【番外編】公爵令息クリストファー様の憂鬱8
アルフォンスがおとなしくしてくれるのはありがたかったが、生徒会にも入らないというのは驚いた。
「特にメリットがないから。君にもないと思うんだけどなあ」
1年生として役員に入るクリストファーに、来年の会長は君だねと笑う。
昼ご飯を食べ損ねたというアルフォンスに付き合って、学園内のカフェに来ている。
ホットドッグを食べるアルフォンスに付き合って、クリストファーはコーヒーをすすっている。
ここはあまり値段の高いカフェではないので、味は今一つだ。
「メリットはあると思いますが」
「そう?」
「魔法学園の生徒会長ですよ。どこに行っても役に立つでしょう」
例えば、魔術師団に入っても、騎士団に入っても。官僚や外交官になっても、それだけで相手の見る目が変わる。
アルフォンスは取り合わなかった。
「国王に対して『あなたは魔法学園の生徒会長だったのですか。すごいなあ』って感心する人間はいない」
言われてみたらその通りだ。
「なので、それが役に立つ立場の人に譲ってもいいと僕は思う。君が辞退することはないけどね」
その話は終わりだと言わんばかりに、アルフォンスはホットドッグとセットになっていた紅茶をすすった。
なにかの集まりが終わったのか、集団で何人かがカフェに入ってきたが、二人の周りには座らない。
クリストファーがいるので遠巻きにされているのだ。
アルフォンスはクリストファーの存在を有効活用していた。
大人しく目立たないようにしていても、すらりと背が高く見た目のよいアルフォンスはその佇まいだけで目を引く。
しかし、クリストファーと一緒にいると、宰相の息子、公爵家の後継ぎといったクリストファーの
目に見えない装飾品に目をくらまされて、そっと目立たぬ位置に陣取ることが出来る。
仲良くしていることにも、他の生徒たちより年上なので話が合う、というもっともらしい理由がつけられる。
本来クリストファーと親しくなるのであれば、それなりに理由を求められるものだからだ。
少し向こうに見知った顔を見つけた。
元のクラスメイトだった3年生たちで、卒業後の進路について話しているようだった。
新年になって、官僚試験などの結果が出る頃だった。
ソフィアが試験を受けたというのは、本人から聞いて知っていた。
一緒にいるのを見られたくないと言ったソフィアは、本当に、見られなければいいようで
二人きりだと言葉を交わしてくれる。
彼女が学園内の設備である洗濯室の隣の小部屋によくいることを知ったクリストファーは用もないのに洗濯室に行ったものだ。
隣は洗濯時に破れなどが見つかったものを補修する部屋になっていて、午前中は職員が使用しているが
誰もいなければ、生徒が使ってもいいことになっているのだ。
ソフィアは刺繍した布地の処理などに、機材をつかわせてもらっているらしい。
「大きいものにはそれなりの作業スペースが必要ですの」
そこにいる時の彼女は普段よりのびやかに見えて、クリストファーはその熱心な横顔を見るのが好きだった。
彼女は、クリストファーが身分差を気にしないと知ると、率直にものを言った。
フィルニー伯爵家には男子が生まれず、結局、養子をとることになったこと。
四女のソフィアには持参金が用意できず、官僚になりたいと思ったこと。
コンスタントに女性の登用を行う農産部門を志望していること。
その率直さに対し、クリストファーが話せることは少なかった。
二人の王子が将来の国王の座を巡って対立しており、その片方の見張りをしているなんて誰に言えよう。
代わりに、留学していた隣国の話をした。
この国の女性はあまり遠出をしない。見たこともない他国の話はソフィアを楽しそうに聞いていた。
そんな時間もあと少しだ。
もうすぐ彼女は卒業してしまう。
彼女が官僚になったら、来年、また姿を見ることもあるのだろうか。
「どうなったかな」
クリストファーが呟いた。
「なにが?」
「官僚試験」
「発表は一昨日だったはずだよ。誰か友達でも受けてるの?」
アルフォンスはその話をしているらしき3年生を認識したようだ。
「知人がちょっと。勉強熱心で真面目な女性なんだ。農産部門を受けてるんだが」
「それはお気の毒に」
「え?」
クリストファーは面食らった。誰が受けたとも言っていないのに、合否がわかるものなのか。
「女性なら受かっていない」
クリストファーの疑問を一言で解いた。
「むしろ、今年は受からない年だから、先に教えてあげればよかったのに」
「ええと。それは何故?」
クリストファーには全く理解できない。
年によって受かる受からないがあるものか。
「あそこは女性にも広く門戸を開いでいるが、枠があるんだよね。他の女性が辞めると枠が空く。今年は空いていない」
クリストファーは呆然と聞いていた。
「それは登用しているというのか」
「他は一切駄目なところもあるから、まだマシなんじゃない」
「みんなが知ってることなのか」
「部内の不文律みたいなものだから、生徒は知らないかな。空きが出たとか伝わらないだろう」
アルフォンスがクリストファーを見た。
「でも、君は、情報を入手できる立場にいたんじゃないかな」
それが『教えてあげればよかった』につながるらしかった。
だが、クリストファーは考えたこともなかったし、調べようと思いつきもしなかった。
それに、そういった権力を濫用することは良くないようにも思う。
「試験なのだから、彼女だけ有利になるように計らうのもどうかと思う」
そう言い返すのがやっとだった。
「そうかなあ。僕は僕のリリーナの為なら、手を汚すことなどなんともないけどね」
おちゃらけた表現に腹が立つ。子供の頃に一回しか会ったことのないような女だろうがと言いたくなる。
その女が今頃、豚のように丸々と肥えていても、同じ言葉を言ってみろ。
クリストファーの中で人生最大の罵詈雑言が浮かんだが、育ちがいいので口には出さなかった。
そもそも、ソフィアとはそういう関係ではない、というまっとうな反論が浮かんだのは、ずっと後のことだった。
農産部門に受かったのは、クリストファーが留学前に親しくしていたクラスメイトのアントニーの知り合いだったらしい。
アントニーの実家は男爵家でこそあるものの、気候に恵まれ、小さいながらも豊かな所領を持っていた。
卒業後は親戚筋の領地で経験を積んだ後で実家を継ぐらしい。
農産部門に伝手があると助かるということで喜んでいた。
その話をしながら、クリストファーは考えていた。
アントニーの知り合いという男も、元のクラスメイトだった。つまりは1組だ。
クラス分けが成績順なのだから、おそらく2組のソフィアより成績はいい。
それならば、ソフィアが受からないのも仕方のないことだ。
部門自体に強いこだわりがあったようではなかったから、別の部門を勧めていれば、
また別の結果があったかもしれないという後悔は残るが、それはソフィア本人の選択だし、結果自体は諦めがついた。
「ソフィア嬢も受けていたそうだよ。残念だったそうだけど」
アントニーはそういうことも知っていた。
知り合いが試験の時に一緒だったらしい。
「君にとっては運がよかったかもね」
アントニーが思いもつかないことを言った。
「ええと、何故?」
「だって君、彼女のこと好きだっただろう」
まさか気づかれていたなんて。図星をつかれてクリストファーの頭に血が上った。
こういう時に動揺してはならない。父親に仕込まれた習慣がクリストファーを冷静にさせた。
「まあ、彼女、美人だからね」
「そりゃそうだ」
アントニーがうんうんと頷く。
「家が貧乏だったばっかりにいい縁談もなくて可哀想だよな。でも、美人だと別のチャンスもあるってことだよ」
その口ぶりはなんとなく、嫌な感じがした。
「なんの話だ?」
「彼女を囲うなら今が狙い目だってことじゃないか」
クリストファーはあっけにとられ、無理に微笑みを浮かべた。
彼女を囲う。
意味は理解している。クリストファーは貴族だし、もう18歳だ。愛人のいる大人も多く見てきた。
しかし。自分が愛人を持つようなことは考えてもいなかった。
まだ結婚もしていないのに。
「試験に落ちたら、他の仕事を見つけることになるけど、いい仕事はコネが無いと難しいからな。
結婚するにしたってフィルニー家の財政状況だと、いいお相手は厳しい。
変な爺さんと結婚するより、次期公爵の愛人になったほうがいいんじゃないのか」
その後のことは、ほぼ、耳に入っていなかった。
機械的に受け答えして、当たり障りなくその場を去った。
それが出来た自分に感心したくらいだ。
あとから、そんな馬鹿なことを言うなと怒鳴ってやればよかったと後悔したが、それを言って逆に得心されるのも嫌だった。
アントニーの言ったことがじわじわと効いてきたのは、更にその後だった。
経済的に困窮しているソフィアを愛人として囲う。
馬鹿馬鹿しい、問題外だと思いながら、何故、それがいけないのかとも思う。
小遣いではあるが、父公爵はある程度の金額をクリストファーが自由に動かせるようにしてくれている。
名門なので、祖父母から受け継いだものもある。
彼女が良いというのであれば、頭から駄目だということでもないではないか。
しばらくは不自由をさせるかもしれないが、クリストファーが大人になって役職に就くようにもなれば
店の一軒も持たせてやれる。
ただ、両親や兄弟姉妹の分までと言われるとお金が足りないかもしれない。
そして、家を借りたりするには学生の身分では不十分だ。
父に内緒でことを図るのは難しい。
誰に相談しても父に筒抜けだ。厳格な父がそんなことを許すとはとても思えない。




