【番外編】公爵令息クリストファー様の憂鬱9
一周回って、公爵を出し抜いた実績のある人物に相談することになった。
王太子の部屋にいきなり押し掛けるのはなかなかの暴挙だが、気にしている余裕はない。
名前を出さずに、女性を囲うにはどうしたらいいかと言ったら、アルフォンスは大笑いした。
「確かに。僕は手段は教えられると思うけど」
自分よりよほど箱入りであってしかるべき王太子は、全然箱入りではなくそう言った。
「お父上に頼むのが一番手っ取り早いと思うね」
「許すわけがないだろう」
「そうかな?」
アルフォンスがトントンと人差し指で机をたたいた。そんな気障なしぐさも様になるのが気に障る。まさしく気障だ。
「父親として。可愛い箱入り息子が身分違いの女性に本気になって駆け落ちしようとしていたらどうかな?」
「駆け落ちなんてしない」
クリストファーには公爵家を継ぎ、家と家族を守る責任がある。
「例えばの話だって。恋に盲目な息子の話だ」
アルフォンスがひらひらと手を振った。
「息子には身分の高い婚約者、もしくは候補がいる。でも、息子はお相手を愛しているのだと一歩も譲らない。さあ、どうする?」
どうすると言われても困る。無理やり別れさせるしかないだろう。
「無理に仲を引き裂けば、心も残る。息子は自棄を起こして婚約者にもつらく当たる。仕事もしないかもしれない」
「じゃあ、どうしろと」
「そこでだ。いったん愛し合う二人に言い含めてどこかに小さな家を用意する。二人の愛の巣だ。
誰にも秘密で彼女と過ごしながら、妻を持ち、仕事に打ち込めばいい。
数年経って飽きたら、女性に別の男を紹介するなり、店を持たせるなりして去らせれば何の問題も無い」
謳うように言う。非常に腹が立った。
腹が立つのは、それが世間によくある事だからだ。
「去ることは考えていない」
「今はね」
将来はわからないという。
「それに、僕の考えではなく、公爵がそう判断するかもしれないという仮定だよね」
確かによくあることだし、頭を覚まさせようと期間を置く親はいるだろう。
「話を元に戻そうじゃないか。君はとりあえずソフィア嬢を囲えればいいんじゃないの?」
名前を出されて驚いた。声も出ない。
「ん、なんで」
「そんなの見てたらわかるだろう」
逆に、不思議がられた。思えば、アントニーもクリストファーの気持ちに気が付いていた。
そんなにもわかりやすかっただろうか。
クリストファー自身にもぼんやりとした思いだったのに。
「話を戻すけど。そういうわけで、公爵に交渉するのが一番いい」
「それは、理解しました」
クリストファーが上手く立ち回れば、ソフィアを囲うことも可能だという道筋を示された。
だが、実際に実現可能だとわかったことで、クリストファーは逆に冷静になった。
さっきまで、天才的な思い付きのように思えていたことが、ちっともいい考えだと思えなくなった。
何故なら、この提案を受けて『まあ、クリストファー様。なんて嬉しい』そう喜ぶソフィアが想像できなかったからだ。
「失礼しました。愚かな質問をしてしまいました」
「そうだね」
アルフォンスは否定しなかった。
「だって、今の話って、お互い恋人同士であればの話だから」
金に物を言わせて無理やりに囲うのはおすすめしないとアルフォンスは言う。
「向こうが協力的でなければ、秘密に出来ない。危険度があがるからね」
おすすめしない理由がクリストファーとは違っていた。
「そもそも、のんびりしすぎだよ。最初に入学した時に知り合っていたんだろう。なんで今まで放っておいたの」
「それは」
付き合えると思わなかったから。
身分が違って。きっと父に反対されて。
つまりは、クリストファー自身が、ソフィアを自分と結婚できる身分の娘だと見ていなかったからだ。
クリストファーが一番、ソフィアを下に見ていた。
「難しいとわかっていることをするなら、入念な準備が必要だ」
自らも準備をしているので、アルフォンスの言うことには重みがある。
アルフォンスの予定は10年がかりだ。つまりは人生の半分をかけている。
「今頃?ってなるよね」
その通りだ。今更、手遅れだ。最初から無理だったんだ。
クリストファーの気持ちはぐらぐら揺れていた。
諦めるべきだろうと思う気持ちと、本当に囲ってしまいたいという気持ちと。
もう、ソフィアとは会わないほうがいいのではないか。
少なくとも、自分で自分がどうしたいというのがわかる時までは。
会わないようにしようと思った途端に会ってしまうのは皮肉なものだ。
その日のクリストファーはツイていなかった。
妹の面倒を見ている叔母から、春から魔法学園に入るのに、準備が進んでいないと怒られた。
「まったく。お兄様もあなたもなにを考えているのかしら。女性が住む場所を変えるのですよ。どれだけの支度が必要だと思っているのだか」
そう叱られても、制服のある学園でドレスを新調しないといけない意味がわからない。
それに衣類を整えるのは侍女の仕事ではないのか。
「シアラに任せればいいではないですか」
エミリアのお気に入りの侍女の名前を出すと、更に怒られた。シアラはぼんやりとしていて言われたことしかしていなかったという。
しかし、侍女とはいえ使用人なので言われたことをするのは当然で、それ以上をするのは越権行為に当たるのではないか。
特に、金銭の絡むことになれば、それは躊躇うものだろう。
「シアラはいい子だけれども、次期王妃の侍女としては物足りないわ」
叔母は溜息をついた。
「もう少し気が利いて社交に長けた子がいいのだけど」
「そういう人はエミリアと合いませんよ」
エミリアはおとなしくておっとりしているが、ああ見えて人の好みが激しい。
基準はわからないが、本人が嫌だと感じたらしい侍女は使わない。何も頼まなくなる。
駄目だとはっきり言わないが、かなりあからさまだ。クリストファーもいっそ自分で面接をしろと思ったことがあるので叔母の気持ちはよくわかる。
だが、それをクリストファーに言われても困る。
それは父の仕事だし、なんならそういったことを任せるために、叔母に来てもらっているのだが。
しかし、今回は大きな額の支度金が必要になるので、自分の一存で決めるのが嫌なのだそうだ。
そういうきちんとしたところを父も評価しているのだが、面倒と言えば面倒だ。
もう本当にそもそもの話、エミリア本人が判断すればいいのだが。
あの子もどうにも頼りない。来年が心配だ。
そして、アントニーにも会ってしまった。
「ソフィア嬢だけど、何処の家かまではわからんが爺の後添いに嫁ぐらしいぞ」
ものすごく余計な情報をくれた。
本人は親切心で言っているらしいのが更に腹が立つ。
何故にこれほどゴシップに詳しいのか。
社交的で如才ない男だから情報も集まるのであろうし、それは頼みになるところでもあるのだが。
アントニーはさっきソフィアを教室で見かけたとまで教えてくれた。
本当に余計なお世話だ。
それなのに、3年生の教室までのこのこ行ってしまう自分が腹立たしい。
しばらく会わないほうがいいと思ったばかりなのに。
窓際でソフィアは物思いに沈んでいる。更に大人っぽくなったようだ。
そしてなんの偶然か、他に誰もいない。
「ひさしぶりだね」
「そうですね。学年が違いますと機会もないですし」
机の上に作りかけのクロスがあった。
ソフィアが刺繍を施しているクロスはもうほとんど終わりかけている。
それが、もう卒業まで時間がないと示している。
なんといえばいいか、クリストファーはわからなかった。
「やあ、僕の愛人にならないかい?」と持ち掛けるのが最悪だということがわかるだけで。
しかし、もっといい言い方など思いつかない。どんなに取り繕ったとしても
困窮している女性に付け込むこと自体が卑劣なことで、そんなことを持ちかける自分自身にうんざりする。
それに、ソフィアにそういった男だと軽蔑されるのも嫌だった。
そもそも、彼女がどう考えているかもわからない。
公爵家の後継ぎとはいえ、愛人に身を落とすより、きちんとした家の後添いのほうがいいと考えるのが身持ちのいい普通の貴族女性だ。
裕福な家なら、夫に先立たれた後も、家族が面倒を見てくれる。
でも。もしも。
ソフィアが嫁ぐのは嫌だと泣いたら。
「そういえば、君は卒業したら嫁ぐと聞いたよ」
おめでとうという言葉は出なかった。
「前から思っていたのだが、少しもったいない気もするね。
学園で素晴らしい学問を納めた女性が、そのまま結婚して家庭に入るというのは」
「子を産み育てる女性に高い教養があるのは、良いことだと思いますが」
それはそうで、身分の高い貴族は結婚相手にもそれなりの教養を求める。
しかし、そういう話がしたいわけではなかった。
他ならぬ目の前のソフィアが結婚したらもったいないのではないかと言う話がしたかったのだが、ソフィアはとても落ち着いていた。
自分の中で納得したら特に泣き言を言わない女性のように、クリストファーには見えていた。
彼女のその気持ちを崩すことは自分にはできない。
「ごめん。そういうことが言いたいわけでは無くて。おめでとうと言うつもりだったんだが」
「こちらこそ失礼いたしました」
ソフィアが軽く頭を下げた。
「先に訂正すればよかったですね。わたくし、嫁ぐわけではございません」
「え?」
「確かに、そういうお話もいただいたのですが。内定しておりますのはガヴァネスのほうですね」
ガヴァネス。貴族の子女に教育を施す女性の家庭教師。
「奥方を亡くされた方で、残されたお嬢様の養育をということでしたの」
相手が子供を抱えたやもめだったので、話が混ざったのではないかとソフィアが笑う。
クリストファーは力が抜けて椅子の背もたれに寄り掛かった。
家庭教師か。
それならば、まだ。
まだ、なんだ。この先、自分が何かできるとでもいうのか。
アルフォンスの言葉を思い出した。
本当に、自分はぼんやりしていた。2年もあったのに、何も考えていなかった。
安心していてどうする。
どこか知らない家に住み込みで働きに行って、それきり会えないかもしれないのに。
「少し不安ではあるんですけど。お子様がまだちょっと幼いので」
下に妹がいるが、姉もいるので、あまり面倒を見てこなかったとソフィアが明かす。
「面接では妹の面倒を見ていましたので自信がありますってお伝えしてしまいました」
ソフィアが明るく告げたので、クリストファーも笑った。おそらくは笑いどころだ。そんな気分ではなかったが。
「まあ、いいところが見つかってよかったよ」
「そうですね。すごく苦戦しました」
クリストファーは意外に思った。
官僚の試験にこそ落ちたものの、魔法学園を出てそのへんの教師の仕事に困るというのはあまりないことだろう。
卒業生の中には平民で塾を開くような生徒もいたと聞いている。
「生徒は女の子なので。そこまで高いレベルでない方が好まれる場合もあります」
ソフィアに説明されて、そのようなこともあるのかとクリストファーは感心した。
クリストファーの妹であるエミリアはガヴァネスについていない。
レベルの高い男性教師がついている。王妃になるための特別な教育だ。それが珍しいことは知っていたが、普通の令嬢がどんな教育を受けているかは知らなかった。
「もうひとつ、お子様の年齢的にいいお話があって、お返事待ちをしていたのですが」
「駄目だったのかい」
「旦那様は乗り気だったのですが、奥様はそうでもなくて」
奥様と言われた途端にクリストファーはだいたいのことを察することが出来た。
ソフィアは若くて美しい。
その家の奥方は、若くて美しい使用人を歓迎しないだろう。
なるほど、職の決まった家が奥方を亡くしたやもめの家だというのは、とてもよく納得できる。
「昨日までにお返事を下さるということでしたが、何もなかったので駄目だったのでしょう」
「小さい子の家に決めたんじゃなかったの」
「そこは、ちょっとお返事を引き伸ばしておりました」
ソフィアが内緒だと言うように、いたずらっぽく人差し指を唇に当てた。
クリストファーは就職とかそういうことを全く考えたことがなかったのだが、よくあることだという。
「幾つか口があって、天秤にかけるのは珍しくないんですよ。結論が出たので、これから手続きをしようかと」
瞬間。クリストファーに天啓が降りた。
チャンスと言うならば、これこそがチャンスだ。
「まだ返事をしていないなら、もう一つ天秤にかけてくれないか」
「え?」
「妹の侍女を探しているんだ」
言葉はすらりと滑り出た。勝手に決めたと叔母が文句を言っても知ったことか。
「妹はこの春、魔法学園に入る。今ついてる侍女は妹にずっと仕えてくれてるんだけど、学校に通った経験がない。多少、世慣れた人を付けたいんだ」
ソフィアは思案する様子がうかがえた。
寮生活に付き添うことになるが、ガヴァネスとして人の家に住むのであれば条件としてはかわらないし王都から離れることもない。
ひとまずは3年契約になるが、公爵家の紹介状があれば、次も条件のいい職場を期待できる。
悪くないはずだ。
そして、彼女が頷けば、クリストファーは3年の猶予を得ることになる。
ソフィアの決断は早かった。




