【番外編】公爵令息クリストファー様の憂鬱10
最初にソフィアを褒めたのはクリストファーの叔母だった。
「あの子はいいわ。しっかしている。聞けば血筋もいいじゃない。王宮にも連れていけるわよ」
王妃の侍女は伯爵以上の家柄でなくてはならない。ルールではないが不文律だ。
エミリアにずっとついている侍女のシアラも伯爵家の出だ。父と叔母がわざわざそのために選んだのだ。
叔母はエミリアがフィリップと結婚して王妃になることを、この先起こる事実のように認識している。
実際、父親が宰相の公爵令嬢で、うまい具合に年齢が合う。
候補に挙がるとしたら一番手だ。
父はアルフォンスのことは叔母には話していないようだ。
しかし、もしもアルフォンスが王位についたとしても、エミリアが一番条件がいいのは変わらない。
問題は、アルフォンスはリリーナとかいう夢の女を追いかけているということだが、それはさておく。
次に褒めたのはエミリアの侍女のシアラだった。
シアラのほうが年上なのに、とても頼れると評価が高い。
そして、人見知りなエミリアがようやく懐いてきたところだ。
クリストファーとアルフォンスは2年生に上がり、フィリップとエミリアが魔法学園に入学してきた。
この学年の入試は例年にない倍率だったという。
15歳以上で実力さえあれば、試験はいつ受けてもいいので、有力な貴族たちがこぞってフィリップと同級生になろうと調節したのだ。
アルフォンスは本人が言った通り、今年も大人しくしている。
大人しく、というのは少し違うかもしれない。
「僕の女神が入学してきたよ」
嬉しそうな彼は、そっと、教室の廊下からその女神とやらを見せてくれた。
リリーナ・ウェルデガン伯爵令嬢。
見た目はまあ普通だ。美人と言えば美人だが、気が強そうで、クリストファーの好みではない。
成績は優秀。学問はTOPで魔力も強いと聞く。
教室では入試で一番だった生徒の座る最前列の左端に座っていた。
とても問題だ。
リリーナがではなく。フィリップが前列でないということがだ。
「フィリップ殿下が後ろの方に座っておられるな」
「入試の結果は確認してないの?」
「したとも」
その時に、100人のうちの真ん中よりちょっと良いくらいだと知って、頭を抱えた。
王族は皆、魔力が強い。
元々、魔力で国を統べたという伝説があるほどで、それは脈々と受け継がれている。
代々の王妃にも魔力の強い女性が選ばれがちだ。
魔法学園の入学試験も、魔力で底上げされているはずなので、それで真ん中ということは勉学の出来が大層危ぶまれるということだ。
しかも、なんだか品格を問われるほど騒いでいる。
「フィリップ殿下はあんな感じだっただろうか」
「明るくて元気な子だとは聞いている」
明るくて元気。いいことだ。いいことだが。
エミリアから聞いた、教授に蛙をけしかけた話を思い出す。
「まあ、僕にとっては喜ばしいことだ。本当に無駄な争いはしたくないんだよ」
アルフォンスはフィリップの周囲の取り巻き達を確認していた。
彼にとって弟は王位を狙うライバルだ。
自分から能力不足で脱落していってくれるならそれに越したことはないと言っている。
「君にとっても喜ばしいことだと思うんだけどな」
アルフォンスがにやりと笑う。
そう。クリストファーはこの王子に魂を売ったのだ。
クリストファーの父である宰相はまだ、アルフォンスとフィリップの間で決めかねているようだが、クリストファーは心を決めた。
彼を王位につけて、自分が欲しいものを得ると。
「おにいさま」
澄んだ鳥のような声が聞こえて、妹のエミリアが近づいてきた。
「会いに来てくださったの?」
嬉しそうに言う。おかげですっかり注目の的だ。妹の様子を見に来る過保護な兄になってしまった。
アルフォンスはいつの間にかいなくなっていて、それもまた腹が立つ。
あんな奴に魂を売ってよかったのだろうか。
アルフォンスは自分自身は目立たないように学園生活をすごしている。
だがしかし。ライバルである弟フィリップの足は積極的に引っ張っているようだった。
フィリップは王子だというのに、いい評判が全くない。
やり過ぎは同じ学園内にいるクリストファーに無言の圧力となって降りかかるのだ。
「殿下はまだお若い。誰か身近なものが見てあげないといけないね」
そう言ったのは宰相である父だ。
クリストファーは見ているし、そっと苦言を呈したりもする。フィリップが聞かないだけだ。
そして、聞かない理由は悪い取り巻き達に囲まれているからだと思われるのだが、どうもその取り巻き達の誰かにアルフォンスの息がかかっている。上手に煽って王族にふさわしくない行動をさせているのだ。
それを他の生徒たちが見ている。
魔法学園はエリートの通う学校で、いい家の子女が多い。彼らが家でどんな話をしているかと思うと頭が痛い。
そうやってアルフォンスは弟を陥れながら、順調にリリーナと距離を縮めているようだった。
リリーナ・ヴェルデガン。
悪い子ではない。明るくて元気だ。成績もとてもいい。淑女教育が行き届いていないらしく、貴婦人らしくは全然ないが、下町育ちならば仕方がないだろう。
魔術師や騎士になるような女性にはたまにいるタイプだ。
ヴェルデガン伯爵家は男性だとほぼ騎士ばかりと言うから、その影響もあるのだろう。
言動は時に奔放だ。
あれを王妃にするというのはいかがなものかとクリストファーはたまに不安になる。
「可愛いらしいお嬢さんですよ」
刺繍の指導が出来る女性を探しているというのでソフィアを紹介したら、すっかり仲良くなった。
王妃になるかもしれない女性ということで、動向を探りたいという意図もあったので、あまりに仲良くなりすぎるのはよくないが、気が合ったものはしょうがない。
「努力家で。性格もまっすぐで、とてもいい子です」
ソフィアが言うならいい子なのだろう。
確かに、真面目に学問に取り組み、慣れない淑女教育を頑張っている。
たまに見かけると、驚くほど上達しているので、才能のある努力家なのだろう。
アルフォンスは本当に順調に距離を縮めているようだ。すっかり信頼されている。
父はエミリアをアルフォンスに嫁がせることも考えているようだったが、クリストファーは違う。
アルフォンスはこちらの言う通りにならないだろうし、おとなしくて引っ込み思案のエミリアは王妃という重職につくのは不向きだ。
特に問題はない。
適度な距離で見守っていればいい、と楽観視できていられたのは、リリーナが一年生の時だけだった。
2年にあがると、リリーナは早速問題を起こした。
騎士団長の息子でもある侯爵家令息エドワードを剣でやりこめたのだ。
エドワードが女子生徒に後れを取ったのも驚きだったが、そのまま揉めているというのもすごい。
普通は悪いことをした反省して歩み寄るものではないのか。
リリーナに全くその気はなく、結局エドワードが折れたらしい。
なんでそんなことになる。
「なんでと問われると、エドワードが騎士道精神の持ち主だからだよねえ。さすが騎士団長の息子だ」
アルフォンスはお気楽にほめていた。
「負けたから潔く謝ったんだろう」
「そんな」
「騎士団長の家は実力勝負なんだよ」
「見てきたようなことを」
交流はないはずだ。いい加減なことを言っていると思ったらそうでもなかったらしい。
「騎士団長は着任の時にわざわざグレーデン辺境伯領に挨拶に来てくれて。僕が元気なのを見て驚いてたんだよね。父に報告するというから、1本取ったら黙ってくれるという約束で勝負した」
騎士団長が何故、アルフォンスが健康なのを黙っていたのか、宰相である父にもクリストファーにも謎だった。まさか剣で勝負したとは。しかも。
「1本取ったのか。騎士団長から」
「僕と手合わせしたことのない相手なら、先入観で油断を誘えるからね」
たやすかったと言う。
「構えでそこまで実力がないように見せかけて不意打ちした」
それはちょっと卑怯ではないのか。
「それでも、黙っていてくれたのか」
「そんな古典的な手に引っ掛かるほうが悪いんだよ」
堂々としている。
素晴らしい剣術を治めながら人間性の美しい騎士団長では太刀打ちできなかったのだろう。
そのアルフォンスは2年生がフィリップの派閥とリリーナの派閥で揉めているのを静観している。
アルフォンスはリリーナを王妃にするつもりなので、一種の代理戦争だから致し方ないが、生徒会長であるクリストファーの立場は悪化する一方だ。
フィリップのやり方がまずいのは学校側も認識しているので、クリストファーは大変がられるだけだが、このくらい適切に治められないと思われるのも不本意だ。
全く持って本当に困る。
その後も、クリストファーの可愛い妹を街に連れだしたりと、リリーナは碌なことをしない。
なのに、エミリアはリリーナに影響されたのか、最近、とてもやる気に満ちている。
あんなにおとなしくて引っ込み思案だったのに。
生徒会選挙に出るとまで言い出して。
ソフィアをカフェに呼びだしてエミリアの意図を確認する。
「よろしいじゃないですか。エミリア様は将来王妃になる身の上でしょう?」
これまでエミリアがおとなしすぎるとこぼしていたのに、いざ積極的になると心配するのは矛盾しているとソフィアは言う。政治的なことに触れるのもいいと判断している。
「公爵令嬢でもありますし、生徒会役員になるのも当然ではないですか」
「しかし、何を考えて立候補したのか」
「フィリップ殿下を支えたいとおっしゃっておいででしたよ」
フィリップは当初、自分の取り巻きたちで生徒会を運営したいと考えていたようだった。
それでは運営に無理が出るだろう。エミリアがそれに気づいて立候補するというのは素晴らしいことだ。
せめてもそう思うしかなかった。
「リリーナはどういうつもりなんだろうな?」
「今回のことはエミリア様が言い出したことのようです。リリーナ様はお付き合いで」
「フィリップ殿下を落とすようなことはないんだろうな?」
念のために確認する。
「そんな。やろうと思っても無理ですよ」
ソフィアが笑う。それは本当にそのとおりなのだが。
国王の息子であるフィリップを落選させるのは不可能だ。この学園の大半を占める貴族の男子生徒はリリーナほど自由な考えを持っていない。
「でも、わたくしは、リリーナ様に受かってほしいですけどね」
「なんでそんな」
クリストファーは驚いた。官僚を目指したり、侍女という職業婦人として生きてはいるが、ソフィアは保守的な人間だ。働いているのは実家が貧しくて自分で稼がなければならないからであって、政治の仕組みを変えようというような意思はない。今居る状況の中で自分個人で努力するほうを選ぶ。
まさか、リリーナを役員にしたいという革新的なことを言い出すとは思ってもみなかった。
「生徒会役員ってやる気がある人がやるほうがよくないですか?」
フィリップがあまり生徒会活動に熱心でないのは衆目の知るところだ。
そういう意見もあることだろう。
「リリーナ様は面白い方ですよ。固定概念がないと言いますか。それまで気がつかなかったことを気づかせてくれます」
ソフィアが微笑んだ。
「一緒にいたら、世界って変えられるんじゃないかなって思わせてくれるんです」
そうだ。リリーナは仕組みを変える側、世界を変える側の人間だ。
アルフォンスが言っていたではないか。『女神の御使い』と。
クリストファーはようやくその重大さに思い至った。
これまで、女神の御使いというのは比喩的な表現だと思っていた。そのくらいアルフォンスにとって愛しい女性であるというような。
まさか、その発想力の奇抜さ的なもので、普通の女性と違うということだとは思ってもいなかった。




