問題ないだろう。レティは魔法の加護があるし王妃に負けることはそうない」

「そう、なんだ」

「明らかに普通の魔法使いとは魔力量も発動スピードも違うからな。サナも訳が分からんが逆境になると謎の馬力を発揮するし」

「サナは確かにそう」

 サナはたぶん主人公補正だと思うけど。システム画面ぽいのが見れてるみたいだし。言葉も分からないのに魔物に言うこと聞かせられるのも、火事場の謎の馬力が出るのも、ピンチがチャンスになる少年漫画でよく見る胸熱展開だ。

 ってなると、エルの相手役はサナなんじゃないのかな。そんな素振り全然見せないけど、エル推しってことはエルの事好きなんだよな……?

 そこまで考えて、少しだけ体のどこかがチクンとした。


 ざりざりとノイズ音みたいな音がまた聞こえてくる。まさかホラー展開じゃないよなと思いつつ、耳はその音を追ってしまってて。ノイズの中に声みたいなのが混ざり始めたと思ったら、その方向に体力ゲージみたいなやつがうっすら見えた。

 ざわっと余計に嫌な感じがして、じっと見えかけている何かに意識を持っていく。

 体力ゲージは二つ。しかもその辺のモンスターより最大値が大きくて、レベルの高さがよく分かる。ダンジョンならまだ分かるけど、ここはお城だ。そんなレベルの高い奴なんて数えるくらいしかいない。

「え、える」

 事態を知らせようと見上げると、その顔は険しい目つきで後ろを睨んでいた。

 だけど俺の視線に気付いたのかいつも通りの表情になって。大丈夫だと小さく囁いた言葉と一緒に、額にひとつキスが振ってきた。

 すぐにドアがカチャリと静かに鳴る。

 身を起こしたエルにつられて起き上がると、丁度勇者と聖女が入り込んできたところだったらしい。二人は俺達を見て顔をしかめた。

「……やはり魔王に魅入られた破戒僧だったか」

「えっ、それって俺……?」

「随分と無礼な歓待だな」

 あんまりな言われように思わず反応しかけたのを押しのけて、エルの低い声が響く。勇者の視線を遮るみたいに俺の前に立って、下げたままだった剣の柄に手をかけた。勇者もいつの間にか同じ姿勢になってて、聖女も一緒こっちを睨んでいる。

 無言で睨み合ったまま、二人の剣士は剣を抜いた。

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