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30_邂逅

 兵士がずらっと並ぶ物々しい広間を歩いていくと、二つの椅子が奥の方に置かれていた。

 向かって左側の椅子にはサラサラした金色の髪を緩くまとめた青い目の王様が、右側の椅子には金髪にも見える薄い茶色の髪を結い上げた紫色の目の王妃様が座っていた。

 二人とも一瞬こっちを見て驚いたような顔をしたけど、すぐに元の柔らかい微笑みに戻る。

 でも。

「よく来られた。面を上げられよ」

 王様はいまいち分からないけど王妃様の目は明らかに笑ってない。探るような視線が俺達を、特にエルをじっと睨み付けている。

 ……そんな目でエルを見ないでほしい。好きな人に敵を見るみたいな目を向けられるなんて、そんなのきっと辛いから。

 少し後ろに立ってるからエルの顔が見えなくて、余計に気になって、もどかしい。


「コータコータ! ねねねねね、居た!」

「え? 何だよ急に」


 急に後ろから服を引っ張られて、渋々サナの方を向く。目をキラキラさせたヤバ腐女子は熱心に玉座へ続く階段の脇を見ていた。

 ちょっと見づらいけど、衛兵が組んでる隊列の奥の方に二人、こっちに向いて立っている人がいた。

 装飾の多い鎧と青いマントを着けてる剣士と、白い僧侶の服をめちゃくちゃ豪華なドレス版にしてベールのついた僧侶帽を被った僧侶だ。あれが勇者と聖女なんだろうか。

 俺達の視線に気付いた二人はにこりと笑顔を寄越した。王様と同じ、何も感じられない目で。

 

「遠方よりご苦労だった。職人の街へは奏上にあった資材を手配することとしよう」

「あ……ありがとうございます! みんな喜びます!」

 勇者と聖女に気を取られてる内に、職人の街からの文書は王様に渡されていたらしい。

 サナがすかさず無邪気に喜ぶ女の子みたいな顔を作ってぺこりと頭を下げた。腐女子のハァハァ顔しか最近まともに見てなかったから忘れてたけど、そういやサナは女の子だった。

 というかさっきまで勇者にハァハァしてたのに切り替え早いな。これが社畜のスキルなんだろうか。 

「……ところで、そこの剣士殿」

 手に持った文書を歴史の教科書に出てくる貴族みたいな服を着てるお爺さんに渡すと、王様は少し戸惑うようにエルを見た。すると王妃様がちらりと王様を見て、追いかけるように視線をエルに向ける。

「この辺りでは見かけぬ髪色だな。そなたはどこの出身なのだろうか」

「……私には、記憶がありません」

 嘘だと思わず叫びそうになったのを必死で抑えた。

 何でそんな嘘つくんだ。王様に会いに来たって言えばいいのに、何で。

 王様だってあれは分かってる。エルに気付いてる。エルが記憶がないって言った瞬間、少し悲しそうな顔をした。自分を忘れてるって分かって悲しんでる。なのに。

「故郷も分からず、その手掛かりがないかと王都へ参りました」

 エルが嘘をつくから、王様はかすかに見せた表情も言葉も飲み込んでしまった。

「そうか……手掛かりが見つかることを祈っているよ」

「ありがとうございます」

 嘘つきエルは深々と頭を下げて、そのまま謁見の間から出ていく。来た道を戻って、無事にお城から出て。

 エルはずっと、無言のままだった。


 その足で街外れの人気のない食堂で昼食を食べて、宿を取って。それでもエルはだんまりを通す。部屋に入った瞬間、俺の我慢の糸が切れた。

「何で嘘ついたんだよ! 王様を心配して来たんだろ!?」

 不意打ちでエルをベッドに突き倒して、上に馬乗りになって逃げ道を塞ぐ。

 まさか俺にタックル食らって押し負けるとは思ってなかったのか、心底驚いた顔でこっちを見ている。少しして俺の言いたいことを理解したらしくて、困ったようにまた笑った。

「エルドグラウンは勇者に討たれて死んだ。魔王に憑かれているという噂が嘘なら……あの人に変わりがないのならば、私はそれでいい」

「そんなのおかしい……っ! せっかく会えたのに……エルは会えるのに……っ」

 贅沢だ。

 俺はもう元の世界の誰にも会えないのに。話したくても話せないのに。エルはちゃんと話せるのに何で話そうとしないんだ。

 王様も何で「お前はエルドグラウンなのか」って聞かないんだ。赤の他人のサナですら初っぱなから聞いてたのに。王様は家族なのに。何となく気付いてたくせに。ちゃんと聞いたらきっとエルだって応えたのに。 

「何で……どいつもこいつも……ッ」

 自分には関係ない事だって分かってるけど、意味の分からない悔しさが込み上げてくる。段々目の縁が熱くなって声や手が震えてきてしまった。


 さすがに気付かれたらしくて、少し心配そうな目が俺を見る。 

「大丈夫だ。お前は元の世界へ帰す」

「今そんな話してない!!」

「お前も家族にまた会える。必ず」

 エルの右手が俺の頬にそっと触れた。こぼれてきてしまった涙を受け止めながら、優しく耳の後ろを撫でてくる。

 そんなの出来ないくせに。帰すって言ったって、どうしたら帰れるかなんて知らないくせに。そういう風に言えば無条件で俺が喜ぶと思ってんのか。

 ――馬鹿にすんな。

「嘘つきの言うことなんか、しんじられない」

 俺の言葉にほんの少し目を見開いた後、曖昧に笑いながらエルの腕がぽすんと俺を抱き寄せた。

「…………そうだな」

 ムカつくのに、腹立つのに、頼りたくないのに。触れる体温が俺の意地を少しずつ溶かしていって、気がついたらエルにすがり付いて大泣きしてしまっていた。



 しばらくすると気持ちが落ち着いてきて、のそりと体を起こす。

 無茶苦茶言ってしまって何だか恥ずかしい。よく考えればエルにも王様にも、きっとどうにもならない事情があるはずなのに。

 だけどエルは怒るでも悲しむでもなく、いつもの様子で俺の頭を撫でている。

「エル……あの……」

 ごめんって言いかけた瞬間、コンコンと控えめにノックが鳴って飛び上がった。慌てて飛び退くとエルの口元が少し緩んで、扉の向こうへ返事を返す。

 そっと開いた扉の向こうには何だか気まずそうなレティが立っていた。

「……王城からの招待が来ましたわよ」

「王城って……王様から?」

「王妃様のようですわ。職人の街からの旅人を食事に招待したい、取った宿の費用は持つから城に泊まっていってくれないか、と」

 何だか変だ。

 王様の前では何も言わなかったのに、どうして王妃様が急に呼びにくるんだろう。二人で招待するとしたら王様の名前が出ないのは違和感があるし。

「ぜぇーったい絶対怪しいよね。エル様、こんなの却下ですよ却下!」

「いや、乗る方が良いだろう」

 両手ででっかくバツを作るサナだったけど、エルの返事にコントみたいな動きで後ろ向きに仰け反った。

 

「なっなんで!? 王様ならまだしも王妃様ですよ? 歓迎してないの丸分かりだったじゃないですか」

「サナ、デリカシーの無さが露呈していますわよ」

「だってー! あたし基本光属性なんだよ、さすがにこの展開は解釈違いなのー!!」

「また意味不明なことを」

 自分が王妃様はエルの好きな人だったってバラしたくせに、サナはそんな事忘れてるみたいな気遣いのなさだ。俺がエルの立場であの台詞聞いたらベコベコにへこむ。

 それでもエルと王妃様をこれ以上接触させたくないって事、なんだよな……?

「不用意に誘いを断れば、応えられない理由でもあるのかと追求する口実を与えかねない。そうだな?」

 話を振るのに適役だと思ったのか、エルは迷わず元悪役令嬢を見た。視線を向けられたレティはバツが悪そうな顔をした後、渋々といった様子で頷く。

「今回は引き下がっても、明日また事態が悪化して戻ってくる可能性が高いでしょうね」

「そうだろうな。下手に逆らわない方がいい」

 何だろう。耳の奥がザワザワする。皆の会話にジリジリってノイズみたいな音が被さってて聞き取りにくい。大事な話をしてるのに。

 

 サナが駄々っ子みたいに手をバタバタさせながら何か話してる。だけど耳がつまったみたいに声がぼわぼわして、上手く聞き取ることは出来なかった。

「行くぞ、薬草」

 ぼーっとした頭で立ってると、グッと手を引かれた。ちょっとつんのめって転びそうになるのをエルの手が受け止める。

「どうした」

「えっ、と……どこへ……?」

「王城だ」

 いつの間にか王妃様の怪しい招待に応える事になってたらしい。向こうの方で腕を組んだサナが、むくれた顔をして床を睨んでいた。

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