【番外編】公爵令息クリストファー様の憂鬱2
「見た目はフィリップ殿下に似ているらしい」
グレーデン辺境伯領へ向かう馬車の中で、宰相でありクリストファーの父であるモルド公爵は言った。
普段から丁寧な仕事をするよう心掛けていると公言する公爵は、今回も事前準備を怠らなかったらしい。
ただ、公爵にとって十分でなかったらしく、機嫌は悪い。
「勉学に優れているらしい。剣も使うらしい。魔法も使うらしい。ただ、会っていない。すごい証言だな」
らしいらしいらしい。
常日頃から公爵が忌避する不確かな表現が並ぶ。
「いくら辺境の地に居るからと言って、ここまで情報が出ないものかね」
指で書類をはじく。
雑に渡された書類をクリストファーは受け取った。
正式な書類に欠かせない魔法印が押されている。内容に虚偽があった場合は押せない魔法なので、間違いはないということだ。
「会ったことがない、が全てなのではないですか」
クリストファーはざっと内容に目を通した。
グレーデン辺境伯領に滞在しているアルフォンスは、具合のいい時には本宅にいて、体調不良の時は
本宅よりも更に空気の澄んだ別宅にいるらしい。
証言者は判で押したように『本宅でアルフォンス殿下にはお会いできなかった』と記述している。
頻繁に別宅にいる、つまりは体調不良のことが多いのではないかと読み取れる。
「会ったことがないのに、優れた人物であるというのが何故わかるのだろうな」
「勉学に優れているのは証拠がありますよ」
辺境の地にありながら、アルフォンスは王都の学者達と文を取り交わしている。
やりとりには込み入った学問が含まれており、接した学者達は誰しもが英才だと褒めていて、
その中には、クリストファーが師事している教授も含まれている。
「身体が弱いのと剣を使うのは一致しないな」
「そうですね」
クリストファーには父親が何にひっかかっているのかがわからない。
何と言っても王の息子だ。あまり悪い評価も出来ない。剣を使い、魔法を使うというのは、いくらか割り引いでもいいだろう。
頭がよくて身体の弱い少年のイメージが浮かぶ。
王太子として生まれながらも強い後ろ盾もなく、田舎に追いやられてひっそりと暮らす頭のいい少年。
知らぬ間に退位を迫られ、見たこともない妻を娶らされる。
気の毒だという気持ちもあるが、貴族に生まれたのであれば、選ぶ余地もないことだという気持ちもある。
父は何故クリストファーを連れてくることにしたのだろう。
意に沿わぬ仕事もせねばならないということを教える為なのだろうか。
考えている間に呼子の音がした。
緊急に注意を促す高い連続音が続く。
「魔物か」
公爵が御者に質すと、外からじっとしているようにとの答えがあった。
「人間のようですね」
外から護衛が戦っているような物音がする。
人間であればマシだ。このへんの山賊なら、最悪、身代金と引き換えに命は助かる。
もっとも、公爵家の護衛は精鋭だ。人数が少なくても山賊などものともしないだろう。
だが、思ったよりも長引いている。
公爵が上着を脱いで剣を取った。
公爵は文民で決して武闘派ではないが、この国で貴族と言えば、剣と魔法が使えるのは当たり前だ。
目線で促されてクリストファーも剣を取った。
そろそろと扉を開ける。
公爵が誰よりも頼りにしている護衛が、目の前で地面に叩きつけられた。
クリストファーは息をのんだ。
彼も剣は習っている。攻撃魔法も練習した。しかし、実戦を見たことはなかった。
公爵家に生まれ、王都に育った彼が見るような賊は、ほんの小悪党にしか過ぎなかったのだと今知った。
手ががたがたと震えてきた。
一際、身体の大きい賊が、大斧を振り上げる。
うっかり目をつぶった瞬間、ザクっという鋭いような鈍いような音がした。
クリストファーが目を上げると、腕を失った大男が転がる所だった。
見知らぬ少年が剣を振り上げている。彼はそのまま、別の賊を切り伏せた。
賊は10人近くいたようだ。そのほとんどが倒れ伏すのをクリストファーはぼんやりと見守った。
見とれるほどの素晴らしい腕だった。
背後から人が来る。
また賊かと振り返ると、辺境伯の紋章を付けた兵士たちだった。
「遅いよ」
少年が言う。
「坊には追い付けませんぜ」
「おまえたちが遅いから、賓客に失礼をしてしまった」
話す声はやや高くてよく通る。
兵士たちはこちらの護衛を救護していた。ざっと見渡したが、さすがに手練れを揃えているので、皆、大きな怪我をしている様子はない。
賊は数人、命を失ったようだった。
一太刀で斬った。
自分と変わらぬくらいの少年が。
「伯がお待ちです。ご案内しましょう」
少年がまっすぐにこちらを見た。手元が返り血で濡れているというのに、なにごともなかったかのような物言いに、強い眼差し。
クリストファーは隣で父親が固まっているのを見た。珍しく動揺している。
このようなことがあって、父も動揺するのかと、ぼんやり見ていた。
公爵が不意に膝をついた。
「助けていただいてありがとうございました」
そのように恭しい父親を見たのは初めてだった。
何といっても宰相だ。誰かに膝をつくなんて、それこそ国王陛下に対してくらいしか見たことがない。
「お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
問われて少年は首を振った。
「『その人物は名乗らなかった』で」
笑うとさっと馬に飛び乗った。
美しい葦毛の馬も、まるで単なる遠乗りの途中であるかのように駆け去った。
辺境伯の屋敷は武骨で防衛力に優れていた。
まるで騎士団の宿舎のようだ。
辺境伯には王都で一度会ったことがある。
大柄で武骨な人物だ。剣の腕前は素晴らしく、若い頃は騎士として騎士団長にも押されていたこともあったが
跡継ぎだった兄が早くに亡くしたために、辺境伯の地位を継いだ。
素晴らしい筋肉に覆われた身体つき、ウエーブのかかった白髪、白いものの混じった口ひげも波打っていて
豪放磊落な人柄を体現するようでいて、聡明そうな額は広く、青い瞳がのぞく。
「お忙しい宰相閣下が、わざわざこんな田舎まで来るとは、どんな御用かな」
辺境伯はにこやかに言った。
対する公爵の表情は固い。
「事前にご連絡した通りですよ。アルフォンス殿下にお目にかかりたい」
「あの子は今日は本宅にはいないのですよ。ご存じではないですか。具合の悪い時は別宅にいると」
そういう評判だった。
「先程はお元気そうでしたが」
公爵の言葉に、クリストファーは先ほどの少年がアルフォンス殿下であったかと思い当たる。
あんな少年が賊を一刀のもとに斬り伏せた驚きに、よく顔を見ていなかった。
しかし、わかっていてしかるべきではあった。クリストファーも侯爵の調べた事前資料に目を通していた。
この家の息子たちは皆、すっかり成長しており、あのくらいの少年はいない。
分家筋や使用人であれば、あの物言いはないだろう。
「それは確かに殿下でしたか?」
「お顔を拝見しました」
辺境伯は考え込むように首をひねった。実際は特に何も気にしていないのだろう。
そうわからせるような仕草を見せてくる。
「まあ、まずはおくつろぎください」
案内されて客室に通された。
大きな寝室に中から行き来が可能な扉がある家族で滞在する客向けの部屋だ。
外側は擁壁のような堅固さなのに、中は上品で都会的な内装、ごてごてと飾ったところはないが、質が良い。
「困ったことになったな」
公爵が呟くようにこぼした。
その意味はクリストファーにも、すぐにわかった。
彼らは病弱な少年に対して、暗に王位を辞退するように勧めに来た。
表向きは縁談だが、後ろ盾のない妻を娶ることは、今はまだ年齢で勝る弟に対しての優位を失うことだ。
それでも、本人に国王になる気がないのであれば、安穏とした暮らしを保証するつもりでいたのだ。
しかし、さっきの少年は違う。
弟のフィリップに似ているかどうかはわからなかったが、身長は高かった。
あれだけ剣を使うのであれば、身体だって十分に鍛えていることだろう。
「さぞ魔法も使うのだろうな」
「何故、そう思われますか?」
賊を退けた時に、魔法は使われなかった。
「資料に魔法印が押されていたからだ」
魔法印は真実の証。
勉学に優れ、剣と魔法を使う。そして、本宅では会えなかった。
病気の時は別宅にいるという。
ただ、本宅で会えないからと言って、別宅にいるとは限らない。
「人と会う時は、その人物がどこかで正式な証言を求められてもいいようにしているのだろうな」
魔法印を上手くやり過ごす方法を身に着けている。
人物としては優れているが病弱である。それが王都に伝わるアルフォンス殿下の評判だ。
彼は確かに子供の頃は病弱であったが、今はそうでもないのだろう。
でありながら、そのイメージを利用している。
大人になるまで、フィリップの陣営には知らせたくないということだろう。
そこまで面倒なことをするのには、相応の理由があると考えていい。
つまりは、王太子アルフォンス殿下には、弟を退けて国王になる意志があるのだ。
クリストファーは指摘した。
母親は他国の王女でもう亡くなっている。
国内に味方がいないということだ。
他国の親戚を頼るというのは国としての立場を危うくすることであり、国民からの支持を得られないだろう。
「辺境伯は後ろ盾だろう」
今のような状況を作ったということは確かにそうだろう。一人で出来ることでもない。
「証言者たちも協力しているのではないかな」
それはそうだった。誰か一人でも、アルフォンス殿下は健康そうな若者ですと言いだせば判明することだ。
でも、誰しもが口を噤んだ。
クリストファーは資料を取りだし、証言者の名前と派閥を確認した。
もちろん、王妃の実家の派閥ではない。
ただ、敵対する家だけではなく、中立どころもあるようだ。
「レイノルズ侯爵も会っておられますね」
レイノルズ侯爵は先日、騎士団長になったばかりだ。
拝命するにあたって、王都での任命式に来なかったアルフォンス殿下に挨拶に行ったと聞いている。
アルフォンスが病弱だというのは広く知られていて、歯牙にもかけない貴族はいる。
騎士団長は敬意を示したが、魔法師団はそうでもなかったはずだ。
もっとも、今の魔法師団のキャンベリック侯爵は、王妃の縁戚で、王妃の派閥の中でのバリバリの主流派なので
わざわざ足を運ぶはずもなかった。
なるほど。
こんな田舎に引っ込んでと思うが、ここまで来て会うだけでも、それなりの敬意があるという証になる。
その時点で選別されているわけか。
「王妃殿下は多少、強引なやり方をなさる時がある。反感を買っているかもしれないな」
宰相でもある公爵は控えめに言ったが、そのやり方はクリストファーにも薄々は伝わっている。
派閥ではない貴族たちからの反感は強いだろう。
この国の王位継承順は男子限定で、嫡子の年齢順で、その後、婚外子の年齢順になる。
アルフォンスは今でも王太子だ。
後ろ盾が弱くても、本人が健やかで職務に耐えられるとなったら国王になれる。
国民の前に出るだけで、この方が次の国王だと思われる立場上の優位があるのだ。
ただ、普通の平民たちまでは広まっていないが、病弱で田舎で引きこもっているということも、貴族の間では広く知られている。
実は病弱ではなく、王妃の派閥に疎まれ、僻地に追いやられているのだという噂が出たこともあった。
病弱でも追いやられているにしても、次の王にはならないだろうというのが、おおかたの見方だ。
王家に近しいところでは、本当に病弱だと思われていた。
定期的に報告があがっていたからだ。
しかし、その報告は、虚偽ではないものの正しくもなかったと今になって判明した。
アルフォンスが健康な若者だということが明らかになれば、フィリップとの争いになるだろう。
優位であっても、足を引っ張ろうという動きを止めることはできない。
だから、アルフォンスは自分が大人になるまで、敵対派閥に誤った情報を流していたのだ。
「騎士団長はこんな重要なことを黙っている方だと思っていませんでした」
「それは私も意外だ」
宰相であり、騎士団長の友人でもある公爵でもか。
騎士団長は実直で裏表のない人格だ。もちろんそれだけで騎士団を率いることなどできないだろうが、誠実という点では
他にいないと思われている。
「それを言うなら、グレーデン辺境伯がこのようなことを図るというのも意外で、理解しかねている」
クリストファーは辺境伯とは初対面だったが、評判はいい。
貴族同士の派閥争いからも一線を引いているように見えていた。
「辺境伯が仕組んだのでしょうか」
「仕組むという言い方も、正しいかどうか難しいところだな」
そもそも、王太子はアルフォンスだ。無理に順番を歪めようとしているわけではない。
むしろ、法を守るためにしているのだと言われたら返す言葉がない。
城と言ってもいいような屋敷についたのは夕方だった。
そして夕食にアルフォンスの姿はなかった。
辺境伯から、明日は野外で視察をされてはいかがかと勧められて、ようやくそこで会えるらしいとわかっただけだった。




